フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2012/06/25 Mon  17:40:20» E d i t
 » 自分の居場所 
 自分の居場所を探していた。

 それはそれはもう、必死で。
 自分を受け入れてくれる場所が見つかると、そこが心地良くて、だから私もその場所を残したくて、そこにいる人たちに報いたくて、一生懸命やってきた。


 私がたくさんの挑戦と、大半の失敗と、少しの上手く行った経験を続けるうちに、自分の居場所が増えてきた。「あぁ、俺はここに居ても良いんだ」という感覚から、いつの間にか周囲からそこにいることが当然であるかの如き扱いを受けるようになり、自分もまたその雰囲気の中に溶け込んでしまううちに自分の居場所が増えている事に、ふと気付く。


 自分の居場所が「自分が必要とされる場所」となり、やがて背負った物の重たさにため息をつくことが増える。


 別に当てられたくもないライトに当てられて、特に立ちたいとも思っていなかったステージに立たされているという被害者意識さえ覚えるくらいにまで。
 

 
 孤独だった自分が必死に求めていた「居場所」が、憧れていたはずのライトが、目指していたはずのステージが自分を苦しめる。
 

 「あれか、これか」よりも「あれも、これも」で生きてきた。
 自信が無いから、信じるに値する自分を探すために「あれも、これも」を選択せざるを得なかった。そして、自分は一体この先どこまで「あれも、これも」な自分でいられるんだろうか、疑問に思う。


 
 先日、取引先の人から言われた一言が妙に耳に残る。

 「我々が今、やろうとしていることは アブ も ハチ も取ろうとしてるってことですからね。」




 その一言のおかげで、今の自分の危うさを思い知った。 
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2012/06/19 Tue  03:37:06» E d i t
 » さらし巻き巻き 
 お祭りの時にお神輿を担ぐ時に、さらしを巻きました。

 たった二日間巻いてお神輿を担いだだけで、ウエストが細くなったのを実感!

 調子に乗って、一日に約4時間はさらしを巻いて過ごしてみています。

 

 まず、しっかり巻いた日には上からも下からも空気がバンバン出て行きます。

 そう。ゲップとおならです。

 次に、その4時間は勝手に食事制限ができます。すぐお腹がきつくなる。

 そして、ギッチリ腹筋を意識して腹式呼吸することによって、腹筋が鍛えられます。


 
 なれないうちは苦しさのあまりぶっ倒れそうになりますが、慣れると呼吸のひとつひとつが全身を鍛錬するように感じられて、なかなか良いです。


 まとまってトレーニングをする時間が取れなくなったこのごろだから、ちょっと続けてみようっと。
2012/06/06 Wed  18:22:01» E d i t
 プロレス界には、ある程度アマチュアスポーツで結果を残してからプロレス入りする選手がいる。
 最近の有名どころでは柔道の小川直也なんかがそれに当たるのだろうが、オリンピックとかでも結構強い選手がいるのにあんまり世間的に目立たないのは男子のレスリング日本代表。
 裾野の広さは柔道ほどではないだろうが、たくさんの選手たちの中でしのぎを削り合って好成績を残すまでに20代半ば以降までレスリングに打ち込んでからプロレス入りした選手が最近では多い。
 が、目立った活躍ができる確率は半々くらいだろうと思う。

 そういう入門時期が遅かったアマレス選手の中でもNOAHの杉浦貴、全日本の諏訪魔なんかは活躍しているレスラーの典型例。
 しかし「アマレスでは本当に強かった」と言われ続ける本田多聞は伸び悩み組の筆頭で、NOAHの青木篤志や谷口周平もどちらかと言えば本田寄りの評価だった。


 ジュニアヘビー級の青木は周囲に同年代でありながらプロレス歴が長い選手たちがいて、ライバル関係には事欠かない中、必然的に自らの立ち位置のようなものを見つけ出さざるを得ない状況で、今は“ある程度以上”のところまで上がって来ている。
 一方、谷口は恐らくは生来の物なのだろう「引っ込み思案」がリング上の戦いでも垣間見えてしまうのと、ヘビー級で谷口と張り合うような年代の潮崎はヘビー級のチャンピオンを経験して「格」が上がってしまい、他の選手たちはキャリアが違い過ぎて、観客の認知度でも技の浸透度やインパクトでも「泣かず飛ばず感」が板についてしまっていた。


 体つきや来歴を見る限り、観客には“期待以上の爆発力”を求められる。
 先輩レスラーたちには“喰らいついて来る感情”を求められる。
 本人は目に見える“勝利という結果”を求めている。


 しかし、谷口が谷口である限り、バックボーンであるアマレスのスタイルを拭い去ることはできないし、むしろそれを前面に押し出すことが谷口のレスラーとしてのポジションが作られて来ていた。

 「強そうなんだけど、地味」
 「肝心なところで、爆発しない」
 「見ていて、面白くない」
 
 
 谷口の哀しみは、表情が少ないということに尽きる。
 もともとの顔つきというものを補って余りあるだけの無愛想感、感情表現が下手くそ。


 ヘビー級のトップ戦線に食い込んで欲しいという周囲の期待に応えられない日々。

 ならばいっそ、いっそ、感情表現という表現手段を一切消し去ってしまうというのはどうだろう?
 
 と、考えたのは現在、反体制派「NO MERCY ノーマーシー」を引きいるKENTA。
 そして誕生したのが


 マイバッハ谷口


 テキトーに作った感たっぷりのお面と、馴染みのないカタカナ語。

 プロレス雑誌の中で、他団体の選手たちがインタビューで悪ふざけして、うだつの上がらない選手には「マイバッハ」を名乗らせよう!と嘲笑の対象にされるどころか、プロレスファンの間でも失笑の企画モノ扱いでした。・・・でした。すでに過去形です。


 
 マイバッハに変身した谷口は、苦手だった感情表現をする必要が無くなったのです。そして、観衆の前では言葉さえ発しません。マスクと、存在と、動きで自らのプロレスを表現するという、特殊な立ち位置に立つことになったのです。


 そしてマイバッハは、これまでの良い子ちゃんレスリングなファイトスタイルを180度転換。

 凶器は使い放題、場外で暴れ放題、そしてパワーで相手を投げ飛ばし放題のヒールへと変貌。観客も当初は戸惑いました。だって、マイバッハのキャラになっても谷口が丸見えなんですから。マイバッハのマスク、鼻から上の、しかも顔の前面しか隠れないという仮面舞踏会みたいなマスクで、それ自体がすでに中途半端感を感じさせましたし、「谷口のことだ。やがて中途半端感が出てしまうんだろ」的な見方が大勢を占めていても何ら不思議はないことです。


 ところがどっこい。


 1990年代に馬場さんの全日本プロレスが標榜していた「明るく、楽しく、激しいプロレス」をそのまま引き継いだ三沢NOAHの不文律「正々堂々で不透明結着の無い分かりやすいプロレス」をマイバッハ谷口は試合の度に激しく暴れた末の反則負けを続けることによってぶち壊したのです。


 また、そんな試合を続けながらも、シングルマッチで勝つべき相手には強引にでも勝つような試合をした。

 
 そして、いきなりの王座挑戦。
 だが、結果は返り討ち。

 しかしどうだろう、プロレス雑誌の異様な光景。
 王者の森嶋を応援する「モリシメガホン」か「マイバッハお面」という即席応援グッズが配られたらしく、厚紙でこしらえたマイバッハお面を被った大勢の観客が楽しそうに映っている。

 それ、私にもくれませんか(笑)?

 
 窮屈な時代の中で、私たちはガス抜きをする場所を探しているんですよね。
 プロレスはファンにとってはかけがえのないその場所なんですが、いつの頃からか決められた枠内での満足感を押し付けられていたのかも知れません。知らぬ間に。団体毎のカラーがあるんだからそれはそういうものなんでしょう。

 しかし、マイバッハ谷口は予定調和の団体と観客の関係性にも一石を投じた。


 そして、マイバッハの背中に自分の現状や苛立ちを重ね合わせて、ぶっ壊したい衝動を代弁してもらっている人たちが増えて来ている!!


 突き抜けて、ぶっ壊せるのか?マイバッハ!!
 中途半端な立ち位置に戻ってしまうのか?谷口??


 プロレスは、相変わらず面白いなぁ。
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