フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2010/06/04 Fri  06:52:32» E d i t
 » 躊躇を突き抜ける狂気 
 最初に断っておきます。プロレスの話です。

 IWGPヘビー級タイトルマッチ「中邑vs真壁」がやっと放送されました。やっとと言うのは、プロレスファンであれば御存知かと思いますがこれ5月3日の試合なんですね。ちょこっと5月4日にその話題に触れて「プロレスの居場所」という記事を書きましたけれども、北海道での地上波放送は約一カ月遅れが当たり前になっております・・・。ええ。スカパーは相変わらず入れてません。・・・なんか踏ん切りつかなくて。


 相変わらず、週刊誌やらスポーツ新聞、あとはプロレスファンの方々のブログなどでその状況や試合後のインタビューを活字で捉えて、脳内でイメージは完全に膨らんだ後で映像を見るという何ともちぐはぐな状況になるワケですが、他のスポーツだと結果が分かってしまったら見る気も失せてしまうところがプロレスや格闘技だと、技のつなぎや試合の流れ自体がすでにひとつの無形文化なので自分の目で見て改めて感じ入ることが多々あるので、情報の順番がどうとかはあまり気にせず見ている者です。いや、ホントは早く見たいけど。


 真壁が遂にチャンピオンになった試合、良く良く見ているとテクニックとスピードで翻弄して行く中邑真輔とパワーで直線的に押して行く真壁刀義のプロレスは非常に噛み合わないんですよ。その噛み合わなさがまた新鮮だと言うか、妙な緊迫感を醸し出すんだな。それでいて両者共にブリッジや抑え込む時の体の使い方に神経が行き届いているから肝心なところが大味になること無く程良い緊迫感が描き出される。ところが、同じようにキレイなスープレックス(ハーフネルソン、タイガー)を放っても真輔の仕掛ける技に観客の反応は鈍く、真壁のそれ(ジャーマン、ドラゴン)には観客席が爆発する。この辺りにプロレスの勘所の違いが表れる。


 真輔が最初から持っていた「生意気さ」を前面に押し出してナチュラルヒールという自然な立ち位置を手にしてから、観客の方も違和感なく真輔のプロレスを理解できるようになったと思う。棚橋がいる以上は真輔はどんなに頑張ってもその一足飛びな経歴が逆に重荷になってベビーフェイスは務まらない。また、凶器を使って試合をぶち壊すようなヒールと言うのも未来のエースとして成長中の今はやめて欲しい。だから観客が見ていて心地良いような試合の流れを寸断して突如試合を決めてしまうようなUWF系・・・それも藤原のようなレスラーを目指すと良いとずっと思っていた。今は高田+藤原のようなレスリングスタイルだが“格闘技アレルギー”が今なお残り続ける新日本プロレスでは丁度良いナチュラルヒールぶりだと思う。


 一方で真壁はと言えば、すっかり観客を味方につけることができるレスラーへと変貌を遂げた。リング上はもとより、マイクパフォーマンスも週刊誌でのインタビューでもカッコつけてないで本気で本音を晒すような言葉の選び方ができるようになった結果だと思う。私はリング上でみせるプロレスの質やマイクパフォーマンスの内容に雲泥の差があるとは言え「涙のカリスマ」大仁田厚を想起する。体現して見せているのだ。真壁の人生そのものを。そして、虐げられし弱き物の叫びが伝わってくるからこそ、日常生活に抑圧されている社会人としての観客の心に響く。会場に行くまでは全然意識してないのにリング上の姿を見ていると自然と応援したくなるレスラーがいる。真壁はそれだ。真壁のプロレスは「我等の心の解放政策」なのだ。だから、プロレスファン以外の人にも響きやすい。

 
 そして、暴走カリスマコング真壁が、遂に突き抜ける瞬間が来た。


 真壁の雪崩式パワースラムで真輔の左肩に明らかに異常が発生。通常、ルールに則って行われるスポーツでは異常が発生した時点でその選手は交代や退場、あるいは試合が強制終了させられるシステムになっているが、プロレスでは「決着」が望まれる。他のどんな競技がどうであろうとプロレスは暗黙の了解でそういうものなのだ。

 レフェリーもリングドクターも異常を察知して試合を止めるかどうか躊躇している。躊躇。この空気だ。試合はクライマックスを迎えている。観客の気持ちも昂ぶっている。しかし、選手の一人が続行可能かどうかギリギリの怪我をした。真輔も、真壁も、レフェリーも、おそらくあの場にいた全ての人たち、そしてそれを見ていたたくさんの人たちの心に「隙間」が生まれた。



 プロレスはそれを超えなければならない。超えて行かねばならないのだ。



 プロレスラーとしての「覚悟」を明示したのは真輔だった。脱臼した左肩を右腕で支えながら真壁に力無くキックを放つ。放つ。放つ。おそらく真輔が見せた底力はこれが初めてではない。IWGPに初挑戦した若かりし日、高山のヒザ蹴りを顔面に受けて明らかに異常をきたしている中で戦い続けたあの試合を思い出す。しかし左肩は古傷で、2007年のG1準決勝でも永田から同じように雪崩式のエクスプロイダーを受けて、さらにナガタロック、腕ひしぎ十字固めで脱臼という経緯があるから。あの時も真輔は立ち上がった。この男、止まらないッ。

 そう、中邑真輔は止まらないッ!!


 もはやあからさまに異常をきたしている部位を攻めようなんて、平常時の人間ならば思いもしないだろう。平和と安心に満ち満ちた生活を送っている私たちからすれば、怪我が発生した時点でレフェリーストップが採択される格闘技興行に慣れてしまった世代からすれば。

 総合格闘技は無残で残酷であるがゆえに美しい。努力して来た物が吐き出される間もなく一瞬で勝負が決まることもある儚さが美しい。「酷」が残り続けるから残酷だ。

 プロレスは「過酷」だ。無残や残酷の向こう側。「酷」を過ぎた場所に存在するのがプロレスだ。酷を越えて、結に向かわせる。その結にどのような色をつけるのか?それがプロレスなのだ。

 
 しかし、プロレスのタイトルマッチでこの状況で「普通」でいたら、そのレスラーはもう一生掛かってもチャンスを掴むことはできないだろう。止まらない真輔を、受け止めて仕留める。それがその時点で真壁に課された使命。

 ショルダーバスターから、美しいブリッジのドラゴンスープレックス!

 直接、肩や首をダイレクトに狙った攻撃。
 どう考えたって異常だ。しかし、異常であるが故に美しい。勝負とは非情なものだ。 
 
 真輔も乾坤一擲、左肩の痛みをこらえて真壁のラリアートをビクトル式の腕十字で捕獲するも、右腕一本では極めきれず、立ち上がった真壁に左肩を踏みにじられる。
 ここまで魂を魅せ続ける真輔に凄味すら感じられる。

 しかし、それをねじ伏せるために真壁が放ったのはうつ伏せにした真輔へのダイビングニー。

 そして、とどめのキングコングニードロップ狙いでトップロープに上ったところに、執念で立ち上がろうとする真輔。その顔面~左肩向けて、ためらいもせず、叩きこんだッ!膝をッ!!!

 何度でもふり絞り立ち上がろうとする真輔のプロレスラーとしての覚悟と心意気に対して躊躇なんていらない。真壁もとっくに決めていた覚悟だろう。相手が壊れようとも勝つ!勝って自分が全てを牽引する!!覚悟を越えた狂気さえも感じた。そう、狂気だ。プロレスは狂気なのだ。トップロープでためらいを見せたら真壁刀義は真壁伸也に戻ってしまっていただろう。“ためらいもせず”叩きこんだことが真壁を勝利へと導いたのだ。

  
 感無量の真壁のインタビューがあったが、私は真壁というレスラーが頂点に立ち「本気」で世の中を変えて行こうとしていることに感銘を受けている。それと同時に、中邑真輔という大いなる未来に真壁という名の熱い心血が注がれたことで何が生まれて来るのかを非常に期待して見ている。



 一見、水と油だが、真壁と真輔はとても良く似ている。



 相手を倒すために狂気に突き抜けるプロレス。恐れを知り、その上で立ち向かうプロレス。何度でも立ち上がって喰らいつくプロレス。おそらくこれは「勇気」を体現している。勇気を忘れた時代に様々な物を私たちに問い掛ける、素晴らしい試合だった。


 プロレスの幸せは、試合が終わった後に見た者の、感じた者の胸に去来するそれぞれの物語を味わうことの幸せである。

  
 
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