フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
05 « 2017 / 06 » 07
 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30.
--/--/-- --  --:--:--» E d i t
 » スポンサーサイト 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --

top △ 
2009/02/12 Thu  06:31:28» E d i t
 » 気がつけば夢の途中① 
 時間は無限かもしれないけれど、人間は有限だ。
 だから、お互いに相容れない。

 時間に振り回されないで、自分を生きるなんて無理だ。

 気がつけば、自分の一回り下の世代がすでに「社会」に出て行こうとしている。

 私たちの時は、団塊世代がバリバリだった頃で働き口の少ない・・・社会への入口が狭かった(ように感じられた)・・・「就職氷河期」でそれでも社会にまだ余裕があったからモラトリアムだとか自分探しという「一時的避難」が許されて、オンリーワンな自分を肯定しようとすることが大荒れになる直前の不穏な空気が漂う社会で生き抜く術だと多くの人が思っていた頃だった

 私達は「比較的ゆるい時代」に流されるままに生きて来た世代だ。

 今は世界同時不況で同じように就職難の時代。
 しかも、社会に余裕が無くなって軋んでいて避難場所が用意されていないから、いわば救助船も救命ボートも無い状態で荒れる海に投げ出されるようなものだ。今の社会が求めているのはオンリーワンだと開き直って自分の殻から出て来ない人間ではなくて、擦り傷が絶えないけれども逞しく人の世を渡り歩く生命力溢れる人間だ。
 誰かと競争してナンバーワンになれなかったとしても、少なくとも己の道で必死に手を伸ばし、何かを掴もうとする人間だ。
 生き甲斐はすでに誰かによって与えられる時代は終焉を向かえ、自らが作り出すしか残されていない状況だ。そうやって作り出した何かが真の意味でのオンリーワンなのだろう。それが他人や社会に認められるかどうかは別の問題だけれど。
 

 
 私が学生の終わりを迎える頃に、そういう事に気付いていただろうか?
 
 答えは明確だ。「NO」

 義務教育終了の中学卒業の頃に就職を考えるのは「学力的に進学できない奴」だと思い込んでいた。中学校と社会との接点は無さ過ぎる。まだ中学生は子供で社会に出るのは無理だという考えは今も残るだろう。教育自体が、中学卒業の時点での社会人を想定してないだろうし、確かに年齢的に運転免許も取れないし、社会の側も中学卒業の学力では厳しいという先入観を持っている。

 では、高校卒業の頃は?
 私は進学校と呼ばれる高校に行ったために、来る日も来る日も大学受験のための勉強が続けられて、それが楽しいとは思えずに完全に落ちこぼれた人間だ。だからと言ってこれといった夢も無い。突っ張るだけの思想も力もない。結局、大学に入ることが当面の目標だという場所にいるのだから、自分はその枠から外の世界も知らなかったし、流されるままに適当に勉強して大学に行った。
 同級生で高校卒で就職したヤツらがたくさん出てきた。
 社会では、高卒者くらいになると「育てやすい」という雰囲気になってくる。即戦力としてではなくて、育成期間を経て戦力に成長すれば良いというくらいの趣きで高校卒業を捉えている。ある意味、大学で4年間という何だか良く分からない余計な時間を過ごす前に、業界の色に染めてしまうのもひとつの手段だ。

 

 そして、大学卒業の頃は?
 結局、夢の実現のために勉強してきたワケじゃない、大学に入るための勉強・試験で点数を取るための勉強をしてきたツケが一気にここで出て来ることになる。
 私には、試される勇気が足りなかった。傷だらけになって自分という現実の小ささを突きつけられるのが怖かった。自分はきっと上手く行く」という楽観もなければ、それを裏付ける何も無かった。
 アルバイトは結構いろいろやったから、社会との接点はあったし彼らは私を仲間として手を伸ばしてくれたが、私はそれを握り返す自信が無かった。今なら「自信なんて後からついてくる。まずは手を握り返せ」と確信を持ってアドバイスできるのは、当時の自分がそれを握り返さなかった事に後悔しているからなのかもしれない。

 今でこそ「今の世の中が求めているのは擦り傷が絶えないけれども逞しく人の世を渡り歩く生命力溢れる人間だ。」なんて偉そうに書いているけれども、これは今だからこそ書けることで、大学卒業の頃の私こそが「今の社会が求めているのはオンリーワンだと開き直って自分の殻から出て来ない人間」そのものだった。
 

 私はそんなところから出発したのだ。

 何にもない。
 夢も、理想もない。
 世の中も分からない。
 右も左も分からない。

 でも、分かったつもりになってる。先に得るものがぶら下がってないと動こうともしない。

 そんなところから出発したのだ。

 高卒で就職した仲間たちは各々その業界に馴染んでいて、すでに社会の一員として認められていた。この「認められていた」を私はきっと欲していたのだろう。
 夢を追って専門学校に行き、夢を追いかけて行った仲間たちも社会に出て荒波に揉まれ始めていたが理想を追いかけているから、苦労話でも瞳は輝いていた。この「瞳を輝かせるほどの夢」を私はきっと欲していたのだろう。

 気がつけばそんなものさえも持っていなかった裸の王様。

 大学卒業というだけで、周りから良い目で見られる。
 常識なんか分かってないし、かと言ってコレと言った挑戦もしなかったから別に大ヤケドの経験も、そこから学んだ教訓も持ってないし。そんなバカなのにって言えば言うほど、謙遜だと取られる。

 もともと見失うだけの自分なんて持っていなかったんだけれど、「自分」というものが「それまで積み重ねてきたたくさんのこと や そこから導き出されるたくさんのこと」だとするのであれば多分、一回、ジレンマの中で死んでしまった。

 茫然自失。もう、どこにも自分が見当たらない。


 その、「自分」の 最初の死 こそが、傷だらけの今の私のスタート地点だったのだろう。 
 
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
英二、再び
 「とんぼ」 の続編のスペシャルドラマが一回だけ放送された記憶があります。
 たしかタイトルは「英二、再び」。死んだんだから蘇らせんなよ~とか思いながらも、懐かしさにかられて見たのでした。
 
 冒頭の方だったと思いますが、若いチンピラだったか高校生の不良だったかがオッサンをカツアゲか何かしようとしたところに英二が突っ込んで長渕キックを炸裂させてこんなセリフを言ったのが印象に残っています。

 「てめぇら、ひとりで大きくなったのか?ガキが!え?こらぁ!」

 どこかワンシーンでも記憶に残れば名作・迷作なのでしょうけれど、これは良いセリフだった。

 そうですか。hi_me姐さんは自分がキライなのですね。私も自分がキライだった時期があります。キライな自分に甘んじていた時期があります。
 どうして良いのか分からなかった時期があります。
 どうにもならなかった時期があります。
 未来なんていらないと思っていた時期があります。
 
 ずっとここに留まれたら、どんなに幸せだろうかというすごしやすい場所で甘ったれたことを夢想していた時期があります。

 生まれてきた意味なんて、無い。そう思ってました。
 
 誰かが私のドアをノックしてくれなきゃ、私はドアを開けられない弱い人間です。誰かが手を引いてくれなきゃ、私は歩き出せない弱い人間です。そういう人たちが私にくれた何かを、今度は誰かに返して行きたいだけなんです。 

 倒れるから立ち上がれるんです。
 弱いから、強くなりたいんです。

 私は、それだけ。たったそれだけの人間です。

 hi_me姐さんからも、たくさんもらってます。いつもありがとう。
2009/02/13 Fri 06:36:53
URL | フクフク丸:to hi_me姐 様 #oKAhFFW. Edit 
自分
自分は、自分が作っていくものだから。

見失った自分も、自分なんだし、
理想からズレようとも、それも自分ですから。


何を基準に、ズレてると思うんだろ、どこまで許せるだろ。


自分が、嫌いで
DNAを残したくないから、子供を産まない私には、自分を失いたいくらいなのだ。
2009/02/12 Thu 12:51:16
URL | hi_me #- Edit 
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://happy2you.blog6.fc2.com/tb.php/934-1b391898
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。