フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2010/10/22 Fri  10:28:55» E d i t
 » 天才の世界 
 先日、松本人志の特集をしてたNHKの番組を観た。

 松ちゃんが天才なのは自他ともに認めるところなのだそうだ。私もそう思う。じーっとした「間」の中でアドリブで彼の世界観を作り出して色付けして行くタイミングは真似しようとして真似できるものではないだろう。実際に松ちゃんの後に何人もが「松ちゃんを越える天才」としてお笑い界に登場してきたが、誰ひとりとして松ちゃんと肩を並べるに至っていない。

 要するに、松ちゃんと同じ土俵で勝負したってもう無理なほど遠くに行ってしまったのだ。芸術家になってしまったのだ。

 そもそもが天才というのは一般人とは進んで行くスピードが違う上に、休まずにその道を極めんとして歩み続けるのだから「世間が求める松ちゃんのコント」とは乖離した作品が出来上がってしまうのも無理はない話だと私は思う。
 その上で、「一般の人たちが求めるところに合わせられるのがプロだろ?」という意見も同時に持ってはいる。


 それでも「松ちゃんだったらしょうがない」と思ってついて行きたくなるから天才なのだろう。


 自分で言ったギャグに、自分が笑ってしまうそんな松ちゃんだから。




 天才・・・
 

 自分の考えや感情を限られた時間や限られた言葉の数で表現するということに関して、私が勝手に天才だと感じているのがBUMP OF CHICKENの藤原基央である。天才と感じているのはその言葉のつなぎ方やバランス感覚、絞り出すような感情と覚めた視点がおそらくは自分の感性と似ていて、自分が表現出来ないその部分を「待ってました!」と思わず唸りたくなるような言葉のつなぎで表現するからなのだと思う。


 先頃「宇宙飛行士への手紙」と名付けられた新曲をリリースしたが、5thアルバム「orbital period」から継続して藤原は時間の流れと記憶の流れの「当然とされる帰結と忘却」という常識に対する懐疑というか、抵抗のようなものを意図的に仕掛けて来ているような気がする。

 
 「歌としリリースしたものに、説明を加える気持ちは無い。あとは聞いてくれた人がいろいろ感じてくれれば良い」という内容の藤原のインタビューを以前、何かで読んだ時にはなんだか随分とプロレス的なものを感じたものだった。
 脇道に逸れるが、国語の教科書に載っていた有名な小説の解説だって「作者はそんなつもりで書いたんじゃなかった」みたいなことが関係者の困惑やいらだちが後になってから出て来たりするのは、誰かがつけた解釈が正しいと思うよりも、自分が感じた事を表現することが難しくて面倒臭いから誰かがつけた解釈を自分も鵜呑みにしたがるからなんだろう。

 
 「そこに君が居なかったこと そこに僕が居なかったこと
  こんな当然を思うだけで 今がこれ程」(R.I.P

  「借り物の力で構わない そこに確かな鼓動があるなら
   どうせいつか終わるたびを 僕と一緒に歌おう」(HAPPY

  
  
  「未来の私が笑ってなくても あなたとの今を覚えてて欲しい」(pinkie


 「君の願いはちゃんと叶うよ 楽しみにしておくといい
  これから出会う宝物は 宝物のままで 古びていく」(魔法の料理~君から君へ~


 「匂いもカラーで思い出せる 今が未来だった頃のこと」(宇宙飛行士への手紙)


 
 時間軸を超越する何かがあって、それを共有し大切にすることの素晴らしさを継続して歌っている。
 でも、おそらくそれは一般のファンがBUMPに対して抱いているものとはちょっとかけ離れてしまっているような感じはする。
 隣にいて誰かをそっと励ましてくれるようなそんな歌を紡いだ言葉たちが、今は遠い目でどこかを見つめながらその「どこか」へ向かって歩き始めた言葉たちへと色を変えた。

 藤原とその一味が向かう「どこか」がどこなのか、私はすごく楽しみにしている。
 その一味の中に、もちろんファンとしての私も加わっているつもりで。



 そしてその一方で随分と辛らつで人間臭いカップリングが続いているのも非常に興味深い。
 飛び出した才能から甘い汁を吸おうとする人間たちがたくさん出て来るのは想像に難くない。曲名だとかなんだとかは覚えてないけれども、ビートルズにもクイーンにも自分たちを食い物にしようとするプロデューサーだかディレクターだかを強烈に皮肉った歌とかアルバムとかがあるっていうアレなのかな。
 


 
  「その程度だ 僕らなんてお互いに 馬鹿にし合っても 勝者不在の観客」(キャラバン
 

  「周りが馬鹿にみえるなら 生き難いなんて事もないでしょう」(モーターサイクル

 
  「その気があるとか ないとかの話じゃない
   きっとさ 仲良くできると思うんだ
   しないんだ」 (good friends



 自分たちに対する誰かの態度に対する痛烈な皮肉に感じるが、それがまた誰もが誰かに感じたことがあるように上手い具合に言葉がチョイスされているのがたまらなく好きだったりするのだ。

 難解な言い回しだが、理解不能では無い。
 でも、もうすぐにでも理解不能の領域まで踏み込んでしまいそうな危険性が常に潜んでいる。
 それが今のBUMP OF CHICKENのような気がする。 
 
  
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