フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2012/03/30 Fri  11:24:36» E d i t
 丸    :「あれ?たばこ吸わないんですか?」


 おっちゃん:「お?気がついた?」


 丸    :「いやいやいやいや、普段あれだけ吸ってる人が全く吸ってないなんてすぐ気付きますよ」


 おっちゃん:「いよいよ俺も、やめるさ。たばこ。」


 丸    :「そうですか。」


 おっちゃん:「あー、吸いてぇ・・・」


 丸    :「重大な決意表明から30秒も経ってませんよ?」


 おっちゃん:「そこを我慢するから禁煙なのさ。」


 丸    :「そうなんですか。」


 おっちゃん:「でもなぁ。1本くらいアイツから貰って吸おうかな?」


 丸    :「重大な決意から45秒くらいですけど。」

 
 おっちゃん:「あー。」




  しばらく後。




 おっちゃん:「そこのイレブンで結局たばこ買ったや。」


 丸    :「禁煙への道、険しいですね。ゼロにするんじゃなくて、本数減らしたら良いんじゃないですか」



 おっちゃん:「そんな中途半端なことだからダメなんだ!」



 丸    :「・・・」




おっちゃん :「減らすなんてのは、やめられない奴の典型的なパターンだ!」



 丸    :「そうなんですか。」



 おっちゃん :「俺を見ろ!!」




 丸    :「・・・。」(あぁ、なるほど。)


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2012/03/24 Sat  03:40:43» E d i t
 » 歴史 
 フクフク丸のあずましいblog を始めたのが2005年3月24日。


 今日はこのブログの誕生日。


 例年、この日は自分で自分を褒めるような内容の記事を面白おかしく書いて来たのだが、去年は東日本大震災があり、全然こんなことを自分自身で祝う気になんてなれなかった。ならなかった。塵も積もり積もったり7年分。ここには私と私を導いて下さる皆様との思索と雑談の「歴史」がある。


 「十年ひと昔」と言われるが、最近では世の中の移り変わりが早くて「三年ひと昔」とも「去年は遠くなりにけり」とも聞いたりする。「三年ひと昔」だとするならば、すでにふた昔ちょいも前のコミュニケーションツールを大切に使い続けていることになり、ブログというコミュニケーション手段は実にしっくりと私の性格と生活に馴染んでいるのだろうと我ながら思う。

 
 例えば、道を進んで来た自分は道を歩み始めた頃の自分と比較して「優れている」だろうか?と自問する。よく「成長」「進歩」という言葉が使われるが、確かに文章を書き込む速度くらいは明らかに進歩していると言えるが、それ以外は変わった部分もあれば、変わらない部分もある。

 だから比較などできないというのが答えになる。
 
 確かに写真を撮影してみたりもしてその部分は例外として、自分のブログを読み返していて思うが、少なくともブログを書くことそれ自体の「成長」や「進歩」を私は目指していないのだと思う。だから、これを読む皆様にとってすぐに役立つような情報なんてほとんどないだろうし、目新しさを追い掛けない分とくに話題になるような記事もあまりないはずだ。


 何度も推敲するでもなく記事をアップ、ただひたすらに現在の自分を見つめ、現在の思いを自分の言葉で書き綴っていることで何度か焼き直しのように似たような文章もあれば、同じようなテーマでも時間の経過とともに微妙に別な意見が出て来たりしている。人間として、男として「成長」できているかどうかは別として、自分という存在と歩みの形跡を刻んできている事には違いない。

  
 悪くない。


 出発の時点で何かに専門化することを放棄、気を抜いたり入れたりしながら自分の興味のある事を更新して行くと宣言しているが、その宣言とおりになっていると思う。


 
 今日はこのブログの誕生日。
 とても特別な日で、とても普通の一日。


 私がこれまでに書いてきたたくさんの記事と、時間を超えて交差するのであろうたくさんの人たちに心から感謝します。過去の記事にアクセスされました際も、コメントを下されば現在のフクフク丸は必ずコメントをお返しします。


 では、今後とも気を抜いたり入れたりしながら更新して参りますのでよろしくお願いいたします。



  
2012/03/20 Tue  05:32:54» E d i t
 » 火曜一言 
 借りて、返す。


 私たちの命もまた、そういう物だと思う。
 
 
 だから、所有することが究極の目的なのではなくて、


 借りているものを有効に使って、できれば善くして返す。


 
 預かって、渡す。


 そうとも言えるかも知れない。


2012/03/15 Thu  09:54:41» E d i t
 » 丸とおっさん達の秘密の会話 
 おっさんばっかりで集まった会議の中の一幕。
 アレとは何なのか、皆さんもご一緒にお考えください。




 丸     :「いやぁ、そういえば時流に乗ると言えばアレ、ホントにスゴイ人気ですよ」


 おっさんA :「あぁ、オレも気になって調べたんだわ。したら、なんと日本だけじゃないって?」


 おっさんB :「なんでアレが人気あるのか、どうしてアレに対して金と時間を浪費するのか分からんよ。」


 
 
 丸     :「誰でも誰かを“育てたい”っていう潜在意識みたいのあるんスかね?」


 おっさんA :「だけど、当初こんなになるとは誰も思ってなかったべね。」


 おっさんB :「コンサート?会場に人を集めて??どうやって???」




 丸     :「しかも、香港とか台湾とか同時中継とか言ってましたよ。」


 おっさんA :「えー。そんなに人気あるの?どこに儲かるチャンス転がってるんだか分かんねぇな」

 
 おっさんB :「うそー。金出して、何を観に行くんだか理解できないや」



 おっさんB :「アレ、そう言えば札幌出身なんですってね」


 おっさんA :「おお、何か観光大使だとか新聞に書いてたな」


 おっさんB :「若いヤツらがアレに萌え続ける限り、少子化に歯止めは掛かりませんよね~」


 おっさんA :「そーいう問題まで発展しちゃう?」


 おっさんB :「発展しちゃうでしょう?」





 丸     :「こんなに騒いでるのって、もしかして北海道民だけなんですかね?」


 おっさんB :「同郷のよしみ?ってヤツかい?(笑)」


 おっさんA :「でも、コンサートに何万人だか動員したんだべ?」





 丸    :「存在しないのに、完全に存在している。好きな人には神さまみたいな感じじゃないですか。」


 おっさんB:「そうなっちゃう?」


 おっさんA:「そもそも、どうやってコンサートやったの?」




 丸   :「3Dの立体画像で映し出したらしいんですよ。(曖昧な記憶)」


 おっさんA:「えー!?DVDとかプログラムを映像で流したワケじゃないのか??」


 おっさんB:「立体画像の技術がスゴイらしいですよ。初音ミク、恐るべしですね。」


 おっさんA:「なんであんなに人気でたんだべ?」



 丸  :「ボーカロイドっていうパソコンのソフトで、言葉とか音程を打ち込んで歌を歌わせるらしいんです。

     そして、同時期にyoutubeとかニコニコ動画みたいな動画共有サイトが伸びて、自分が育てたミクを
 
     たくさんの人たちに見てもらえる環境が一気に整備されて、それに乗っかったみたいで。」



 おっさんB:「うへー。計算された以上の広がりもあったってことだ。」


 おっさんA:「やっぱり、みんなの思い入れみたいなもんがこの現象を生み出したんだろうな。」


 丸  :「まさかまさかで、ジャンジャンお金を稼いでますからね。優秀なタレントですよ。」






 三人  : 「初音ミク、すげー。」




2012/03/14 Wed  01:24:05» E d i t
 » 君ニ 未来ヲ 夢見タ。 
 基本的に自分の限界とかだらしなさを自認、自覚し、受け止めながら生きている私は、他人にも多くを期待していないタイプだと思っている。思っていた。


 ところがヤツは有り余る才能を持て余すかの如く私の前に登場。親の事情によって大金持ちからドラマのような大転落を経験し、普通であればしなくても良いような苦労をしながら、それでもたくさんの経験と失敗と、屈辱の中からたくさんの得難い成果を積み上げて来た。
 私よりも10歳も若いその青年のそのたくましさに、私は間違いなく未来を夢見たのだ。期待したのだ。


 彼は私にこう言った。
 「世の中、勝ちパターンがあるんですよ。ルール(法律)を知って、自分の立ち位置を知って、様々な角度から考えて、粘って粘ってやり抜けば、絶対に勝てるんですよ。」


 また、こうも言った。
 「丸さん。俺、普通の大人になりたいんですよ。ちゃんと家庭持って、ちゃんと子供育てて。当たり前の大人になりたい。丸さんみたいに。」


 概ね、彼の「問わず語り」に微笑みながら相槌を打つのが私と彼の関係性だった。
  


 
 10年前の自分と、今の彼が出会ったとしたら絶対に打ち解けることは不可能だっただろう。私は「思い」だけが一丁前の、世の中と戦う手段を持たないただの若造会社員だった。常に周囲からは期待をかけられ、期待される割には何の結果も残せず、結果を残せない自分の存在価値など無いに等しいとさえ思っていた。そう思いこんだが最後、やる前から負けるタイプ。負けるからやらない。やらないからできない。そのまま。
 「結果が出ないのはやり方が良くないから」「では、どんなやり方なら良い結果に繋がるのか?」そんな考え方をできる余裕など無かったし。
 
 あぁ、若い人がこれ読んでくれてるなら、私なんて偉そうなこといろいろ書いててもそんなもんですから。
 
 
 彼は10年前の私が欲しがっていた「成功や失敗のたくさんの経験」をすでに持っていてそれがしっかりとした土台を作り上げているように見えたし、実際に私よりも世の中の辛酸をなめて来た分、多くの事を知っていたし、それに起因するのか気持ちの弱さや常につきまとう諦めのようなものが垣間見えたりもした。
 この先、実は私は彼を人生のライバル、親友としながら一緒に過ごして行く時間を思い、この出会いにとても感謝した。感謝していたのだ。


 
 彼が「当たり前の大人」と表現してくれた私になることができたのは、それは恐らく他人からの期待に応えられない自分を自覚し、それに応えようとしない自分になったからなのだろうと思う。

 頭で考えることは大切なことだと思うが、学校で習って来たことや学歴だとか出身校とかがそのまま世の中のためになることなどない。要するにそれは道具で、道具は使い方を知らなかったり、使えるだけの能力が自分に備わってなければただのゴミ同然。
 大切な「道具」を一旦「ゴミ」だと割り切るのに、ちょっとした覚悟は必要だ。身軽になった自分にとって、おそらく最高の道具となるのは「無知の認識」だ。「分からないことは分からない。知らないことは勉強させてください」と素直に言えることだ。 

「期待されても一足飛びにアナタ方が立っているそのステージには立てませんよ、僕は僕の回り道を行ってみますのでよろしければ待っていてくださいね。」という感じで、10年前の私に絶対的に不足していた「成功や失敗のたくさんの経験」を得るために世の中に飛び込んで「何が欲しくて、何がいらないのか」「何を手に入れる事が出来て、何が今は無理なのか」「欲しいものを手にするためにはどうするか」ということを考えて、よしんばその時に手に入らなくても次に向かって行くために仕掛けを作れるような自分になって来たから「当たり前の大人」に見えるようになったのだろうと。

 まぁ、単純に腹がポッコリ出て来て貫禄がついたのもあるんだろうけど。


 そうするうちに、あの時一旦「ゴミ」としてそこに置いてきたいろいろな「道具」を使いこなせる体力がついていたり、道具を使ううちに思ってもみなかった場所に辿り着いてみたり。いろいろ。ホント、いろいろ経験して。


 
 そんなことで、10年経た私と彼は巡り合ったのだった。


 彼の大胆な発想は私の自由な考え方と大いにマッチしたし、それでいて繊細な計画立案は息を飲むほどのものだった。しかし、物事が計画通りに進まない時に別の選択肢を用意しない彼には、逃げ道が無くなるという致命的な弱点もあった。結局のところ、自分の思うがままにならない部分を埋め合わせるために平気で嘘や誇張で周囲を困惑させるし、都合が良くないことに出くわすとまずは自己防衛を優先し、仲間にさえ牙を剥いた。その態度は自然と仲間が遠ざかって行くものだった。


 「俺の力を使って、みんなで良くして行きましょう。」
 「これ、良い考えでしょ?これで上手く行く。」
 
 「一生懸命にやっているのに、どうしてみんな分かってくれないんだ?」
 「こんなに完璧な計画なのに、なぜ上手く行かないんだ?」

 「お前がちゃんとやらないからだろ?」
 「どうせみんな俺の計画なんてヤル気ないんだろ?」

 「上手く行かないならやめちまおう」 

 
 彼の言う事には一理ある。一理どころか、私から見れば全くごもっともな計画であり、全く真っ当な意見にさえ感じられる。しかし、実行実現のための方法論は間違っている。
 考えを誰かに伝えるということが実は一番難しいことなのだ。
 その難関を上手く越えられたとしても、その誰かから協力を得ると言う事はさらに難しい。

 私は愚鈍な自分も今なお持ち合わせているために、彼の言動も分かるが彼についていけない、…ついていかなくなる多くの人間の感情もよく分かる。 
 
 
 「時間を掛けて何度も何度も繰り返す。何度衝突しても目的地は変えない。ただ、ルートは変えても良い。」
 
 おそらく彼が私を指して「当たり前の大人」と評したのはそういう、今の彼が持ち合わせていないのであろう「方法論」のことを言っていたのであろう。 
 

 
 やがて、彼は何かに追い詰められるかのように私たちから離れて行ってしまう。


 そして、“知らせ”は届いた。
 彼がどうやら“法を犯した”のだと。

 彼はその才覚を良い方向に生かすこともしていたが、多くの人にとって好ましくない方向にも活用していたらしい。彼は、自分の計画が正しいものであることを証明し、みんなに自分の才覚を正当に評価してもらいたかった。彼にとっては、みんなの成功という目的よりも「自分が評価される事」が重要なことだったのかもしれない。

 だから、きっと。

 自分を評価してくれる人たちのために、きっと一生懸命にその才能や知識や経験を発揮してしまったのだろう。その人たちが、彼を利用しているという感覚すら持たないままに…。



 私よりも10歳も若いその青年のそのたくましさに、間違いなく未来を夢見た、期待した私は、だからなおのこと、彼が彼自身を見つめ直して、他人や自分を甘やかすことではなく、許すと言うことを見つけて欲しい。
 結局、ずっと遠回りになったとしても、彼との再会に期待を抱き続け、そして私は私の道を歩み続けて行く。


 オマエ、頑張れよ。
 俺も、頑張るから。
2012/03/13 Tue  02:35:33» E d i t
 » 火曜一言 
 「どんなことをしたいですか?」

 「やりがいのある事をしたいです。」


 やりがい 【遣り甲斐】

  それをするだけの価値と、それにともなう気持ちの張り。「-のある任務」  大辞泉

 
 


 できるまでやらなきゃ感じられないよ。

 やってできれば大概、感じられると思う。

 
 そして、多くの場合「やりがい」寸前で諦めて止めてしまう。
 
 「こんなの、僕が求めてたものじゃない」って。

 もったいないな。
 
2012/03/07 Wed  06:40:18» E d i t
 私の父は何かにつけよく怒鳴る父親だ。いまだに。

 
 幼少の頃は怖い父親であり、思春期にはうざったい父親であり、そして今では愛すべき父親である。
 よく「尊敬」という言葉を用いることで父親に対する思いを表現したがる人たちを見掛けるが、私からみた場合「尊敬」ではなく「愛すべき」という表現がしっくり来るのだ。ちなみに尊敬という言葉を辞書で引くと、


 そん‐けい【尊敬】
[名](スル)

1 その人の人格をとうといものと認めてうやまうこと。その人の行為・業績などをすぐれたものと認めて、その人をうやまうこと。「互いに―の念を抱く」「―する人物」 そん‐けい【尊敬】
[名](スル)

1 その人の人格をとうといものと認めてうやまうこと。その人の行為・業績などをすぐれたものと認めて、その人をうやまうこと。「互いに―の念を抱く」「―する人物」

2 文法で、聞き手や話題の主、また、その動作・状態などを高めて待遇する言い方。→尊敬語

大辞泉




 と、出てくるのだが、当然そういう思いを片側に抱きつつ、言葉は悪いが時には「軽蔑」に近いような感覚を抱くような部分にも出くわす。ちなみに軽蔑を辞書でひくと、


けい‐べつ【軽蔑】
[名](スル)いやしいもの、劣ったものなどとみなして、ばかにすること。さげすむこと。「―に値する振る舞い」「いかにも―した笑い方」  大辞泉



 
 と、出てくる。

 “「軽蔑」に近いような感覚”と表現したのは、それに近いのだけれど何か少し別な感覚ということだ。

 浮き沈みの激しい世の中をしっかりと渡り歩いて生きて来た父親の言動というものが、全て世の中の正鵠を射ているかのように思えて、そんな父親に憧れと敬意を抱く。それが息子(・・・や娘、私は「息子」なので女性が受ける印象は分かりかねるが)を縛り付ける時期があり、息子がその精神的束縛状態の中から自らの足で世の中を歩み始め、友人や恋人や先輩や後輩や様々な人たちと出会って、いろいろな経験をして挫折を繰り返しながらそれでも歩き続ける中で「自分なりの感覚」というものを得た時にその縛りが緩んで行くのを感じる。
 縛りが緩んで行くのを感じ自らの思索の旅が始まり世界の広がりを実感すると、今まで自分を「束縛状態」にしていた父親の言動というものに疑問や反感を覚え始める。

 そしてやがて自らも親になり、子供の成長を目の当たりにし、経験を積み思索の熟成を経る中で、気付く。
 「あれは“束縛状態”なんかじゃなかったのだ」ということに。

 単純に、幼少期や少年期における学習能力や他人や社会とのコミュニケーションスキルが備わっていない段階に於いて、自らの生活の中心は「家庭」であり、その中心に位置していたのが「父親」であったというだけの話で、他人の考え方や物の見方や思想や思索方法を知らなかったから、父親の言うもっともらしいことが正鵠を射てきたかのように感じられていただけのことだったのだ。
 
 「学ぶ」ということは自由を手にすることだと、つくづく感じる。学ぶと言うことは答えを探すということなのだろう。答えを探すためにはたくさんの選択肢を見つけ出さねばならなくて、しかもそのほとんどが「スカ」。面白いほどに「スカ」連発で、それでも自らの意思でまた新しい選択肢を探し出す。そのうち「スカ」だったものが溜まり溜まってそれが正解に変化したりするもんだから学ぶことは面白くてやめられなくなる。
 「思索する」ということは手にした自由という強大な道具で、自分の人生を切り拓いて行くことだと感じる。思索すると言う事は自分の疑問に対する自分なりの答えを探す「精神の旅」なのだろう。旅に目的地はあるが、この思索の旅には終点という者はおそらく存在しない。だから永遠に彷徨う前提で、彷徨ってる自分を楽しめば良いのだ。


 自らが迷いと不安と、それを克服するために学ぶことをくり返すようになった時、思い至る。


 正鵠を射続けて来たかのように感じ続けて来た父親の言動が、実は彼自身の迷いと不安と挫折と勉強の繰り返しの中で、自らや周囲を奮い立たせるために続けられているものであったのだと。
 大人になって父親になった自分と、自分の父親の影を重ね合わせて「愛すべき」という表現が出現する。

 
 不可思議な表現になるが、自らの一部に父親の一部が重なり合った感覚とでもいうべきか。



 日本人は儒教の影響なのだろうけれども「尊敬」という言葉をやたらと使いたがるし、また、その言葉を使われた側も使った側も、それによって無用な「壁」を築き上げてしまう癖があるような気がする。別にそれはそれで美徳として扱われても構わないのだが、歳をとったり、功なり名を為したりしたというだけで別にその人の人生はそこで終わるわけではないのだ。
 「尊敬」という壁の向こう側にそうした人たちを閉じ込めて崇め奉るのもそれはそれで良いことなのかもしれないけれども、本来的には歳をとるのは生きられれば誰もが為し得る自然なこと、功なり名を為すのは努力が実り、運が良かっただけのことと割り切って、次の自分を生きる人生の方が楽しいんじゃないだろうか?という気がする。


 そういう意味では本人は意識してやっているわけでは無いのだろうけれども、「尊敬」という壁を作らない、作ってもぶっ壊す生き方の手本として私の父親は観察しているととても面白い。 


 だから、偉そうに腕組みしてへの字口でふんぞり返ってる父親も、孫をからかって本気で泣かせてる父親も、自分の言いたいことが相手に伝わってないだけで逆ギレしてる父親も、超絶に美味いお好み焼きを作ってみんなに褒められてるのに「当たり前だ」みたいな顔してテレビを見てる父親も、その全てが「愛すべき」という表現になってしまうのだ。




 私はなにかにつけすぐに怒鳴る父親を見ながら育って来る中で「自分が親になったら、何かあっても怒鳴ったりせずにしっかりと子供の心に訴えかけて、教え諭す父親になろう」と決意したのを覚えている。



 覚えていながら実行せずにいる。



 ルールや約束を守らなかった時には別に誰の前だろうと関係なく子供たちを怒鳴り散らすし、自分の感性に照らし合わせて許しがたい場面では手も上げる。


 おそらく、世の中の多くの親は子供の躾がなっていないのは自分のせいだと思い、子供が何かをしでかした場合、自らの教育方針だとか躾の仕方が間違っていたとか、ああすればこうだったとか、自分がもっとこうしていれば、とか悩んで子供自身がやったことの責任を“自ら進んで取りたがる”のだろう。


 それはきっと本質的には正解だと思うが、私は私自身の子供時代の記憶から辿るにこう思う。 
 「何かをしでかすのが、子供なのだ。」 と。だって、私は父親でも、母親でもない、私なんだから。


 善悪の判断などはいくら教え込んでも子供にとっては「選択肢」に過ぎないのだ。その選択肢の中から何を選んでどんな経験を積んで、何を感じて、何を得るのかはその子供の「選択」であり、それがすなわちその子供の「人生」だと思う。
 「自分の人生なんだから自分で考えて、自分で生きろ」は基本なのだろうけれど、そんなことを今の大人に言ってもそうそう通用するものじゃないのに、まして子供に言ったところで通用するはずが無い。それが通用するような共通のベースをまだ築けていない状態なのだから。だから、考え方のベースを押しつける必要があり、それは我が家では父親である私の義務であり、特権だと思っている。
 だから、その押し付けるルールや約束から外れることは叱る。叱って分からない時は怒鳴る。
 ルールはシンプル。
 「挨拶しなさい」「ハキハキと話しなさい」「兄弟仲良くしなさい」「片付けなさい」「宿題とドリルをやりなさい」「日記をつけなさい」そこに「お手伝いをしなさい」が加わって、全部できたらマンガ読むなりゲームするなりして良いよとなる。
 
 それだけのことを言うからには私が父親らしく率先して何事もやっているかと言えば、別にそんなこともない。気難しい顔して新聞読んだり、何が何でもニュースばかり見てたりするのではなく、子供たちと一緒になってゴロゴロとマンガを見たり、ゲームをやったり、テキトーに家事を手伝ったり手伝わなかったり、そりゃもう気楽なもんだ。気楽な父親だけど、ルールを守らないことは叱る。理不尽。別にどこから見てもパーフェクトな親である必要なんてないのだ。親も人間だ。
 そして「世の中は理不尽である」ということをまずもって最初の最初に感覚として覚えておくことはおそらく何よりも大切なことだ。 
 


 別に私が押し付けるこんなもんが正解じゃなくたって良いんだよ。お前たちが悩んで迷った末に出した答えがお前たちにとってベストだと思えるような人生を送って欲しい。



 「お前の人生をお前が考えて、お前がやりたいように生きて行くために勉強があるんだよ。」

 「お前が生きてく中で、たくさんの嬉しいことや悲しいことがあってさ、それを分けあったり一緒に感じたりして、協力して生きて行くために、お父さんやお母さん、じいちゃんばあちゃん、兄弟、先生、友達がいるんだよ。だから大切にしなきゃならないんだ。」
 
 


 学びなさい。
 父親の押しつけるベースから飛び立つために。

 悩みなさい。
 いつかたくさんの人たちを「愛すべき」存在だと思えるように。




 「子をもって知る親の恩」とはまさにこのことなり。 
2012/03/06 Tue  09:01:38» E d i t
 » 火曜一言 
 「感謝」


 筆文字ではがきの半分くらいの大きさの文字でそう書いて、
 あとは挨拶程度の出会いに対する思いが書きつけられていた。


 そんな手紙が届いた。


 忘れていた感覚というか、それは自分には無いもので
 あまりのストレートさに呆れながらも、呆れた以上に関心した。

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