フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2011/06/29 Wed  16:10:20» E d i t
 » キン肉マン GO FIGHT! 
 心に愛がなければスーパーヒーローじゃないのさ!


 キン肉マンは、なぜか若さとシブさの間で揺れるナイス30代には語られにくいマンガだと思うのだ。かつてあれほどの人気を誇り、それはある程度男女問わずな部分もあるのだが、私自身もそうだが80~90年代ジャンプのマンガを熱く語る場合、その題材は「ジョジョ」「北斗の拳」「男塾」になっている事実。



 そういえば、ドラゴンボールもそんなに熱く語られない。なぜだ?



 
 人気があり過ぎたのと、中盤以降ストーリーが単純化してキャラクターを入れ替えて同じような事が繰り返すようなループにハマったからなのだろうか?それとも、主人公のドジさや軽さ、頭の悪さが感情移入しにくいのか。もしかしたらキン肉マンとドラゴンボールに共通した事と言えば「途中で飽きてしまった」ということだ。



 飽きるということは、魅惑されてなかったってことかなぁ。


 
 いや、待てよ。あぁ。そうか。私の場合・・・友達もほぼ同時期にだから「私たちの場合」か・・・、キン肉マンから生身のプロレスに興味が移ったんだった。キン肉マンの奇想天外な技がマンガだけの技になってくるのと同時期に、猪木を知って馬場を見て、ハンセン、ブロディ・・・実在する「超人たち」が繰り広げるロマン無限のファイトに興味が移ってしまったんだ!

 
 そもそも私がブログを書く時に主に使っている「私」という一人称は猪木発~キン肉マン経由~なのだ。




 私は(ドジで)強い(つもり)のキン肉マンに、私は憧れていたんだった。


 
 しかし、それにしてもアニメ主題歌の「キン肉マンGO FIGHT!」は良い歌だ。難しくない歌詞と、テンポ良く熱い気持ちとギャグがミックスされたメロディーが端的に「キン肉マン」の世界観を表現していて、とっても好きだ。

 
 
 我が家の子供たちは2歳からこの歌を歌えるように仕込まれることになっている。なっている・・・というか、私がそのように指導しているのだが(笑)。
 つまり8歳の長女ですでに6年、6歳の長男で4年の「心に愛がなければスーパーヒーローじゃないのさ」歴があるのだ。
  


 結果、何の疑問も持たずに他の童謡と共に歌のレパートリーにこの歌が入ることになり、誰かがふと口ずさむと家族みんなで大合唱できてしまうという、他所から見たら異常事態が発生することになるのだ。
 

 最近、近所のTSUTAYAにてキン肉マンのDVDを発見し、順番に借りて来て家族で見ている「我が家」です。ちなみに現在、アニメの中で2度目(第23回らしい)の超人オリンピックでウォーズマンとの決勝戦を前に、大雪山に籠って特訓、キン肉バスターを初披露した辺りです。
 ものすごく面白いです。
 えー、こんなに面白かったけか?って思うほど面白いし、見ていてワクワクする。

 他のアニメ番組のパロディーとか、野球選手のギャグとか、ものすごく表現の自由度が高いんですよね。
 
 子供の頃はストーリー進行の邪魔にしか思えなかったキン骨マン軍団の話も、アデランスの中野さんも、与作さんも、あぁもう、あれもこれもがこれほどまでに愛おしく思えるとは!!

 DVDを見ている時は、8歳の長女と同じ年頃にリアルタイムで同じ番組を見ていた頃の私に戻っているに違いないのです。そして、とりあえずアニメに出てくる技は弟や友達とすべからく試してみたあの頃と同じように、今なお同じように肉体にキン肉マンを染み込ませている我が家です。



 
 特に長男 まるもい の中のトキメキパワーが爆裂し、毎日のように「お父さん、キン肉バスター掛けてみて」「ねぇねぇ、ザ・摩雲天をやっつけたテリーマンの技って、ブレーンバスターって言うんだよね?」「初代キン肉マングレートと、2代目グレートって何が違うの?」とか、実に・・・実に、実に好ましい質問攻めに、父は喜びを隠せぬのです。

 
 

 ちなみに「我が家」のなかに嫁さん。も含まれてしまう所が我が家の強みです

 割と子供のチャンネル権が無くて、(子供にとっては)つまらないナイター中継ばかりを見せられてアンチ巨人どころかプロ野球そのものを嫌いになってしまうような育ち方をしてきた嫁さん。の一家もなぜかキン肉マンだけは見せてもらえたらしいです。

 


 屁のつっぱりは、いらんですよ。


 
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2011/06/28 Tue  15:58:24» E d i t
 » 火曜一言 
 本当に面白いのは、できごとが物語になって行く過程だったりする。


 友人と行ったプロレス帰りの居酒屋談義しかり、何年も前のプロ野球やマンガの名場面を肴に新しい知り合いたちと語り合える事しかり。なによりも、自分の体験談しかり。

 自分の中の伝説を誰かに伝えたくて確認したくて、うずうずしているこの熱量をもっともっと大切にしたい。



 それが「自分」を作っている重要な要素なんだから。
2011/06/24 Fri  15:05:14» E d i t
 おっちゃん:「いやー、蒸し暑い時期になって来たね~」

 
 丸    :「ここ数年は、北海道も何日間かは梅雨ですよね~」


 おっちゃん:「ホントさ。」


 丸    :「エアコン、ガンガンですか?車。」


 おっちゃん:「あったり前でしょや」


 丸    :「そーいえば、車にエアコンっていつくらいに付いたんですかね?」





 おっちゃん :「けっこう昔っからついてるよ~。昭和で言えば50年代の半ばくらいからついてたんでないべか?」





 丸     :「エアコンの空気って何か苦手なんで、できるだけ窓開けてますよ。俺。」







 おっちゃん:「昔ね、俺、トラック運転してて警察に職務質問されたことあるんだわ。」












 丸    :「え゛!?職質ですかー?」

 ※注・・・おっちゃんはトラック運転手だったが、トラック野郎みたいな派手な装飾車でもなければ、見た目が菅原文太のような任侠ムードも無い、実にさわやかなルックスなのだ。これまでのいきさつからは想像もできないほどのナイスミドルなのだ。


 
 

 おっちゃん:「パンツいっちょで運転してたのね。あんまりにも暑くてさ。」








 
 


 ・・・そりゃ、止められんべよ~・・・













 おっちゃん:「うへへ。クーラー無かったからね~。明け方(早朝)にうちわで煽ぎながら運転したりしてたんだけども、暑くて暑くて、パンツいっちょになってったけさ、おまわりが俺のトラックば止めやがるのさ。イカ腐ったら困るからぶっ飛ばしてあるいてた(スピード出して運転してた)から、てっきり切符切られる(違反して免許の点数を取られる)と思ったら、職務質問さ。


 当時、高速道路が途中まででさ、目的地まで下の道(一般道を示す)を通ってどんなに急いでも2時間半。保冷も無いトラックで、発泡に氷どっつりぶっかけて走るんだけどさぁ。おまわりの野郎、俺ば止めやがってさ。おかげさんで氷が溶けてビッチャビチャでイカも腐りかけてワヤだったさ。











  ま、昔はそのくらいのもんなら、フツーに売れたけどね。 





  今なら、クーラーガンガンだから全くそんな心配いらねーもんねー。思えば随分、昔の話に聞こえるけど、俺にしてみれば、つい最近なんだよなぁ」









 

 おそらく、その職務質問をしに来た警察官が婦警さんだったら、ちょっとしたら歴史は変わっていたかもしれない。逮捕しに来た婦警さんがタイホされちゃいかねない危険度ッ!



 我々は今、この時代にこの男に出会えた運命に、もっともっと感謝と畏敬の念を持たねばなるまい。








 丸   :「あ、でも、海で泳いで帰る時とかまっパ(真っ裸)にバスタオル巻いただけで運転して帰ったこととかあります。」




 おっちゃん:「うへへ。見つかったら捕まるよぉ~。」





 丸   :「若かりし日の裕次郎さん(石原裕次郎)並に、“ちょっと前にお嬢さんと呼ばれたひとたち”の視線を釘づけでしたけどねー(笑)」
2011/06/21 Tue  02:49:26» E d i t
 » 火曜一言 
 油断、慣れ、気の緩み・・・勝って来た組織が負けた時にその原因に上がるもの。


 煎じ詰めれば 「準備不足」 「段取り不足」 。


 つまり、勝つために必要不可欠な物は、勝つための準備。
2011/06/17 Fri  02:37:24» E d i t
 丸    :「最近、演歌が良いなって思うようになって来たんですよ」


 おっちゃん:「ちょっとして、それって年とってきたってことかい?」



  ・・・え?今、「ちょっとして」って言ったよなぁ。もしかして・・・
     




 丸    :「なぜか最近の歌じゃなくて、自分が子供の頃に聞いてた演歌がたまらないんですよね」



 おっちゃん:「へぇ。どんな?」



 丸    :「『与作』とか『望郷じょんがら』とか『風雪流れ旅』とか、あと『津軽海峡冬景色』とかの暗い感じが何とも言えないですよ」




 おっちゃん:「それ、ちょっとしてオヤジさん(※注・・・丸の父である)の趣味かい?」







   ・・・疑惑は今ッ!確信に変わった!!・・・


   ・・・どうして「ひょっとして」が「ちょっとして」になるんだァァァッ!!・・・


   ハッとして、グッと来て、パッと目覚めた末にチョッとしたのだろうか?
 

2011/06/14 Tue  02:29:01» E d i t
 » 火曜一言 
 他人の意見をバッシングする事だけに時間と力を費やすくらいなら

 「俺たちだったらこうする」という意見を出してみなよ。


 それが民主主義でしょ?


 
2011/06/10 Fri  03:00:25» E d i t
 おっちゃん:「母さん(おっちゃんの母)にいらねぇモノどっつりもらったから、丸にもあげるから。」








 丸    :「え、なんですかこれ。」


 おっちゃん:「青汁だよ。」


 丸    :「こ、これが噂の!」


 おっちゃん:「不味ーいってワケじゃないんだよね。これはキューサイのヤツじゃないから。」


 丸    :「そうなんですか?で、なんでこんな30本も僕にくれるんですか?」


 おっちゃん:「俺、飲みたくないから~。母さんがせっかく健康考えて買って来てくれたの良いんだけどさ」



 丸    :「はあ・・・」



 おっちゃん:「美味くないんだわ。まずーいってほどじゃないけど、美味くないの。ひとつほら、お湯入れてあげるから飲んでみな」










 丸    :「な、なるほど。不味くないけど、美味くもないですね。」



 
 おっちゃん:「葉っぱの味がするべさ~。」




 丸    :「だって、青汁ですからそりゃ葉っぱの味がするんじゃないですか?」




 おっちゃん:「だけど、こんなもん俺が飲めるワケないっしょや。」


 

 ・・・いきなり同意を求められてもなぁ・・・






 丸    :「すると、アレですか?やっぱりここは『砂糖どっつり入れて』ですかね」
       ※注・・・おっちゃんは砂糖をどっつり入れることによって苦手品目が極端に減るのだ!


 おっちゃん:「あ~、それ良いね。じゃ、さっそく・・・あー、これなら苦になんないで飲める!」



 丸    :「ちょっと僕にも飲ませて下さい・・・え゛・・・美味くないッスけど」



 おっちゃん:「え~ウソ~。美味いっしょや~」

 
       
 丸    :「そこまでして飲まなきゃなんないんですか?」



 おっちゃん:「だって、母さんが飲めっていうから。箱から少しでも減ってれば飲んだなーって思うっしょ?だから、ほれ、これあげるから。」



 丸    :「あ、ははは。じゃ、いただきます。」




  おっちゃんは、母さんにとてつもなく弱い。
  ちなみに奥さんにも弱いが、なによりも娘に弱い。

  最近じゃ、さらに輪をかけて孫娘にも弱い。



  主に肉と菓子類と焼酎とニコチンエキスによっておっちゃんの身体は構成されているらしいが、不具合は特に出ていないらしいので、別に青汁は必要ないと思うのだが・・・

 
 
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2011/06/08 Wed  03:06:14» E d i t
 » 透明飛行船 
 「透明飛行船」は、BUMP OF CHICKENの6枚目のアルバム「COSMONAUT」の6曲目に収録されている、いわゆる“アルバム曲"というヤツである。

 
 鉄棒から落っこちた事がある人にはものすごく理解しやすい1番の歌詞。
 
 子供の頃、体育の授業中に落ちたもん。歌詞と同じように背中から落ちて息が苦しくなって、のたうち回ることもできない。ぼんやり空を見ながら衝撃から遅れて体中を走り抜けて行くような痛みを感じつつも、クラスメートの心配そうなささやき声と「大丈夫?」って視線が「なんだよ、そんなことで失敗して~ダッセーなぁ」って言ってる風に思えて恥ずかしくてその場から消えたくなるようなあの感覚。


 残念なことに当時の私にとって鉄棒は得意でも何でもなかったので、歌詞にあるような「得意が苦手になった」という感覚は無かった。どちらかと言えば運動神経はのび太並だった小学校低学年。「別に、そのくらい」のことなんて掃いて捨てるほど経験した。



 
 そして、やっぱり歌詞中にあるようにヘラヘラ笑いながら何もなかったようにホコリをほろいながら立ち上がる。たまに泣くとしても、それは悔しさではなくて痛くて泣くのであって。




 みんなが上手くやっている中で自分だけが失敗しても世の中は特に何も変わらなくて、そんな自分を世の中の方は容認してくれて、それで時間が流れて行く。時間が流れてしまえば身体の痛みも心の痛みも薄らいで忘れてします。
 本当はもっと上手くできるようになりたい、アイツに負けたくない、笑われたくないって思っているくせにヘラヘラヘラヘラ笑ってごまかして、それを相手にヘラヘラ笑われている方がお互いに気楽だからそうすることを覚えたら、なかなかそこから抜け出せなくなる。

 悔しい気持ちはひとりで背負って、ヘラヘラ笑った仮面をつけて。
 みんな。



 「飛行船が見えた昼休み」 

 あの日、見えた空に浮かんでいた飛行船。
 そして、人生に於いて失敗して落っこちる度にあの日の情景がオーバーラップして、実際にはそこにいない飛行船がまるで自分に何かを問いかけるかのように現れては消える・・・だからきっと“透明”飛行船。
 

 

 2番の歌い始めに以下のような歌詞がある。

 「多分平気なふりは人生で 割と重要なスキルだと思う」 

 そして、多くの人が「平気なふり」の熟練者なんだけど、お互いに熟練者だから平気なふりは見破られてて、それでもそれはそれで見過ごされているという内容の歌詞が続く。
 誰もがそれを感じていながらも表現しきれない・・・できれば目を逸らしたい部分を、実に端的に潔く掘り起こしている。藤原基央の言葉選び・・・というか、世界観なのか、表現力というか・・・は、遺跡の発掘のような雰囲気を感じる。

 一生懸命にどこかから見つけ出して来た言葉を継ぎ合わせて無理矢理な文章を作るのではなくて、もともとそこにあったのに、色んな余計な物がかぶってしまって忘れてしまったような、それでいて誰でもが持っているような「言葉」を丁寧に掘り起こしているような雰囲気だ。

 
  「本気出したらあんなヤツ、敵じゃないよ」
 「ちゃんとやってたら、もっとできてたんだよ」
 「あの時ああしたら、今頃こうなのにな」


 平気なふりして言い訳を探してれば、大概の場合、世間の方で「世間体」は用意してくれる。
 それでもずっと平気なふりに頼り続けても、そいつが通用し続ける人生というのもおそらくは少ない。



 避けようのない石につまづいて いつもみたいに起き上がれない日 がやって来た時に思うんだ。平気なふりの熟練者たちは。

 「ヘラヘラヘラヘラ笑ってたのに、どうしてこんなに悔しくて惨めな思いをしてるんだろう?どうしてこんなに空しいんだろう?なんでこんなことになっちゃったのかなぁ。」

 
 そしてその答えも同時に自分の中にあるんだよなぁ。

 
 鏡に映った自分の姿を見て「もしかしたら本当の自分がなれたかもしれなかった自分」に向けて悲しく手を振らなければならないのは、なりたかった自分に向かって歩いて行かなかったから。本気な自分をヘラヘラ笑いながら閉じ込めて来たから。
 本気で物事に取り組まなければ失敗しても言い訳という逃げ道ができるから。
 逃げて、隠れて、閉じ込めた自分の声がたまに聞えていたのに、無視し続けて来たから。



 そんな弱い自分が歩いて来た末に辿りついた姿を歌った歌。それがこの「透明飛行船」。
 



 そして、それに対して強く歩みを進めた末に自分が途中で置き忘れて来てしまった大事な物を探しに行くという歌も彼らは過去に歌っている。


 強い部分 弱い部分 その実 両方がかけがえのない自分


 透明飛行船を聞いて、その後に聞くとしっくり来るのはおそらく「ダイヤモンド」だろう。

 
2011/06/07 Tue  02:10:33» E d i t
 » 火曜一言 
 「人間は一生勉強なんだ」って、そんなつまんないこと言うなよな~って子供の頃は思ってた。



 今は、どんな些細な出来事からも、何かを学ぶ事ができる自分がラッキーだと思ってる。

 だから言い方を変えたら良いんだ。



 
 「楽しいなって思ったら、どうやったらそれが続くか、もっと大きくなるか考えたら良い。それが勉強なんだと思うよ」って。



 そしたら、めんどくさくなくて、しかも似たようなニュアンスで伝えられる。
 
2011/06/03 Fri  02:51:31» E d i t
 とある良く晴れた日の、おっちゃんの一言。





 おっちゃん:「いやぁ~、こんな気持ち良く晴れた日には仕事したくないねぇ」





 また、別な日の、おっちゃんの一言。





 おっちゃん:「こんな雨の日には仕事したくないねぇ」





 さらに、別な日の一言。




 
 おっちゃん:「こんなど~んよりした日には仕事したくないねぇ」






 ・・・



 そうして愚痴りながらも毎日毎日仕事に励むおっちゃん。

 

 
 
 丸   :「ちなみに、これだけ晴れた日には何したいんですか?」






 おっちゃん:「海にでも行って、のんびりカニ釣りでもしたいよねー。」
 (※注・・・ここで言うカニとはタラバやズワイや毛蟹ではない。岩場にいる小さなカニである)





 丸    :「ちなみに、雨降ってるこんな日には何をしたいんですか?」
  




 おっちゃん:「布団に入って、雨がトタンに当たる音を聞いていたいよねー。」






 丸     :「ちなみに、こんな曇った日には何をしたいんですか?」





 おっちゃん:「布団に入って、『相棒』見て寝てたいよねー。」







 断言するが、おっちゃんはやろうと思えば十分にそれをできるだけの財力と余裕がある。
 しかし、おっちゃんを取り囲む「世界」の方がおっちゃんの仕事を希求し、渇望し、必要として止まないのだ。

 普通であればこんだけグータラなことを言っていれば「あ、じゃあ布団に入って寝てればいいべや。」とか言われても不思議ではないほどだが、実際にそれをされた場合、世の中の(ごくごく僅かではあろうが)一部はとても困ったことになってしまうというほどにおっちゃんの仕事は偉大なのである。


 


 おっちゃん:「ホント、なーんのために仕事してんだか分かんなくなるよ。」



 
 丸    :「それを待ってる人たちのためですよ。」




 おっちゃん:「ん~、だったら、もうちょっと儲けさせてくれても良いのにねー。」



 丸    :「・・・それは僕もそう思うッス。」


  
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