フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/09/23 Wed  04:07:05» E d i t
 » ふるさと 
 「2009年は秋にもゴールデンウィークが来るらしい!」

 なんて、昨年末の“来年の手帳”のキャッチフレーズには「Yeah!めっちゃホリデー!!」とかでかでかと書かれていた記憶がある。

 その秋のゴールデンウィークがまさに今だ。“シルバーウィーク”なんていまいちパッとしない名前をもらってしまった今回の連休。
 たまたまハッピーマンデーで9月15日から移動して来た「敬老の日」と、秋分の日が平日をサンドイッチして「祝日にサンドイッチされた日は国民の休日にしちゃいます!」という素晴らしい法律のおかげで土曜日が休みの人たちは5連休という状態になっているのですね。

 へぇ。


 ・・・って言うか、良いのか?
 不景気だの、金がねぇだの言う割には使うよねぇ・・・お金。使う機会にばかり恵まれてるよねぇ・・・。


 不景気って言えば、昔に比べりゃただ単に人口に対して店が増えすぎたから一件当たりの売上が減ってて、総合的な不景気感が拭いきれないって現状ってあるよなぁ。俺ら子供の頃にはそもそも、行く場所なんて決まってたんだから。


 バスで町のまんなかにある大きなデパートに連れてってもらって、おもちゃ売場見て、たまに何か買ってもらって、食堂でラーメンでも食って帰ってくれば、それで十分にハッピーだった。
 団地の公園行って、友達と遊んでて天気雨に降られたあとに虹を見つけて自転車で虹を追いかけて、それだけで楽しかった。

 今から比べりゃそりゃもう「ちっぽけな幸せ」だったんだろうけど、それは確かに「幸せ」だった実感がある。

 町のまんなかのデパートは名前が変わって大きくなって駐車スペースがたくさん取れる郊外に移転したけど、今は食品売り場も併設してるから結構頻繁に車で出かけるもんだから、あんまりスペシャルでも無くなっちゃった。
  


 
 あの頃の俺たちよりも大きくなった子供を持つ年頃になって、久しぶりに帰郷してきた幼馴染とともにあの団地の公園に立った。
 
 毎日のように同い年の4人+兄弟でつるんで、夕暮れ時にカレーの匂いやら魚を焼く匂いが漂って来て、誰かの母ちゃんが呼びに来るまでずっと遊んでいたこの公園。
 
 随分と周囲が開発されて、あの頃ここから見えた、子供の頃に彼の家で見た恐竜図鑑に載っていたブラキオサウルスが横たわったような小さな丘は均され、季節になれば団地全体を大合唱で包んだカエル沼も埋め立てられて建物が立ち、バックネットも取り外されて「資材庫」みたいな無機質なプレハブが俺たちのホームベース上に置かれてはいたが、何度かペンキを塗りなおされた滑り台とその下り口の砂場、それに、たったふたつぽっちの小さな小さなブランコはあの頃と全く同じ場所に同じように設置されていた。

 変わったもの、変わらないもの。

 プレハブに背をもたれて、当時は「外野」だった方を見てみるとその狭さに驚く。
 まだ幼稚園に入るか入らないかくらいだった当時は、その名の通りの「広場」だったものが、今となっては「キャッチボールで肩慣らしする程度のスペース」だ。この広場で団地の盆踊りだとか、花火大会とかいろんな催事があったっけな。

 俺たちの頃は、毎日毎日暗くなるまで子供たちがはしゃぎ回っていたもんだけど、まだ晩飯の支度の匂いも漂って来ない日暮れ前にも関わらず、俺と幼馴染の彼とふたりぽっちの公園。


 30年。


 俺たちはいつでもそこに立てば、タイムマシーンに乗って30年前の俺たちに会う事が出来る。あの頃の俺たちが今の俺たちよりも輝いていたとは俺は思っていない。今のオヤジになった俺たちだって相当イケてる。けれども、「特別な輝きがあの時代にはあった」と誰もが口をそろえて言うのには何となく頷ける。あの頃はまだ、幸せに向かう途中だったのだから。

 「手に入れる途中の感覚」と、「手にした感覚」、「手にしたものがこぼれ落ちて行く感覚」、「手にしたものを維持、管理して行く感覚」は絶対違う。

 俺たちの今の時代へのこの言葉に成り切らない不満は、自分たちが望んで手に入れたワケでもないものの維持や管理を、無理や矛盾が生じてからどうしようもなくなって手渡されたことに起因している。
 「あの頃に戻りたいとは思わないけど、あの頃は良かった」とは思う。
 
 じゃあ、思いきって捨てちまえば良いのか?と言ったところで、捨てるにも金が掛かる。
 

 30年。


 俺たちが生きて来た時間の流れの中で起きた出来事が、もうすでに教科書に「近代史」として載せられる。自分の中では簡単にスイッチできる時間でも、数字に直せば途方もない時間だ。

 どうしようもなく変わってしまう「ふるさと」だけど、自分の根源から何が湧きだしているかを思うとき、変わってしまった自分を嘆いたり、そんな自分を笑って許して肯定したりするために、ただただそこにあるだけでいい。
 たくさんの人たちが特段の意図も持たないままで、それでもなお形作られてきたその姿のままで「ふるさと」は「ふるさと」であって欲しい。

 
 30年前の俺たちをプレイバックするような自分の子供たちに、今のこの時代の「ふるさと」は何を残して行けるだろうか。いや、彼らが何かを掴み取るような力を育んであげられるだろうか。


 とか、ふと考えた。他愛のない話のなかで。

 自分たちはそれを自分たちの力で獲得して来たように思いこんでたけど、それは親たちをはじめとして、そこに暮らすたくさんの人々や動物、虫、植物、そして四季折々や歴史、そういう風土が全て渾然一体に溶け合って、差し伸べられていたものなのかもね。ふるさとって。


 随分変わってしまったけれど、30年前の面影のまま笑い合った。
 
 

 俺がカエル沼に長靴を片方飲み込まれて泣きながらの帰り道、一生懸命に笑わそうとしてくれたあの頃の彼のままだった。 
 俺は、自転車ごとスッ転んでどぶ川に落っこちたオマエを何とか助け起こしたあの頃の俺のままだったかな?

 
 互いの都合でたった1時間弱。でも、こうしていろいろ湧き出して来る思いが、俺を先に進めてくれる。互いにとって、互いが「ふるさと」になっているんだな。
 そういう「ふるさと」のにおいがする男でありたい。

 例え、この町で生まれ育った人ではなくとも、会ったことがなくても「ふるさとのような人」と思われるようなね。
 


 
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