フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/05/02 Sat  05:20:02» E d i t
 » 視界の外にも世界は広がる② 
 「嫌な思い出があるかもしれないけど、私はアナタの過去に触れ合った先生じゃないわよ!初対面の、しかも年上に向かってそんなことを言うその人の常識を疑っちゃいますよね?悔しくて悔しくて、教頭先生にひとしきりボヤいて、家庭訪問なんてもうしたくない!って思っちゃいましたから!!ムキーッ!!」

 ・・・だそうで。


 そうかぁ。先生の世界にいると、それ以外の人から先生という職業がどういう風に見られているか分かんなくなっちゃうのかなぁ。




 笑って相槌打って聞いてたけど、これは学校と親の間にある深刻な意識の齟齬を含んでるぞ。

 誰かに物事を教え、導く立場というのは、自分でも勘違いしやすいし、また、他人からも勘違いされやすい。
 そういう立場の人は「立派な人」であるべきだろうし、またそうあって欲しいと願われるものだ。さらに言えば、頭っから「立派な人」に違いないとさえ思いこまれている場合もある。



 私なんかは大学で教職課程を選んだけどその大学の講義自体がクソつまんなくて中途放棄・・・ってか、挫折・・・した人間だから、教員になろうって人間が真っ当な人間ばかりじゃないことも知ってるし、さらに挫折を知らずに「とりあえず」感覚で学校の先生を選んじゃって試験に受かって行く人間が中にはいることも知ってる。
 大方、燃え盛るほどの熱意をもって教師になる人じゃなきゃ続かない世界だと思うけれども、現実は熱意や教え方よりも詰め込んだ知識量の方が優先的な選考基準になってて、別に選考段階では人間性だとかがそんなに問われることはない。また、人間性がいくら優れていてもテストをクリアできない知識量では人間としては良いかもしれないが、指導者としては頼りない。


 要するに 「先生だって同じ人間だ」 ってこと。
 で、一緒に協力して 大事な未来そのものである子どもたち を育てて行く仲間 だってこと。 
 これを前提に話ができるかどうかだと思う。先生側も、親の方も。
  
 
 たまたま、私があっち側もこっち側も知っている人間で、別に大した幻想を持っていない、ニュートラルで宙ぶらりんな立場にいるから両方見えるだけだって話だけど。

  
 >常識を疑っちゃいますよね?
  
 それは一般社会に出て、それなりに世の中を見てきた者の常識であって、世間ではそれを「一般常識」と呼ぶけれども、それが通用しない人間だっているということはおそらく私にわざわざ言われなくても先生たちの方がよくご存じのはずなのだ。

 ところが 常識を疑っちゃいますよね? で、通過してしまっている。
 いや、もしかしたらそうやって看過することがベストな選択なのかもしれない。

 そもそも立ち位置が違いすぎるから生まれるすれ違いなのだから、それを擦りよせるなり乗り越えるなりの努力をするよりも、そのままで時が流れて行くのを待ってればクラス替えなりなんなりで担任を外れるんだから・・・なにより、親の教育をするんじゃなくてその子供の面倒をみるんだから関係ないや!って割り切れば、それで良いってことか・・・


 でも、じゃ、なんで教頭先生にグチって、私の前でそれをこぼした?


 それはやっぱり先生の心にチクチクとその言葉が刺さっているからでしょ?

 悔しかったんでしょ?
 誇り持って教師やってるのに、いきなり侮辱みたいな言葉を浴びせられたのが。
 
 

 
 世の中には「先生」に感謝したり、逆にメチャクチャ恨みを持ったまま大人になった人で溢れてるよ。で、感謝してるのはさておき、恨んでる人にしてみれば「先生」という職業は十把一絡げで憎悪の対象になってしまうのは仕方ないことだったりするんだよね。


 だってさ、学校に上がれば小中、そして高と、ほとんどの子供が一日という時間の中において、親以外で一番長い時間を共に過ごす「大人」が先生だろうし。
 親よりも接してる時間は長いかもしんないし。

 
 成長するにしがって、 先生=大人=社会 って思いこんでしまう子がいたって不思議ではないわけでしょ?実社会の大人よりも断然、先生の方が近いんだし。その入口に立っているのが先生であることには間違いないんだし。


 ところが、その入口に立っている先生が手を差し伸べてすべての子を引っ張って押し上げてくれる訳ではない。その手から離れて置いてけぼりをくらってしまう子どもたちだっている。
 

 そして、社会に出て揉まれなくても、人は子を宿し、親になれる。

 
                                 つづく 
 
 
 
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コメント
この記事へのコメント
そりゃそうですよね。
> 導いてもらった人は、ほんの一握りだと思います。

 その先生に担任されたすべての生徒たちが、今や社会の一翼を担うほどの勢力を持って・・・な~んて聞きませんからね。
 「恩師」なんて言葉さえも無くなって久しいし。
 
> でも、何か影響を受けた一言や、場面はあるはず。

 プラスばかりとは限らず、超マイナスな影響だってあるはずなんですよね。人間ですから。
 置かれている境遇やタイミングの差によって同じ言葉だとしても、全く逆の捕えられ方をされる場合だってありますからね。 
 
2009/05/06 Wed 06:55:08
URL | フクフク丸:to hi_me姐 様 #- Edit 
ほんのひとにぎり
導いてもらった人は、ほんの一握りだと思います。


でも、何か影響を受けた一言や、場面はあるはず。


それに気付かないでいる人も多いのかもしれません。
2009/05/02 Sat 06:07:25
URL | hi_me #- Edit 
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