フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
09 « 2017 / 10 » 11
 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.
--/--/-- --  --:--:--» E d i t
 » スポンサーサイト 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --

top △ 
2008/01/05 Sat  07:50:08» E d i t
 » 休まない休日 
 「たまにはゆっくり休みたい」
  「一日中布団の中でゴロゴロしていたい」


 という日本人の休日2大願望に軽く異を唱える32歳の男です。
 1月5日に今さらという感じですが明けましておめでとうございます。
 
 
 さて、その休日2大願望になぜ異を唱えるのかと言うと、これはやはり何かをしていなければ落ち着かなくなってしまったというのが最大の原因ではないかと思われますが、それもこれも「時間がもったいないから」と思えるようになってしまったからです。ん~、良い感じでトシ取ったんでしょうね~(笑)




 「時間的余裕(=ゆとり)が無くていつもあくせくしている」 というのが日本人の印象である と、かつて先進国に追いついた頃の日本は先進欧米各国から見た日本人の印象をマイナスに受け止めて、ゆとりを持って生活しようというキャンペーンどころか、国政さえも「ゆとり推奨モード」に突入して、労働時間を法律で定めたり、理にかなわない最低賃金などを決めたり、果てにはゆとり教育なんてのも導入して見事に失敗しました。・・・あぁ、ゆとり教育は失敗だと結論付けて良いですよね?まだ早計でしょうか?

 私は自分がそうであるように、日本人というのは「誰かにそう見られたい」のとは違う印象で相手に批判されると物凄く侮辱されたような気持ちになる国民なのだと感じています。 
 
 私たちが育ってきた時代(80年代後半~90年代前半)の教科書には、小学校高学年から高校の政治・経済の参考資料に至るまで「ワーカーホーリック(=働き中毒)とウサギ小屋」というスローガンじみた文句が批判すべき対象であるかのように何度も現れ、教師たちもまた自らが育ってきたその貧乏な昭和を恥ずるように背を向けるようにこの言葉をマイナスイメージで受け止め、反論するような事もありませんでした。

 皆さんはどうか分かりませんけれど、私は確実にそういう時代の波を刷り込まれて育ってきたのですから、「きっとそんなにあくせくと働かなくても思うように生きられるようになるんだなぁ」とか勘違いしてました。「僕がオトナになる頃にはきっと誰かが理想郷を作ってくれてて、その住人にきっとなれるんだろうな~」と思い込んでいました。
 その理想郷では好きなときに好きなように働いて、たくさんお金が貰えて、広い家に住めて、思うとおりに願いが(誰かによって)叶えられて行く。

 もう、言葉にするのも恥ずかしい限りですが確実にそう思いこんでいましたよ。

 欧米各国のメディア操作術というか、洗脳にまたもや見事に引っ掛かってしまって勤勉な日本人が勤勉という名の牙を抜かれて、政治的に戦わずして敗れてしまったというのが現実のような気はします。

 私もあーでもないこーでもないと世の中をひねくりながら考えるイヤなオッサンになった今ごろになって前述の先進欧米各国から見た日本人の印象については「その日本人の勤勉さが、我々に肩を並べつつある原動力であり、底知れぬ脅威である」という、行間に隠されていたのか意図的に翻訳しなかったのであろう一文にやっと気づき始めてはいるものの、言葉の魔力とは恐ろしいもので「ゆとり」を求め続けたこの20年くらいの間に結果的に日本に蔓延してしまったのは「ゆとり」ではなくて脱力感や無気力感、ではないでしょうか。

 なぜでしょうか?
 答えは簡単。「働かざる者、食うべからず」要するに、働かない者を養えるほどのゆとりが日本に無かったからですよね。あるいは、確かにある程度の蓄えは存在したけれども全て食い潰してしまったという感じでしょうか?

 勤勉実直・高い学力水準・安価で上質な労働力。

 これが高度経済成長を支えた、欧米先進国が恐れ、それゆえに飼い慣らしたかった日本人の力です。
  
 今、私と同世代の教科書や新聞で育ってきた多くの人たちは、心のどこかで求めていた「理想の暮らしを享受できる理想郷」は誰かに対する依存ではなく、自分たちの努力によってのみしか到達し得ないものであることに気付いてはいるのだと感じます。ただ、自分たちがやってみてもどうにもならないだろうだとか、上手くできなかったらどうしようとかの不安も同時に物凄く感じていて、その「理想実現のための遠き道のり」「踏み出せないはじめの一歩」との狭間で勝手にマイナスの未来を描いて勝手にもがき苦しんでいるくせに、そこから目を背けて誰かに任せておけばどうにかなるしどうなったとしてもそれは自分の責任じゃないからと、自分の人生の野次馬になってしまっている人は多い気がします。
 
 私は、少なくとも自分の人生は自分のモノにして生きたい。それだけ。




 正月早々、酒飲んで酔っ払った席でそんな大演説をぶつような理論家では私はありません。バカな話で盛り上がって、アルコールが回れば呂律が回らなくて、ゲラゲラ笑って、泣いて。

 そういう当たり前の 人とのふれあい の中にいる自分が好き。
 だから、休日は布団の中でゴロゴロしてるよりもできるだけ多くの人たちと触れ合って、プラスもマイナスもいろんなものを見て歩いていろいろと吸収させてもらって、少ないかもしれないけど何か相手にも印象を残して。

 ゆっくり、ひとりぼっちで休んで頭の中を整理つけるのもたまには必要ですけどもね~。ごくたまにで良いです。私は。不必要なほどの力を肩に入れて、その場その場の全力で人とのふれあいを大切にしていきます。それが私の自然体(笑)。そしてそれには去年も今年も来年も一切関係なし。

 ということで、人間・フクフク丸を末永くよろしくお願いします。 
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
強制される性質のものではないですよね。
 今年も色々と熱く語りありましょう。よろしくお願いいたします。

 ゆとり というのは本来、誰かに強制されるようなものではありませんよね。法律がそう決めたところで社会システムがそうなっていないのですから、強制されるほど社会に歪が出て来て当然だと思うのです。

 生き馬の目を抜く競争社会は一向に収まる気配はありませんけれど、それは何も国内に限った事ではなくて世界規模での競争でしょうし、実際、日本的資本主義は誰もが一生懸命働く事によってやっと平均的な富を得る事ができ、税金もキチンと取り立てることのできた理想的な共産主義だったのだと思います。
 今は、夢が叶えられやすい状況が整いすぎているから、誰もが夢を見てしまうのでしょうね。いくら状況が整っていて知識があってもその夢に向かって努力しないで向こうから転がり込んでくることなんて有り得ません。なのに、夢は見ていれば叶うように錯覚してしまいます。自分もそう勘違いしていた時期があって、現実に打ちのめされたところから何とか生きてますから、若者のそういう錯覚が良く分かります。
 これが「国家百年の計」である教育が根本的に失敗しているという動かぬ証拠です。頭でっかちで体を動かそうとしない。畑を耕すことよりも何もしなくても食っていける抜け道を先に探そうとする。

 ある程度の裕福さの中で育った我々には危機感が足りないのだと常々年配の先輩から言われます。毎日三度の飯をちゃんと食べる事ができる、行きたい場所に行ける、やりたい事は頑張ればできるという状況がいかにありがたいことかをちゃんと知る必要があるのだと諭されることが多いです。
 
 経済的にも時間的にも生活にも、気持ちにもゆとりが少なくなってしまったのは、国自体が国際摩擦で疲弊しているからなのかもしれませんね。
 実際、昨晩のNHKスペシャルで中国の激化する競争社会で翻弄される子供達の様子を放送していたのを見ましたが、まさに日本が辿った道ですもの。
 何だか、どこに向かって競争しているのか分かりませんけれど、童話の「うさぎとかめ」みたいですよね。
 
 マルクスの言うところの資本主義の限界である「総需要の限界」が来ているのかもしれません。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9
 それでも、企業は利潤を追求するよりもその命からがら生き永らえるために無理矢理に身を削る過当競争、労働者は身を削り続ける企業と心中。
 お金が上手く循環しないのは、そのお金が海外に流れて行ってしまっているからということでしょうね。

 要するに、競争に敗れれば貧困。という中で「加工貿易」のお株も奪われ、「技術立国」とか「IC王国」を掲げてみても東南アジアやインドに競り負けますし。

 生活水準が高い=維持費が掛かる=最低賃金を保障(高い人件費)=日本製品のコストがかさむ=企業の海外移転=海外への技術流出=ライバルを自ら育てている=モノ・金・人材の海外流出=国内の空洞化=国内産業の衰退=生活水準維持不可能=亡国

 この図式の亡国の一歩手前みたいな感じですからね。日本は。資源を持たない国の限界でしょうね。

 そんな時代の中で、何をどう頑張って行けばいいのか。それを考えて実践していくのが我々の世代なのでしょうね。要するに今の日本は経済戦争に「敗戦」した状態なのでしょうから。
2008/01/07 Mon 06:42:00
URL | フクフク丸:to 野神 氏 #oKAhFFW. Edit 
何故”ゆとり”を求めたのか?
フクフク丸氏、新年あけましておめでとうございます。今年お願いします。

さて、何故日本人は”ゆとり”求め始めたのか? 確かに、欧米人が日本人を”働きすぎ”と中傷した事も原因でしょうが、確かに”高度経済成長”を遂げた後の日本は、国民が”豊か”になり、人員的に充実しすぎた事によって反対に切羽詰った状況に陥った事も原因だと思います。

その為に、今度はその”頑張る”ための”ハードル”が次第に高くなっていき、それが”偏差値”や”受験戦争”、更には”学歴社会”にまで発展。となれば、当然ながらその”枠”から外れる者も出てきます。そういった連中が、その後どういった”人生”を歩んでいくのか? 

多くは”非行”に走り、真面目に一生懸命生きている人に対して”危害”を加えるようになります。そうなれば、当然ながらその為の”規制緩和”も必要になってしまった、というのが実状ではないでしょうか。それと、”非行”のみに限らず、”登校拒否”や”引きこもり”、こういった行動を起こす若者も次第に増えていったのは事実。そして、”偏差値教育”、”受験戦争”を勝ち抜く上で、もっとも合理的な方法として、現在に到るまで深刻な”社会問題”になっているのは、言うまでもなく”いじめ”なんです。

”校内暴力”、”学校破壊”、そして”いじめ”というものが深刻になった頃に文部省(当時)が”苦肉の策”として打ち出したのが”ゆとり教育”なんだと思います。豊かになりすぎて、むしろ心に”余裕”がなくなってしまった時代だからこそ、多くの人々が”ゆとり”という言葉に魅力を感じるようになってしまったのだと思います。

僕個人的には”ゆとり”という概念は否定はしません。やはり”人間”である以上はどこかに”ゆとり”がなければ生きていけないのも事実です。ただ、ここで問題になるのは”つかの間のゆとり”を求める事と”永遠のゆとり”、すなわち”何もしない事”を求める事は意味が違う、という事なんです。しかし、それらの”区別”が出来なくなってしまった人が今の日本には多くなり過ぎてしまったのだと思います。

そもそも、僕は大分前に我がブログでも書いた事がありますが、日本人はそもそも欧米人が作り出した”資本主義システム”には本来向かない民族だと思っています。だからこそ変な”矛盾”が生まれてしまう訳であり、本来”調和主義”である日本人が”競争主義”になっては、当然そこからはみ出した人が向かう道は”堕落”しかなくなってしまう訳ですからね。日本人はどちらかと言えば”社会主義”の方が本当は合っているのかも知れません。反対に、欧米人は”社会主義”には向かないと思うんです。でも、その欧米人が築き上げた”社会主義”というものがやがて”独裁色”の強い”共産主義”にまで発展しちゃったからこそ、”東欧諸国”の多くはそのシステムを破棄した訳だし、未だにそのシステムにしがみついている北朝鮮の実情を見れば明らかですよね。

要するに、日本は本来”資本主義”だろうが”社会主義”だろうが、それを最終的に”独自の経済システム”に作り上げてしまえば良かっただけの話。しかし、そこを”欧米諸国(特にアメリカ)”が脅威を抱き、そして”圧力”をかけてきたから、より”欧米色”の強い経済体制になってしまい、それがやがて”不景気”、”リストラ”、そして”格差社会”へと発展してしまったのだと思います。でも、欧米人のように”自分で何かを切り開く”という事の出来ない多くの日本人は、結局”何もしないで楽に生きる”、という道を選択してしまったのだと思います(呆)

いつもの事ながら、文が大分長くなってしまいましたが(汗)、まとめて言えば、”一生懸命頑張る事”と”競争の中で揉まれる事”とは意味が違う、という事だと思います。本来求めるべき”ゆとり”というものは、”前者”の方において、その束の間にあるものを指すべきだと思います。

今後ともまたよろしくお願いいたします。
2008/01/05 Sat 12:53:03
URL | スーパーpsy野神 #5FAMoxZ6 Edit 
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://happy2you.blog6.fc2.com/tb.php/707-5cebd734
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
11月16日に起きた香川県坂出市における三浦啓子さん(58歳)、孫娘の山下茜ちゃん(5歳)、彩花ちゃん(3歳)姉妹が殺された事件と、今月1...
2008/01/05(土) 12:55:26 | コラム・de・ブログ
そう言えば今年は子年です。ネズミ年ですね。 昨年は、亥(イノシシ)年で政変の年だとか言われていましたが、確かに政界は大混乱の一年だ...
2008/01/05(土) 19:39:42 | David the smart ass
ゆとり教育の情報です。
2008/01/13(日) 17:29:22 | ,休まない休日
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。