フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2006/04/25 Tue  05:14:14» E d i t
 多分、その死が無ければ
 「僕」は「彼」と出会うことは無かった・・・

  1992年4月25日死去。享年26歳
 着ていた衣服を脱ぎ捨て 
 道に斃れていたのだと言う
 
 「彼」の死に様を語れるほど「僕」は「彼」を知らなかった
大人になった「私」が思うに、
 マスコミが飾り立てたほど奇麗な死に様ではなかっただろう。

 だが、知らなかったからこそ
 その先を紡ぐことのない「彼」の遺志たちが
 執拗なまでに「僕」の心を揺さぶった 



    ・・・  尾崎 豊  ・・・ 


  生きていれば今年 40歳。
 果たして、今でも歌っていたのだろうか?

 「彼」の止まってしまった時計を少しずつ
 巻き戻してそれをなぞりながら
 
 「僕」のもがき苦しむような青春の隣には「彼」がいた。
 「彼」の紡ぎ残した言葉や音楽の道標達が「僕」を導いた。

 「僕」は多くの言葉を欲していた。
 自分と向き合うには自分を語れる言葉が必要だ。
 社会と向き合うには多くの言葉が必要だ。  

 そして「彼」は
 なんとも後ろ向きで冷め始めた時代の多くの若者を
 自分の言葉で導いた。

 自分の魂で導いた。
 
 「僕」は舐めるように
 「彼」の言葉を口にした
 それは心地良く「僕」の血の中に溶け込んで
 それは心地良く「僕」の魂に作用した。

 栄光と挫折、そして続く人生・・・
 突然止まった時間・・・


 勝ち続けなければならないと歌った「彼」は
 勝ち続けることができなかったがゆえに
 今も人々の心に響き続ける

 泥にまみれ
 栄光を掴み
 行き詰まり
 酒とドラッグにやられ
 ブクブク太り
 それでも走り出して
 輝きを取り戻し
 斃れて死んだ

 
 生きていれば今年 40歳。
 ねえ、君は今でも叫んでいるのかい?

 今日もどこかで「彼」の叫びに涙を流す友がいる。

 悲しい歌は聴きたくないんだ・・・
 悲しい歌は
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テーマ:男性アーティスト - ジャンル:音楽

コメント
この記事へのコメント
尾崎の自己陶酔と語りかけ
 例えば、BOΦWY、TMネットワーク、久保田敏伸は、日常生活をそのまま、そこら辺にある言葉で描き出したりはしなかったと思うんです。

 その場にある心情や情景をちゃんと「詩」の世界に閉じ込めて来たんだと思うんですが、尾崎の場合「作文」なんですよね。

 誰が何してどう思ったのか。

 音楽の作り方としてはロックよりもフォークなんだと思うんです。それでもその情景の描き方が独特で鋭い。
 
 ロックが英語との共存を図り、スタイリッシュなムードを出していたのに対し、10代の尾崎は「存在への懐疑と肯定」についてテーマを当ててそれを無理矢理な英語に頼らずに、自分の中にある言葉で表現した。

 これが10代に届きやすい要因だと思うんです。
 自分の中にある言葉しか使っていないけれど、言い回しが難解でともすれば消化不良を起しかねない危険性を持っている。
 その危うさと直球勝負が尾崎の持ち味だと思っています。

 往々にして社会への懐疑と批判精神がフォークにはあって、それが多くの若者の心に響いてひとつの時代の流れを作るとしたら、尾崎豊は確かにうねりを起したのだと思います。
 ステージ上の自己陶酔と語りかけによって、尾崎リアルタイムではない、ビデオライブ世代の私の友人でさえも狂信的に尾崎信者になりましたから。

 「反体制」を謳う既成概念の破壊者が「体制」側に組み込まれたとき、彼らはその存在意義を見失ってしまいます。

 そう思った時にそのまま引退して全く違う生活を送るようになったり、それこそ死というピリオドを迎えなければ商業主義に流されて才能は枯渇し、名前に頼っているだけの筋の通らない商売になりますからね。

 「成り下がり」ですね。
 まあ、そういう人たちはもっともらしい言い訳をちゃんと用意してるんですがね。それがまたもっともらしく聞こえるんですよ。
 「この年になって、やっと分かってきたよね・・・」なんて言われると苦笑して許しちゃうムードになっちゃう(笑)

 なにしろカリスマですから。
2006/04/29 Sat 16:10:26
URL | フクフク丸:to 野神氏 #- Edit 
尾崎に惹かれる部分
僕は世代的には”尾崎世代”なんですが、どちらかと言えばBOΦWY、TMネットワーク、久保田敏伸辺りの方が好きだったので(汗)

まぁ、尾崎が嫌いだった訳じゃないんですけど、ちょっと”ベタ”な感じもしたので逆に一歩引いていた感はありましたね。しかし、同じ”若者の心を掴む”でもブルーハーツよりはこちらの方が全然説得力を感じたし、本当の意味で”共感”で来たのは尾崎のほうだったのは間違いないですね(ブルーハーツは何か”子供だまし”的に思えましたので(汗))。

で、尾崎に対しては「女々しい。」とか「子供じみている。」とか「現実逃避感がある。」みたいな”批判”も結構あったと思います。でも、こういった部分に”ロック”を感じるかどうかはともかく、そこに”人間の本質”が感じられるのも事実です。人間なんて所詮は”弱い生き物”なんですから。人間誰だって強がっていてもその”裏側”に”弱さ”が潜んでいるものなんです。尾崎が歌った歌ってそういった”素の自分”を映し出したものではなかったのでしょうか。しかし、フクフク丸氏が仰るように”年齢”を重ねても”大人”になりきれない部分があったことは確かなのでしょう。それが後々彼を苦しめ”ドラッグ”に走り、そして更に”死”に至った事は言うまでも無いでしょうね。

”伝説”と化したアーティストの多くは”死”によってもたらされているのは確かでしょうね。ドアーズ(ジム・モリソン)然り、ジャニス・ジョプリン然り、ジミ・ヘンドリクス然り、レッド・ツェッペリン(ジョン・ボーナム)然り、セックス・ピストルズ(シド・ビシャズ)然り、ビートルズ(ジョン・レノン)然り、シン・リジー(フィル・ライノット)然り、クイーン(フレディ・マーキュリー)然り、ニルバーナ(カート・コバーン)然り・・・。そして、日本ではこの尾崎豊こそがそういった存在になりました。でも、もし彼が今生きていたら・・・? まぁ、”カリスマ”にはなったとしても、今の矢沢や長渕のようにもはや”なんでもあり”みたいになる可能性もあった訳で、全盛期の彼ならではの”ポリシー”、”主張”みたいなものが風化してしまった可能性はありますね。そうなる前に”死”を迎えた事で、彼は”完全体”としての”カリスマ”、そして”伝説”となりえたのではないでしょうか。
2006/04/29 Sat 07:38:59
URL | スーパーpsy野神 #- Edit 
やり場のない気持ちの扉破りたい
 15の夜「やり場のない気持ちの扉破りたい」 でも、だべってみたり、バイクかっぱらって逃避してみるくらいしか出来ない自分。

 1stアルバム「17歳の地図」というアルバムは、そんな尾崎の葛藤。10代にある疑問・疑問ゆえの苦しみ・恋愛・社会との折り合いのつかなさ・・・全てが凝縮されている。
 そして、
 僕が僕であるために勝ち続ける 
 という結論で結ぶ。

2nd「回帰線」はその名の通り、社会への回帰なのかもしれない。
 支配からの卒業、戦いからの卒業を宣言し、人生の散策・迷走、友人に新しく生まれる命を祝福したり・・・最後に愛すべき者全てに歌い続けることを誓う

 3rdアルバム「壊れた扉から」
 15の夜で語られた「やり場の無い気持ちの扉」が破られた=自分の言葉で世間に対峙し、15の夜に見上げたあの風景の場所に自分が立った時、それが果たして自分の求めた自由であったのかと懐疑に陥る作品。
 苦悩に満ちている。
 もはや、勝ち続ける意思も、愛すべき者すべてに歌い続ける魂も出尽くした感が・・・辛い。
 その辛さゆえに滲みる。

 その先のアルバムは、正直言って無理に搾り出した言葉とメロディーが尾崎自身を蝕んで行っている感じがする。 
 
 「15の夜」は1stアルバムの5曲目くらいに入ってたはずなんだけど、当時の街の風景を描写し、恋愛や学校生活の描写を1~4曲目までにしておいて、葛藤・苦悩を5曲目に、そしてその中から希望へ向かおうとする意思を描いた6曲目「17歳の地図」へと向かう流れが好きでね。
 7曲目以降は、そうした彼が「戦い」と定義する社会への進出に際して自分の後ろ盾になるであろう広義の「愛」の確認と、自分自身の気持ちを歌う狭義の「愛」の確認が行われ、感謝と決意で結ばれる。

 1stアルバム「十七歳の地図」から3rdアルバム「壊れた扉から」までが尾崎の10代の仕事ですから。

 「15の夜」はその1曲だけで論じられる世界でもあり、青春時代の流れを作る1曲でもあるんですよ。
 
 まさに、全ての風景を散りばめた「アルバム」になってますよね。 
2006/04/27 Thu 06:11:39
URL | フクフク丸:to メイ様 #- Edit 
国語の先生の意図はいまだにつかめませんが、「15の夜」に込められたメッセージの捉え方は人それぞれだと思いますがね。
まだまだ半人前でありながら、自由を求める年頃の葛藤を見事に代弁した歌だと僕は解釈しています。
僕は別におかしいとは思いませんでしたねぇ・・。
規則や道徳を教える「教育」とは、違った世界が見れて刺激的でしたよ。
まぁ、その刺激が間違った方向へ導いてしまう危険性も孕んでいますがね。
2006/04/26 Wed 22:48:26
URL | メイ #j.d64WD2 Edit 
15の夜、君は何を思っていたか・・・
 おや?横恋慕ではなくて反抗心ですね。ああ、思春期だなあ。
 
 盗んだバイクで走り出すような歌を聞かせて、その国語教師は何をしたかったんだろう・・・
 当時の教育とは対極にあった尾崎の叫びが、教育側から喧伝されるとはこりゃまたおかしな話ですなあ。

 自由って一体なんだい?

 少なくとも授業中に尾崎の歌を流す事とは違うとは思いますがねえ・・・。ま、その先生が尾崎世代だったんでしょうねえ・・・。

 中学の国語の先生と言えば、中学1年の最後の授業でギター弾き語りでフォークの神様・岡林伸康「友よ」を熱唱したO先生。
 思えばあの姿に憧れて、ギターを弾きたいと思ったんだったなあ・・・。

 尾崎は思想を伝えるフォークとロックが融合した音楽だったんですねえ。
 
 世間を下から見上げた構図の「17歳の地図」から、その見上げた所に到達して行き場を見失った「壊れた扉から」辺りまでしか私の心には響かない・・・んだなあ。
2006/04/26 Wed 15:51:45
URL | フクフク丸:to メイ様 #- Edit 
死んだらカリスマか・・・
 確かに、生きてる間も「十代のカリスマ」と呼ばれたらしいですが、それは彼の死をもって完成された完結された世界観なんですよね。
 彼の死はマスコミに騒がれて彼の人生の光と陰が誇張されて連日報道され続け、やがて人々の胸に「カリスマ」という言葉を刻みつけました。
 いやらしい話ですが尾崎の死という現象は一大ビジネスに発展し、14年を経た今でも新しいCDが発売されるとか言ってます。
 そう、若くして死んだから・・・それも謎だらけの死だったから・・・美化されて多くの若者を導いています。

 しかし、その死の衝撃も彼の生き様あってこそです。凝縮された熱を帯びた生き様があって、その生き様を言霊として多くの人々に伝えたからこそ私のように彼の言葉が血に溶け込んでいる者がいるのです。

 運命の弾き語りが「夏祭り」ではなく「群衆の中の猫」だったならば、ま~姐は尾崎を追いかけていたさ。

 おし、いっちょ俺が弾き語るか。
2006/04/26 Wed 15:36:28
URL | フクフク丸:to ま~姐様 #- Edit 
尾崎。
 誰もが通過する理想(タテマエ)と現実(ホンネ)の狭間を通り過ぎる期間。
 多くの人がそれに順応するために苦悩する青春。
 他人の前では明るく振舞ってみても一方では布団を噛んで泣いたりしてる。
 
 自分の存在が何なのかさえ
 分からず震えている・・・

 隠し立てできない自分と尾崎の歌が重なって、「僕」は「私」になった。
 「僕」は「僕」であり続けられなかった。

 長渕がメッセージ性の強い楽曲を作り始めたのは多分、30過ぎてからだと思います。ですから曲が私たちに与える印象の性質が尾崎と長渕では違いますよね。

 センセーショナルな「死」が無ければ、今、こうしてたくさんの言葉を操れる私はここに存在してません。
 しかし、もし、尾崎が生きていたならば、やはり長渕のように自分の過去の作品思想を否定してしまう曲の一つや二つ作ってしまっている事でしょう。 
 なにしろ、死の直前で「放熱」してますから。
2006/04/26 Wed 15:22:01
URL | フクフク丸:to レンゲ姐様 #- Edit 
中学二年生の時、国語の先生がCDラジカセを「どん!」と教壇に置き、前置きも少なく、どんな曲かもあまり説明することもなく、「15の夜」を聞かされました。

「尾崎豊」との出会いは唐突でした。それまで尾崎豊という歌手が存在していたということすら知らず、ただただ流行歌に走る日々・・。「なんだこの曲・・古臭え」と思春期特有の反抗心もつかの間、あっという間に歌詞とボイスに魅了されてしまいました。

一度しか聞いていないのに、「15の夜」のメロディーをほぼ完全に憶えてしまいました。授業終了後、クラスの男子が早速口ずさんでいましたよ。僕もそのうちの一人ですが・・。尾崎豊の人物像や、「15の夜」がどういったメッセージがこめられた曲なのかという先入観や理屈を抜きにして、ハートで感じることが出来る曲でした。

尾崎豊・・己の人生すべてを歌に込め、吐き出し続けた男の生き様。僕の中で、まだ生きつづけている。
2006/04/25 Tue 20:39:20
URL | メイ #j.d64WD2 Edit 
私もなくなってからです・・
好んで聴く事はなかったです
遠い昔・・私に会いにきた人が、帰りの電車の中でI LOVE YOUを今聴いている・・っていう一言が尾崎豊との出会いでした~(うわっ・・青春・・・)
40歳の  尾崎豊か~
彼は亡くなったからからこそ・・今も行き続けているのであって・・実際生きていたらどうかな?美化されているんだと思います。
2006/04/25 Tue 08:20:09
URL | ま~ちゃん #64owOXpE Edit 
尾崎
尾崎は好きでした。
弱くて泣き虫でみっともなくて、自分と等身大でね。

長渕と尾崎は逆ですね。長渕は前へ前へ行こうとするプラスのエネルギーが欲しくて聞くんだけど、尾崎は苦しみやマイナスの部分を共有するというか・・・パワーをもらうというよりは、こちらも一緒になってそこに浸ってしまう感じだよね。
その死に方が、彼らしいと思えてしまうところがまた悲しいですね・・・。
彼が生きていたらということが想像できない。40歳の尾崎はあり得ない気がするよ、何故か。
2006/04/25 Tue 06:43:17
URL | レンゲ #CIo.SJik Edit 
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