フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2010/10/29 Fri  00:00:46» E d i t
 » 帰港 
帰港


  ボヤケタアサノ ヒカリノ ナカ
  ワレ キコウ ス

 
  ハダ サシタル レイキ ノ ナカ
  ワレ キコウ ス


  オマヘ ノ エガオ ヲ シロイ イキ ニ オモイウカベ
  ワレ ブジニ キコウ ス


  タダイマ


  
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2010/10/28 Thu  08:52:52» E d i t
 » 恋一夜 
 というわけで、すっかり1970~90年代の歌謡曲にどっぷり漬かっている最近の私なのですが、90年代の中盤からテンポや歌詞が早すぎて何を言ってるのか聞きとりにくい歌がだんだんと勢力を増して来る以前の80年代の後半の歌は今聞いても非常に分かりやすくて心地良く感じるのです。


 最近の使い捨てのように新しい歌手が出て来ては消えて行く状態とはちょっと違ってて、今と比べたらデビューまでのハードルがもうちょっと高くて、期待を越えるセールスを上げる歌手やアイドルに対しての業界やファンの盛り上げ方、盛り上り方も今とは違ってて、とにかく、スターがスターだった時代だと思う。

 
 おニャン子クラブというテレビ番組でオーディションして作ったアイドルグループがあって、そこからビヨ~ンと飛び抜けたのが工藤静香だった。


 中森明菜の不良っぽさのような芯の強さみたいなものが若い頃からすでに備わっていて、それを隠しきれない状態で無理矢理アイドルキャラを演じようとしていたものだから、何ともフニャフニャした感じの不思議キャラとして登場して来て、おニャン子クラブ内ユニット「うしろ髪ひかれ隊」の辺りからソロ活動が多くなり、当時のアイドルとしてはぶっちぎりで歌唱力や声量があったことも手伝ってテレビ番組に多数出演。
 とんねるずと絡むことで現在の工藤静香のキャラクターが確立して行くのだが(・・・石橋貴明は稀代の“キャラクター引き出し師”だと思う)、この時代、工藤静香の歌手としての才能は実に魅力あふれる物だったのだろう。
 工藤静香のボーカルはもちろんのこと、歌詞や音楽を振り返っても「力入れて作りました!」「工藤静香のイメージをしっかり守りながら作りました!」みたいなものが伝わってくる。


 
 この前車で聞いていたカセットテープを思わず巻き戻しして聞いたのが恋一夜(こいひとよ)」だった。


 
 歌詞だけ見れば演歌じゃん。


 工藤静香の歌に限らず、この頃の曲は音に言葉が上手く乗っかってるように感じる。何だろう、音楽の専門的なことは分からないけれども、それが聞いていて感じる心地良さに繋がってる気がする。

 「ひ~とみ~ を と~じて~ ねがいが か~なえ られたと~」
 「わ からない~ わ からない~」
 「き~りがない~ き~りがない~」



 って、最近良く聞いてて新しいのに「懐かしい。あれ?この感じなんだろう?」って感じてたゲゲゲの女房の主題歌、いきものがかりの「ありがとう」もこの「~」の繰り返しが多かったぞ?


 あ、なるほど。

 今、若者に人気がある歌はスピード感があるけれども「~」の繰り返しとかが少ないのか。
 言葉を伸ばしたりせず、歌詞と歌詞に「間」が少なかったり、とかく急ぎがちでせわしなくて、耳に残りにくい。

 
 私はさほど音楽には疎くも、かと言って敏感でもないごくごく一般人だけれども、その一般人からみた時にここ数年間の流行歌である程度サビや印象的なフレーズを歌える歌は「ありがとう」くらいなのだ。十年遡って「LOVEマシーン」とか「地上の星」が引っ掛かるくらいで、そう考えるとテレビ番組の影響力は底しれないワケなのだが、それにしても女性歌手でいえば宇多田ヒカルか浜崎あゆみに良く似た歌が、男性で言えばミスチルから派生したみたいな歌かEXILEもどきがやたらと多くて、どうにもこうにもつまらないという現状だからそこから良い意味で逸脱するような曲が心に残る。
 


 売る側の戦略と売り出される側の才能や野心のようなものが噛み合って、しかもそれが時代の流れに合致した場合に工藤静香のようなアイドル歌手が出て来るのだろう。売れなきゃしょうがないのは分かるんだけど誰かの真似事を画策するレコード会社や、それに甘んじている才能はやっぱりすぐにメッキが剥がれちゃうし、何よりもつまらない。
 歌の力が弱くなって時代に元気が無くなったって言うのであれば、心に残る「時代の歌」を生み出すことが元気な時代を創ることに繋がって行くのかもしれない。



 モーニング娘。からはコレと言ったソロアーティストは(今のところ)出ていないけれども(・・・後藤真希がそれだったんだろうけど、周囲に恵まれ無さ過ぎた)さて、AKB48から工藤静香は生まれて来るのだろうか。 


 

 
2010/10/27 Wed  18:02:04» E d i t
 「デジタルだか何だか知らんけど、わたしゃラジオで十分。新しくテレビなんて買ってやんないんだから!」と、先日、朝から近所のおばさんに息巻かれるしばらく前から、我が家では晩御飯の時間帯にテレビを消すようになりました。


 いやいや、最初はたまたま入ったCD屋で「山本リンダBESTアルバム」を衝動買いして、それを聞くために晩飯時のテレビを消したのが始まりだったんですが、これが思いのほかいろいろと我が家にとって良い変化がありまして継続中なのです。かれこれもう一ヶ月くらいも。


 
 テレビをみながらご飯を食べると、例えどんなニュース番組でも子供たちの視線はそちらに向いてしまうんですよ。ましてやちょっとでも興味を引くような内容の番組だったら箸が止まったっきり動かなかったり、まるもい(6・長男)に至ってはボロボロと食べカスをあちこちに落としたりする有様で・・・とは言え、私も人並みに世の中の動きを知ろうとすればニュース(半井さん)やクローズアップ現代くらいは見たかった事情もあって、そんな日々を繰り返し繰り返していたのですが、テレビをやめてからは子供たちも・・・いやはや、自分たちもご飯に集中するようになり、よく味わって、よく噛んで、しかもいろいろな会話をしながら食べるようになったんですね。

 ご飯全体に掛かる時間が短くなると、他の事をすることができる時間が増えるので、その分DVDや取り置きのビデオなんかを集中して見る時間ができるんですよね。寝る時間を決めて、そこから逆算すれば色んな事ができるし、してあげられる。
 
 
 ただ、晩御飯の時間にテレビを消しただけでこんなに色んな事ができるようになるなんて、ちょっと驚き。


 
 あまり決まり切ったサイクルで生活を型どおりにはめ込んでってのも善し悪しなのだろうけれども、いわゆる「規則正しい生活」は、健康のもととなり、健康は良い仕事、良い学習、良い成長のもととなることを考えたら良いことの方が多い。たまに休みの前の日とかには羽目外したりして、楽しくやりゃ良いだろうって。 


 ちなみに、晩御飯の時にCDは聞いたり聞かなかったりしてますが、私の思い出のCDたちを掛けるワケですよ。
 あとカセットとか。


 ん~、やっぱ良いわ。

 1980~1990年代。たまに1970年代のもね。




 つまらん番組ばかりじゃないから、冒頭の近所のおばさんみたくテレビを全く見ないわけには行かないけれども、それでも「テレビから自分の時間を奪い返す」ことは色んな事を思い出させてくれるキッカケにはなるようです。


 
 
2010/10/26 Tue  17:37:44» E d i t
 » 火曜一言 
 接客が大事なのはそりゃ確かにそうかもしれませんが、

 愛想悪くても美味けりゃ良いですよ。

 問題は、愛想ばっかり良くて不味い店ですよ。


 

 
2010/10/22 Fri  20:08:13» E d i t
 » 天空色暦~ワイン色~ 
ワイン色

 
 房生りの甘い果実が醸し出す妖しい色が
 空を滲ませ
 やがて来る冬を伝えている


 ブドウ畑に雪虫飛んで

 
 房生りの甘い果実が醸し出す妖しい色が
 空に溶けて
 やがて来る冬を伝えていた

 

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2010/10/22 Fri  18:07:50» E d i t
 » 紅蓮 
 身体の内側に閉じ込められて
 じっと空気が送り込まれるのを待っていた
 小さな火

 心の内側にすきま風吹いて
 しだいに燃え上がるのが分かった


 

コロナ


 
 灼熱のその核へ
 今燃え盛る息吹き

 
 

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2010/10/22 Fri  10:28:55» E d i t
 » 天才の世界 
 先日、松本人志の特集をしてたNHKの番組を観た。

 松ちゃんが天才なのは自他ともに認めるところなのだそうだ。私もそう思う。じーっとした「間」の中でアドリブで彼の世界観を作り出して色付けして行くタイミングは真似しようとして真似できるものではないだろう。実際に松ちゃんの後に何人もが「松ちゃんを越える天才」としてお笑い界に登場してきたが、誰ひとりとして松ちゃんと肩を並べるに至っていない。

 要するに、松ちゃんと同じ土俵で勝負したってもう無理なほど遠くに行ってしまったのだ。芸術家になってしまったのだ。

 そもそもが天才というのは一般人とは進んで行くスピードが違う上に、休まずにその道を極めんとして歩み続けるのだから「世間が求める松ちゃんのコント」とは乖離した作品が出来上がってしまうのも無理はない話だと私は思う。
 その上で、「一般の人たちが求めるところに合わせられるのがプロだろ?」という意見も同時に持ってはいる。


 それでも「松ちゃんだったらしょうがない」と思ってついて行きたくなるから天才なのだろう。


 自分で言ったギャグに、自分が笑ってしまうそんな松ちゃんだから。




 天才・・・
 

 自分の考えや感情を限られた時間や限られた言葉の数で表現するということに関して、私が勝手に天才だと感じているのがBUMP OF CHICKENの藤原基央である。天才と感じているのはその言葉のつなぎ方やバランス感覚、絞り出すような感情と覚めた視点がおそらくは自分の感性と似ていて、自分が表現出来ないその部分を「待ってました!」と思わず唸りたくなるような言葉のつなぎで表現するからなのだと思う。


 先頃「宇宙飛行士への手紙」と名付けられた新曲をリリースしたが、5thアルバム「orbital period」から継続して藤原は時間の流れと記憶の流れの「当然とされる帰結と忘却」という常識に対する懐疑というか、抵抗のようなものを意図的に仕掛けて来ているような気がする。

 
 「歌としリリースしたものに、説明を加える気持ちは無い。あとは聞いてくれた人がいろいろ感じてくれれば良い」という内容の藤原のインタビューを以前、何かで読んだ時にはなんだか随分とプロレス的なものを感じたものだった。
 脇道に逸れるが、国語の教科書に載っていた有名な小説の解説だって「作者はそんなつもりで書いたんじゃなかった」みたいなことが関係者の困惑やいらだちが後になってから出て来たりするのは、誰かがつけた解釈が正しいと思うよりも、自分が感じた事を表現することが難しくて面倒臭いから誰かがつけた解釈を自分も鵜呑みにしたがるからなんだろう。

 
 「そこに君が居なかったこと そこに僕が居なかったこと
  こんな当然を思うだけで 今がこれ程」(R.I.P

  「借り物の力で構わない そこに確かな鼓動があるなら
   どうせいつか終わるたびを 僕と一緒に歌おう」(HAPPY

  
  
  「未来の私が笑ってなくても あなたとの今を覚えてて欲しい」(pinkie


 「君の願いはちゃんと叶うよ 楽しみにしておくといい
  これから出会う宝物は 宝物のままで 古びていく」(魔法の料理~君から君へ~


 「匂いもカラーで思い出せる 今が未来だった頃のこと」(宇宙飛行士への手紙)


 
 時間軸を超越する何かがあって、それを共有し大切にすることの素晴らしさを継続して歌っている。
 でも、おそらくそれは一般のファンがBUMPに対して抱いているものとはちょっとかけ離れてしまっているような感じはする。
 隣にいて誰かをそっと励ましてくれるようなそんな歌を紡いだ言葉たちが、今は遠い目でどこかを見つめながらその「どこか」へ向かって歩き始めた言葉たちへと色を変えた。

 藤原とその一味が向かう「どこか」がどこなのか、私はすごく楽しみにしている。
 その一味の中に、もちろんファンとしての私も加わっているつもりで。



 そしてその一方で随分と辛らつで人間臭いカップリングが続いているのも非常に興味深い。
 飛び出した才能から甘い汁を吸おうとする人間たちがたくさん出て来るのは想像に難くない。曲名だとかなんだとかは覚えてないけれども、ビートルズにもクイーンにも自分たちを食い物にしようとするプロデューサーだかディレクターだかを強烈に皮肉った歌とかアルバムとかがあるっていうアレなのかな。
 


 
  「その程度だ 僕らなんてお互いに 馬鹿にし合っても 勝者不在の観客」(キャラバン
 

  「周りが馬鹿にみえるなら 生き難いなんて事もないでしょう」(モーターサイクル

 
  「その気があるとか ないとかの話じゃない
   きっとさ 仲良くできると思うんだ
   しないんだ」 (good friends



 自分たちに対する誰かの態度に対する痛烈な皮肉に感じるが、それがまた誰もが誰かに感じたことがあるように上手い具合に言葉がチョイスされているのがたまらなく好きだったりするのだ。

 難解な言い回しだが、理解不能では無い。
 でも、もうすぐにでも理解不能の領域まで踏み込んでしまいそうな危険性が常に潜んでいる。
 それが今のBUMP OF CHICKENのような気がする。 
 
  
2010/10/19 Tue  06:11:57» E d i t
 » 火曜一言 
 なにも常に前に出続けろってワケじゃないよ。

 進めない時、進めない状況だってある。


 でも、どっちが前なのか、それだけは自分の中でしっかり持ってて。


 「前ってどっちだよ?」

 って、思った時は立ち止まって考えてみて。自分にとっての「前」が他人にとってのそれじゃなくても、信じる道ならそれで良いじゃん。



 
2010/10/19 Tue  06:08:59» E d i t
 » 火曜一言 
 馬鹿にされたくないんだったら、馬鹿にされないような実力を身につければ良い。

 ナメられたくないんだったら、ナメられないような自分になりゃ良い。

 
 ふざけんな!って思う、その気持ちを自分の推進力に変えろ。

 いつか見返してやるためじゃなく、そいつを飲み込んで自分と同じ方を向かせてやれ。

 

2010/10/15 Fri  08:22:55» E d i t
 » 天空色暦~虹霞~ 
 出入り口を右に曲がった空にまだ眩しい秋空の太陽
 しかめっ面でそいつを睨み返すと
 左側の空に 虹色にじんだ霞空


 
 偶然と呼ぶにはあまりに必然な
 必然と呼ぶにはあまりに唐突な 



 右手で日差しを遮って
 しばらくみていた虹霞



虹霞


 その日その時その場所だから
  

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2010/10/13 Wed  00:00:30» E d i t
 » ボロボロでもまだ飛べるぜ 
 チェッカーズと言えばアイドルなのかアーティストなのか、その色分けが難しいところらしいけれども私にとってのチェッカーズはチェッカーズであり、アイドルでもアーティストでもどっちでも良いということになってしまう。

 チェッカーズの名曲も初期から後期までいっぱいあるけれども、今の気分は「Friends and Dream」だ。

 
 Youtubeでさがすとすぐに出ますよ。


 ずっと読んで頂いている方はすでに気付いていることだろうけれども、ここのところ私は「友達」だとか「仲間」ということにずっとこだわっている。もともとがそういうタイプなのだが、最近は殊更にそれを強調して書いている。

 そしてそれは「昔からの~」ということに限らず、新しい出会いの中で大人になった自分が作って行く「友達」とか「仲間」という関係性についても強調して書いている。

 昨日の火曜一言にも書いたけれども、大人になるということは不器用になっていくことなのかもしれない。変にカッコつけることばかりを考えて、カッコつけてるから窮屈になってなんだか楽しくなくて。
 

 考えてみれば子供からの頃の友達って、幼稚園に入る前は近くに住んでるからという偶然の出会いで、幼稚園~小学~中学~高校~大学だってたまたま偶然その地域に住んでいたり、学力が似通っていたりして年次も同じか極めて近かったという偶然の出会いに過ぎないでしょ。
 それがまぁ、バイトとか市民サークル活動とかするようになって社会の一端に触れ合うようになると世代の違う「先輩」や「師」とも呼べるような仲間ができてみたりするんだけど、なぜかなぜだか社会人と呼ばれるようになると急に出会う人の多くを仲間として意識するのが難しくなったりする。

 それがなぜかと考えてみたら、社会とは「成果」を求められる場であり、そのためには手段として「友好よりも競争」が求められているというのが一般の通念だからだ。また、その競争相手を互いを高め合う「ライバル」として認識できるか、あるいは潰し合う対象としての「敵」として認識してしまうかといえば、後者の方が多いような気がする。

 まだ子供が多かった時代にそういう競争に少なからずさらされて、相当早い段階でそこから落ちこぼれた自覚のある私は、そこから一般の通念である「競争」とはちょっと違った方向の「自分の味付け」を求めて四苦八苦してきたし、それによって周囲にも戸惑いを生じさせたり迷惑を掛けたりもしたのだろうが、今となってはそれが良かったのだろうと改めて実感できることが多い。


 競争とは違う私の持ち味は、もうこのブログで何度も言葉を変えタイミングを変えながら綴って来た「和して同ぜず」という一言である。

 
 それはさておき私が友達になりたいと思うのは、友達になることで互いに互いの持ち味が引き出される関係性が作られる相手だ。互いが互いに影響を受けつ与えつの切磋琢磨も含めた上で、認めるとか認めないとかそういうのではなくて、何となくそこにいてそれでいて楽しい。ワクワクするような人たちが良い。



 粗野なのに言葉とか仕草の端々に優しさが気遣いやユーモアが潜んでいたり、突飛な考えが一向にまとまらずにあちこちに手を伸ばしてはスッ転んでたり、真面目すぎて周りの人たちと協調が取れなかったり、言葉が尖がりすぎてて周りに敵を増やしすぎたり、自分が一番なのに周りがバカで気付かないって嘆いていたり、自慢話をする人をやり込めた自慢話が大好きだったり・・・最近、私の周りには個性的すぎる連中が増えた。


 この前、嫁さん。と話していたが、もうかれこれ15年来の付き合いになるウチの嫁さん。と共有して来た時間は長いが、私の友人も嫁さん。の友人も実に味わい深いインパクトのある人たちばかりだ。名前を出せばその人の話題だけで一晩くらい話ができてしまうような強烈な人たち。


 ・・・と、考えてたら 「一体、フツーの人 と呼ばれる人たちは本当にいるんだろうか?」


 とさえ、思えて来る。


 みんなが 「フツーの人」 なのに、私たちが勝手にそれも無意識のうちにその人たちの「オモシロな部分の扉」を開けちゃってるんだろうと。そして、その「オモシロな部分の扉」を開放して付き合うから楽しいんだろうと。


 アイデアは無限に連鎖して、楽しいことが楽しいことを呼んで行けば最高だ。





 
 昔からの友達 って、いつか笑ってそう呼ぶことができるたくさんの人たちに、私たちは今、きっと囲まれて生きている。 だから、大切にしたい。ボロボロでも飛べるんだよって、ボロクソじじいになってもこの歌を歌っていられるように。


 



  
 

 
2010/10/12 Tue  06:05:39» E d i t
 » 火曜一言 
 思い出して。お金なんて無くても楽しく遊べた子供の頃を。

 その場所と、そこにあるそれと、そこにいる自分たちを組み合わせて無限に遊びは生まれることを。

 それを考えること自体が楽しかったことを。


 
2010/10/12 Tue  05:59:47» E d i t
 » 火曜一言 
 静寂がない世の中になった。

 目を閉じても、必ず何かの音が耳に届いてしまう。

 人工の音が。

 
2010/10/08 Fri  06:20:55» E d i t
 » 天空色暦~橙色~ 
 薄茜



 決して晴れ渡った一日ではなかった
 けれど悪い一日でもなかった
 そんな夕暮れの色は橙



薄茜2

 
 うまく行かなかったことも多かった
 けれど明日につながる光もあった
 そんな夕暮れの色は橙


 

 いつか見たこの色
 二度とないこの空




 そんな夕暮れの色は橙

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2010/10/06 Wed  00:28:32» E d i t
 » 胸に眠るヒーロー揺り起こせ 
 今年の春のことだった。

 「ウチの父ちゃんは太っててヤダ。」なんて、親戚のガキが言うもんだから、
 
 「お前んトコの父ちゃんと、俺は同じくらいの体重なんだぞ~」って教えてやったら

 「でも父ちゃんはゴロゴロしてるだけだもん。おじさんは、頑張ってるカラダしてるもん。鍛えてることくらい見れば分かるよ」と言われた。


 ・・・ちゃんと、見てるんだなぁ。
 そういうことが分かるようになったんだなぁ。

 




 
 ふと考えた。
 幼い頃の自分が、今の自分を見て憧れるだろうか。ウルトラマンを夢見ていた少年時代の自分に、今の自分を誇れる自分になっているだろうか。

 そして、気付いた。
 そういうことだったのか。自分の中には、少年がいる。そして、未来のいろんな姿の自分もすでに内包している今の自分がいる。見たもの聞いたこと、出会った人々。そんな全てが自分の中で生きていて、今の自分を形作っていて、これからの自分になろうとしている。


 ちょっとさぼって夢見た場所とは違う場所にいる自分に苦笑いしながら、それでも頑張っている自分を認めて、そして憧れに似た感情を持って自分を見ている小さな気持ちに出会ったとき、私の心の中で眠りかけていたスイッチが押された気がした。


 やるなら今しかねェ。
 やるなら今しかねェ。


 長渕剛の歌う歌が聞こえた。






 小さな気持ちを受け取って、その小さな一言がこれからの私を変えたとしたら、彼は私の恩人だということになる。

 おじさんは、おまえにとって「カッコいいおじさん」で有り続けたいと、そう思ったよ。

 年と共に、体型は確かに変わって行くよ。あまり嬉しくない形にね。
 でもね、そう。できることを続けてさ、ちょっとずつでも自分を鍛えてさ、ちょっとずつでも何か形になる物を作ってさ、そういうことを続けて行こうと思ったよ。


 そう考えてみたら、自分より若かろうが子供だろうが、そういう影響を自分に与えてくれている人や物事はたくさんある。そんなたくさんの人たちのたくさんの小さな一言が「自分の中の、少年の自分が描いていた“ヒーロー”」を揺り起こす。誰かに憧れた、あの時のあの力を、今、自分自身に向けて、命より重い夢を抱きしめて走れ!



 You need a hero
 胸に眠るヒーロー 揺り起こせ

  

 そう。ヒーローは己の心の中で登場するときを、ずっと待っているんだ。


 

 
  
 
 夢に向かって歩き出して、迷って転んで、傷ついて、悩んで苦しんでるのはカッコ悪いが、
 途中で苦しくて苦しくて全部投げ出してしまって、流されるままに生きてるのはみっともない。


 ダメでも、失敗しても、胸に秘めた思いをいつか必ず形にできるように、諦めないで、立ち上がって、握りしめて、走ろう。
 投げ出しちゃったものだって、もう一回拾い直せば良い。

 以前は拾えなかった夢も、今なら、拾い直せるかもしれないんだから。
 たとえ、みっともなく捨てちゃった自分でも、拾い直せば「まんざら捨てたもんでもない自分」に戻れるんだから。




 少年の一言に、“自分の中の少年”で応えよう。
 

 
2010/10/05 Tue  00:40:41» E d i t
 » 火曜一言 
 カッコ悪いのは良い。
 みっともないのは良くない。


 その線をどこに引くかってことで、仲良くなれるかなれないかが決まる気がする。

 
2010/10/04 Mon  14:24:41» E d i t
 » 白目に驚愕! 
 何だかもう随分と昔からそのタイトルを知っていて、遥かむかしにドラマ化されていたにも関わらず、ついこの前初めて、しかも最新刊を読んだ漫画がある。

 「ガラスの仮面

 
 ・・・。


 これ、ギャグじゃないんだよねぇ?

 
 驚愕したのは、超真面目な展開なのに登場人物たちが急に白目になるという表現!!


 超インパクトありッ!!

 永田か??

 永田なのか!??


 私、少女マンガは見ずに育って来たので、少女マンガ全般にこのような表現が用いられているのかと嫁。に訪ねましたらば「ガラスの仮面」の作者のみに見られる強烈な個性的表現であるとか・・・

 
 少女マンガの素晴らしさを知らずに年老いて行くところだった。迂闊。

 よし。これからは嫁さん。の実家に行ったら必ずあの本棚に並んでいる少女漫画たちを一タイトル以上は読んで来ることにしよう。

 
2010/10/02 Sat  14:16:40» E d i t
 » そんなオススメ教えてちょ。 
 最近、最寄りのTSUTAYAから「必殺仕事人」を借りて来てちょっとずつ毎朝見るのがマイブームです。

 今日、返却日のヤツをまだ1/3しか見てません。あぁ、これおそらく見ないで返すな・・・

 
 必殺シリーズもなんだかいろいろと種類があるらしく、何が何だか分からんのですが、とりあえず私が見てるヤツは「必殺仕事人Ⅴ」というシリーズで、これはこれで面白いのだろうと思います。昔のヤツを見比べてないのと、最寄りのTSUTAYAにあまり置いて無いのとで、こんな感じです。


 素敵なオヤジになるには欠かせない要素を含んだテレビ番組とか映画ってイッパイあると思うんですが、寅さんシリーズも見たいし、昔の「子連れ狼」とか「木枯らし紋次郎」とかも見てみたいな。

 嗚呼ッ!そしてそればかりを見て一日を過ごしてみたい!!!
 




 「こいつぁ、カッコいいや!」

 「く~っ、泣かせるねぇ~~」



 っていうような作品、個人的趣味で構わないんで教えてください。 
 
 
2010/10/01 Fri  06:13:39» E d i t
 » 高く高く 
つたからみ

 つたからみ
 
 次へ 先へと 手を伸ばし
 確かな力を絡ませて
 
 空っぽのあの空へ

 緑の季節のその中で


つたからみ2

 
 着いた先こそ未来なら
 確かに力を絡ませて

 空っぽのその先へ

 見据えた空のその先へ

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