フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2010/07/31 Sat  06:05:47» E d i t
 » 虫も捕獲できます。 
 昨日、朝から晩までで合計8回、クモの巣に引っ掛かった。

 
 日常の生活圏内で生活していて8回


 山に籠っているワケでもないのに8回




 最近、見た目が猪八戒。 あ、かんけーないか。




 
  
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2010/07/27 Tue  16:33:34» E d i t
 » 火曜一言 
 育児っていうのと育「自」は同時進行だね。

 ああそうか、そうだったかっていつも思うよホント。


 

テーマ:パパの育児 - ジャンル:育児

2010/07/23 Fri  00:00:52» E d i t
 » 緑巡り2 
 案内役がいざなう緑の中へ
 僕は恐る恐る歩を進めた



緑巡り3


 巨大な多数の緑が空の青を閉ざす
 薄暗く涼やかな日の届かない世界に
 濃い緑の香りが押し詰められていた

 呼吸器官を占拠するその濃緑に
 少し咽び返す

 
 力強く緑が僕に囁きかける
 力をこめたそよ風で


 
緑巡り4


 迷い立ち止まる時
 目を閉じ
 ここへ戻って来いと

 
 この時
 この香りを思い出せと


緑巡り5

 緑はいつも共にあって
 普遍を積み重ねて僕に辿り着いた
 たくさんの思いや願いや血や魂が

 いつもこれに癒されながら
 迷いながら
 ここへ辿り着いているということ

 そんな緑の圧力が

 胸に迫る


 目を閉じて 緑を感じる 
  

 

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2010/07/20 Tue  00:16:41» E d i t
 » 火曜一言 
 「生き馬の目を抜く」とか「アイデアの違いが勝負を決める」だとか、とかく奇抜な変化球が有難がられるようだから、ど真ん中で超愚直な生き様も貫くことさえできたならそれはそれで大きな力になると思うんだよ。貫くことができたら・・・ね。

 
2010/07/19 Mon  18:13:44» E d i t
 » ゲゲゲの女房  
 毎日毎日連続でドラマを見るなんて、中学三年の冬にやっていた「スクールウォーズ」の再放送以来だなぁ。


 ゲゲゲの女房を毎日楽しみに見ています。

 私は別にマニアというほどではないけれども、人並み以上には妖怪とかお化けの話が好きです。
 ゲゲゲの鬼太郎もまた然り。

 →2007/05/06 カランコロンと下駄の音


 小学校4年生の頃にアニメ化される前に、小学館とか講談社の「妖怪なんでも入門」みたいな本を叔父に2~3冊買ってもらっていて、怖いもの見たさと好奇心とが入り混じった「見てはいけないワケでは無いんだけれども、見てはいけないような気がして、それでもやっぱり見てしまう」というあの感覚がたまらなく好きで好きで、土曜日の夜6時半からのアニメはかなり風合いが現代テイストになっていたけれども、その頃に近所の本屋にリバイバルで販売されていた単行本の鬼太郎は・・・いやはや、全ッ然さわやかの欠片さえも見当たらないオドロオドロした漫画で、小学4年生にはかな~り強烈で、夜も寝付けないほどだったりしたものです。

 未だに我が家の本棚にはその頃買ったゲゲゲの鬼太郎の単行本が並んでいます。

 ・・・小学生の小遣いで、当時の本屋さんのアバウトな品ぞろえですから当然、飛び飛びなんですがね。

 
 その後、まぁ以前も書きましたけれど、10年に一度くらいの割合でゲゲゲの鬼太郎が復活するワケですよ。人間が増長してくるのを戒めるかのごとく下駄の音を響かせて。
 その都度、原作の単行本とかが発行されたりして「墓場鬼太郎」とか貸本漫画時代の名作・迷作も単行本になったのをいわゆる大人買いしたこともあります。

 で、まぁ、墓場鬼太郎は全然ヒーローじゃないし、ダークだし、今風に言えば全く持って不適切な表現ばっかりだし・・・と、子供向けに描かれてない面白さがあって味わい深い。小学生の頃に「大きな石をはぐった時に虫がウジャウジャしてる、別に見たくもないはずなのに、なぜかはぐって見たくなるあの感覚」を味わったゲゲゲの鬼太郎がそれでもまだ墓場鬼太郎に比べればずっとずっとヒーローとして描かれているという事実に言い知れぬ感動の様な物が湧き上がるワケですよ。ある種、爽快。

 


 ちょうど今、ゲゲゲの女房ではその鬼太郎が「墓場」から「ゲゲゲの」として、ヒーローとして生まれ変わる辺りなんですね。

 
 興味は尽きません。好きだから。

 どんな道のりを経て鬼太郎が生まれ、そしてどうやって時代時代にしっかりと影を残す存在になって行ったのかというその背景を、茂と布美枝がたくさんの人々との縁を大切にしながら貧しい生活にも挫けずに未来を見つめて一歩ずつ踏みしめながら進んで行くのを描いて行くドラマを見ながらいろいろ考えてます。


 主題歌のいきものがかりのありがとうもドラマにぴったり。
 時間の都合で省略されている部分がかなりもったいないと感じる良い曲です。
 
  



 「龍馬伝」も面白いし、だから相撲中継しないからってNHKの受信料を支払わねぇぞこのやろー!プンスカ!とかは言えないここ最近の私なのです。

 
 

 
2010/07/16 Fri  17:32:26» E d i t
 » 次元の扉 

 黄昏時の西の空

 ふと見上げれば

 収束している光の群れ






 幾重にも折り重なったプリズムが

 新しい世界を指し示すように

 僕たちに見つけられるのを

 待ち望んでいたかのように

 不思議な色で浮かんでいた



 
2010/07/14 Wed  16:30:41» E d i t
 » しようよ 
 まだ嵐はもちろん、TOKIOとかⅤ6もテレビに出始めだった頃にSMAPが全盛期で、その頃大学生だった私は否応なしにSMAPが時代の顔として活躍してきた時代を共に生きていることになる。
 もともとそれまでのジャニーズとは一線を画すような個性派ぞろいで見分けがつきやすいところに、森クンの脱退とかいうセンセーショナルな話題も手伝ったこともあって分かりやすかったのと、チャラいだけのアイドルグループと言う感じが全然しなくて当時から結構好きなグループだったし、今なお彼らの活躍を願って止まない私だったりする。
 なにしろ森クン脱退後の5人という人数は覚えやすいし、親しみやすいように出来てる世代だったりするのだ。

 だってほら、ドリフも5人だったし、奇面組に至っては5人編成のチームが何組も登場したり、戦隊ヒーローだって基本5人だし。後々、なんだったかのCMでガッチャマンに扮装してたりしたし。


 まぁ、彼らの出て来るテレビ番組を逐一チェックするほど追い掛けたりはしてないし、新しい歌も知らなくなってから随分経つのだけれども。




 
 どうにもこうにも行き詰まり感を禁じ得ない時期というのがやってくる時期は誰にでも、どこの集団にでもあるはずで、そういう時期には話し相手を探している自分がいることに気がつく。話し相手というよりも、聞き相手とでも言うべきだろうか。

 おそらくは自分の中で本当ならば答えが出ているハズなのに、あれやこれやと考えてなきゃいけないことが次々に出て来てしまって、頭の中がごちゃまぜになってしまって出ているはずの答えが余計な物によって埋もれて隠れてしまっているのを整理整頓するために話をしたい状態になっているのだと思う。
 しかし、なにせ頭の中がごちゃごちゃになっているが故に何を話して良いのか、どう話して良いのか分からないままで時間だけが過ぎて行ってみんなでそれぞれにイッパイイッパイの状態になっていたりすることがある。

 これがまた厄介なことにひとりごとをブツブツつぶやいてみたり、こっちの話をろくに聞きもしないで何かを言い返して来るような相手に話かけてみても全然ダメだと勝手に感じてしまっているから、相手を選んでしまうし、相手を選んでいる間にも溢れんばかりに何一つ解決されないままで色んな事が頭の中に心の中に累積して鬱積して、嫌になってしまう。

 次から次へと湧き出て来る諸問題に対しても嫌になるが、解決の方向に一向に向かって行かない自分にも嫌気がさしてしまう。

 コミュニケーションがつつがなく取れている時に人は楽しさや幸せを感じるだろうし、そうでない時にはいろんな物事や自分の味方であるはずの人たちでさえもが自分を圧迫しているように感じるだろう。

 
 

 そんな時にはSMAPが歌っていたしようよという歌を思い出す。


 
 オロナミンCのCMだったけかなぁ。SMAPと言えばまだアップテンポのアイドルらしい曲が多かった1990年代の半ば頃にひと際異彩を放ってるように私が感じた曲で、シングルだったとは言え、ファンの方々でもあまり覚えてない人が多いと思う。要するに地味な曲だ。

 でも、すこぶる名曲というか、何と言うか、肝心なことを言い当てた歌詞だと思う。


 
 付き合いが長くなって恋人同士の会話が少なくなってすれ違って行くのに危機感を抱いた歌詞なんだけれども、これって別に恋人同士に限った事じゃないもんね。

 いろんな組織や集まりでも、友人同士でも、長い時間を掛けて分かり合えたつもりになっても、どんなに鋭く相手を思いやっているつもりになっても、心の内側までは分からないから「あれ?」「おかしいな?」「こんなハズじゃないのに」とかが積もり積もる割には「きっと分かってやってるんだろう」とか「アイツに限って」とか勝手に思い込んで何も言わなくなるし、それどころか「しつこく言うことはやかましいとか思われたらヤダな」とか思って“言わない”のではなくて“言えなく”なったりする。

 不思議な物で、どんな集団でも出だしの頃はたくさんの人たちからたくさんの意見や理想を求めて批判さえも前進する力に変えて行けるエネルギーに満ち満ちているのに、ある程度の結果や称賛を浴びるようになると自分たちの内部に対する不満に対して「ま、そのうち何とかなるだろう」と日和見が始まるし、外部からの批判的な意見に対しても身内を守ろうという意識が働くために耳を閉じ、目を背けるようになってしまう。
 それが文字通り「守りに入る」ということなんだろう。

 思考が硬直し始めると、前述したように内部にいる人間たちが正直な発言をしなくなってしまい、その集団は崩壊へと向かってしまうのだろう。簡単なのに難しい。

 
 微笑みに分かった顔しないでさ 
 いつだって気持ち素直に伝えよう


 
 まぁねぇ。恋人同士なら率直な言葉で良いんだろうけれども、集団を変えて行くには言葉選びも肝心だしなぁ。
 

 正直にとにかく何でも隠さずに話をしようよ


 ・・・一番大切なことだよなぁ。面倒臭がってる自分が変わらなきゃ何にも変わらんよなぁ。

 
2010/07/13 Tue  06:06:54» E d i t
 » 火曜一言 
 ま、しゃあないな。


 それで済ませて良いことはそれで済ますことを覚えなきゃ、
 それで済ませちゃいけないことに取り掛かる時間が無くなって追い込まれちゃうでしょ。


 
2010/07/10 Sat  15:31:11» E d i t
 誰かが発表してくれる数字にいちいち左右されてしまうほど若くもない私ではあるが、それはそうだとしても自分でいちいち何かの統計を取って計算するなんてことは仕事以外じゃやらないから、一応の指標くらいにはしている。

 折しも、支持率~%だとか、放送反対~%だとかの数字がやたらと飛び出して来る時期で多数決が建前の日本の社会構造はどうにもこうにも偏った大衆伝達に振り回されて、伝達する側が振り回した結果の数字にまたさらにお利口さん達が付和雷同でどったんこばったんこ大騒ぎである。スーパーヒーローのみならず、猫も杓子もはやめちゃ忙しい世の中で大騒ぎしてるだけだったりする。数字は嫌いだと散々苦い顔してる割には数字に不安になり、数字に安心する。

 
 さて、私のブログの訪問者数を表示するカウンターが、突如としてサービスの終了を宣言してから1週間ほどになる。


 ブログ開設からしばらくはブログランキングだとかに登録しつつ、一緒にブログを続けて行くような仲間を探すのにコメントのやり取りやトラックバックとか、記事の更新でさえも頻繁にしたりしていたワケだが、まぁ、いつの頃からかそういう内実的な物も然ることながら、一体どのくらいの人たちが自分のブログを見てくれているのかが気になり、カウンターを設置するに至った。
 以降、多い時ではこの偏屈なブログに500アクセス以上も、少ない時でも50アクセス程度のアベレージで訪問して頂いていたことをカウンターが教えてくれていた。


 記事の更新頻度が下がり、他の人たちとの交流も次第に疎遠になってくるとカウンターの回転も減ったが、それでも毎朝見る度に少しずつでも累積して行く数字が示している、自分の書いている物が交流のキッカケにはならないまでもそれなりに気に掛けてくれている人たちがいるということの証明は私の心を励まし、勇気づけた。

 
 ありがとう。


 
 ブログのカスタマイズの仕方なんて本当に分からなくて今よりちょこっとややこしかった時代に苦心して取り付けたカウンターだったから地味だったけど愛着はあった。まぁ、何て言うか、ああいうものも突然サービスを終了しちゃうんだな・・・ってちょっとくらいはショックだった。タダで使わせてもらってて言うのも何か申し訳ないんだけれども。



 私のブログタイトルの下のところで「スゴいカウンターはサービスを終了しました」って、わざわざサムネイル表示してくれている間はそのままで置いておこうかなって思っている。


 
 誰かが発表してくれる数字にいちいち左右されてしまうほど若くもない私ではあるが、それはそうだとしてもカウンターがこれまでの累積を突然放棄してしまうってのは何だかとっても切ないなぁ。
 でもまぁ、これはこれとしてこんなもんだと思えるようになったのは年を取ったってことなんだろうな。
 
 
2010/07/10 Sat  06:16:14» E d i t
 » 琴光喜はどうした。 
 大相撲が揺れに揺れている。

 暴力団関係者との付き合い、野球賭博問題・・・結果として現役の大関・琴光喜と元貴闘力が解雇された。
 その辺に別に突っ込んで話題展開したくはない。野球賭博を無くすくらいならできるだろうけれど、暴力団関係者との付き合いが無くなるということは日本相撲協会そのものが一旦消滅するくらいの覚悟が無ければ無理だろうと、想像はつく。


 とりあえず私が言いたいのは現役の日本人大関がそういうことになっておきながら惜しまれる声が全くと言って良いほど聞えて来ないというのも寂しいということだ。事の重大さを鑑みれば擁護のしようも無いのだろうし、相撲界全体を巻き込んでの事件に発展したので陰に隠れてしまったのだろうけれども、これまでの活躍ぶりを振り返るようなVTRのひとつも流されないという注目度の低さが悲しすぎる。テレビに映るのは貴闘力ばかりで琴光喜は「恐喝された」だの「脅された」だのと何とも決まりの悪い役回りだ。


 朝青龍が相撲界を去り、ひとり残された横綱の白鵬がモンゴル出身の力士であり、大関陣は魁皇、琴欧洲(ブルガリア)、日馬富士(モンゴル)、琴光喜、把瑠都(エストニア)と、5人中2人の日本人大関のうちの一人であったにも関わらずこの人気の低さ。本人にしてみれば言い訳したいことも山ほどあるんだろうけれども、とりあえずは弁の立つ貴闘力が矢面に立って不都合な真実から世間の目を逸らさせているようにさえ思えるほど徹底的に琴光喜のことには触れられない。こと相撲協会に対して糾弾の姿勢を見せているマスコミでさえ琴光喜をタブーのようにしている。


 まるで琴光喜に出て来られて喋られると、誰かが・・・みんなが困るかのようだ。



  
 私は真実を丸裸にしたり、裏の裏を暴露したり、後々になってそういうもので飯を食い繋ごうとする人たちの浅ましさが嫌いだ。隠さなきゃいかんもんは徹底的に隠したら良い。特に興業とかそういったものに関わる人たちには夢を守る義務だってあるだろう。
 ウルトラマンの中に人が入ってるのは知ってるよ。でも、ウルトラマン見ながらウルトラマンに憧れてる子供にそれをワザワザ言わなくても良いでしょ。

 ただ、相撲協会がこれだけ追い込まれた土俵際から組織としてどのように「隠蔽」を行うのか、それがどう今後に影響するのか、そこに興味があるだけだ。先場所の場所中から野球賭博疑惑を言われ続けてきた一番のキーマンである琴光喜が握っているものは何なのか?・・・それとも本当に小物の小物のガキの使いなのか?・・・

 
 政治だって同じ、経済だって同じ。
 当事者は知らん顔して蚊帳の外に置かれて、都合の悪いことは全てチャラになるように次から次へと「その他の問題」を矢継ぎ早に繰り出して来て、いつの間にか本質に目を向ける人がいなくなってしまうように仕向けられている。で、その間にそれなりの解決策が出来上がっている。

 騙されぬよう、流されぬよう、どこに問題の本質があるのかちゃんと見極めないとね。


 
  
 
2010/07/08 Thu  17:01:31» E d i t
 いや~、参った。

 鼻水がもうとめどなくとめどな~く流れ出て来る天の川ミルキーウェイ状態。
 サラサラなのは笹の葉ではなく、鼻水だったりする始末。


 夏風邪をもらいました。
 「もらいました」と言うのも、先週、ウチの子供と嫁さん。が同時ダウンで喰らっていた風邪をもらったのに間違いないからです。はい。


 
 
 先週、酷暑の中でヒジョーにハードな一週間を過ごしました。
 そんな酷暑の中でダウンしてた嫁さん。と子供もかなりゆるくない状態でしたが、こちらも気遣いながらも抜けるに抜けられないスケジュールがあり、奮闘、奮闘、また奮闘。
 


 地域のお祭りで伝統芸能の太鼓のパレードをやるってんで、仕事後にその練習を蒸し暑い体育館の中で二時間弱×毎日。

 土曜日・日曜日がラグビーの試合。怒涛の二連戦。

 土曜日の晩が太鼓の本番。


 

 日曜日のラグビーの試合から帰宅後、フラフラしてるのは強い日差しと疲れと、それをごまかすために何本飲んだんだか忘れるほど飲んだリポビタンDのせいで火照っているのかと思っていたら、あれよあれよと言う間に体温は38℃越え。



 体の疲れもピークだし、日曜日は嫁さん。は幾分回復してたけど子供がまだまだ熱出してたし、風邪の要素は満点だ。



 そうして、相変わらずぶっ倒れるでもなく、39℃オーバーとか誰が見てもダメじゃんとかいう状態にもならず、ダラリダラリと38℃前後で熱が推移するだけの日々が今なお継続中。


 体の疲れは原因があり過ぎて、風邪から来るだるさなのかどうかイマイチ分かんないけど、鼻水、せき、のどの痛み、耳鳴り・・・豪華オンパレードであります。
 



 食欲だけは落ちずにあるってんで、肉食って治そうと思ってたら胃もモタれたらしいYO!


 


 北海道は先週の酷暑が一転、20℃前半で湿度の高い日々が続く非常に過ごしにくく体調を崩しやすい今週です。みなさん、お気を付け下さい。
   
 
 
2010/07/06 Tue  06:10:20» E d i t
 » 火曜一言 
 いつも全力出すのが怖いのは、全部出しても通用しなくてボロボロになっちまうのが怖いから。

 「次こそは、次こそは」って言ってるうちに全力なんて出せなくなる。クセになるんだな。どこかで手を抜いてしまうことがさ。そのうち、チャンスも来なくなる。

 
 結局、自分は「本当はもっとできる」って思いながら何もしないで、チャンスも見つけられないで年取るのは臆病な自分に安住してるってことなんでないのか?

 できるならやれよ。
2010/07/02 Fri  00:00:05» E d i t
 » 緑巡り 
緑巡り①

 案内役は危機感を持って進んでいるのだった
 緑のトンネルを僕は抜けたのだった

 そこに彼は精一杯を傾けて進んでいたのだった
 勝手に彼を僕は案内役にしたのだ


 緑の風を胸に僕は吸い込んだのだった


 人がどれほどに道を誤ろうとも
 緑が消える時は恐らくは来ないだろう

 天地が人を世から消し去ろうとも
 緑はそこに有り続ける事だろう

 それは彼の歩みの様に懸命で
 それでいてゆっくりと


 緑の風と僕の血液が混合し爽やかに巡る巡る


 
 「それじゃあ私についておいで」



 天地に目を見張り
 僕は彼について行くことにしたのだった



 緑巡り②



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