フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2007/11/20 Tue  06:05:52» E d i t
 「食べるなら魚よりも断然、肉!派の両親から生まれて来たとは到底思えないほど我が家の二人の子供達は魚好きである。

 漁港を抱えた町に住むだけに、まさに旬そのものの魚を漁師さんから直接頂いたりするうちに味を覚えた・・・と言うわけでも無さそうで、スーパーから買ってきた養殖モノとかでも「おいし~♪おいし~♪」と言いながら食べる。
 
 まだ刺身やお寿司と言ったナマモノは苦手らしいが、そのうち食い始める頃には我が家の食費はものすごい事になっているに違いない。・・・口減らしに私がドナドナのように売られて行くことになるかもしれない。

 普通、子供が敬遠しがちなイメージのある焼き魚や煮魚を好んで食べるのだ。
 大人でも「うへぇ~ショッパイ。」と思わず口にするような塩加減の魚でも「しょっぱいね。でも、おいしいね。」とかお達者なことを言いながら食べる。

 今までは二人に対してちゃんと身をほぐして骨を取って食べやすい状態にしてからあげていたのだが、あまりにも食べる量も早さもレベルアップしてきたので(実際は自分たちが食べるヒマがあまりにも無くなって面倒臭くなったから)「なんでもやってみなさい。自分でお魚食べてみなさい」と、カレイを上下半分に切って煮付けたヤツのシッポの方を二人に渡してみた。

 何事もそうなのだが、やってみなければいつまでもできないままになってしまうのだ。
 成功することもなければ失敗する事もない、誰かが何かをしてくれるまでゴネて待っているだけの人間にはなって欲しくはないのだ。
 せめて自分の好きなモノゴトに対してくらいは、自分で問題を発見して解決して行けるくらいの人間にはなって欲しいものだと私は考えている。




 カレイは、縁側(ヒレの部分)がちょっと難しいが小骨も少ないのでおおむね簡単に食べやすい魚だ。

 
 もうちょっと戸惑うものかと思って観察していたら、ぴっこ(5)がこれが神がかり的な箸捌きを見せる。正直、私より上手いじゃないか。世の中には生まれもっての才能というものがある。

 この「魚食べ始め段階」においてそこら辺の大人を圧倒するほど魚をキレイに食べることができる才能に出会ったのは実は二人目だ。

 一人目は私の妹だ。妹が多分4歳くらいの時だったろう・・・
 魚を食べるたびに両親に「こんなに残されて、魚がかわいそうだろ!キレイに食べれ!」と叱られていた私と弟は、その時、世の中には生まれもっての天才がいるものだということを痛烈に思い知らされたのだった。

 あの時のインパクトが脳裏をよぎる。天才がここにいましたよ~~~
 
 成功の体験は自信になる。実際は、成功の体験そのものではなくて「上手く行った時に自分に向けられる誰かの好評価」が自信につながるのだと思う。自分の価値観の基礎を築いている最中の幼少期には特に。
 「誰かと比較してどう」とかと褒めてしまえば、他人と自分を比べることばかり覚えてしまい、自分より劣るものを見つけるようなことに力を注ぐようになってしまうだろう。

 それでも具体性のある優越感が達成感につながる事もある。
 それならば、親の子供時代と比べて褒めてやれば良い。
 「お父さんは子供の頃なんて、こんなにキレイに食べれなくてさ、いっつもじいちゃんに叱られてたさ~。ぴっこ、すごいキレイに食べるね。魚も、残さないで食べてくれてありがとうって言ってるんでないかな」
 ぴっこ は満足そうな笑顔だった。
 



 
 それに比べ箸をやっとそれなりに使えるようになったばかりの まるもい(3)には、まだちょっと過酷な試練と呼べるかもしれない。
 それでも好奇心旺盛な人まね時期の彼は「おれも、やってみる」と張り切っている。

 それだ!その好奇心だ!

 その「やってみたい」気持ちが一番大事なのだ。だから「おぉ、スゲェじゃん。やってみ~」と後押ししてやる。
 そして、そう思ったらやってみたら良い。

 まぁ案の定、箸は適当にそこら辺にブン投げて、手づかみでちぎってつまんで食べる方式で食べ始めた まるもい。
 しばらくは夢中になって魚と格闘していた。
 ちょっとした用事を済ませるために私が席を外して、たまたま嫁さんも台所に行って戻ってきたときにはすでに、まるもい の洋服にはゲボが・・・テーブル周辺には魚の煮汁が・・・

 しかし・・・

 まるもい は平然として魚を食べ続けている・・・

 「おいおい、これ、どうしたんだ?」
 「(魚の)ホネがノドに刺さったよ~」と、ちょっと涙目になりながらも「だからゲボしたの」と黙々と魚を食べている・・・

 そんなの関係ねぇ・・ってヤツか?  
 大人の目から見た結果から言えばこれは「失敗」。
 だが、まるもい にしてみれば成功も失敗もない。挑戦の先には失敗という結果がついて来る事の方が多い。
 痛みにめげないで、自分の好きなことを続けるなんて大したもんじゃないか!
 
 それでも間近に ぴっこ が褒められるのを目撃してしまっているから、自分の状況が決して成功ではないと気づいているらしく「叱られるんじゃないだろうか・・・視線」で私の方を窺っている まるもい に、幼少の頃の自分が重なる。

 本当は魚が嫌いなんじゃなくて、魚を食べる時に上手に食べる事ができなくて叱られるのがイヤだったんだ。

 
 丸 :「おぅ。魚だってさ、生きてるからな、ホネホネあるんだよ。まるもい もホネあるんだよ。」
 まる:「ホネってガイコツ?」
 丸 :「ガイコツ!そうそう。それだ!魚のホネホネはな、チクチク尖ってるんだよ。ほら。(カレイの背骨を見せる)」
 まる:「知ってるよ」
 丸 :「小さい骨、食べちゃったんだな。痛かったか?」
 まる:「痛かったけど、泣かなかったよ」
 丸 :「おぉ、偉いじゃん。お父さんもね、子供の頃なんていつも上手に食べれなくて叱られてたんだよ。だけどちゃんと上手に食べれるようになるからさ、大丈夫だ。」

 一旦、汚れた服を脱がされて、安心した表情で再度ご飯を食べ続ける まるもい。 

 挑戦を続けて行けるようなフォローはなんぼでもしてやる。
 安心すれ。




 親の「ノドに刺さったらかわいそう」だとか「片付けるのが面倒くさい」とかいう理由で、これだけの経験が子供達から奪われてしまっているということだ。子供達は色んな経験をして、大人になっていくのだ。なにも極端にそれを忌避するワケではないが授業の内容だけでは、ましてやテストの点数だけではメシを食ってはいけないのだ。

 
 私たちの世代には、育ってきた時代がそうさせたのであろうけれど「失敗することは惨めなこと」だという強迫観念に似た認識がある。
 
 だから、いちいち子供のすることに神経過敏になったりしている親が多い。
 失敗を笑い飛ばす事ができないから、子育ての手引書みたいな雑誌が書店の一角を占める。
 「失敗したくない、嫌われたくない」から仲間も作れない。自分で自分を不安に追い込んでいるように思えてしようがない。
 自分が失敗したくないから、子供にも失敗させたくもない。
 そうやって何物にも変えがたい「経験」を子供達から奪ってしまう。何も「経験」せずに子供達は体だけは育っていく。まるでブロイラー養畜場のような環境で。
 そんな世界で問題が起こらないはずがないじゃないか。
 

 ホネを抜かれた魚の切り身や、皮を剥いたエビが所狭しとスーパーに並ぶ至れり尽くせりの過剰サービス。その上、安全や安心も外部発注の時代だ。

 だが、そんな時代がいつまでも続く訳が無い。
 こんな生活を下支えしているシステムが現時点ですでに軋んだ音を立てて、一部崩壊してきている。至れり尽くせりで育つ子供達が・・・そして私たちが、至れり尽くせりの時代が終わったとき、どうやって生きて行くのだろうか。
  
 今のうちから成功も失敗も経験して、問題を発見し、より「善く」なるように工夫しながら生きていける人間に育って欲しいと、まるもい のゲボ を一緒に片付けながら(手伝ってやることはあっても、全部やってあげないのがウチの鉄則)切実に思う親心であった。
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テーマ:親ばか日記 - ジャンル:育児

コメント
この記事へのコメント
おぉ、秀才!
 努力の末に、そのような素晴らしい技術を身につけられたこと、大変素晴らしゅうございます。
 何年努力しても、初めて魚を食べた ぴっこ よりもヘタクソな私は何も言う事はございませぬ。

 帝國ホテルでも帝國歌劇団でも勝手にしやがれ!って感じでひねくれて星をにらんで良いですか?

 魚釣りのたとえ話も「知識はいくら溜め込んでも、消費財である。要は消費財を上手に使っていかにより良く生活していくかという知恵が大切だ」という何かの雑誌に書いていた部分に帰結するのだと思うのです。

 魚たくさん持ってた上で釣りもできる男なら最高でしょうね。
 たくさん持っている魚を腐らせずに上手に料理できてみんなを幸せにできる男も魅力的だぞ。
 
2007/11/25 Sun 15:59:08
URL | フクフク丸:to レンゲ姐 様 #oKAhFFW. Edit 
一緒に育てば良いんでない?
 子供に何かを教えようとすれば、親は自分が全能であるかのような錯覚に陥るけれど、全然そんなことないからね。
 そんなの、俺ば見てれば分かるよな。
 
 全能じゃないから頑張るんだし、子供が迷ってる時はこっちだって迷う。良い道に行かせてやれればそれに越した事はないと思うけれど、子供にとっての「良い道」なんてのは、親が決めた道なんかじゃなくて自分が行きたいと思った道だと思うよ。

 だから、 「何かをしてあげる」 のではなくて 「何かを自分でやっていける」 人間になってくれるように見守っていければ良いんでないだろうか。

 ・・・何かをやっていける人間 に育ってくれた方が親としても後々楽だし・・・。←魂胆はそこかよッ!
2007/11/25 Sun 15:46:06
URL | フクフク丸:to 嫁さん。 様 #oKAhFFW. Edit 
うちの父が、これまた「魚を美しく食べる選手権」に出たらチャンピン間違い無しってくらいに見事なのです。
食べ終わった後が標本みたいなガイコツになってて、それがなんかかっこ良くてさー。ワタシもそれをやりたくて必死で真似してるうちに、すげー上手になっちゃって、一度帝国ホテル内の料亭でも誉められて、自分もビックリです。
こうして見ると魚の食べ方一つにしても、色んな教え方がありますねぇ。
きっとまるもいも、おねえちゃんのかっこ良さに嫉妬して、うまく食べれるようになるでしょう。

魚つながりで、以前何かで「たくさんの魚を持っている男より、釣り竿を持った(釣りのできる)男を選べ」みたいなことを読んだのですが、まさに教育の原点もそこにある気がします。
2007/11/22 Thu 22:07:15
URL | レンゲ #CIo.SJik Edit 
成功も失敗も見守っていきたい。
。。。。。。。
でも失敗を見守るって難しい!!
それでも経験しなきゃわからないもんね。
2007/11/22 Thu 00:19:53
URL | 嫁。 #ldSHJ4vM Edit 
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すごいタイミングです。
2007/11/20(火) 15:24:41 | ネタ画像道
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