フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/01/26 Mon  06:19:20» E d i t
 » 稽古を疑うな! 
 千秋楽で白鵬が朝青龍に勝った。
 優勝決定戦では朝青龍が白鵬に勝った。

 いずれも立ち合いでその勝敗が決まった相撲だった。
 互いに横綱、それも稀代の名横綱。最初の呼吸が合うか合わないか、合わせるかズラすかという微妙な駆け引きで勝負は決まる。
 北の富士曰く、「(負けた方の)立ち合いの失敗」つまりはそういうことなのだろうけれども、千秋楽および決定戦ともに息の合った大一番とは行かなかった。それが勝負の世界なのだから仕方ない。


 朝青龍が休場明けでその進退を掛けた平成21年の初場所が、朝青龍ファンにとっては「そうならないかなぁ~、なって欲しいな~、もしや!やっぱりね~」という形で幕を下ろした。

 向こう正面解説の舞の海が、放送席解説の北の富士に質問という形でこう言った。

 「白鵬は(自ら進んで若い衆の見本になるように、)稽古を積み重ねてきました。3場所連続で優勝もして来ました。かたや、休場明けで(このような結果が出たということで)、もう、稽古量とかあまり関係ないんでしょうかね?」
 北の冨士は言葉に詰まって「お互い横綱だからね。とくにこの人(朝青龍)の場合は計り知れないよね。」みたいなことを言った。



 私は、朝青龍が好きだと今まで何度も記事で書いてきた。

 しかし、今回は白鵬を応援していた。それは両国国技館で沸き起こった 大・白鵬コール のお客さんたちと同じ気持ちだった。
 「一生懸命が否定されてたまるか!」「朝青龍が休んでいた間にどれだけ白鵬が頑張ってきたか、その重みを思い知れ!」という思いだ。
 今の朝青龍の「必死さ」と、白鵬の「一生懸命」は質が違う。朝青龍は自分が生き残る為に必死な「がけっぷち」だ。白鵬のは、崖っぷちに立たないために日々の精進を積み重ねる一生懸命だ。
  

 図らずも「白鵬の方が悪役にみえるね」と普段は相撲なんて見ない嫁さん。がそう言った。
 はっ!と気がついた。

 白鵬にしてみれば自分が「朝青龍のいない間、大相撲を牽引してきた」という自負があるだろう。見るほうもそう見るだろう。私もそう見ていた。しかし、忘れてはいけないのは武蔵丸が引退してから白鵬が横綱になるまでの約4年間を朝青龍はずっとひとり横綱だったということだ。
 様々な批判やバッシングに晒されながらも、相撲界の天辺で朝青龍は戦い続けてきたのだ。朝青龍にはその間に蓄積された強さがあるのだ。それを忘れてはいけない。

 「三年先の稽古」 という言葉がある。稽古の結果はそれを積み重ねて行った三年後に実力となって現れて来るという意味の相撲界の表現だ。であれば、朝青龍の相撲はその頃に散々批判を喰らいながら、その上で天辺に立ち続けて溜めた分の相撲なのだろう。ならば、ここに立っている朝青龍は「必死」なだけじゃない。一生懸命の塊じゃないか。

 横綱としての歴史が、朝青龍の背中を押す。決定戦の時には朝青龍にも大コールが沸き起こる。
 ファンが見たかったのは強い者同士がしのぎを削るこういう戦いだったんだ!

 留学してきて高校時代に最初に覚えたという、相手のマワシを引きつけて頭をつけて押す!という何万回、何十万回とくり返したであろうその動きで、白鵬という山を動かした朝青龍。
 多分きっと、この先そんなに長い間、相撲を続けていかないだろう。そういう刹那を感じさせる相撲だった。
 あの朝青龍が全力を出し尽くして必死で、やっと、勝った。
 それだけ白鵬が強いということだ。強くて、挑戦者を跳ね除け、寄せ付けない圧倒的な強さが「悪役」に見える条件だ。白鵬の時代は、もう始まっている。





 今場所、私はインフルエンザで寝てたこともあって、久しぶりに大相撲中継を結構見ていた。

 朝青龍が「上手いなぁ!」と思ったのは、琴欧洲の腕をとって横に付いて振り回して勝った相撲。大きい力士はあれをやられるとどうにもならない。で、それを見て焦ったのであろう翌日の朝青龍の相手で同じく巨漢力士の把瑠斗が、立ち合いで自滅した相撲は「戦わずして勝つ」という孫子の兵法にも通ずる素晴らしい相撲だった。
 把瑠斗が前日の相撲を見ていて、振り回されるのが嫌だから変な形で上から上手を引きに行く所を、朝青龍は真っ直ぐ下からあてがって一気に寄る。
 あの二日間のうちに白鵬は日馬富士に負けて、さらに翌日は骨休めにはなるとは言え実戦から遠ざかって感覚が狂ってしまう不戦勝(琴光喜)だったし。優勝の行方を左右したのはあの二日間だろうな。

 把瑠斗といえば、千秋楽の日馬富士戦の勝ち方は異常だった。
 釣り出しという決まり手だったけれど、大相撲であそこまでの力(力量じゃなくて、パワーという意味で)の差を見せつけるような勝ち方は滅多にお目にかかれない。
 びっくりした。ハートが強ければ天辺取れるんだけどな。琴欧洲も把瑠斗も。




 さて、舞の海の 「稽古の量は、関係ないんですかね?」 という疑問に対して、答えを出すとしたら、朝青龍は今は傍目に「ダメ」に映るかもしれないが、そこに至るまでずっと 相撲の天辺で高密度な稽古 を続けてきた。
 その貯金分で、相撲をとっているのだ と、 そういうことで良いんじゃないでしょうか?

 やっぱり、稽古は裏切りませんって。そう、私は思いたいんですよね。
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テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

コメント
この記事へのコメント
感動を呼ぶ何か
>という事で、私も帰ってきましたぁ~♪
 こちらこそ、よろしくお願いします。
 時間取れなくて更新滞ってるから、コメント入れてくれる人も少なくなっちゃった(苦笑)
 でもま、こちらもボチボチやってますんで、よろしくお願いしますね~。


 そうですね。「心」が復活したんでしょうね。
 貴乃花の時もそう(整体師がどうだとか)でしたけど、やはり心は揺らぐ物。「横綱たるもの~」と年寄り連中は騒ぎたがるけれども、残念ながら今の時代に彼らが全盛を迎えていたらやはりバッシングの対象だったと思います。 
 
 いっとき、自分の衰えにたじろいで弱気になっていましたが、今場所は完全に開き直っていましたからね。やはり白鵬の存在は大きいと思います。朝青龍はきっと白鵬の「横綱相撲」によって心のバランスを崩されてしまっていたのでしょう。
 相手を受けた上で自分の型にして、勝つ。

 それは横綱として理想ではありますが、朝青龍の相撲ではない。けれど、一時期、白鵬を意識してそれをやろうとして自分の相撲を見失ってしまったような気がしてます。
 今場所の相撲は久しぶりに朝青龍のガムシャラ相撲でした。
 ガムシャラで相撲好きには「上位の力士の相撲じゃない」と言われる相撲なんだけど、千代大海みたいな見苦しさが無い。それは、引かないから。
 
 朝青龍は朝青龍の相撲を取りきればそれで良い。では、これで完全復活か?と問われれば、私はそれはノーだと断言します。朝青龍の相撲は見慣れれば攻略できるレベルまで落ちてきています。そのひとつのヒントが千秋楽の本割の白鵬が勝った相撲です。今場所は久しぶりでみんな感覚を忘れていた部分はありますから。
 真の進退を問われるのは、来場所!
 
 みどころ満載で大相撲は続きま~す(笑)。  
2009/01/27 Tue 06:15:43
URL | フクフク丸:to hi_me姐 様 #- Edit 
満面の笑みに、涙。
久しぶりに、朝青龍の心からの笑顔を見て、本当に良かったと涙がこぼれました。


稽古の問答は、私も耳をダンボにして聞いていました。

稽古の量は、関係ないんですがねぇ?との問いに、『質だね』との答えを聞き、北の富士さんの朝青龍への愛情を感じて、また涙が、出ました。


来場所が、楽しみになり、また相撲に活気が甦った事自体が凄い事だし、どちらも欠けてはいけない二人なのだと思います。



という事で、私も帰ってきましたぁ~♪

また、よろしくお願いしますね教授。
2009/01/26 Mon 12:33:08
URL | hi_me #- Edit 
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