フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/06/15 Mon  18:51:35» E d i t
 » 三沢色の雨 
 プロレスラー三沢光晴が死んだのは平成21年6月13日土曜日、22時10分だったらしい。

 私がそれを知ったのは、翌朝。
 携帯電話のメールに懐かしい友人たちからの着信が数件。
 「こんなにバラバラなメンツからメールが来るなんて、何かあったかな?」
 そこに書かれていたのは、三沢死亡。

 北海道はおよそ六月とは思えないほど冷たい朝で、弱く雨が窓を叩いていた。
 なぜか、その音がハッキリ聞こえた。



 
 もう月曜日になってから何かを書こうとしても、どこかで誰かが先に言った言葉しか見当たらなくなっている自分がいる。
 昨日の私には瞬発的に記事を書きあげる時間が無かった。
 そして、何度も何度も目にも耳にもしたこの言葉がやはり私の脳裏にも繰り返し繰り返し浮かんでは消えて行った。

 「信じられない。信じたくない」
 「ウソだろ?まさか」

 悲しみを噛みしめる間もなく、昨日は朝から晩までスケジュールが埋まっているにも関わらず何か集中できなくて、弱い雨に打たれて、六月にしては寒すぎる風にさらされて、行く先々でその話題になって、コンビニを見かける度にスポーツ新聞を買っては情報を仕入れ、テレビのある場所でそのニュースを見かけると、信じたくないもなにもなくて、それは現実なんだな・・・と受け入れ拒否の心の鉄壁を切り崩して現実が胸に突き刺さって来た。

 別に三沢がいなくても自分の生活は成り立って行くし、世の中は、時間は同じように動いて行く。
 そんなの分かってる。
 でも、どうにも処理しようのない気持ちが渦巻いていて気持ち悪い。

 間違いなく今の自分を構成している一部なんだな。三沢光晴というプロレスラーは。





 「三沢がバックドロップで」っていうのをプロレスを知らない人に伝えるとしたら、どういう例えになるだろ・・・?

 そう考えていた。

 ズバリ野球で言えば 「清原が死球受けて」 とか、サッカーだったら 「カズが相手と激突して」とか、そういう例えになる。
 三沢はプロレス界では「そういう存在」であり、死因はそういう「ありきたりに起こり得る、避けようのないもの」ということになる。




 
 世間にはプロレスを知らない人達がたくさんいることだろう。
 今はK-1とか総合格闘技とかにジャンルが分かれてしまって、それぞれにスター選手がいるからプロレスが相対的に地盤沈下したように思われてしまっている。

 かつてジャイアント馬場は「あれ(シュート=総合格闘技)もプロレス」だと言ったし、また「みなさんが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」とも言った。格闘技を内包しているはずのプロレスというジャンルが細分化されて、細分化されたが故に分かりやすい状況になってはいるが大きく見渡せば、やはり「それもプロレス」というのがどうやらしっくり来るような気はしている。

 K-1や総合格闘技が支流だとしたら、今は支流に水が行き過ぎて細くなってしまった源流がプロレスなのだと言えるだろう。
 ダイナミックな流れの変遷を経て、やがては源流へと戻るその時に源流が源流たる誇りを保っているためにプロレスが何をするべきかを体現して来たのが三沢たちのプロレスだ。

 K-1は毎日興行しているか?
 総合格闘技は地方巡業してやって行けるか?

 大きな会場で、ド派手に演出してたくさん客を集めて試合してもそれはせいぜい2~3ヵ月に一回。ビッグマネーが動くから、世間の目にだってそちらが優位に映る。そう見えてしまえば、比較の対象となるプロレスは地味そのものだ。

 プロレスは地方の体育館を巡って、毎日毎日試合をする。
 テレビが十分に発達していなかった時代から、地方を巡業するという興行形態を未だに愚直に守り続けて、全国に本物を届けて回っている。

 毎日の巡業に、大一番のタイトルマッチ。
 連戦で体はボロボロ。
 試合に向けて集中トレーニングをしてベストコンディションを作って行くだなんて、あり得ない世界。それがプロレス。
 

 「命を削るような真剣勝負を毎日続けることができるのか?」と、そこにプロレス=八百長論者のつけ込む余地が生まれて来る。三沢たちはそれをこの約二十年間、やり続けてきたのだ。
 八百長論者をはびこらせるような旧態依然のプロレスを破壊したのだ。

 
 真剣勝負とは何か?という問いかけに対して、一対一の果し合いを思い浮かべる人は恐らくプロレス=八百長論者だろう。
 戦場での斬り合い、たとえ刀が刃こぼれしても、たとえ折れようとも生き抜くために必死に戦うことを真剣勝負とは呼ばないだろうか?

 傷だらけになり、蓄積し続けるダメージがゼロになることなど無く、それでいて消耗して潰れてしまうわけでもなく、プロレスラーたちは今日も戦う。戦うことで自分たちの誇るべきプロレスを必死で守り続けている。




 三沢や小橋のプロレスはずっと「命を掛けた」戦いだ。

 常に手負いの状態から、必死で命を守り抜く戦いだ。「俺の人生はイコール、プロレス」だと言いきった男たちだからこそ体現できる崇高なる世界だ。

 ずっと見て来て、何度も「死んだ」と思うような技の攻防があった。
 
 三沢は柔軟で、小橋は頑丈で、両者ともに受身の達人だから、相手レスラーも遠慮することなく全力で技を仕掛けて行く。通常の技で仕留められないから、自然と技もエスカレートして、今までなら受け身がとれるように背中から落としたものを肩から落としたり、終いには首や頭から落としたり・・・そして、それを受けても鬼のような表情で立ち上がって相手を粉砕して行く。心ごと粉砕して行く。

 プロレスラーが通常の人間から見て超人ならば、三沢や小橋はその中でもさらに超人だ。
 もはや、「人」なのかどうなのかさえ分からないほどの。

 プロレスファンであれば知っているかもしれないが、三沢はもう十何年も前から大きな試合を終える度に控室でぶっ倒れて首の牽引をしていた。
 それはテレビでも雑誌でも見られた。

 「プロレスラーは痛さを見せない、見せてはいけない。(ファンの夢を壊すから)」
 
 馬場さんや猪木のころのプロレスではそれは通用したかもしれない。昭和のプロレスの方が凄かったなんて、今のプロレスを見ない人達は言うだろう。リズムもテンポも当たりの激しさも、何もかもが進化を続けた結果、遂には限界を振り切ってしまっている今のプロレスが昭和のプロレスよりも激しくないワケがない。

 メディアの未発達ゆえに「未知の強豪」が通用した時代から「プロレススーパースター列伝」やら「プロレススターウォーズ」なんかでファンが夢を見られた時代とは違って、今じゃ業界の裏事情をネタばらしして狡く金儲けをしたり足引っ張ろうって連中にさらされる中で夢を追いかけて現実を生きて行くことの難しさ、それでも「俺が大好きなプロレスは最高なんだ」という信念を貫いて生きて行く素晴らしさ・・・そして、その信念を言葉じゃなくてリング上で体現してしまう技量、それを支える肉体、その全てが人間讃歌だ。

 
 三沢はバックドロップ一発で死んだわけじゃない。

 細かく細かく周囲から斬りつけられてもはや倒れる寸前まで追い込まれていた巨木を倒す、マサカリの最後の一撃が彰俊の高角度バックドロップだったのだ。受け身に失敗したんじゃなくて、己の信じたプロレスに殉じた・・・なんてキレイごとにしたくないのが本音だけど、そう書いておきたい。
  
 おそらく、三沢の首はいつそうなってもおかしくない状態だったはずだ。
 なのに、三沢は「プロレスラーは痛さを見せない」を実行し、そして死んだ。




 
 死因は、首の骨が折れたのでも脳内出血でもなく、首の骨の中にあり呼吸運動の神経も入っている「頸髄(けいずい)」という箇所が離断(りだん=切れること)したということらしい。 
 
 




 今日、仕事中に車を走らせていた。

 偶然、ラジオ(STVラジオ「みのや雅彦のときめきワイド」)でこの話題となり、そのラジオ番組の留守電に入ったファンたちからのメッセージが流れて来た。

 「信じられない。」
 「脱力感でベッドから出られない。」
 「三沢は僕らと一緒に生き続けます、ありがとう。」

 そして全道のみなさんから三沢コールを送りたいということで三沢の入場曲「スパルタンX」が流れた。


 もう、ハンドルなんて握っていられなかった。
 
 車を急いで道端に止めて小さな小さな声で三沢コールを送った時、涙がボトボト零れた。

 曲が終わり、CMを挟んで、幼い頃からプロレスファンで多くのプロレスラーと親交があり、三沢とも良く飲みに行ったという みのやサン が震える声で語った。

 
 「三沢さんはね一緒に飲みに行くとさ、よく亡くなった馬場さんを思い出してさ、泣きながら松山千春さんの『君を忘れない』を歌ったし、『みのやサン、千春サンのあの歌うたってよ』ってリクエストもらったりしてさ。 今、三沢さんがそこにいたとしたら、この曲をリクエストされると思い、この曲をおかけします。」

   →「君を忘れない」 松山千春


 フロントガラスには小さな水滴。

 草木がやさしい風にそよいで、三沢色の雨が俺を包んでいた。


 
 
  
 
  
 


 


 


 この先も三沢の魂と生き続けよう。
 答えを急ぐことはない。やがて分かるから。

 
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コメント
この記事へのコメント
崇高なる世界の王者
 お久しぶりです。三沢の件以降、めちゃくちゃアクセスしまくりましたよ!野神氏のブログに。
 どこか旅に出られているのか?とか、パソコンが壊れたのか?とかいろいろ思ってましたが、パソコン故障だったのですね。
 それにしても無料で良かったです。
 
 プラム麻里子、福田雅一らは過酷なスケジュールの中で体調不良を押して出場した部分で殉死と言っても差し支えないかと思いますが、三沢の首は我々の言葉では全然追いつけないほどボロボロのボロボロだったのでしょうね。
 その状態でプロレスをして、潮崎の大飛躍もあってグローバルタッグリーグを優勝したのですから、どれだけ凄いの?って実感します。

 今となってはどうしようもない事ですが、そんなギリギリのギリギリの状態でありながら、リングに上がれば「最盛期の三沢」と比較され、マイナス評価だったりしましたからね。
 最終的に、NOAHの若手レスラーたちで実力的に三沢越えを果たしたのは森嶋だけだったという事実だけは残りました。

 その森嶋の影が薄いのは納得いかない状況ですね。
 秋山のGHC返上によって潮崎が新チャンピオンになるという劇的な動きもあったりと、三沢ショックの中でリング上でも大幅な動きが起こりました。
 地上波テレビ中継が無い中で、新しい時代を創り浸透させて行くのは困難を極めると思いますが、私はNOAHを応援し続けて行きます。
 
 三沢の、NOAHのプロレスは「王道」と呼ばれますが、私はこんな激しすぎるプロレスが王道だとは思えません。
 しかし、さまざまな価値観から私の大好きなプロレスを守るために命を賭した男に感謝こそすれ、誰が非難できるでしょう。
 
 ひとつのジャンルを守るために死狂いになった、その思いがこれほど多くのプロレスファンではない人達の心にも届いてくれていたことが確認できたのが私は嬉しいです。

 三沢は崇高なる(心の)世界の王者です。
2009/06/23 Tue 04:54:45
URL | フクフク丸:to 野神 氏 #oKAhFFW. Edit 
三沢の”死”は”名誉の死”!
大分ご無沙汰しています。実は、三沢が死ぬ事となる6月13日の朝、パソコンを起動させようと思ったら中々起動できず、メーカーに問い合わせたら”故障”との事で修理に出していたため、三沢の記事を中々書けずにいました。そして、”パソコン故障”の翌日の朝、テレビを点けて何気に”ニュース番組”にチャンネルを変えた時に「三沢死去!」のニュースを耳にしました。という事は、”パソコン破損”はもしかして”虫の知らせ”だった、という事なのだろうか・・・。

さて、今回の”三沢の死”ですが、このようなリング上で起こったプロレスラーの”事故死”は今までも何度かありましたけど、その多くはただの”不慮の事故”であって決して”名誉の死”とは言えるものではなかったと思います。しかし、今回の”三沢の死”は違う! これはまさに”殉死”であり、”プロレス”を大事にし続け、そして最後までプロレスを守り続けた”偉大なレスラー”の壮絶な”死に様”だったと思います。これぞ”名誉の死”というにふさわしい死に方だと思います。

とはいえ、”人の死”に”名誉”なんていうのは大変”不謹慎”である事は事実。されど、この”死”によって良くも悪しくも世間の”プロレス”に対する”見方”、”思い”が大きく見直される事だけは確かだと思います。これで”プロレス=八百長”と軽々しく口にする輩が確実に減る事だけは間違いないと思います。

”格闘家”でこんな死に方をした人間がいるか?(滝で修行中に死んだボクサーはいたが(汗)) かつて、”日本プロレス界のカリスマ”と謳われたアントニオ猪木は今どこで何をしている? ただ”生き恥”をさらしているだけじゃないのか?(呆) そういった意味でも、”21世紀”に入って”格闘技ブーム”のさ中、最も”プロレス”を愛し”、最も”プロレス”に命を捧げてきた男が、最も”プロレス”らしい死に方をした、という事ではないでしょうか!

三沢こそ、まさに”プロレスラーの中のプロレスラー”! 心よりご冥福をお祈りいたします(合掌)
2009/06/20 Sat 17:56:11
URL | スーパーpsy野神 #5FAMoxZ6 Edit 
アンビリーバボー・・・だよねー
 今のプロレス界で、三沢とスパルタンXほど相乗効果のある入場テーマ曲ってないよね。
 
 絶対三沢コールしちゃうもんね。あれ聞くと。

 中学の頃プロレス見てない時期あってさ、高校の時たまたま深夜まで起きててプロレスみたら四天王対決(三沢・小橋vs川田・田上)やってた。
 「え?何これ??マジでヘビー級のプロレスなの???」って愕然とした。早くて、ハードヒットで、しかも目まぐるしくて。

 一発で魂持って行かれた。
 それからずーっとプロレス大好き。

 だから、私をプロレスという素晴らしい世界に呼び戻してくれた大恩人でもあるんだよね。彼らは。

 四人とも派手なカラーのタイツでさ、名前もすぐに覚えることができた。
 
 それから掘り起こすように過去の対戦とか友人からビデオ借りたり、週刊誌のバックナンバーを読みあさったり。

 もうずっと一緒になって戦ってきた戦友なんだよね。向こうはこっちのこと知らなくてもさ。一方的に戦友なのさ。

 辛い時、苦しい時、そういう時の戦い方が三沢のプロレスに描かれていた。チャンスが来たら一気にたたみ掛けるまで耐え忍んで待つだけの受けの強さというプロレスラーの美学を体現してた男。

 俺も、誰かに「三沢みたいですね。」「小橋みたいですね。」って言われるような男になりたい。
 
 こんな30過ぎた今でも、素直に誰にでもそう胸を張って言ってる。
 プロレスの売店のくじで当てた三沢のサインを、きすけ殿から拝領した似顔絵と並べて飾ろうと思います。

 
2009/06/18 Thu 10:00:02
URL | フクフク丸:to きすけ 殿 #oKAhFFW. Edit 
グレートです。
 なんだろう。
 想像つかないんですよ。いなくなることが。

 だってね、4月にプロレス観に行った時に、私と まるもい のすぐ後ろにいて、タイトルマッチ観戦してたんですよ。息のかかるすぐそこの距離にいたんです。

 なのにね・・・

 三沢や小橋のプロレスは、おそらくプロレスを知らない人が見ても泣けます。
 全然興味のないうちの嫁さん。が覚えるくらいなんだからそうに違いない。

 ずっと俺たちの心の支えになりますよ。
 間違いなく。
2009/06/18 Thu 09:48:13
URL | フクフク丸:to レンゲ姐 様 #oKAhFFW. Edit 
おいらも未だ信じられない気持ちで一杯です。

スパルタンXを脳内でエンドレス再生しながら、コチラも車を運転しながら涙雨でした。

改めてご冥福をお祈りします。
2009/06/16 Tue 00:49:52
URL | きすけ #UBxiBZH2 Edit 
プロレスはよくわからないけど、すごい偉大な人だったんですね。

記事を読んで、丸ちゃんやファンの人の悲しみが伝わってくる。
辛いよね、好きな人がいなくなっちゃうのは。
そしてもう観ることができないのは。

ご冥福をお祈りします。
2009/06/15 Mon 21:45:29
URL | レンゲ #CIo.SJik Edit 
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