フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2012/02/22 Wed  02:40:27» E d i t
 » ひとつ 
さて、「サブリナ」に続いてもう一曲。

長渕剛の「ひとつ」だ。この曲はラジオ局側のパワープレイではなく、リスナーからのリクエストで掛かる割合が非常に多い。ラジオ好きな人なら分かって頂けるであろうが、リクエスト曲は自分の思い出が籠もった昔のヒット曲やあまり一般的に知られていないようなマニアックな歌、あるいは流行りのドラマの主題歌なんかが多く、曲そのものの良さでリスナー側からのプッシュで数多く流れる曲は、今の時代じゃ珍しいように思う。こう、聴き手の芯に染み入る歌、感情移入しやすい歌というのは、ラジオでプッシュされると「時の歌」になりやすい。

「吾亦紅」がそうだったし、遡れば「愛は勝つ」もラジオでつないでテレビでホームランした典型例だ。


長渕の魂のボーカルだの、心の声だのとややこしいことは抜きにして、すごく優しくて大きな歌だと感じる。
 ただこの歌だけを単独で聞いてもそう感じるだろうし・・・「とんぼ」しか知らない人には何だか分からない話だろうけど・・・これまで彷徨い続けた長渕ソングがここに流れ着いたのだという、大河ドラマを見いだすことができる。


私が好んで聴いていた頃の長渕ソングを文字通り「ひとつ」に集約したような歌詞と、聞き取りやすいスローテンポのメロディーとが沁みてきて、聞いていると自分の中に流れ込むようで、その流れ込んで来るものが自分の中で滞っていた色々な物を涙腺に運んで来る。車を運転中に流れて来ると、危ない(笑)。



口ずさんだ歌詞に「順子」の歌い出しがあることに気づく。悲しみを抱きしめて共に生きるというのは、私が聴いていた頃の長渕ソングの根底に流れる深い優しさを思い出させてくれる。 腰を下ろしてふさぎ込んでも見つけられなかったあの日の答えは、今でもやっぱり見つからないけど「悲しみを抱いて君と一緒に共に生きる」と決めた自分がここにいる。サクラ舞い散るあの橋のたもとに「君」を探したけれど、会えなくて、ずっと探して、流したキラキラ光る溢れる涙はきっと「君」に届くだろう。永遠の幸せを探しても見つけられない姿には、私が好きなあの頃の「幸せはなるものじゃなく感じるものだ」という、答えは自分の中にしか無くて、自分で決める以外に方法はないのだという姿に“至る前”の逡巡していた季節が重なる。


長い長い時間を、青春の暗い闇を、長渕と過ごした私たちへのアンサーソングと、東日本大震災の先にある新たな時代への高らかな宣言。

 そう感じるのだ。


これから一緒に育つ歌、一緒に歩いてきた歌、これからも一緒だと歌う歌。


つーけまつーけ♪と楽しそうに歌うのも歌なら、鼻歌うたいながら泣きそうになるのもまた、歌。
 見た目のパフォーマンスも、味わいながら聞くのもそれはそれで大切なのだろうけれど、やっぱり歌は口ずさんで、歌ってこそ歌だというのが私の考え。

 なんだか、久しぶりにそういう歌がラジオから聞こえて来て嬉しくなった今日この頃。


 
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