フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2007/09/17 Mon  06:47:11» E d i t
 » 敬老 
 高齢化が問題なのだろうか。

 私の知っているバンバン爺さんは、もうすぐ80歳。

 かつては脳梗塞で左半身麻痺しながらも、リハビリで回復。
 今でも何やら世界制覇(武力によるのではなくて、安く、広く誰もが喜べるように供給できる食品開発による)の野望に燃えて、日夜機械を作っている。

 従軍経験は無いが、貧乏だったために今で言うところの中学卒業で学業を断念せざるを得なかったということを涙ながらに切々と語る。
 学業を修めながら社会のために生きようとしない多くの人たちに怒りを持っているバンバン爺はその反骨心と類稀なる頭脳で、色んな分野で数々の特許を取得していて、今取り掛かっている例の世界制覇マシーンに至っては、工業大学の教授クラスを動かしているほどだ。 


 学歴、職歴、家柄、性別、年齢、経験・・・私達は普段、勝手にいろいろな枠を作ってはその枠の中に自分を押し込んで「自分には無理だ」「できるはずがない」と頭ごなしに自分に「不可能」「無理」を数え上げて、何もしない自分を無意識に肯定している。肯定していながらも何もしていない自分に焦りや不満を感じる。その繰り返し。

 何かをはじめれば、そして続ければいつかはできるかもしれない。届くかもしれない可能性を自ら否定している。
 「時間が無い」「疲れてる」「才能が無い」「技術が無い」

 また、それで何とか生きて行けるだけの豊かな世の中なのだろう。

 バンバン爺と話をしていると、確かに同じことを繰り返し繰り返し言うようになってはいるものの、言葉の丁寧さの中に時折滲み出てくる意地や対抗心、自分が正しいと信じて疑わない信念の部分と、意見を聞き入れて誤りを修正する柔軟性を感じる。

 そして何よりも人生の終盤に差し掛かっているという自覚を持っているから、壮大なテーマに着手し、何年にも渡って試行錯誤を繰り返し繰り返している。今日一日を生きるための確固たるテーマがバンバン爺にはあるのだ!

 
 高齢化が問題なのではない。
 年を取ったら何もできなくなる、しなくても良くなるという風潮が問題なのだ。

 確かにこの国を豊かにしてくれた方々には感謝の気持ちでいっぱいだ。年を取れば身体の自由も利かなくなるだろうし、社会の変化にもそうそう対応できなくなるのだろう。精一杯戦って来たのだから老後を安楽に暮らしたい気持ちも分かる。
 だが、そうしていられないような社会になってきたのは事実だし、こういう時代を作ってきたのもまた自分達なのだ。

 誰もがバンバン爺のような才能を持っているわけではないし、意志だって強くないのもわかる。働く場所が無いというが、何も賃労働ばかりができることの全てではあるまい。

 経験が導き出す様々な道があるはずではないのか?

 奇しくも本日「敬老の日」。老人を敬えと言うからには、先達として我々に示すべき生き方というものがあって然るべきだと考える。
 

 まだ手も足も動く。
 頭もほぼ正常に働いているうちは青春。
 高齢化そのものはさほど問題じゃなくて、社会全体の考え方やヤル気が高齢化・老齢化してしまっていることのほうがよっぽど重要懸案なのではないか?


 壮大な計画とか、昔のホラ話とかも良いんだけど、出来なくなった事を数えるよりも、まだ出来ることやこれから出来るようになることを見つけて実行していくバンバン爺のような生き様こそ敬う価値があると私は思う。 
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コメント
この記事へのコメント
そうなんですよね。
 誰かが自分のために何かしてくれるのを要求して、それがかなえられなくて不満を言っていることの多さを痛感している今日このごろの私です。
 多かれ少なかれ誰もがそういう自分を持っていることを自覚した上で、できることを少しずつでも見つけて行動に移していくこと、そのみんなの小さな一歩が重なって世の中は成り立っているということをバンバン爺はその姿勢で示してくれます。

 正直「こんなしょぼくれた爺さんが、こんだけできるなら、自分はどれだけのことができるんだろう!」と希望と不安が同居した感情にとらわれますが、たったひとつ「やらなければ、できない」というのが私の見つけた真実です。
2007/09/22 Sat 05:58:39
URL | フクフク丸:to kenjipunkrock 様 #oKAhFFW. Edit 
こんばんわ、フクフク丸さま

<壮大な計画とか、昔のホラ話とかも良いんだけど、出来なくなった事を数えるよりも、まだ出来ることやこれから出来るようになることを見つけて実行していくバンバン爺のような生き様こそ敬う価値があると私は思う。

ケネディの「国が自分に何をしてくれるかではなく、自分が国の為になにが出来るかが大切」という故事に通じる所がありますね。今回の記事は、読み応えがあり、自分もまだまだ粘って生きなくちゃと思いました。
2007/09/20 Thu 23:59:14
URL | kenjipunkrock #- Edit 
誰?
 >日野原重明センセ
 誰?
 
 「生き方上手」!それですね。
 誰かが見て「すげー!」って思うようなことでも、「なーんだ、そんな事か」と思うようなことでも毎日やる事がある、毎日することを見つけてそれをやるということが人間をどれだけ活き活きと動かすことか。その真実に老いも若きもそんなの関係ねえ。

 その証拠に「なーんだ、そんな事か」と他人をバカにしたような態度を取る人たちは、その人自身は何もせずにうつろな眼をしてる。
 「やろうと思えばできたことをしてこないまま年をとった」と思ったら、それを臆面も無く今から始めれば良い。年なんてそんなの関係ねぇ。

 バンバン爺を見てるとそう思えますよ。

 >「孫の日」
 ああ、先日買い物に行った先でおもちゃ売り場に「孫の日特選ギフト」とかとシールの貼られたおもちゃがピックアップされてたのを見かけました。
 孫に好かれたいのも分かるのですが、孫をモノでしか釣れないようなみっともないジジイにはならないように今から気をつけたいと思ったのでした。
2007/09/19 Wed 01:48:19
URL | フクフク丸:to レンゲ姐 様 #oKAhFFW. Edit 
負けてられんね。
>まだ手も足も動く。 頭もほぼ正常に働いているうちは青春。
日野原重明センセを見るといつもそう思います。バンバン爺も日野原センセもまさに「生き方上手」ですね。
ちなみに、年寄りに金を使わせようとする「孫の日」ってのがあるのを今日知った!
2007/09/17 Mon 21:30:22
URL | レンゲ #CIo.SJik Edit 
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