フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2006/03/19 Sun  18:39:06» E d i t
 » 自分の中の阿久津真矢。 
  という訳で、2夜連続の2時間枠で語られた阿久津真矢の過去。
  

 女王の教室「エピソード1~堕天使~」

●理想の教師=白い真矢
 「誰からも好かれたい」と思うのは誰でも当然持っている感情なワケで、それを否定することはないと思う。ただ、その「誰からも好かれたい自分」を自覚していない状況は非常に危うい。
 さらにそれを他人から否定されて「そんなことはない」と言っている状況は末期症状だと思う。

 理想とか夢も、現実に足が付いていなくて周囲の誰もが準備さえできていないのに自分だけが張り切っていても誰も付いて行けない。 

 理想や夢が悪いのではなくて、その叶え方が問題。現実に可能なのか不可能なのかを見極める目は必要だと思う。
 
 自分の思想に組するものは「善」であり、対立するものは「悪」である。

 この単純な世界観で生きている限り、人の世に争いや戦いは絶えません。である事は分かっていながらも、自分の理想や信念に燃えて周囲が見えなくなってしまい「誰も理解してくれない」となってしまう。
 
 それは多分「誰も理解してくれない」のではなくて「理解してもらうやり方が良くない」のだとは気が付かない。他人はとっくに理解しているのだ。言葉にしなくても「そのやり方では、誰も救えない」「アナタの満足のために自分を使わないでくれ」と。だから誰もついて来なくなる。

 真矢が持っていた純粋さの根源は「父親への反発」から生まれた「社会の汚さへの嫌悪」。その汚れゆえに回っている社会を理解していなかった。それは、学生時代に多くの人が疑問に持ち自分を動かす原動力になるであろうモノの考え方。
 社会批判=立派な自分。そして批判して満足。否定して優越。その時点で「他人と自分は違う」と思っている。
 
「理想」があって、そこへ「向かうべき道」がある。
 その向かうべき道を歩むには「覚悟」がいる。そして多くの場合、その「道」を歩むための「切っ掛け」が必要だし、歩き続ける中にも不安が常に胸を締め続ける。

 「みんなが一緒に仲良く楽しく(清く 正しく 美しく)」は相手の中に根付いてこそそれが実現するのであって、それには時間が掛かる。決して無理強いで今すぐにはは定着しない。ましてや6年生というすでに学力差が顕著についてしまった段階では落ちこぼれを出さないように遅れている者に足並みを揃えれば、周りがまとめて落ちこぼれてしまう。
 
 

真矢は自らその「みんな一緒に」を破ってしまう。
 クラスの女子児童・池内愛は真矢の理想に共感してたんだと思う。親が自分の事ばかり考え、池内は誰かが自分を愛してくれているという確証が欲しくて真矢からの愛を求め交換日記を始めた。
 交換日記を別の生徒に指摘され、真矢は交換日記をやめる事を池内に告げる。
 自分に向けられる愛の確認のため「これから死ぬから」と真矢に電話した池内。しかし真矢はその言葉の裏側の思いを知らなかった。真矢は愛情をくれる人間だと信じていた池内。しかし、真矢は来なかった。

 池内はまた大人から裏切られたと思い、自傷行為。それを体罰だと訴え、真矢は担任から外される。



 子供は親を映す鏡だと言う。
 ならば歪んだ人間関係という社会の縮図は常に学校に現れる。

 自分の理想と現実のギャップに挫折する時は誰にでも訪れる。その現実の一員として生きてゆく時に、私たちはひとつの決断を強いられると思ってしまう。逃げるか進むか。その二つの選択肢しかないように感じる。
 それは良く考えると勘違いでしかないのだが、とにかくそこまでの道のりが純粋に歩いて来たのならばそうであるほど受ける挫折感は大きい。
 
 真矢は教育の現場に失望し、逃避し、結婚する。
 挫折した時に心の中に「傷や痛み」とともにうっすらと気付く「理想へ向かうべき道の遠さ」に愕然とし、教師を辞めてしまう。

 結婚式に現れた憎むべき父親の一言が真矢の傷をさらにえぐる。
 「これがお前にとっての幸せなのか?あれだけ人を批判して偉そうな事言って教師になったくせに、自分の思い通りにならなかったら、尻尾を巻いて逃げ出すのか?女はいいなぁ。いざとなったら結婚すればいいんだしな。」 

 ●親としての真矢

 過剰な期待は他人を滅ぼし、やがてその刃は自らも滅ぼす。

 よもや自分が良かれと思ってしていることが我が子を崩壊させて行くとは。
 他人に多くを期待し、我が子に自分の果せなかった夢を託したりあるいは自分と同じ過ちを繰り替えさえたくは無いのはいつの時代も親の心情です。私もまたそう思う時もあります。

 

真矢は何かに追われるように息子を炊きつけ、息子を立派に育てる事が使命であるかのように勉強する事を押し付けた。押し付けが顕著になり言葉にこそ出さないのだが「なんでこんな事もできないの?」という態度が現れ始めると、夫のヤスヒコの「もっと自由にやらせてやろうよ」という教育方針と対立。
 両親のケンカが頻繁になり、やがてそれを目の当たりにした息子・翔は「自分が悪い子だから、ごめんなさい」と自分を責め、ついにはチック症になる。
 そのチック症の症状が出たことで真矢は自分を責め、翔もママの期待に応えられない自分を悪い子だと自分を責め、お互いが「良い人・良い子」になりたいがために向き合う事ができないウチに、ヤスヒコの会社が汚職・脱税容疑で強制捜査を受ける。
 真矢はヤスヒコを責めるが、ヤスヒコは「こんな時、夫を真っ先に心配すべきなんじゃないのか?」積もり積もった怒りを爆発させるヤスヒコ。
 「翔の事だって、あんなの愛じゃない。翔の為って言いながら、自分の思い通りにしたいだけじゃないか。本当は教師続けたかったけど出来なかったもんだから、自分の息子教育してるだけだろ。」

 それを見ていた翔「僕は生まれて来なかった方が良かったの?」
 真矢「全部ママが悪いの。パパとママは翔が大好きなのよ」
 翔 「ほんとに?ママ、ごめんね僕何もできなくて」
 真矢「謝らないの。もう」
 翔 「僕強くなるからね。大きくなったらママを幸せにしてあげるからね。」

 その翌朝、真矢の大好きな蝶を捕まえるため、ひとりで布団を飛び出した翔。遅れて目覚めた真矢が書置きを見て急いで飛び出したが・・・
 
 翔は川に落ちて溺死。そして、ヤスヒコとの離婚。


 
 子供は未来です。未来は明るい方が良いに決まってる。でも、実際に子供に大切なのは物事を経験して自分で判断し、その結果を受け入れて責任という物を覚えて行くことだと思うんです。
 その結果が必ずしも明るいとは限らない。そういうのを親も受け入れないといけない。

 そのためには親は与えるだけではダメだし、ましてや期待に応えられないことを責めるような真似をしてはいけないと心に留めています。
 一つの結果が出ても、世の中は続いて行く。
 その結果が成功であろうと失敗であろうと、まだまだ人生は続いて行く。そういう事だけは伝えてあげたいと思ってます。

 命に関わるような事だけは、殴ってでも蹴ってでも人ごみの中で怒鳴ってでも止めさせてます。

 
 ●目覚めの時=灰色の真矢 
  
 

息子が死に、夫と別れ、実家にも戻れず身も心も拠り所を失った真矢は自殺しようと翔が死んだ川に入って行く・・・携帯電話が鳴った。
 あのかつて真矢の理想を打ち壊した池内愛からだった。「今から死のうと思って・・・先生には謝っておこうと思って。いろいろ迷惑かけたから」
 5年を経て、愛も理想も失った真矢に掛かった運命の電話。

 真矢は引きずっている後悔を振り払うかのように愛の実家を訪ね、無関心な親を一喝し、クラブで泥酔して数人の男に絡まれていた愛を何とか助け出す。
 愛は妊娠していた。「私のこと本当に可愛いって言ってくれた」男と付き合った挙句「俺の子かどうか分からないし、そんなにお前なんか好きじゃない」と捨てられた。だから死ぬのだという。

 真矢は「じゃあ一緒に死にましょう」と踏み切りの中に愛をつれて行く。
 迫る電車。
 「いやだ~!死にたくない!!」
 愛を突き飛ばし、踏み切りの外に飛び出した真矢。
 愛を思い切り殴る。
 
 「あなたがなんで誰にも愛されないか分かる?あなたが誰も愛してないからよ。」 

 愛「そんなの分かってるよ。でもどうしたらいいの?」
 真矢「それを探しにもう一度教育を受けなさい。いろんな友達や先生と出会いなさい」
 愛「赤ちゃんは・・・どうしよう」
 真矢「堕ろしなさい。今のアナタには母親になる資格があるとは思えないから」

 堕胎手術が無事に終了し、愛は後悔の涙を流しながら
 「先生ごめんね。私のせいで教師やめさせられて。もうやらないの?教師。きっと世の中には私みたいな子がいっぱいいるよ。私みたいな子、助けてあげて。」「この前叩かれた時嬉しかったもん。先生の愛伝わったよ。だから教師やめないで。」

 


 
 真矢は「思いを伝えるための手段」に気が付いたのでしょう。
 それは「理想を現実にして行くための道のりの歩き方」に気づいたと言う事。
 
 理想は現実に砕かれ、最愛の息子を傷つけた果てに失い、そして自分の全てを失った果てに「愛する」と言う「奇跡」の本当の意味を、「かつての自分が持っていた純粋な愛の欠片」を温め続けていたかつての生徒の心の慟哭で知った真矢。

 ただ単に私がそうなだけなのかも知れませんが、真矢は自分を映している鏡だと思ってます。このドラマは極端な物語構成ですけれど、そういうのを取っ払って人間・阿久津真矢を見た場合、私もまた自分の正義を他人に押し付けて悦に入っていた者だと言わざるを得ません。

 今もなお、そういう部分はあるかもしれませんが、他人を打ちのめすような真似をしなくなりました。
 
 また、ドラマの中にも過去の真矢を映し出す鏡のような登場人物が次々と出てきます。そして過去の自分に語りかけるように「いい加減目覚めなさい」と決めゼリフを放つ。

 過去の自分を捨てる事無く背負い、乗り越えてきたから我々の目の前に連続ドラマ「女王の教室」の阿久津真矢が誕生したように、私たちもまた、過去を背負いながら今の自分になっています。

 過去の自分に出会う時。
 それは実生活でもネットの中でもたびたびあります。

 そして、私はまだ途中でありながら、自分が行き詰っていると感じている人たちに語りかけます。
 「アナタの終わりはそこではないでしょう?」と。

 そして、その言葉を自分に語りかけているのです。

  ああ、長い。くそ~~長いよ。もっと簡潔にできない自分の未熟さにガッカリしつつも、この長文にうっとりしつつ、 エピソード2の感想文は次回。
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テーマ:女王の教室 - ジャンル:テレビ・ラジオ

コメント
この記事へのコメント
ライフスタイルの変化と生活意識。
 コレ一本、まとめ記事書こうと思っています。
 カズノコ特集で、最終的にその辺の問題にまで切り込む予定なんですが、カズノコの記事で難渋しててなかなか進まず、更に「女王の教室」スレが激烈ヒートアップしてしまいましてちょっとどうやってつなげようか迷っています。

 まあ、多分半年後くらいにはなんとかなるでしょう。中期的返済計画みたいな。(笑)

 ところで長男の話ですが、ホントぼやきたくもなりますよね。
 長男っていつでも誰かと比較されっ放しで育ちますからね。最初は弟と比べられ、次は同級生の誰それと比べられ・・・ってやっていくウチに「あんたのお父さんは・・」って親とまで比べられる。
 弟の方はその影で比較的楽に自分を見つけていきます。「新しい道を切り拓く」という傍から見た時にカッコイイ生き様をしやすいんですよね。2番目以降って。「他者との比較」という名の呪縛が案外薄く見えるんですよね兄の目から弟を見ると。
 実際、社会的にはそういう家が多いですけど。ウチも御多分に漏れずそういう兄弟です。私、長男です。
 「引き継いで生きる者」と「飢えて勝ち取る者」の差はすでに兄弟という間柄から生まれているような錯覚すら覚えます。
 そして長男は「引き継いで生きる生き方」を強いられる場合が多いです。それが財産であれ、思想であれ、親がその意思を一番反映させたいのが長男なんだと思います。
 
 人間なんて様々ですから、その重みに耐えられる人間ばかりじゃないです。長男は少しでもダメだったら「この兄はバカ兄で・・・」ですからね。ホント「やってられるか!」って思う事も多いです。

 でも、弟から見たら違うらしいですよ。
「兄ちゃんはとにかく何でもちゃんとできるし、俺は親にも期待されてないから何も言われない。だから違う道を行かなきゃならないし、本当は故郷でゆったりしたいんだけど、働く所も無いし、仕方ないから出て行くしかないもんね。」

 私、ハッとしましたよ。
 今まで私が弟に対して「自由奔放で、活動範囲が広くて、多少わがままで・・・」私とは正反対で羨ましいって思っていた部分を、弟はなんとコンプレックスに感じてたんです。
 
 そして、私がコンプレックスに感じていた部分を弟は羨ましがっていた。

 たかだか生まれてきた順番です。でも、それが宿命だと知ったんですよ。私たち兄弟は。
 私は「兄」であり、彼は「弟」である。そうなんだから仕方ない。
 
 世間も親も、未だに「長男でしょ?長男なんだから!」ですよ。ホント大変です。でも、ウチは弟と話した時に「兄」をちゃんと引き受けようってちょっとは思えましたよ。

 その思いが父親になった今、「父」を引き受けるという意識にもつながっています。
 人間同士の間柄・役割って面倒ですよね。でも、そうやって生まれて育ってきたんですものね。
 感謝して、引き継がないと。
2006/03/27 Mon 05:40:39
URL | フクフク丸:to 野神氏 #- Edit 
自立心の目覚めですか・・・
確かにそうなのでしょうね。これからは、誰かに頼る(何らかの組織、集団の中で守られる)のではなく、我々個人個人が”何か”を切り開かなければならない時期なのかもしれません。そういった意味で、昨今の”女性の飛躍(女性の起業など)”が注目される所なのでしょう。でも、”男性”の方がまだ”組織”というしがらみの中で”埋没”しきってそこから這い上がれない状況が未だに続いていますよね。そういった”縦社会”の体質が男性の場合はそれだけ染み付いてしまって、もはや”常識化”してしまって、そこから抜け出す”きっかけ”がつかめずにいるのだと思います(自分も含めて)。

これは、単に今の男性がだらしがないから、というのではなく、それだけの”しがらみ”を歴史的に見ても男性は背負わされていたからに他ならないと思います。特に”長男”は。長男が”家”を継がなければならない。”長男”が両親を含めた家族を養っていかなきゃいけない。その為には安定した”職”に就いて、安定した”収入”を得なければならない・・・、といったように。それが、”バブル崩壊”によってこうした”図式”が一気に崩れ去ったのは言うまでもありません(悲) 多くの”中高年層”の人達は”リストラ”の憂き目に遭い、それが原因で”家庭崩壊”、そして”離婚”なんてことも珍しくなくなりました。そこで、路頭に迷う多くの男性達を尻目に、”女性達”が大きく飛躍するようになっているのが今の日本です。確かに、こうした”女性”が日本を建て直す”鍵”を握っているのかもしれない。でも、それではやはり”社会の秩序”をちゃんと築いていけるかどうかはやはり”疑問”なんです。

”今の女性”は確かに”優秀”なのかもしれません。でも、”女性”の”身体的能力”にはやはり”限界”がありますし、それに”結婚”すれば”妊娠→出産”があり、そして”育児期間”もあります。まぁ、今では”ドラマ”でもあったように、”男性”の方が”主婦”ならぬ”主夫”になる、という考え方も出来るでしょう。しかし、それでも”妊娠及び出産”をするのは女性なんです! それに、これまで築き上げられてきた”男女関係(立場、役割など)”を急に”逆転”させる事なんて、それこそ「車は急に止まらない。」という理論の如きものだと思いますからね。未だに「男子厨房に入らず。」という考え方をしている男性は多いでしょうし、されど今では”料理”、ひいては”家事”の出来ない女性も増えています。こんな状況では”結婚率”は低くなるのは当然でしょうし、結婚した所ですぐに”離婚”する確立も早いでしょうし、もっと言ってしまえば、これらが”少子化”の最大の原因でもあるんです! もはや、”政治”、”仕事”、”教育”の面以外にも、今の社会を”低迷”させ要因はまだまだあるようですね。”政治”の方も”仕事”の方も”学業”の方も確かにこれからはもっともっと頑張っていかなければならないのは確かですが、その他に”ライフスタイル”の方の”見直し”も必要になってくるでしょうね。

これらを踏まえて考えるに、”織田信長”や”坂本竜馬”は”特定の人物”ではなく、我々国民一人ひとりがそうならなければならないのかもしれない。そして、それらをまとめる”政治家”達は”徳川家康”や”明治の英傑(西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、板垣退助、伊藤博文など)”であれば良いのでしょう。ただ、そうなると、我々国民は、今の”政治化”や”企業トップ”に対してただ逆らうのではなく、彼らを自分の”術中”に納めていく方法をとらなければならないのでしょうね。
2006/03/22 Wed 00:01:19
URL | スーパーpsy野神 #- Edit 
クルクルミラクルスプラッシュスター!
良い感じです姐さん。
 私がコメント返しにてこずってる間に新しい記事への熱血コメントありがとうございます。
 くうう、追いつかネ。

>「子供が学校を怖がる」とか「放送を中止しろ」という苦情。

 見ないば良いのにね。多分、番組側の売り出し戦略の部分もあったんだろうけど、実際にPTAからHPへのカキコとかが多くて、日テレの鯖がパンクしたとか。
 こういうドラマが何を訴えたいのか見極めもせずに一部の描写を揚げ足取りして子供たちから遠ざける事なんてバカの極地だと思います。

 何かある度に子供からその原因を取り除こうとするのは、親が子供を信頼していないって事ですよね。
 それは自分の躾の失敗を棚に上げて、誰かのせいにしたがっている親自身のバカさを露呈しているように見えるんですが・・・以下、野神氏へのコメント返しに連結。

 え?手抜きだって?
 姐さん。甘えてばかりでごめんね。
広末涼子さんよりも篠原涼子サンの方が好き。
 でも、天海サンには敵わんのだよ。ふはは。 
2006/03/21 Tue 09:55:50
URL | フクフク丸:to レンゲ姐 様 #- Edit 
ちゃ!元気でやってまっせ。
 タロとジロは帰って来ませんでしたか?南極大陸の下にはプレデターの秘密基地ピラミッドがありますか?そこではエイリアンが養殖されてますから気をつけてくださいね。
 ・・・って、違う映画の話になりました。

 本編を見てない方にも見て頂きたく、キャッチセールスのように強引に、宗教の勧誘のように巧妙に皆さんに宣伝して来た者です。

 ただボ~ッと見て感情移入して泣き笑いするドラマも良いけど、真剣に考えるべき事がたくさん詰まっているドラマはもっと好き。
 
 「女王の教室」は多くの大人たちが毛嫌いするようなドラマでしょうね。自分の本性を「ドラマの中の真矢以外の登場人物」として鏡に映される思いでしょうから。
 
 本編もお薦めです。
 第4話くらいまでは陰惨を極め続け、そこで腹立ててこのドラマを見なくなった人たちはものすごく損してると思ってます。
 かと言って、5話以降だけを見ても話が通じません。
 
 子供たちの大きな壁=鬼になる決意をした真矢がどんな鬼になったのかを、是非ご覧くださいませ。
2006/03/21 Tue 09:41:35
URL | フクフク丸:to Tohko 様 #- Edit 
だから、お熱いのはお好き!
 どうですか。この文字の量。
 普通の日でも長ったらしいブログなのに、過去でもワースト3に入るほどの長い文章になりました。
 
 しかも、コメントも異常熱です。
 熱帯雨林気候です。赤道直下です。灼熱への招待です。テンション上がりまくり。
 お熱いのはお好きです。
 
 芝居じみた言い回しで他人を鼓舞したことがあります。
 その言葉に責任を取ると言う事は、最後までそういう姿勢を取り続けるという事です。具体例を挙げます。

 周りに伝わる覚悟というのは恐ろしいもので、私がラグビーのキャプテンをやっていた時、チームの誰もが勝てないだろうと思い込んでいた相手に勝てないと思うような試合を引っくり返して勝った試合がありました。
 たまたま結果が出たというだけのことですが、あの試合はすごくみんなの心に残っています。
 
 提示した道を引き返さない。それが覚悟です。
 私の中の「覚悟」の原風景を いじめ の問題に絡めてアップしておいたので、ここを読んでくださる皆様に祝日の休養なんて与えません。

 ある意味、鬼です。
2006/03/21 Tue 09:25:45
URL | フクフク丸:to ま~姐 様 #- Edit 
この歴史の終わり。
 >”完成された日和見主義・事なかれ主義国家(笑)”
 多かれ少なかれ、自分の命や自分が守るべき者に関わる事であっても
「他人がやってくれるだろう」
「誰かがしてくれるだろう」
「行政が守ってくれるだろう」

・・・って誰もが思っています。
 誰もが誰かに依存しているくせに、誰かの揚げ足を取って文句言ってれば、勝手に向こうが先回りの過保護で頭を下げて来てクレーマーが得するという時代が今の日本です。
 
 生活者は「これを知らなきゃソン」とか「法律の抜け穴」とか、自分が汗水たらして生活することを拒否し、それを代わりに賄うようなモノやサービスが流行り、日本人は自分だけが良ければ他人がどう思おうと関係無いという社会になりました。

 かつて「チンピラ社会」について書いたとおりです。
 http://happy2you.blog6.fc2.com/blog-entry-28.html

 私もその自覚があります。
 自覚があるから、それを真っ向から否定できるのです。
 私たちの世代がこうなった背景にはやはりそういう教育を受けてきたのと、時代背景を考慮から外せないと思います。

 「ただ、このままで本当に良いのかなあ?」って思ったところで「じゃあどうすれば良いの?」という物を今までの学園ドラマやマンガ、教育本などは突飛で破天荒な教師を生徒側に擦り寄らせる事で解決しようとして来ました。
 大人と子供の線引きを無くして、子供達に夢を見させるのが理想の教師であるかのように。
 「GTO」「ごくせん」「ガチバカ」。
 ただの娯楽番組として見れば良いのに、教育者も今はアホだからそれが流行ればすぐに真似し始める。
 スパーマンに頼っても何の問題も解決できない。
 問題は自分達で気が付いて自分達で解決しなければ、いつまでも誰かに頼って生きて行くことになる。
 
 そうやって過保護に見せられた夢が社会と言う現実に遭遇した時に、潰されずに残って行く可能性なんて0にも等しいです。0になるならまだしも大概の場合は絶望の末にマイナスに針が振れたりします。
 
 そうして社会は「甘えと無気力の無限連鎖」を起して来たのだと思いますがいかがでしょうか?

 「いい加減、目覚めなさい。」は、我々に向けて放たれている言葉だと思います。

 もう、みんなが誰かに頼りきって、自分で何かをどうにかして行く力が失せて来てるし、そうであるが故に自分に与えられた「権利」も理解せず行使もせず、何か起きる度に誰かのせいにしたがってます。
 普段、私たちの生活のためにいろいろしてくれているはずの人たちに向かって、失敗した時にだけ糾弾して、事態は何も変わらないのに責任を追及すればそれで正義だと思っています。

 野神氏の仰ることは分かりますし、野神氏のブログに書かれていた通り、今の時代には信長や竜馬が必要なのかもしれません。

 でも、私は阿久津真矢は「徳川家康」「吉田松陰」だと思います。
 時代を変えたきっかけを作ったのが信長や竜馬ならば、その後の太平の時代の礎を築いたのは徳川家であり、松下村塾から出た英雄たちでした。

 壊すのではなく、創る。 
 あるいは、
 壊した末に、創る。 

 依存社会はここで終わります。依存する相手がいなければ成り立たないのに、みんなが依存する方にまわると、依存する相手がいなくなってしまうから。糾弾する相手がいなくなってしまうから。
 
 そこで腐るか、新しく芽を延ばすかが私たち世代の選択肢なのではないでしょうか?

 その芽を延ばす=自立した人間を誕生させる

 であり、それをしている一つの方法論が阿久津真矢のやり方だと、私は受け取っております。
2006/03/21 Tue 08:55:42
URL | フクフク丸:to 野神氏 #- Edit 
見ましたよ。
「エピソード1」はとりあえず見ました。この番組って、当初親からの苦情がすごかったらしいね。
「子供が学校を怖がる」とか「放送を中止しろ」とか。
だけど、見てる子供らの方は「この先生は本当はきっと良い先生だ」ってわかってたみたいですが。

スーパーpsy野神さまの熱きコメントの、”真の理想”を求めるのに、時としては”世間”を”敵”に回すほどの”覚悟”が必要であるというところに、ググっときました。
いいこと言いますねえ。

二日目は、「愛と死をみつめて」の誘惑に負けました・・・。スマソ。
あたしも重たーいい過去の荷物をたくさん背負って歩いて行きますよ、これからも。
2006/03/20 Mon 21:37:29
URL | レンゲ #CIo.SJik Edit 
おひさしぶりですw
女王の教室!!
実は連ドラ枠のときはまったくみてなかったんですw
ちょっと怖かったんでねw
でも、今回の特別編の前日の夜中に総集編的なものがやっていておもわず見てしまいましたw
そしたら・・・・ハマッチャッタwww
もちろん2夜連続テレビかぶりつきですw
南極物語も捨てがたかったのですがやっぱり真矢の魅力にまけましたw
イロイロと考えさせられる番組でしたw
2006/03/20 Mon 18:52:42
URL | Tohko #z4Y6BXDA Edit 
たいしたコメントが出来ません
私はやはり前回の放送を見ていなかったので、そこまで深く考えてみてません。ただついつい見ちゃったんですけどね。2日とも。

ただ私が思ったことってね~どんなに愛し合っていた夫婦でもあんなふうになっちゃうんだとか、子供のことを思って(決して世の中の親全員自分の子供を落としいれようとはしてないはずですが・・)やっていることが裏目にでることもあるんだとか・・。
大人のしての自分の幼稚さを感じました。

「何故人は人を殺してはいけないのか?」の答えを子供にちゃんとしてあげれますか?私はどう説明すればいいのかわからないです。
2006/03/20 Mon 15:43:34
URL | ま~ちゃん #64owOXpE Edit 
あ~っ!見とけばよかった(汗)
実は、「エピソード1」の放送が金曜日にある事を知らず、”他のチャンネル”を付けていたんです(汗) しかも、この日はなんか疲れていて、10時ぐらいに「今日はそろそろ寝るか? それとも、もうちょっと起きてるか?」と適当にチャンネルを回したら「女王の教室~エピソード1」がやっているじゃないですか(汗) でも、途中からだし、その時点で見る気が全く起こらず、結局寝てしまいました(汗)

”完成された日和見主義・事なかれ主義国家(笑)”であるわが国日本国において、”真の正義”、”真の理想”を築くには、実はその”真逆”の事をしなければならないのかもしれませんね。”歴史的”に見ても、多くの”歴史上偉人”の”成功”は「毒をもって毒を制す。」的な事で成し遂げているケースが多いですからね。特に、今日放送の大河ドラマ「功名が辻」の中で放送されていた”比叡山延暦寺攻め”。歴史上、もっとも”残酷”で”非常識”な戦とされるもの。されど、”聖なる存在”の名を語り、事実上”俗物”と化した僧侶達を”鬼”となった信長が虐殺した有様は、まさに「毒をもって毒を制す!」、「鬼を持って鬼を制す!」、「邪を持って邪を制す!」がごときものではないでしょうか。まぁ、それが後の”本能寺の変”につながった事を考えれば”やりすぎ”はやはりまずいのでしょうけど、でも、”真の理想”を求めるのに、時としては”世間”を”敵”に回すほどの”覚悟”が必要である、という事が、信長にしても阿久津真矢にしても感じた事です。

元々おかしくなった世の中で、それが”普通”と感じている人で蔓延している世の中で、”真の正義”、”真の理想”を真正面から訴えるのがまず間違いなのでしょうね。今の世の中、多くの人が”自分が得をする事”、”自分の立場を守る事”こそが”最大の正義”だと信じ込んでいる訳ですからね(呆) その中で、自分の描く”真の理想”を他人に押し付けた所で、それを素直に受け止める人なんて”ごく少数”に限られている訳ですからね。だったら”真逆”の事をして、”真の理想”、”真の正義”が何であるかを気付かせるように仕向けた方が”効果的”だった、という事なのでしょう。

時には「逆こそ真なり!」という事もある、って事が阿久津真矢という教師が我々に訴えたかった事なのかもしれません。
2006/03/19 Sun 22:09:36
URL | スーパーpsy野神 #- Edit 
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