フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2011/12/13 Tue  05:36:24» E d i t
 どうしたことか、コメントが「不正投稿」と認定されて全然反映されず朝から苛立ちもピークに達したので、新たな投稿文としてテツ師匠へのお返事を載せます。
 以下、お返事。



  テツ師匠、お久しぶりです!
 あの震災後の浮足立った世の中で、心を落ち着かせるために腕立て伏せをされていた師匠、お元気そうでなによりです。

 こちらは年末恒例「地獄のスケジュール」に突入ッ。それでも飯食う時間と寝る時間はあるので生きていられます。そんな普通の日々がなんとありがたいことかと思える自分なのですが、これってもしかしてアレですかね?「悟り」(笑)。

 
 最近、ブログに瞬間湯沸かし系の文章を書かなくなった分、付き合いのあちこちで沸騰するような温暖化人間になって来たので、周囲に愉快な仲間たちが増えて来た私です。これってアレですかね?「悟り」(2回目)。  

 分かって頂ける方がいてくれて嬉しいです!こういうのって何かどこかで体験してないと同情不可能だと思うんです。相撲で言えば貴ノ浪がリーチを活かして押して来る相手の上手を掴んで勝っちゃうとか、久島海がどう見てもあんこ型の力士なのに、実は小手投げが大得意とか「周囲が勝手に(見栄えなどで)期待することと本人ができること、得意なことに如何ともしがたい隔たりがあり、本人が周囲の意見に合わせて自分の善さを見失ってしまっている状態」の物悲しさに何とも言えず哀愁を感じるのです。

 「角を矯めて牛を殺す」ってヤツに近いかと思うのですが、天賦の才を持っていてもその時代の常識にマッチしなければ凡才以下の扱いにしかならない。

 もし今、大相撲に貴ノ浪がいて白鵬とか日馬富士なんかをガッチリつかまえて吊り出しなんてした日には、それはそれはもう救世主伝説ですよ。
 久島が把瑠都を小手投げで投げようものならスポーツ新聞2面くらいならイケますよ。そういうことなんですよね。
 ・・・え?アレ?どういうことだ???


 完全脱線しました。もはや前後不覚です(笑)。

 
 えっと、あぁ、バイソンの話でした。結局は何をしたいのかをリング上で戦いや言葉を通じて、観客に対して継続的に表現して行くのがプロレスラーだとして、観客がリング上にいて欲しいのはプロレスラーの「バイソン・スミス」なのにそこに突如として一般人としての気の良いアンちゃんが顔を出してしまう。

 G馬場氏に関しては、自分の見せ方・魅せ方について性格的な物まで含めて徹底的に計算づくでやっていたと思われますが、バイソンの場合は単純に良いヤツが顔を出してしまったのだと思っています。

 
 さて・・・男は誰しもが、どんなに心の奥底に押し殺していても・・・本能的に強い物に憧れ、自分もそうなりたいという気持ちはあると思います。
 本当はなりたかった自分に、そうなれなかった自分やそうなるために努力しなかった自分が悲しげに語りかけるワケですよ。

 「嗚呼おまへは今までなにをしてきたんだ」と。

 テツ師匠は強く、カッコ良くなる努力を続けて来た方で、そうなれなかった人は「自分だって環境が整ってたら」とか「時間があれば」「仕事が忙しくて暇が無い」とか自分に対して言い訳するワケです(ウッ・・・なぜか胸が痛いぞ)。
 スクワット10回、腕立て10回でも継続してやっていればきっと少しは変わって行けるんですけどね。

 何もしない言い訳を先に考える。
 ついでに何もしていない自分を正当化するために、相手を貶しめる言葉を探す。

 まぁ、分からなくもありません。自分にだって無いわけじゃないですからね。私の価値観ではそんなのダサいから極力出したくないから出さないようにしてるだけであって。

 山のフドウは、ケンシロウの「哀しみ」に恐怖を感じたラオウの完全復活のためという理不尽な理由で戦い、さらに拳王制定によるルールの上では勝利(判定ラインオーバーにより場外リングアウト)を収めながらも殺されてしまうという理不尽極まりない最期を遂げたことにより神格化しました。

 そんなフドウにつきましては現在、全日本仏様協会が仏様認定を協議し、認定された暁には仏像化も検討されておりません

 
 

 クソっ!なにが不正だというのだ!
 ユーザーに色々調べるのに無駄な時間を使わせるくらいなら、元に戻して欲しいです。
 ホント、面倒臭い。


 大体、こんな安全な文章、他で見たことないぞーコノヤロー!!
 
 
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2011/12/07 Wed  05:58:35» E d i t
 » ゼンマイ仕掛け 
 先日、気の置けない仲間たちとの忘年会があった。


 たあいのないことを言って笑いあって、愚痴吐き出し合って、ただそれだけで「もういっちょ、やってみるか~!」って気持ちになる。この時期に集まって話をすると「どれだけしんどい仕事してるか自慢」大会になる。そしてまた、そうやって誰かに聞いてもらうってだけで・・・現状は何も変化していないのに・・・ちょっとヤル気になるあたりがまた、私たちの素晴らしい能力だ。


 ゼンマイが伸びきって動きたくもない・・・考えたくもなくなった時、私の心を巻き直してくれるのはそんな触れ合い。



 そこに、美味い物を提供してくれる仲間がいて、心地よい空間を貸してくれる仲間がいて、みんな同じように息が詰まってる12月で、お互いがお互いにネジを巻き直して。

 いつでもみんなで前向いていられたら、それが最高なのは間違いない。


 でも、どうやっても前向きになれないような時だってあるんだからそんな時には背負ってる荷物を一回そこに置いて、気持ちを少し楽にしてやることが大事だ。
 
 そんな場所、そんな仲間。


 そして、そんな自分。

 ありがたいです。

 絶望的なアレコレが立ちふさがってる現状に陰鬱。気持ちに比例して体調も崩れ気味だったけど、そいつをどかしたり突破できるかどうかは別として、とりあえず全体見渡し直して優先順位つけて作戦組み直して、動き始めるくらいまではゼンマイ巻くことができる。

 大雪の中、結構遠くまでだけど行って良かった。
 みんな忙しい中だけど、会えて、ちょっと話できるだけで本当に良かった。

 
2011/12/01 Thu  18:45:00» E d i t
 » うぉぉぉ12月ッ 
 「ここが踏ん張り所ッ!!」とばかりに気合いを入れてから早くも半月が過ぎ、未だに踏ん張り所が連続している今日この頃です。

 踏ん張ってばかりなので足腰にキてます。

 
 こうして粘り腰が鍛えられて行くのでしょう。
 うっちゃれ!俺。

 
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