フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2006/11/15 Wed  07:30:49» E d i t
 » 負けんな若者!2006 ① 
 長くなりそうだから久しぶりに分けて書きますじゃ。

 このブログ開設当初は若い衆も学生さんも訪問くださっていたのだけれど、最近ではとんと見かけなくなってしもうた・・・

 というか、学生さんはブログ更新もままならないのですかのぉ・・・

 
 マイペースを保ちたいなら周囲の人にはネット上の世界の存在を知らせない方が良いのじゃろうし、かといって、新しくネット上で自分の表現を見て、意見交換等のコミュニケーションを取ってくれる人を見つけるのも時間がかかるから、ついぞや手軽に友人を自分の表現の世界に招待する気持ちも分かるんですじゃ。
 
 クラスメートとかに自分の運営するブログやHPの存在を教えた瞬間から、日常と非日常の境目が無くなってしまうワケですからのぉ・・・書かれている内容に寄るじゃろうけど、それが原因で反感を買ったり、いじめが起こったりしてしまうことだって考えられてしまいますからのぉ・・・。

 まあ、たまに来てくれて読んでくれてるなら「元気だよ」とコメントでも入れてくださいな。


 さて、老人口調はこの辺にして本題に入ります。

 
 ●問題意識の流行。煽るマスコミ

 「いじめを苦にして自殺する」のが流行である。
 軽率に「流行」なんて言葉を使うと、反感を買うのだが、これは「流行」なのでしかたない。

 何年かに一度の割合で流行するのだ。若者の自殺は。
 自殺の理由は様々だ。
 世を憂う、先が見えない、全てに絶望した・・・

 誰かが自ら命を絶った事件の詳細が明るみに出ると、その詳細な方法に背中を押されるように・・・足を引っ張られるように・・・自殺に踏み出す若者が増える。
 加えて、最近のマスコミはひとつの事件を異常なほどに煽り立てる。

 世論は一様にマスコミに面白いように流される。

 
 一例をあげる。

 つい数ヶ月前には公務員が飲酒運転で死亡事故を起こして、たまたま犯人が公務員であったがために、飲酒運転の全国一斉取締りが行われたまでは当然なのだが、それで検挙された何万件ものうち、マスコミがこぞってモラルの問題として取り上げ続けたのは「公務員の飲酒運転」ばかりだったではないか。あたかも飲酒運転で検挙されるのは全て公務員であるかのような煽り方を平然とやってのけて、世論もまた「公僕たる公務員、税金使って何するものぞ!?」と憤慨していた節は見受けられた。で、今はどうですか?
 これから年末に向けて飲酒運転が増えるであろう時期、どこの新聞にももはや飲酒運転で検挙されましたという記事は見かけない。


 社会的な流行なのだ。
 問題意識の流行。
 
 学校でいじめがあって、自殺者が増えて、自殺予告文が文部科学大臣やら東京都知事に送られてきたり、遺書が公開されたり。

 これも、社会的な流行なのだ。
 半年もしたら、誰もが忘れてる。
 半年後にこの記事を見たら「ああ、そういや、そんな事もあったけなあ」とか思ってる。

 それがたまたま今「いじめを苦にした自殺」なのだ。

 今までも何度かこれが流行った時期があった。
 その都度、今と同じように「教育がどうだ」とか「システムがどうだ」「学校だ」「いや、親のしつけだ」と永遠に答えの出ない水掛議論が続いた末に、次の流行がやって来て世論の関心がそっちに向くと

 ・・・ま、いいか

 と、うやむやになってしまう。
 うやむやにしてるから、また数年後に同じようにこの手の問題が噴出してくる永劫回帰。まあ、答えなんて無いんだけどね。だから必然的にうやむやになるんだけどね。

 世間はそういうものです。誰かが見てないと本腰入れて問題解決に向かわない。それも、本腰入れてるフリしてるだけで、難しい言葉を並べて満足してて、現場じゃ何一つ変わっていない。
 変わっていないものを「改善」とは言わない。
 それを見て育つ子供が何かに本気になるはずがない。
 そういうことだと思いませんか?

 だから誰かに何かを期待しても何も変わらんのですよ。だからどうにかしたいなら自分で変えていくしかない。自分が変わるしかない。そういうことなのですよ。

 どうやって変わって行ったら良いのか分からないから、どこに変わって行ったら良いのか分からないから「仲間」が必要になるでしょう。それは同級生かもしれないし、両親かもしれない。こうしてネットで接する見たこともないオジサンかもしれない。
 あるいは、200年前のフランスの哲学者かも、それこそ世を憂いて自殺した詩人かもしれない。彼らは肉体はこの世に無くてもその魂は文献として世の中に残っているのですから、仲間になる事は可能なのです。

 仲間でいたいがために、他人への接し方を覚えるでしょう。
 本の読み方も変わってくるでしょう。
 
 ほら、そうなったら“変わった”って実感できるでしょう?
 それを積み重ねてるうちに、変わってくるんですよ。自分は。そうこうしているうちに仲間はいつの間にか増えている。

 「今できることをやって行く」というのはそういうことではないでしょうか?

 ●同調しやすいお年頃

 同調しやすい年頃というのは、私にもあった。
 その年頃に丁度流れている時代の流行が、私達の時代、私の身の回りにあった思想がたまたま「冷めた時代に いかにして生きるか」という物だっただけの話だ。
 
 死にたいと思ったことも一度ではないし、あの頃が今みたいな時代だったら今頃、こうしてこの世にはいなかったかもしれない。

 「自分がなりたいように変わってきた」という意識はもちろんあるけど、それがそうなれる時代や環境であったという幸運にも感謝している。


 そんな青春時代を送ってきた私が、命の大切さや、心のあり様をいくらここで叫んだ所で、今のこの時代に生きている若い人たちに届かないものは届かない。そんなの分かってる。でも、私は書く。

 今すぐ届かなくたっていい。

 ネットの世界に上げておけば、未来のどこかの時点で誰かが見てくれるかもしれない。
 これは日記帳にこっそり書いておくのとはワケが違う。電気が続いて、プロバイダーが継続していて、私がこの記事を削除しない限りはネットの世界に半永久的に存在し続ける文章なのだから。

 だから、いつか誰かに届けば良い
 
 届くかもしれない誰かに向けて、精一杯書く。
 それを受け取るのはもしかしたら、未来の自分かも、いつか自分を助けてくれる人かも、自分が守りたい人かもしれないのだし。
 
 
 はい、次回に続きます。

あぶらこ

 市場で撮影してきた あぶらこ です。
 煮付けが美味い!
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テーマ:いじめ - ジャンル:ニュース

コメント
この記事へのコメント
なにがイヤかと言えば。
 「ああ、それ、違うんじゃないですか?」「本当にそう思ってるんですか?」

 私もそういう部分が無きにしも非ずなんですけど、たったこれで簡単に自分の意見が揺らぐんですよね。

 大多数と一緒の意見でなければならない理由なんてどこにもないのに、自分の表現に対する自信が簡単に揺らいでしまう。
 いや、多分、私が思うには喧々諤々と意見を出し合うのが面倒臭いのでしょうね。単純に負けるのが嫌いだというか。言い合いでお互いが望むような結論に至れなかったとしても、最終的に「ああ、そうか。この人はこうやって考えているんだな。そういう考え方もひとつだな。」くらいに思ってれば良いのに、大多数の価値観が絶対的に正しいと 信じ込まされちゃってる から異分子は攻撃対象としてどこまでも攻撃したくなるのでしょうか・・・ 
 
 野神氏のブログにも時折、お見えになりますよね・・・そういう方が。

 しかも何らかの意見を否定・批判する側は あたかも、自分の意見が大多数の意見であるかのように誇張して表現しますよね。
 「どこそこに誰それがこう書いていた」とか、「ナントカ大学のナントカ教授もこう仰っていた」とか。

 私にしてみれば「ああ、そう。だからどうしたの?」って感じなんですけどね。

 親の世代も、まさしく迷いの中にいるのだと思うのです。
 しかし。
 しかしですよ、迷いの中だろうとなんだろうと、すでに子供達を導くべき年代に差し掛かっているんですよ。
 
 迷っているのはいつの時代だって、誰だって迷ってるんだと思います。
 それこそ、歴史上の偉人・賢人といえども人生の苦悩とは無縁では無かったはずです。

 そこに現代は 野神氏の仰るとおりの 一方的な価値観 を押し付ける事が 教育 だと思い違いさせられてしまっている世間や、それを殊更に煽り立てるマスコミがガッチリと脇を固めているワケですから、誰かが言う事に振り回されやすい状況はズラリと取り揃っていますものね。

 迷っている自分を認めながら、それでも責任を持って次世代を拓いて行く気概を持つべく 次のテーマ「自信持とうぜ!大人」に突入して行きます。

 批判だけで終わらない。心がフッと軽くなるようなのにしていきます。

 きっと、明るい未来を拓く方法はあるんです。
 こんなネットの片隅でも、伝え続ければきっと誰かに届く、その誰かが次の誰かに伝えてくれる。

 そう思いこんでます。
2006/11/26 Sun 08:57:46
URL | フクフク丸: to 野神氏 #oKAhFFW. Edit 
一方向の価値観
まず、”マスコミ”の前に”学校教育”が次第に子供達の”個性”をそぎ”一方向の価値観”のみを植え付けていった事が、今の若者が”自分の考え、価値観”を持てなくなった要因だと思うんですよ。そこを突く様にマスコミが”一つの物事”だけを取り上げて、大々的に煽って若者達を”洗脳”するかのようにその”題材”を広める事によって”流行”を作り出すようになったのが80年代後半辺りだと思います。それを機に、若者達が”流行”にそのまま振り回されるようになってしまったのではないでしょうか。同時に、現在の”いじめ”もまた”同じ構造”を持っているんです。”一つの個性”を”集団”が潰していくのが今のいじめ。「みんなと一緒じゃないといけない。独りになったらおしまい。」という”発想が、”いじめられっ子”を”死”に追いやっているのだと思います。

でもって、今の小学生の”親の世代”は、おそらく僕と”同世代”でしょうから、そうなるとまさに”詰め込み教育”、”偏差値教育”によって固定した価値観を植え付けられた世代です。ですから、その親とて”マスコミ”には煽られやすいんです。その反面、学校にはあまりいい思い出が無いから学校には”不信感”を抱く。それによって、学校に対しては”無責任”な態度ばかり取るゆえ、教師側は何も出来ず、生徒達の思うがままに授業が崩壊し、そして学級が崩壊しているのが今の小中学校の実態なのでしょう。いずれにしても、”高度経済成長期”を皮切りに”詰め込み教育”を断行してきた文部省及び教育委員会にこのような”ツケ”が回ってきた、という事でしょう。

とにかく、今の日本人は大人、子供問わず、自分から進んで何かを積極的にやろう、という気概を持った人が極端に少ないのは確かだと思います。みんなと同じ状態で、差し障り無いように事を進めるのが”常識”と考えてますから、そこからはみ出た人を極端に嫌う傾向があるのでしょう。結局、”多勢に無勢”というものに甘んじている事が、”流行”に流されやすい風潮にもつながっているんだと思います。

”マスコミ”はマスコミで、こうした報道が”いじめ”をなくす”最短方法”だと考えてるからこそ、こういった大々的な報道をするのでしょうけど、僕はこのような”報道”が一人歩きするのではなく、最終的に政府や警察と一丸となって、もっと”正方向”な形で事を収める必要があるのに、それぞれが”バラバラ”に行動しているからおかしくなっているのではないでしょうか。もっとも、今や”政治家”や”警察”も”事なかれ主義”になっていますからね。だから、逆に今のような事件は連中にとっては”いい薬”にはなっているのでしょうけどね(笑)

歴史的に見ても、みんなが同じ”考え方”、”価値観”になって、”集団”で固まるようになって”事なかれ主義”になると、必ず社会は衰退し、そこから強烈な”個性”を持った人間が現れる事によって、”時代の変換”が行われてきた事を考えると、ここはもっと自分の”考え”、”価値観”に自信を持ち、”強烈な個性”が現れれば何かが変わっていくかもしれませんね。でも、そんな人が現れるのを待つんじゃなくて、自分自身がそうなるように努力する必要はあると思います。”多様な個性”こそ、”世の中”を変えられると思います!
2006/11/19 Sun 15:47:22
URL | スーパーpsy野神 #- Edit 
私は、ガッツポーズはありだと思うのですよ。
 いや、他のところで見かけた話題をここに持ってきてすみません。
 「剣道で勝利してガッツポーズしたら、勝利が取り消された」という話で。
 
 人としての生き方を修めるための「道」なのですから、そこに到達点はないわけで、ひとつの目標に達したからといって、そこで喜んでしまって次の目標を見失うようなことにならないように戒めるための 勝利取り消し なのでしょうけれども、日本人の美徳だとかそういうの関係無しに、それはちょっとつまらないだろ?って思うんです。

 確かに、そういう思想の中で行われている競技である事は十分に理解できるんですが、競技者・プレイヤーとしては乗り越えるべき段階的目標という物があって、そこそこに到達した時に喜びのひとつも表現してはいけないのであれば、負けて泣くのも禁じられるべきでしょうし、明鏡止水の境地でも目指そう物なら話は全く別なのですけれど、感情表現なき競技に裾野を広げる可能性はないと思うのです。

 剣道に於いては「他人を斬り捨てた後にはしゃぐとは何事か!」という部分もあるのでしょうけれどもね・・・。

 勝利という結果は取り消されても、きすけ殿の達成感は消えませんよね。

 でクソ長い前置きが終わって、本題なのですけど、私が強烈に思うのはね 「こら、若い奴ら!お前らが大人になったとき、ウチのガキどもを導くのはお前らの役目なんだぞ!しっかりすれ!ウチのガキどものためにも!」という思いです。 思いは続いて行くのですから。

 自分が本気で投げた球は、きっとどこかで誰かが拾ってくれて、それが私本人じゃなくても、きっといつか大切な誰かまで届くと信じてる。
 
 輪廻転生は、魂だけの話ではありませんよね。真心や熱い気持ちは、きっと波紋が伝わるように永遠に繰り返し繰り返し伝わり続ける。

 だから、私のやっていることが 本気のフリ であるのならば、ココを読んだ若い衆がそう受け取って、そうやって広げちゃうでしょうし、 フリなんかじゃないならば、きっと誰かを救える。

 そう思いこまないと、こんな脳ミソがクソになるようなこと やってらんないじゃん(笑)ね。
   
2006/11/18 Sat 07:35:19
URL | フクフク丸: to シグルイきすけ殿 #oKAhFFW. Edit 
最後にオチらしきモノがあるのが丸殿らしいと感じる若者です。確かにマスコミ自体の流行り廃りもあるんでしょうね。
今日の被害者が明日の加害者として報道される様な節もありますから。
ただ、いじめに関しては年々やり口が卑怯な手口になっている様に感じます。また、何の関係なのか人間の死に関する感覚も薄くなって来ている感じもします。それは子供達だけではなく大人達も、です。
何かがおかしいという考えは、新人類などと言う言葉が生まれる前からずっと進化の過程で叫ばれて来た事かも知れませんが、何か日本は発展と言う言葉を手に入れる代わりに、礼儀だとか美徳だとか恥だとか、そう言う物を忘れて行ってるんじゃないかと思います。

大人達がそう言う方向に向いてるのに、子供達に違う方向を向けと言うのは難しい気がします。
丸殿がおっしゃる通り、本気のふり=自己満足をするのでは
なく、具体的な改革を望んでいます。影響力のあるマスコミの報道力はそう言う力もある様な気がするのですが。

いじめに悩んでいる子にも、気休めの「生きてればいいことあるよ」なんて言葉じゃなく「今」助けてあげられる言葉が欲しいと切に願う今日この頃です。
2006/11/16 Thu 02:15:05
URL | きすけ #JwT7T6Sk Edit 
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