フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2012/04/30 Mon  09:35:45» E d i t
 » かくれんぼ その4 
 今や国民的人気漫画となった「ワンピース」。

 主人公ルフィの「兄」エースが“別れ際”にこう言う。
 「(こんな俺を)愛してくれて・・・・・・・・ありがとう!!!」


 話の内容を端折ってただセリフだけ抜き出すと何の感動も伝わらなくて申し訳ないのだが、その辺はワンピースを読んで頂きたい。
 漫画はある程度読んで来た方だとは思うけれども、おそらく(どのような場面設定であったとしても)素直に「ありがとう」を言った少年漫画のキャラクターはそんなに多くないはず。照れ臭いから言わない。セリフとして使わないワードだったんじゃないだろうか。「サンキュー」「グラッツェ」「どーも」とかなら何度か見たことあるけど「ありがとう」は滅多にない(はず)。


 

 
 
 この「ありがとう」という言葉、伝えそびれたことがあまりにも多いことにふと、気付く。


 自分は自分だけで生きていると勘違いするのは、それは恐らく前を向くことで精一杯だから。
 運の良いことに、私は自分自身を見失った時にも、そうでない時にも必ず、自分の傍に“仲間”がいてくれる。そして“仲間”は、私にとって指針であり、エールであり、時に壁であり、そして宝である。

 
 この“仲間”と共に過ごす時間や経験=人生こそが「ひとつなぎの財宝」なのではないだろうか。




 子供の頃に出会った仲間、小学生の頃、中学生の頃、高校の頃、大学の頃、社会に出てから、つい最近・・・自分が生きて来た時間の中でたくさんの仲間ができる。
 
 先日、私は「大人になってから仲良くなった友人」宅でエキサイティングな体験をした。


 酒飲んで互いの来歴を語り合って、共通の趣味の話題で盛り上がって・・・というのは良くある風景だが、その友人とは「説明不可能な共通項」が多過ぎるという不思議な感覚がある。

 たまたま思いついた一言が、二人の中の「小学5年生の自分」を焚きつけてしまった。

 もともとは共通の知人に贈るためにスケッチブックに二人で描いた合作の「マッスルドッキング」のイラストがキッカケだった。

(マッスルドッキングとはキン肉マンに出て来る、キン肉マンのオリジナルホールド、「キン肉バスター」と「キン肉ドライバー」の合体技であり、キン肉マンとキン肉マングレートが協力して相手タッグに仕掛けるマッスルブラザーズのフィニッシュホールドである。 民明書房刊「ああ、麗しの昭和ジャンプ」)

 友人が私の似顔絵でステカセキングにキン肉ドライバーを、私が彼の似顔絵でサンシャインにキン肉バスターを仕掛けた絵を描き、合作を仕上げる。・・・彼は全く下書きというものをせず、いきなりサインペンでさらさらとそれを仕上げ、私もそれに続く。

 

 ・・・友達と、絵を合作したことはありますか?

 ・・・ある ならば、それはいつですか?

 ・・・小学校5~6年生頃じゃなかったですか?


 「このスケッチブックに、漫画を描こーよ。お互いに1ページずつ、描いている間は見ないようにして、そのページが完成したら、そのページにストーリーが続くように代わり順番で描く。どう?」と、無責任な提案をする私。



 ♪不思議なものだ 子供の頃は 大人になんてなれないの~に
 大人になれば ときめくだけで いつでも大人になれる~♪ 福山雅治「生きてる生きてく
 


 「えへへ。それ、いいねー。やってみようか。」と、ノリで受ける友人。


 そして、二人の大人が“酒を飲める小学5年生”と化して、ワクワクしながら漫画を描き始める。なんてファンタスティックなんだろう。起承転結という概念は皆無、起・転・転・転・転という“作品”が走り始める。

 漫画家になりたかった「あの頃の自分」は「漫画家になる方法」に出会っていたんだ。

 漫画家になる方法は「漫画を描くこと」だった。方法論だとか売れっ子になるための道筋だとか、そういうことは「プロの漫画家」への道のりであって、その遠き道のりと、揃えなければならなそうな道具の種類と・・・そしていつしか描くこと自体をしなくなっていた。

 描かなければ漫画家にはなれない。描けば、もしかしたらなれるかもしれない可能性が生まれる。
 「ただそれだけ」のことだった。


 自分がノートに描いた「作品」を、クラスのみんなに見せる。何らかの反応が得られる。また次の「作品」を創作する・・・ちゃんと、自分は素直にそうしていたでしょう?

 「うまいね」って言われたらうれしかったでしょう?そうじゃない反応は辛かったけど、どうしたらもっと楽しませることができるか考えたり、君には僕の作品は分からないんだよって思ったりしたでしょう?

 
 一番、大切なのはそれなんじゃないかな。
 銭、金に結びつくかつかないかよりも、やりたい事をやってるかどうか、それを世間に問いかけてるかどうかってことなんじゃないかな。


 奇しくも、彼の奥さんが「なんかすごい二人ともイキイキしてるよ」と言っていた。


 
 私は「自分の中でかくれんぼしていた自分」をハッキリと見つけたんですよ。その時に。そして、同時に「彼の中にかくれんぼしていた彼」も見つけた。それを続けられるかどうかは分からない。でも、確かにそこに二人の少年が目を輝かせていた体験は「黄金の経験」である。


 今、これまでもこうしてブログで思いを発信して、発信し続けて、誰かが共振してくれる事によって、私は見つけ続けてきたのだと確信する。探して、見つけて、また発信する。それに誰かがまた共振してくれて、その誰かが新しい発信を繋げて行く。

 
 それっぽく名づけるならば 「自分流」。

 
 


 それは別に世界が変わるような発見でも変化でもないけれども、私がこれから変わって行くには十分な発見であり、変化につながるものだと直感した。この変化はいずれ、世界を変えることに繋がるかも知れない。繋がらないかもしれない。でも、可能性はゼロじゃなくなったってことだ。


 
 そして、これまで自分を作って来たすべての出会い、出来事がどうやって今の自分を作って来たのかを遡って思ってみた。


 「ありがとう」を伝えられず来たことの、なんと多いことか。

 だから、冒頭のエースの言葉に激しく胸を揺さぶられたんだ。

  
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2012/04/26 Thu  03:33:26» E d i t
 » かくれんぼ その3 
 期せずして始まった「かくれんぼ」。

 隠れているのが小学5年生の自分だとしたら、その自分は世の中を歩んで行くにはあまりにも弱くて簡単に騙されて、折られて潰されちゃうくらいだろう。

 「素」にあるものがどれだけ面白くても、生きていけないくらいの純粋と世間知らずは同義。生活に余裕のある人が認めてくれるほどの才能があるんだったら飯を食うに事欠かないくらいにはなれるかもしれないが、自分が思うような未来を獲得して行けるくらいの常識や通念を覚えることと、社会と折り合いをつけるくらいの調整力をつけることは必要なことだ。いやむしろ、それらを学ぶために実践しながら失敗しながら今を生きていると言っても過言ではないような気さえする。 


 だから一旦、自分が身につけた背伸びや虚飾や抜け殻みたいなものでかくれんぼするのは実は正解なのかも知れない。弱い者は自分よりも弱い者を見つけるのが得意で、見つけたら必ずいじめるようにできている。ピュアな自分を守るための最善の手段はもしかしたら、背伸びや虚飾でガードすることなのかもしれない。

 
 「誰かに評価されるための努力」「何かに合格するための勉強」そんなものに意味は無いと、大人になってから出会う書物にはそんなことがよく書かれていて、若い頃には妙にそれに納得したりもする。しかし、飯を食って行くためにはそんなキレイゴトは通用しない。努力は目に見える結果を伴って始めて評価を受けるし、勉強は実を結んでこそ意味を為す。
 どんなに努力しててもそれが自分を含め周囲の誰にも安らぎや富をもたらさない物事は好評価は得難い。そして好評価というものは期待値すなわち応援されやすさを表すから、生きて行くためにという理由から努力には必然的に優先順位がつけられる。


 いわゆる「やりたいこと」と「やらなきゃいけないこと」ってヤツだ。

 
 「やらなきゃいけないこと」の中に実は「やりたいこと」がかくれんぼしている場合もある。だけど基本的に「やらなきゃいけないこと」は自分にとっては縛りに感じてしまうから、本来的には優先すべき事柄なのに面倒臭がってやらないから「やりたいこと」にまで辿り着かない。


 本質的に「自分を伸ばして行くもの」と「窮屈に締めつけるもの」とは相反するように見えながらも混在していて、窮屈な締めつけの中で自由を求めて足掻きもがくから自分が大きく育って行けるという真理はあるはずだ。 
 

 「他人にどう見られているか?」「他人からの評価はどうか?」というのを必要以上に怖れる必要は、実はない。ないんだけれども、自分の価値判断の尺度や達成度として「他人の満足」というものが含まれている事実も否定できないものだから臆病になる。

 他人の顔色をうかがうようになる。



 「もっと自信を持て」と良く言われる年頃になると、ますます自分が何をして良いのか分からなくなる。自分がやりたいことをやれば良いと言うが、まずもって「自分がやりたい事」が何なのか分からない。 


 自意識という、凄く高くて立派な割には比較的脆くてすぐにヒビが入る壁の中に閉じ込めてしまった自分がやりたかったことは、壁を作る作業に夢中になっているうちに忘れてしまうから。もう一度、あの日の自分に出会えるかどうか・・・というのは、運によるのかもしれないし運命なのかもしれない。


 「もういいよ」が聞えたら、耳を澄ませて。

 


 
 
2012/04/21 Sat  06:25:13» E d i t
 » はるかぜ 
 かくれんぼの途中ですが緊急速報です。

 あぁ、もうすでに緊急でも速報でもありませんでした。


 遅報です。


 日曜日の午後、ぽかぽかの陽気に誘われうたたねなんぞをしていたら



 
 40℃まで発熱しました!




 翌日、病院で検査受けましたらばインフルBですって。・・・この冬は風邪さえひかずに乗り切ったッッッ!とか思っていた矢先の大どんでん返しです。表現が微妙に古いのは熱のせい・・・
 


 久しぶりにぶっ倒れました。そして水曜日まで横たわりました。

 ご飯食べるのもままならず薬漬け。


 家族に感染するのを避けるために、隔離政策を自ら実行しつつ。




 結果、開始すること自体が目標と化してはや幾星霜となっておりましたダイエットの目標として掲げる予定だった数値を遥かに超えるスリムアップに成功




 ズボンのウエストがきつくて困っていたのが、何とっ!ベルトきつめに締めなきゃズボンが落ちて来てしまうほどに!!






 超絶ッ!インフルBダイエット!!




 40℃にあえぎ、朦朧となりながら寝てるだけ!




 
 ・・・じゃ、ねーだろ。




 週末になり、私は回復しましたが。







 家族全員に感染しました。




 早期対処できましたので、高熱にはならないし長引かないとのことですが、さりとて相手はインフルB。




 みなさん、気をつけましょう。
 
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2012/04/15 Sun  08:30:38» E d i t
 » かくれんぼ その2 
 (前回からのつづき)

 心の声に耳を澄ましてみる。
 
 自分の目の前で自分の子供たちが天衣無縫にはしゃぎ回っているのに誘われるように、自分の内側を力強く打ち叩きながら彼らに呼応するように「もういいよ」「もういいよ」という声が今の自分に近づいて来ているような感覚になる。




 
 自意識に目覚める前、私の中の少年は誰かに×をつけられることを極端に恐れることは無かっただろうと思う。

 いつも親に叱られるまで勉強もせずに遊び回って、散らかし放題散らかして、マンガの主人公に憧れて、自分もいつかそうなれたら良いなと憧れながら、別に塾に行くでもなく習い事をするでもスポーツをするでもなく、ただひたすら友人たちと新しい遊びを作り出したり、テレビの真似ごとしたり、山や海に行って新しい発見をしたりしていた。
 そのことを誰に伝えるでもなく、また、伝える手段にも言葉にも乏しく、ただただ自分たちの中でそれらの経験は輝きを増して行った。


 競争意識が植え付けられた頃から、誰かにつけられる×に必要以上に束縛されてしまったような気がする。輝いていた少年の宝物たちよりも、教科書に書いてあることの方が優位であり、テストでもらう○の方が大切であり、大人になって行くために必要であると、きっと、そう刷り込まれていた。


 それを覚えた結果、誰かから○をもらえなければ競争社会では「敗者」のレッテルを貼られてしまう。そこにあるのは伸びて行くための競争だったのか、他人を蹴落とすことを覚えるための競争だったのか。

 
 中学生の頃はたくさんの○をもらった。自分たちがあの頃に見つけた宝物「経験」にいろんな名前や法則や方法がある事を「知る」ことは喜びだったし、その頃から急激に溢れ出して来て不安定に揺れまくるようないろんな「感情」の中でも○をもらうことの優越感は恐らく格別なものだった。


 やがて過剰な自意識は自分の価値判断基準を外側に置いてしまう。

 高校に入り、○をもらう優越感を覚えて来た人たちばかりが選りすぐられた環境の中で×ばかりの自分になった。誰かから○をもらうことの嬉しさよりも×をつけられる怖さにガチガチに縛られるようになっていった。自分の学習・習熟程度につけられた×がまるでこれまでの全人格を否定するかのような鋭利さで自分を覆っていた優越感を切り裂く日が来た。


  
 切り裂かれた優越感はやがてささくれだった劣等感へと変化。「大人=自分たちに○や×をつける存在=自分の価値を決めてしまう人たち」という勝手な決めつけと思い込みが生まれて来る。それに反発するでもなく、×をもらった自分は価値のない人間であるとさえ思い込むようになってしまっていた。



 もう「誰かとの比較の中にしか自分が存在しないような状況」に組み込まれてしまっていたことが今だったら良く分かる。それも同じ学校、同じ学年というごくごく狭い、世間にしてみればそこら辺の蟻の巣なみにどうでも良いような小さな社会の中での比較の中という、今思えば“そのくらい”のことでも当時は一生懸命もがいていた。


 それは「背伸び」でも「虚飾」でもない「環境」というヤツなのかも知れないけれど、間違いなく自分を束縛し、委縮させるものだった。当時はそれがすべからく悪のように思えたものだが、今ではそう思わない。

 社会なんて出てみりゃ分かるが、常に競争の渦の中だ。泳ぎ方を覚えるなり、渦を避ける方法を見つけるなり、デカイ船に乗るなり、自分で船を作るなり、とにかく自分を束縛するもの、委縮させるもので溢れかえっている。
 その競争もこっぴどいもんで競争してるか、あるいはそこから逃げ出して誰かに助けてもらってるかしかない。しかも「世間の方が悪いんだから」という言い訳のひとつもどこかで覚えて来なかった人たちなんて、×もらったら命を捨ててしまったりするほどだ。
 
 
 だから、優越感という勘違いを早い段階で切り裂かれる中でも、高校の方針として大学進学のためのカリキュラムが組まれ、お勉強マシーンという画一化・同一化を押し付けられたあの窮屈感、居場所のなさがあったからこそ、自分の居場所を探したし、窮屈感から逃れるために一生懸命だった。

 でもその当時はみんなお互いに「君よりも僕の才能の方が上だよ」って自意識過剰だから、なかなか助けを求める人もいなかったし、できない自分を認めることもできなかったけど、誰も見てないところで少しずつくらいはいろんなことを努力した。「できないのはやっていないから」なんて当たり前のことを言われて、やってみてもできないことがあると挫けたし、「努力が足りない」と言われれば「どれだけやればできるのか」という普遍的な答えを求めさえした。

 「やり続けていれば、きっとできるようになる」と言い換えれば話が通じやすかったんだろうけど、タイムリミットはいつでも「できなかった自分」を置き去りにして、置き去りにされた「できなかった自分」が倒れ込むように自分の中に折り重なって行った。

 心が動けなくなるほどに。



 いつから「かくれんぼ」始めたんだっけ?

 別に始めたくて始めたワケじゃないんだよ。
 前ばかり見てなきゃ、進めなかっただけなんだよ。



 つづく
2012/04/14 Sat  18:06:18» E d i t
 » かくれんぼ その1 
 「自分が今の自分らしくなってきたのはいつだっただろうか?」


 誰かと話している時にテンションが上がって来ると、自分の中心に一体何歳の自分がいるだろうか?

 小学5年生くらいの自分だと思う。

 それはおそらく「自意識の芽生え」前後だった頃だろう。やがて過剰なまでに膨らんで来る「自意識」に埋もれてしまう以前の自分がそこにいる。一生懸命に笑って泣いて頑張ったりサボったりしていた少年は少年のままで自分の中に隠れていて、いつか誰かに見つかる事をワクワクしながら待っている。まるでかくれんぼ。


 その年頃に自分が自分の世界を変えてしまったのは女の子が急に「女性」へと変化していったからのように思う。その頃から友達との話題に上がり始めるモテるモテないは、今、この年齢になっても男女の関心事のトップ3みたいな扱いで週刊誌やらテレビ番組やらでやいのやいのとはやし立てるが、そうして「外側から見える自分」を意識して様々な背伸びや虚飾を始め、中学辺りから突如として登場する「競争意識」も手伝っていつの間にか、かくれんぼしている少年はそのままそこに忘れ去られたままになって、どんどんと埋もれてしまう。


 背伸びは間違いなく新しい自分へのステップではあるが、虚飾はその言葉の通り「虚ろな飾り」であり、虚ろな飾りを重ねるごとに自分が自分から離れてしまう感覚も同時に増えて行く。増えて行くのだが、それに慣れても行く。馴染んでしまえば虚飾も虚ろでは無くなる。

 
 私には馴染まなかったんだと思う。



 きっと、ずっと。窮屈だった。
 でも、その窮屈さに顔をしかめながら生きているのがカッコよさだと思っていた。
 


 尾崎豊が歌っていた「本当の自分に辿り着くために繰り返される」はずの「卒業」の答えみたいなものは、実はすでに自分自身の中にずっといて「もういいよ」「もういいよ」って繰り返し叫んでいた。その悲痛なまでの叫びが実は原因不明で自分自身を締めつけて来た、自分の心の痛みの正体。


 
 子供が生まれて、育って、自由にさまざまなものを感じ取りながら成長して行くのを眺めていて、私の中で虚飾に埋もれてしまった少年のかすかな呼び声に気付いた。


  探した。
 「考えるのではなく、感じるんだ。」大好きな映画の大好きなセリフが自分の背中を後押しする。心の声に耳を傾ける・・・そう。心の耳を澄ますんだ。


 
 
 つづく
  
 
 
2012/04/13 Fri  04:49:15» E d i t
丸:「昨日の晩御飯、何でした?」


おっちゃん:「うーん、…アレ?アレ?ド忘れした。何だったけ?あー、チキショ!なーんでこうやって忘れちゃうんだろ。情けないよね?」


丸:「いやいや、よく有りますよそういうの」


おっちゃん:「飯の話すればさ、テレビでやってたんだけど納豆の栄養って凄いんだって。」


丸:「へー。カラダに良さそうですよね。どんなふうにアレなんですか?」


おっちゃん:「(質問無視)納豆に何入れるの?」

丸:「え?ウチはアレです。卵の黄身だけ入れて長ネギ刻んで入れて、醤油で味付けて食べますよ。」


おっちゃん:「へ?あれ?砂糖は?砂糖入れないのかい?」



丸:「ウチは入れませんね~。」


おっちゃん:「えー!?入れないんですか?なんでー!!?」


丸:「いやいや、そんな驚かれるようなアレじゃないッスよー」


おっちゃん:「今度納豆作る時に、ちょびっと砂糖入れてごらん。混ぜたらグワーッって糸引いて、すっげー美味しいですから!」


丸:「いや、そうですか~?なーんか砂糖は入れたくないなあ」



おっちゃん:「で?卵はどーすんの。」


丸:「え?何の卵ですか?」


おっちゃん:「黄身だけつかって、残った白身さ。どうすんの?」


丸:「あー、卵割ったトコからドゥルンって飲みますよ。フツーに」



おっちゃん:「えー?醤油もつけないでそのままかい?」



丸:「ええ。ドゥルンっと」



おっちゃん:「へー・・・気持ち悪いことやってるね」


丸:「フツーですよ。」



おっちゃん:「あーあ、納豆食いたくなったや。昨日の晩、仏壇に上がってあったバナナ2本食って、焼酎クーって引っ掛けて寝ちまったからね」



丸:「あー・・・、晩飯、バナナだったんですかぁ(うわ、切ないなー)」



おっちゃん:「そう。思い出したや。バナナ2本。だーってアイツ(奥さん)、アイツ(飼ってる犬)ばシャンプーに連れてくとかって、飯つくんないでペット屋に行っちゃうんだもの」



丸:「・・・(マジかよ)。」



おっちゃん:「まー、食いたくもない菜っ葉食わされるくらいなら、いっそバナナ2本の方がいいや。」


丸:「・・・(序列最下位?)。そーゆーもんなんですか?」



おっちゃん:「そーゆーもんです。」
2012/04/03 Tue  08:05:03» E d i t
 » 火曜一言 
 「オール オア ナッシング。」


 そんな選択が許されるほど、俺ら偉くないですよ。


 
 得る時はちょびっと。


 失う時は ゼロ よりも重たいマイナスがくっついて来る。



 
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