フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2011/01/18 Tue  16:57:56» E d i t
 » 火曜一言 
 自分自身を見つめることは本当に難しいと思う。

 ダメな物をダメだと数えているうちに、多分、良いハズの物もダメに思えて来る。

 でも、評価をつけずにそれをそのまま受け入れることが

 自分自身を見つめることの本来の目的なんだと思う。

 

 
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コメント
この記事へのコメント
相変わらずカッコいい!
 返事が遅くなり大変失礼しております。

 ・・・ちょっ、何ですかその成績は。
 一念発起したって、誰しもが為し得ることじゃないでしょー。すげー!カッコよすぎですよー。
 
 それに引き換え、こちらは今やこのようなペースでブログをやっております。「ゆったり系」へのシフトです(笑)。それでもどうにかやっておりますので、このペースでよろしくお付き合い願います。

 10㎏・・・ええ。まぁ、社会の荒波に揉まれると言いましょうか、仲間を増やすと申しましょうか・・・まぁ何とも「酒宴」というものの回数が増えまして・・・ええ。まぁ、自分を正当化しつつ、雪かきで息切れしてます。

 「縁」と「体重」は確実に増えました(笑)。
 あとはそいつをいかに活かせるか、それとも絡まれて身動きが取れなくなるかは自分次第なんでしょうね。

 
 同じように何かを目指して同じように努力していても、同じ結果が出るワケじゃない。 
 先にドンドン進んで行くヤツには、周りで口を挟むヤツらもドンドン増えて行く。その全てが仲間と呼べるかといえば、それはちょっと考えちゃいますよね。

 人間関係の軋轢とはそのような時に発生するのかもしれません。
 私は誰かと同じように走り出しても、すぐに置いて行かれることが多かったです。子供の頃から、競走は苦手。
 でも、なかなかこれがしぶとくて、やめない。

 続けるというよりも、やめない。

 したら、やってるうちに他の人たちがやめちゃって、結果的に残ってるという感じになる。

 でも、たとえ一人になっても、やっぱりやめない。

 やめないで歩いてたら、そうやって歩いてる人たちにまた出会ったり。歩いてるうちに、一回は立ち止まった人たちがまた歩き始めたり。


 そういうのが嬉しいですよね。
 「よし、また俺も頑張れる!」って思える、そういうのが。
 
 いつも何かに気付かせてくれる。それが仲間だと思っています。ありがとうございます。
 
2011/01/31 Mon 06:33:12
URL | フクフク丸:to テツ師匠 様 #oKAhFFW. Edit 
ありがとうございます!
私の方はあれからボディビルのコンテストに意を決して出場する様になり、今年で4年目になります。
今までの成績はボディビルダーの登竜門と言われる東京オープン大会で3位、昨年は苦戦しましたが、より上級の大会で末席ながらなんとか入賞する事が出来ました。

贅肉がついたとおっしゃいますが、わずか10キロ程度なら、私が夏のコンテストまでに落とさなければならない減量幅と変わらないので丸さんが、その気になれば造作もない事だと思います。

ところで運に対する考えですが、私は丸さんよりもシンプルと言うか、「釣り場に行かなければ魚は釣れない」と言った感じで、運は等しく誰にでもあっても、努力や準備をしなければ、成果を得る事は出来ないと思っています。

ただ、振りかえって見た時に丸さんの言う『仲間』の存在をあまり念頭に入れていなかったのは私のシンプルを通り越して到らなかった部分であると反省しています。

個人競技であるボディビルや釣りでさえ、今の私があるのは仲間の存在があってこそです。

『人が三人集まれば政治が始まる』との言葉の様に、競技を三年も続けていると自分を取り巻く人間関係の軋轢に悩む事もあり、ロッキー4のイアン・ドラゴの様に「俺は俺のために闘う!!」とばかりに仲間を疎ましく感じる事も多々ありました。

しかし、こうして競技のステージに立てるのも仲間あっての事であり、純粋に自分とは何かを追及するのと同時に仲間の色を帯びた自分もまた自分であると受け入れる事も大切だと認識させていただいた次第です。
運を取り込む作業は自分が担わなければならない一方で、振り返ってみると運そのものは仲間が運んで来てくれる事が圧倒的に多い事に気付かされます。

共に歩んでくれるかとの問い掛けありがたく頂戴いたしました。
ブログ自体は現在やっておりませんが、これからコメントは入れさせていただきたいと思います。
2011/01/22 Sat 16:28:03
URL | テツ(肉体改造家) #- Edit 
うおおおおおおおおおおおおおおおー!
 激。お懐かしい!お元気そうで何よりです!
 こちらは、あれから数年・・・10㎏ほど増えました。
 でも、できるだけ身体は動かしてますよ。

 >『期待する程大した存在ではなく、絶望する程酷い存在ではない』
 
 私はテツ師匠と全く同じ感覚ですが、もう一方でこうも思っています。

 『期待以上の何かをできてしまうことがあれば、予定以下に終わることもある程度の運の強さを持っている』

 要するに、それで自分的にはフラットだと。

 期待以上の結果が出た時に何をしていたかと言えば、しっかり準備して、みんなにそれを訴えかけて、恐れの中で勇気を振り絞って前に出て、その結果、仲間に助けられていることが多い。

 予定以下で終わってしまった時は、完全に油断していて誰かが自分のために動いてくれて当たり前だと思っていて、誰にも相談するでもなく、自分が手を汚さないようになってしまっていることが原因になっていることが多い。 

 
 『運の強さ』は自分の姿勢で引き寄せることも、突き放すこともできるのかもしれないような気がしています。


 ならば、どうしたら運を見方につけられるだろうか?という自らの問い掛けに対して、自分を見つめた時に苦笑いと一緒に出て来た自分のつぶやきが今回の「一言」です。

 
 あるがままを受け入れようとしても、結局は人間は誰かの色がついていて何が自分の本質なのか分からなくなっているって辺りが実情だと思うんです。

 だったら、そう思っている自分こそが「あるがまま」なんだよな・・・って、そう感じとれるようになった自分がいます。


 過去、現在に渡って、余計な情報と言う名の“贅肉”が付き過ぎて見失ってしまった自分自身は、実はちゃんと自分の中で今も自分を動かしてますよね。
 本当はウルトラマンになりたかった自分を、私は今、一生懸命に掘り起こしてるところです(笑)。

 また一緒に歩んで頂けますか?

 
2011/01/22 Sat 13:51:33
URL | フクフク丸:to テツ師匠 様 #oKAhFFW. Edit 
お久し振りです
物事を正しい姿でとらえるのは大変難しい事ですよね。
なぜならば、必ず主観と言うものが入ってしまうからです。
例えば、手動式のエンピツ削りがあったとして、人は何をもってしてエンピツ削りとするでしょうか?
エンピツを挟む部分?ハンドルを回す部分?分解すると螺旋状の派が美しい、あの機関部でしょうか?あるいは、引き出しに溜まったオガクズや鉛の匂いを持ってして、エンピツ削りと認識するかも知れません。
エンピツ削りでさえ、色んな角度から見なければエンピツ削りの本質には近づけないのですから、ましてや『自分』と言うものを正しく認識するのは難しい事です。

私の場合、色んな角度で自分とは何かと見つめて行くと、『期待する程大した存在ではなく、絶望する程酷い存在ではない』と言う事になります(笑)。

私はこれからも、過去、自分がどうであって、今どうであり、これから本当にどうしたいのか?を見つめて行きたいと思っています。
久し振りのコメントに関わらずトートツな内容ですみませんでした。
2011/01/21 Fri 20:25:55
URL | テツ(体改造家) #- Edit 
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