フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2005/11/22 Tue  04:50:05» E d i t
 祖母が死んだ
 雪が舞う中 
 病院の一室で息を引き取った
 
 17年前、それは私が中学2年生の頃
 祖母は「一度目の死」を迎えた

 突然のくも膜下出血で病院に運ばれ
 緊急手術をした後、何ヶ月もの間
 集中治療室に入り続け

 普通病棟に来た頃には
 世の中の全ての事が分からなくなっていた

  
 あなたが記憶の断片を拾い集めながら
 新しい人生を歩んでいる頃

 あなたにとって「初孫」である私は
 もはやあなたの記憶の中の面影とは繋がらない
 青春時代を過ごした

 あなたが生きるのに苦闘する様は
 「生きる」と言う言葉の残酷さを物語っていた
 「生きる」と言うことは「死なない事」「死なせてもらえない事」と
 同列なのか?
 あなたが生きていることで
 私はそういった深いテーマを考えさせてもらった

 それでも記憶の断片をつなぎ合わせて つなぎ合わせて
 笑顔が戻った頃
 体つきも顔つきも変化して行く私と弟を見て
 「この人たち誰なの、おっかないね」と言われた時は
 ・・・仕方の無いことだけど
 ショックだったさ

 
 自分の置かれている状況を把握できないから
 悲観すると言う概念もなく
 それは幸せなのかもしれないね
 
 車椅子に乗って
 特別擁護老人ホームへ引越しして
 
 長い月日を経て
 いつの間にかひ孫も生まれて それに伴って
 なんとなく私のことも思い出してきた昨年の夏

 祖母は「2度目の死の淵」に

 高熱が続き、意識の混濁状態が数週間続いた
 「もうダメだろう」言葉にはしないが
 親戚が代わる代わるやって来た

 そしてくも膜下出血から16年を経た昨年の夏
 誰もが「もうダメだろう」と思ったその高熱を跳ね返した祖母の肉体に
 奇跡は起きた

 記憶が
 倒れる前の記憶が戻ってきたのだ

 「あれ?ばあちゃんまるで浦島太郎だね?」
 「あら?丸くん、こんなに大きくなって。え?ひ孫…16年も寝てたんだからねえ。」

 ハッキリした口調ではないが
 確かに衰えた口元が紡ぐ言葉は
 「生きた言葉」だった

 それから一年間
 祖母は特別擁護老人ホームから数度、外出し
 町の変化に驚き
 家族の変化に驚き
 時代の変化に驚いた

 そして一年と数ヶ月を「生きた」
 笑ったり泣いたりしながら「生きた」
 そして

 祖母が死んだ
 雪が舞う中 
 病院の一室で息を引き取った

 あなたが生きた時代は決して楽しい時代では無かったでしょう
 でも
 あなたが精一杯生きてくれたから
 私が今、ここにいます

 ありがとう
 ありがとう

 あなたの魂は私と共に生き続けます
 
 ありがとう
 そして
 
 お疲れ様でした 
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テーマ:ありがとう - ジャンル:心と身体

コメント
この記事へのコメント
しかし。
 それは、自分がその状況に直面していないからできる話であって、実際の自分は、そうそうできた事を言えるとも思えません。

 ただ、そういう風に出来たら良いなって。それは、真面目に思ってますよ。
 だ~か~ら~、良いヤツではなくて「変なヤツ」だと思ってください。
2005/11/24 Thu 14:39:43
URL | フクフク丸:toま~姐ちゃん様 #- Edit 
ありがとう
うん。うっとりさせて頂きました
私どうも大人になりきれてませんね~と反省しておりますが、たぶん人に話せるようになりつつあるってことは自分の中でも消化しつつあるんじゃないかな?と思っています。
自分のことを棚にあげて人から受けたことはよくよく憶えていますよね。
でも人によって感じることは違うし、言葉から受けるものも違います。
その思いを消すことが出来ないから、
うぅ~んまだ前進して歩み寄れる状態じゃないかな。

丸ちゃんはしっかりしてるね~
なかなかいい奴だよ!って思います
2005/11/24 Thu 08:23:00
URL | ま~ちゃん #- Edit 
うぬう~
 厳しい状況に置かれたら、冷静な判断や優しさを忘れてしまうと思います。
 つい、そんなつもりで言ったわけではない言葉も、状況次第で相手に突き刺さって抜けない時もありますよね。
 互いに心の余裕が無い状態で、傷つけられたという意識と、逆に相手を傷つけてしまったという罪の意識との板ばさみになってるんだと推測します。

 お互いに過去には戻れませんから、今、もしできるのであれば、お互いが大切に思うべき人のところに、順番に家族全員で顔を出してみることをオススメします。

 過去と他人は変えられないけれど、未来と自分は変えられる。

 ああ、また良い事言いましたね。うっとり。
2005/11/24 Thu 05:59:51
URL | フクフク丸:to10:43様 #- Edit 
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2005/11/23 Wed 10:43:19
| # Edit 
深いね。
 「自分の気持ちの持ち方ひとつ」って普段は言っててもさ、いざ、自分や自分の身近な人がそうなったらどうする?なんて考えてないですもんね。

 でも、それに直面したときにそれを「あるがまま」に受け入れて、それに対して自分はどういうスタンスを取るのか?という選択の中で、ジュテさんが選択したその選択肢はすごく素敵だと思います。
 ジュテさんの幅の広さを実感できますよ~。その経験を糧にしてるしたたかさも感じますよ~。

 やっぱな~んか、ずっと昔から知ってる気がするなあ。へんなの。
 
 
2005/11/23 Wed 06:14:30
URL | フクフク丸:toジュテーム 様 #- Edit 
奇跡
 願わくば記憶が回復して、元気な祖母に戻って欲しいというタテマエは誰もが持っていましたが、どう考えても「もう無理でしょ」「これ以上苦しむ必要はあるんだろうか?」と思えるような高熱を目の前にして、「せめて苦しまないで死んで欲しい」とみんなが願っていましたが、熱が下がり、祖母の記憶が突然、回復していることを聞かされたとき、「16年間の介護が報われたんだね。」という気持ちになりました。
 祖母の人生は、祖母だけの人生ではなく、ウチの父母、おじさん・おばさん親戚一同、老人ホームの介護士さんたち、病院の先生・・・全ての人の時間と労力を巻き込んだ人生でした。

 寝たきりだったから、そういう状況が端的に現れたけれど、普通に生きてるときだって、自分は他人との関わり合いのなかで「生かされ、生かして」いるのだと改めて実感しました。
 
 あらゆる関係に感謝できる人間でありたい。
 
 
2005/11/23 Wed 06:06:34
URL | フクフク丸:toにょにょ 様 #- Edit 
愛とは
 自分たちの力の及ばない所で、自分達の計画を捻じ曲げるような現象が起きたりします。

 「愛の優先順位」はないのでしょうけれど、どこかに一杯一杯になるが故に、どこかを忘れたり、誰かを傷つけたりすることもあるんだと思います。
  
 でも、「それがもし、自分の親だったらどうだろう?」って考えて見ました。今まで見たいに落ち着いた自分ではいられないであろう事は容易に想像できます。

 備えあれば憂いなし と良く言いますが、私たちは普段、こういう状況を間近に見聞きしておきながら、自分のことに置き換えて、先のことを考えたり万が一に備えたりするのを怠っている部分はあると、多いに思い知らされました。
 
 経験が無い分、薄っぺらい回答だと思いますが、もし、あなたの気持ちが許すようでしたら、色んな思いや経験を「秘密コメント」で送って下さいね。

 何の役にも立てなくて申し訳ありません。
2005/11/23 Wed 05:56:32
URL | フクフク丸:to08:21様 #- Edit 
感謝
 自分はどこから来てどこへ行くのかという空想を、ビッグバンとか人類の発生まで遡るよりも、身近な血のつながりで再確認できて、それが自分が思っているよりも案外強い結びつきだったりする光景を目の当たりにするのがお通夜だったりするのがちょっと寂しいかな。
 でも、祖母が「黄泉がえり」した時に、集まれる範囲の親戚で祖母を取り囲んだ会をしたり、ひ孫(ウチの子供たち)と触れ合えたりしたのは、ささやかだけど「冥土の土産」になったでしょう。

 最後の最期は病院の一室でしたが、そこに至るまでの1年数ヶ月は、祖母は確かに「生きた」と思います。

 そして、私達の血の中にいつだっていますから。
2005/11/23 Wed 05:47:00
URL | フクフク丸:toレンゲ姐様 #- Edit 
90歳
 祖母は90歳でした。
 
 色んなものを心に残していきながら、人はこの世を去ります。ならば、より多くの福を獲得して、より多くの福を分けながら、より多くの人の心の一部になれるような人生を送りたいと思います。
2005/11/23 Wed 05:39:40
URL | フクフク丸:to出人様 #- Edit 
奇跡ですね。
こんばんは、ジュテームです。
まさに奇跡ですね。こんな事もあるんですね。
私の祖母も記憶が曖昧になり奇妙な行動をするようになりましたが、私はそれを「この人は面白い事をやっているんだ」と思う事にしていました。だって、そう思わないと介護が辛くなるだけなんで。その大暴れのお蔭で私にとっての祖母の記憶がより色濃くなりましたよ。TVで相撲を見ると「あ~、おばあちゃん、『デブが裸で抱き合ってらぁ!』とか言ってたなぁ」なんて思い出しますから。
ご冥福をお祈りいたします。
2005/11/22 Tue 23:35:03
URL | ジュテーム #- Edit 
なんだかじ~んときました・・。
奇跡って起きるんですね・・。
先祖がいるからこそ、今の私がいるということに感謝しなければ本当はいけないんだよね・・。
墓参りしてなくてすみません・・(ここで謝るな!)
2005/11/22 Tue 17:55:11
URL | にょにょ #- Edit 
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2005/11/22 Tue 08:21:23
| # Edit 
身内の死
大抵の人が、最初に直面する「死」は祖父母の死ですね。その時初めて
心から「生きる」「死ぬ」という意味を思ったりします。丸ちゃんのおばあちゃんは、永遠に丸ちゃんとともにいますよ。この世に生を受けたことへの感謝の気持ちをいつも忘れずにいたいね。お互いに・・・。
ご冥福をお祈りいたします。
2005/11/22 Tue 07:55:36
URL | レンゲ #CIo.SJik Edit 
人の死、特に身近な者の死は、思い出と愛憎などのさまざまな感情が入り交じり、強い衝撃とともに、自分の心身に大きな何かを刻みつけてゆきます。その何かは人それぞれ。心の中で、それぞれの形で生き続けるのです。おばあさまのご冥福をお祈りします。
2005/11/22 Tue 07:07:48
URL | 出人 #X.Av9vec Edit 
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