フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2010/10/13 Wed  00:00:30» E d i t
 » ボロボロでもまだ飛べるぜ 
 チェッカーズと言えばアイドルなのかアーティストなのか、その色分けが難しいところらしいけれども私にとってのチェッカーズはチェッカーズであり、アイドルでもアーティストでもどっちでも良いということになってしまう。

 チェッカーズの名曲も初期から後期までいっぱいあるけれども、今の気分は「Friends and Dream」だ。

 
 Youtubeでさがすとすぐに出ますよ。


 ずっと読んで頂いている方はすでに気付いていることだろうけれども、ここのところ私は「友達」だとか「仲間」ということにずっとこだわっている。もともとがそういうタイプなのだが、最近は殊更にそれを強調して書いている。

 そしてそれは「昔からの~」ということに限らず、新しい出会いの中で大人になった自分が作って行く「友達」とか「仲間」という関係性についても強調して書いている。

 昨日の火曜一言にも書いたけれども、大人になるということは不器用になっていくことなのかもしれない。変にカッコつけることばかりを考えて、カッコつけてるから窮屈になってなんだか楽しくなくて。
 

 考えてみれば子供からの頃の友達って、幼稚園に入る前は近くに住んでるからという偶然の出会いで、幼稚園~小学~中学~高校~大学だってたまたま偶然その地域に住んでいたり、学力が似通っていたりして年次も同じか極めて近かったという偶然の出会いに過ぎないでしょ。
 それがまぁ、バイトとか市民サークル活動とかするようになって社会の一端に触れ合うようになると世代の違う「先輩」や「師」とも呼べるような仲間ができてみたりするんだけど、なぜかなぜだか社会人と呼ばれるようになると急に出会う人の多くを仲間として意識するのが難しくなったりする。

 それがなぜかと考えてみたら、社会とは「成果」を求められる場であり、そのためには手段として「友好よりも競争」が求められているというのが一般の通念だからだ。また、その競争相手を互いを高め合う「ライバル」として認識できるか、あるいは潰し合う対象としての「敵」として認識してしまうかといえば、後者の方が多いような気がする。

 まだ子供が多かった時代にそういう競争に少なからずさらされて、相当早い段階でそこから落ちこぼれた自覚のある私は、そこから一般の通念である「競争」とはちょっと違った方向の「自分の味付け」を求めて四苦八苦してきたし、それによって周囲にも戸惑いを生じさせたり迷惑を掛けたりもしたのだろうが、今となってはそれが良かったのだろうと改めて実感できることが多い。


 競争とは違う私の持ち味は、もうこのブログで何度も言葉を変えタイミングを変えながら綴って来た「和して同ぜず」という一言である。

 
 それはさておき私が友達になりたいと思うのは、友達になることで互いに互いの持ち味が引き出される関係性が作られる相手だ。互いが互いに影響を受けつ与えつの切磋琢磨も含めた上で、認めるとか認めないとかそういうのではなくて、何となくそこにいてそれでいて楽しい。ワクワクするような人たちが良い。



 粗野なのに言葉とか仕草の端々に優しさが気遣いやユーモアが潜んでいたり、突飛な考えが一向にまとまらずにあちこちに手を伸ばしてはスッ転んでたり、真面目すぎて周りの人たちと協調が取れなかったり、言葉が尖がりすぎてて周りに敵を増やしすぎたり、自分が一番なのに周りがバカで気付かないって嘆いていたり、自慢話をする人をやり込めた自慢話が大好きだったり・・・最近、私の周りには個性的すぎる連中が増えた。


 この前、嫁さん。と話していたが、もうかれこれ15年来の付き合いになるウチの嫁さん。と共有して来た時間は長いが、私の友人も嫁さん。の友人も実に味わい深いインパクトのある人たちばかりだ。名前を出せばその人の話題だけで一晩くらい話ができてしまうような強烈な人たち。


 ・・・と、考えてたら 「一体、フツーの人 と呼ばれる人たちは本当にいるんだろうか?」


 とさえ、思えて来る。


 みんなが 「フツーの人」 なのに、私たちが勝手にそれも無意識のうちにその人たちの「オモシロな部分の扉」を開けちゃってるんだろうと。そして、その「オモシロな部分の扉」を開放して付き合うから楽しいんだろうと。


 アイデアは無限に連鎖して、楽しいことが楽しいことを呼んで行けば最高だ。





 
 昔からの友達 って、いつか笑ってそう呼ぶことができるたくさんの人たちに、私たちは今、きっと囲まれて生きている。 だから、大切にしたい。ボロボロでも飛べるんだよって、ボロクソじじいになってもこの歌を歌っていられるように。


 



  
 

 
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