フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2010/05/29 Sat  06:03:36» E d i t
 » BBC地球伝説 
 「BBC地球伝説」というテレビ番組がある。

 地デジ対応にしたら地上波だけじゃなくて、BSチャンネルの番組も見る事ができるようになって平日の夜8時頃に何気なくテレビをつけたらたまたま偶然この番組が放送されていて、それ以来、時間があればこの番組を見るようになった。

 
 地球という私たちが住む星を舞台に繰り広げられる様々な出来事を時にドラマチックに、時に硬軟織り交ぜてサイエンスティック・・・あぁ~そんな言葉あるんか?まぁ、科学的に検証したりするドキュメンタリーなのだが、日本のテレビ番組だと何かとバラエティーに絡めてクイズ方式とかにしてしまいがちなテーマを、まるごとドキュメンタリー番組として45分間のエンターテイメントに仕上げている辺りが私の心を掴んだ。

 しかも、飽きない。

 恐らく、日本のテレビ番組はガチガチにお堅い番組作りでは視聴者が飽きて最後まで見てくれないと思い込んでドキュメンタリーにバラエティーを織り込みたがるきらいがあるのだろう。私からすれば中途半端にドキュメンタリーが寸断される度にアップで映し出される芸能人達の、視聴者がお茶の間でするような雑談が邪魔で邪魔でしょうがなく感じるのだが、あれはあれで一人暮らしの寂しさを紛らわしたりする需要があるんだろう。
 


 BBC(英国放送協会)は視聴者におもねらなァァァァァァいッ!!!


 あ、そういや日本にはNHK教育があったか。
 でも、NHK教育のドキュメンタリー番組は子供たちが途中で飽きてしまうのに対して、地球伝説はテーマによっては子供たちが集中して見ていたりする。


 先日放送されていたのが「古代テクノロジーを解明せよ」というシリーズで、これを子供たちとはっちゃきになって(超絶に集中して)見た。最近じゃテレビにはっちゃきになるなんて「仮面ライダーW」と「ハートキャッチプリキュア」と「怪物くん」と「龍馬伝」と「ワールドプロレスリング」「ゲゲゲの女房」くらいなもの(・・・結構あるじゃんか)の私なのであるが・・・これは燃えた。


 当代きっての科学者たちが古代文明で使われていたとされるテクノロジーを、現代科学の知識と当時のその土地の環境下にあったモノを使って再現しようというシリーズで、とにかくもう、科学者たちが必死に議論を戦わせて「これしかない!」と行き当たった説を体当たりで実演するんだけどどれもこれも上手く出来なくて放送禁止用語を連発してピーピー言わせながら悔しさを露わにしたり、そのテクノロジーを実現させるために必要だと考えられる道具を手作りして、その道具ができたことに対して子供のように欣喜雀躍したり。

 熱い。熱いぜ。

 理屈じゃできるはずなのに、計算上ではそうなるはずなのに、できない。



 なのに、そこには現代よりも科学力に劣っていると考えられている古代人が作ったのであろう遺物が現存していたり、語り継がれてきたりしている。


 結局のところ、理論的にも理屈的にも現代の科学者が古代人が使っていたテクノロジーを見つけ出すことはできずに終わってしまったのだが、それはそれで良い。現実はキレイごとでは無いのだ。ついでに言えば、現代の人たちはこれはこれで素晴らしいテクノロジーを発見して使用して文明を築いてるんだから、なにも昔の人たちと同じようにできなくても、それはそれで良いのだ。

 

 
 私は子供たちに言う。

       丸 :「おそらく、昔は巨人とか宇宙人みたいなのがいたね。」

 ぴっこ(7長女):「えー、うそぉ~」

       丸 :「昔の人たちと、今の人たち。どっちが色々なこと知ってると思う?」

       ぴ :「今の人たち」

       丸 :「でも、昔の人たちができたことが、今の頭の良い人たちが一生懸命考えてやってみてもできないんだと」

       ぴ :「うん。今テレビでやってるもんね」

       丸 :「じゃ、何かやっぱいたんだろ。巨人とか宇宙人とかが」

       ぴ :「なんで今はいないの?」

       丸 :「面白くねェから宇宙に帰ったんじゃねぇか?」
  
       

 それを聞いていた まるもい(5長男)が 「えー、じゃあバルタン星人とかいるの?」と。

   
 ・・・バルタンじゃないかもしれんが、発想は豊かに物事を考えた方が楽しい。


 
      丸 :「バルタンはいるかどうか分からんけど、もしかしたらゴリラとか象とか力のある動物と話が出来て、手伝ってもらったかも知れないよな」

      ま :「え?改造人間かもしれないよ」

      
      丸 :「おぉ。怪物くんに出て来るフランケンも、人造人間だからな。」

       
      ぴ :「えーーー。昔はああいうのがたくさんいたの?」


      丸 :「いたかも知れない。いなかったかも知れない。多分、いない。でも、そうやって色々考えてみるとおもしれぇよな。」

 
   
  とか弾む会話。
 
  もう9時過ぎだから寝なさいと子供たちに言いながらも、実は興奮を抑えきれない父親。



  そんな素敵なBBC地球伝説はBS朝日(BS5チャンネル)で月曜から金曜の夜8時~8時55分頃までの放送でございます。


  皆さんは最近、どんなテレビ番組にはまってますか?
 
 
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2010/05/28 Fri  06:49:32» E d i t
 » 隠れ家 
 ここに隠れてやり過ごそう

 なんだかあれこれ面倒だから

 良い風吹いたら飛び立とう

 それまでしばらく休んでよう


隠れ家


 

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2010/05/25 Tue  00:05:09» E d i t
 » 火曜一言 
 周りを「納得させてしまう」人がいる。

 周りが「納得してしまう」人がいる。

 同じようでも、この違いは実は大きい。

2010/05/24 Mon  06:08:34» E d i t
 » 上から 
 誰からも嫌われたくないのは良~く分かるんだけど、それでは人の上に立つ器では無いのだ。



 「申し訳ない」と頭を下げれば相手の気持ちが収まるワケじゃない。
 よく人々が「誠意」だ「気持ち」だと言うけれど、じゃあ一体、全員が満場一致で納得するような答えなんてどこあるっていうのだ。

 都合を押しつけざるを得ない場合だってある。自分でできないことなんだから仕方ない、自分が引き受けたくないことなんだから仕方ない。
 耳触りの良い約束を提示して、自分の目的達成の後にはそれを反故にせざるを得ないことだってある。理想に現実という土台が追いついていなかったのだから。



 「力が無さ過ぎる。」誰からもそう思われてしまった状態で人の上に立ちたくないのであれば、金でも権力でも何でも使って、支持率の低下をさも当然のように発表し続けるマスコミをもう少したらし込んで糾弾を緩めてもらうとか、それらの雑音を意に介さず、当初のマニュフェストをどんどん実行して一旦どん底見るとか、とにかく力量を見せつける必要がある。

 
 一般国民に「小物」扱いされている人物が宰相であることは、国にとってこの上なく危険なことである。
 
 
 友愛の真の実現のために、ひしめき合うあちらこちらの勢力・圧力が大多数の危険を孕みながらかろうじてバランスを取った状態の社会に自分たちが生活しているのだという「当たり前の大前提」をその大きな両目でしっかりと捉えなおし、友であり愛し愛されるためにはまずは強くあらねばならぬということに気付いて欲しい。

 頭を下げ、笑顔でへつらうだけならば「友」ではなくて「奴隷」だ。

 

 マスコミの煽り方も、報道の姿勢もすでに民主党をなめきってしまっている。
 なぜか?

 国政にとって小さな問題でも一人の政治家としてダークなイメージが残ってしまうような問題が起こるたびにいちいち詳細に弁明しようとするからだ。さらに謝罪しようとするからだ。
 
 もっと「上から」の物の見方、考え方、言動、力の使い方をしっかりお勉強しなおした方が良い。
 

 法の下の平等はあっても、「社会」はすべからく平等ではないのだから。
 で、そこら辺にごしゃまんといらっしゃる評論家のオッサン・オバサンが代わりにその仕事をできるかと言えば、絶対無理なんだから。

 選ばれてそのポジションを任せられているんだから。

 私たちは多数決の世の中で彼らを選んだのは他ならぬ自分たちなのだから、ダメなもんはダメだと選挙で意思表示すりゃ良い。スポーツで有名な誰それが選挙に出るとかいうくだらん話題に左右されずちゃんと自分たちの目で見極める努力をしないと、こんな荒れる世界の大海原にボロ船でかろうじて浮かんでいるようなこの国の舵取り役に誰からも軽蔑されてしまうような人を就かせてしまうようなことになってしまうということを、もっと危機感を持って実感すべきだ。

 そして、この衆愚の後には反動で必ず独裁者が登場するということも歴史に学んでおくと良い。
 
 
  

  
2010/05/21 Fri  05:19:19» E d i t
 » 春空模様 
 やさしく頬をなで 青空の懐へ駆け上がる

 春色の風
 
 やわらかな吐息を耳元に残し

 春色の夢

 




春空模様1





 遠い昨日と遠い明日

 舞う花びらに太陽


 今ここに僕がいて

 見送るたおやかなる移ろい 


 



春空模様2



 色づく季節 

 流る桜に手を振る夢見た 春空模様




2010/05/18 Tue  04:34:34» E d i t
 » 火曜一言 
時を経て、雨に打たれ風にさらされ、それでも例え薄く擦り切れてでも誰かの中に届きたい。


きっと届く。
2010/05/15 Sat  05:37:28» E d i t
 » 俺も無いけど心配すんな! 
※ゴールデンウィークというものが世間から過ぎ去った5月6日頃にに書かれて下書きのまま忘れられていた記事をろくに修正もせずにアップします。てへ。※


 5月に入る前は何だか薄寒い日々が続いていたのですが、5月に入ってゴールデンウィーク期間中は20℃を越えたりした陽気に恵まれたこちらです。

 こちらです。

 ええ。さほど遠くへは出掛けませんでしたよ。

 基本的に完全オフというものが存在しないお仕事な上に、よしんばゴールデンウィークに連休が取れたとしても遠くには行かないだろうと推測される者です。渋滞も混雑も大嫌いです。・・・まぁ、好きな人はいないのでしょうけれども。

 ま、そんな私でもゴールデンウィークを地域ごとにズラすとか言うバカな考えはおよしなさいなとは思います。
 頭が良くなりすぎると世間の考えとズレてしまっちゃうんでしょうかね。合理的とか利便性が良いとかそういう言葉を使っておけば大概の人を騙くらかす事ができちゃうって考えてるんですかね?

 「やった、連休だ!親戚のトコに遊びに行こう!!よっしゃ電話してみっかや。」

 「もしもしー。連休、そっちに遊びに行って良い?」
 「えー。俺んトコ来月なんだよねー。連休。」
 「マジでぇ?」
 「マジで。悪ぃね。その日は宿直だしぃ。」

 

 とかってなるワケでしょ?バカじゃん。




 さてさて、我が町は海あり山あり川ありの良いトコ(=田舎という楽園)なんで連休となると親戚が遠路はるばる遊びに来ます。ウチの子供たちと従兄弟にあたる子供たちの年齢がみんな近いこともあって、連休の「フクフク丸家詣で」はすでに年中行事に組み込まれて久しい我が家なのですが、子供たちが軒並み小学生へと成長してみたり、また兄弟姉妹が増えてみたりと、何かと手狭感に苛まれます。

 増改築ビフォーアフターのご予定もご予算も無い我が家なので、そのうち男の子チームは私や義弟たちと一緒に野宿なんてことにもなりかねない状況です。

 
 幸い、野宿するとなったとしても「野」や「山」はふんだんに、さらに「砂浜」「石浜」「川っぺリ」とマニア垂涎の超豪華ラインナップで場所に困ることはなさそうですが。
  

 そんな我が家のゴールデンウィークでした。


 すでに賢明な読者のみなさんはすでにお気づきでしょうけれども、このような過ごし方はそのままズバリ高額所得者(リッチマン)が存在していないということの証明となってございます。
  
 先程の連休ずらし法案への懐疑もまた、ささやかな一庶民のボヤきでございます。





 ・・・同情するなら金をくれ。

 

 でもね、何も金を使うことだけが思い出を作る方法じゃありませんよね。
 そりゃ確かに、普段できないような刺激的なことを安全に、保険を掛けながら味わいたいなら金を掛けて海外だの遊園地だのキャンプ場だのに行かなきゃなりません。
 でもね、普段できないことで刺激的なことは何も金を払わなくてもできるんですよ。

 金がねぇなら、頭を使え!

  頭悪けりゃ、体を使え!


 
 大人が小学校低学年~幼稚園年長さんと一緒に本気で鬼ごっこをしたらどうなるのか。


 頭で考えるよりも、まず動け。



 と言うことで二度目の17歳、行きますッ。



 場所  : フクフク丸家近所

 参加人数: 小学生3人、幼稚園1人、二度目の17歳1人。

 ルール : ①鬼は1人
       ②鬼にタッチされた者は捕虜となり、所定の場所に移動。
       ③鬼につかまっていない者は、捕虜をタッチすることで解放できる。
  

 で、まあ、大人の余裕をかましながら「じゃ、オジサンが鬼やってやるわ」でスタートしたわけですが。したわけですが・・・



 
 ガキども、早ッ!



 それでもオジサン、ラガーマンなので戦術的に追い込むのはちょっとそこらのオッサンよりも上手いのよ~・・・って、脇をすり抜けられてるしぃー・・・なんだか、子供が主人公のアニメやドラマでいともたやすく翻弄される黒服のガードマンたちの悲哀と同質のものが胸にこみ上げて来ます。



 超全速力で追いかけたいんだけど、子供サイズの路地だと全力で走れないッ!
 その上、こどもたちの身長では通り抜けられるのに、大人サイズでは無理な場所が結構あることに気付く。

 
 ピューッ、たたたたたたたたた   ・・・ずどどどどどどどどどどどどどどどど
 
 「ぎゃー」 「うぉら、つぅ~かまえ・・・」




 ゴン。





 その瞬間、何が起こったか理解不能。
 次の瞬間、さらに追い打ちを掛けるかのごとく、追撃弾。




 ガゴン。






 も・・・物干し竿に全力で突っ込みました(泣


 子供を追いかけて全力で物干し竿に突っ込んで、前後不覚で立ち止まったトコに衝撃で浮かび上がったその竿がもう一回、二度目の17歳の頭部を直撃ッ。


 




 ま・・・漫画か?


 
 
 そんな二度目の17歳ですが、良く良く子供たちを見てると遊び方を知らないんだなって思いますよ。せっかく人数が集まっても、年次に差があればそれが当然、運動能力の差に直結してるし、上の者は手加減しなきゃならないし、下の者は複雑なルールの遊びはできないし、そうやって能力に差異のある人たちが集まっているのが社会で、それが当たり前なんだけど、今の子供たちは同じ学年のお友達同士で遊ぶことはしてもなかなか他の年齢の子供たちとの触れ合いの機会が無いんでしょうね。

 そこにアホな大人がひとり入って全力で掻きまわすことで、子供たちに団結や助け合いが生まれやすいんですね。子供たちは「鬼から逃げる」「仲間を助ける」という目的を共有し、それを実行するために頭とカラダを使い、さらにチームプレーが必要になる。

 
 

 クタクタ。オジサンはもう、クタクタさ。



 それでも近所の地理を知り尽くしているオジサンは、ちゃんと袋小路に追い込んでから一人ずつ着実に仕留めるという実にいやらしい戦法でガキを殲滅ッ!

 
 逃げる側に回ると身を隠しつつ移動し、次々に捕虜奪還。


 まさに全力。
 まことに充実。



 その後ガキども(二度目の17歳含む)は昼飯食った直後、爆睡。


 「年取ったからできない」とか言ってないで、やってみたら良いさ。
 そりゃ、痛い思いするかも知れないけど、良い物見つかるかも知れないんだしさ。 
 

 
 
 
2010/05/14 Fri  05:33:00» E d i t
 » window 
window

 青い空 切り取って 風 呼び込んで
 白い雲 過ぎ去って 夢 飛び込んで


 憧れは 澄み渡る青い空
 現実はそれを遮る見えない窓


 風 届かない 窓の中
 思い描いた澄み空は 遠く いつでも微笑んだ


 雲 重なって 空覆う
 思い描いた夢空は 遠く 覆い隠された

 
 窓開けて 風に触れ
 風を知り 雨に当たり
 冷たさ覚えて ふさぎ込む


 窓閉めて 全部を遮り
 温かさに気がつくと
 思わず ひとりで小さく泣いた 


 見上げると澄み空 
 

 このままじゃいけねぇ このままじゃ
 
 
 
 
 
 
 ※本日は まるもい(5・長男)がカメラをいたずらしていた時に偶然に撮影した画像をロマンチしてみました!子供の目線でシャッターを押しまくってくれると、普段大人なら絶対に撮影しないような生活の部分(畳む前の洗濯物とか階段とか、部屋の蛍光灯とか)が斬新に画像になっていたりして笑いました。遠慮なくバチクリバチクリとシャッター切りまくると、どこかに潜んでいるロマンチを見つけやすいのかも。
 
   

 

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2010/05/11 Tue  00:00:01» E d i t
 » 火曜一言 
 おそらく、生きて行くのに必要なのは「希望」。

 おそらく、死んで行くのに欲しいのは「そこにいた証」。
2010/05/08 Sat  05:01:54» E d i t
 » 今日の日が記念日 
 国民の休日があるなら、道民とか県民の休日とか、市民、町民、村民の休日のようなものを制定してもええじゃないかぁ~。


 あと、偉大な功績を残した人の誕生日は休日にしません?


 南野記念日(6月23日)とか、森高記念日(4月11日)とか。



 
2010/05/07 Fri  05:21:06» E d i t
 » 巨木 

 どこから来たのか どこへ行くのか
 どうしてここに居るのだろうか

 
 幾年月 指折り数えて繰り返し
 幾年月 ため息交じりで繰り返し

 
 朝が来て 夜が来て
 晴れた日が来て 雨が降り
 嵐を越えて 冬越えて


 生まれて 生きて そして死ぬ



 幾年月 繰り返すだけ繰り返し
 幾年月 終りの来ない繰り返し



 あなたがそこに居ること
 あなたがそこで生きること
 あなたに逢えた今


 時は記憶 記憶は風


 生まれて 生きて そして死ぬ




巨木

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2010/05/04 Tue  07:05:44» E d i t
 » プロレスの居場所 
 私、一応「二重人格」とか言われるAB型なもので、熱くなりながらも意外と冷めた目で自分の趣味とかも見てたりするんですよ。・・・まぁ、相変わらずプロレスの話を書くんですがね。

 で、今日の日刊スポーツを読んでいたら、プロレス的には物凄く大きなタイトルの移動があったんです。真壁が中邑真輔を完膚なきまでに叩きのめして、苦節15年目にして遂にIWGPのベルトを奪取したんですね。試合に関してはまだ見ていないので詳細は例によって例の如く北海道では約一カ月遅れで放送される「ワールドプロレスリング」を観てから感想を書こうと思いますが、気になったことがありまして。

 プロレスファンからすれば真のプロレスは間違いなくこの記事の方なんですよ。

 真壁と言うレスラーにどんなドラマがあって、相手の真輔はこんな選手で・・・って説明しなければファン以外の方には届かないでしょう。説明したところで、興味が無ければ素通りする記事なのは良く分かります。
 日刊スポーツには格闘技の記事を扱っている「BATTLE・バトル面」というコーナーがあって、その面でプロレスも扱われるワケなのですが、最近は特に扱いが少ないんですね。

 今回の「真壁 初IWGP」の記事も、タイトルこそは大文字のタイトルが付いていますがモノクロ紙面の下段6分の1程度にしか掲載されていません。プロ野球の日本ハムがロッテに開幕から6連敗を喰らったという記事がにぎやかに飾り立てられて書かれているその下の方に目立たない感じでレイアウトされています。ちなみに昨日のNOAHのリーグ戦で高山が優勝した記事や鈴木みのるが三冠ベルトを奪取した記事に関してはさらにその半分程度の扱いで、写真も無いという扱いでした。

 私が高校生の頃、インターネットなんてもちろん無かったワケですから朝刊が情報源だったんですね。朝は6時台の汽車(電車ではないのですよ汽車です)に乗って登校していたのですが、もちろんそれに乗るためにはさらに早い時間からの準備が必要になるので、当時、我が家に配達されていた日刊スポーツを待っていても間に合わないのでキヨスクで買うんです。
 キヨスクで買うスポーツ新聞には配達用の新聞とは違ってエロ記事がエロ本とは別なまた独特の臭気を放っていて、活字で読むエロというのは・・・って、いやいや今日はそういう話題じゃなくて、当時はプロレスの記事が一面を飾ったりしていたんですよ。今では信じられないでしょうけれども、三冠の度にカラー写真一面ブチ抜きで熱い熱い記事が展開されていて、その記事に胸躍らせていた少年時代の私だったのですね。チャンピオンカーニバルとか、G1クライマックスとかの結果で一面をゲットすることさえもありましたからね。
 そんな時代を経て来たので今回のこの寂寥感たるや筆舌に尽くしがたいものがあるのです。今では他の格闘技も話題になるくらい世間に認知されましたし、ネットもモバイルも発達したことや、他のスポーツで遼クンやら藍ちゃんやらの若い世代が大活躍していることもあってプロレスが文字通り隅に追いやられていることがたまらなく切ない。戦後、日本を熱くさせたのは野球と相撲とプロレスだったじゃないか!あぁプロレスよプロレスよ、おまえはどこへ飛んで行く・・・って、あぁ、今日は何かスゲェ脱線するなぁ。


 

 その一方で、本日の芸能面の12分の1程度のスペースですが先日NOAHのリーグ戦を制した高山のカラーの写真が載っているではありませんか。なんか「いなかっぺ大将」のようなコスプレをした浅香光代と抱き合った写真が。何でも娯楽性を追求したプロレス新団体MAPの旗揚げ戦だったらしく、高山は浅香とプロレスで対戦したのだそうだ。

 ユルい。

 世の中は何でもアリで、激しさや真っ直ぐさが伝わらないのならば楽しさを伝えれば良いんじゃないだろうか?という心意気は良い。でも年齢的にも体力的にも、性別も何もかも・・・ボーダーラインは遂にここまで崩壊したのか・・・と思うと、そのユルさにさすがに呆れる。いやいや、ハッスルはそれでもエンターテイメントを追求しつつプロレスを「ファイティングオペラ」と表現した辺りで差別化していたし、何よりもインリン様という超切り札がプロレスに対して本気で取り組んでいたことで私は納得していた。しかし、浅香光代って・・・プロレスファンにしてみりゃリングと言うのは神聖な場所であって、選ばれた者しか立つことが許されない闘技場というイメージなんですよ。
  
 大相撲がどんなに世間の非難を喰らっても「女性を土俵に上げないという伝統」をひたすら守ることで土俵のイメージを守っているのに近い感覚が、プロレスファンがリングに対して勝手に思い描いているイメージの中にはある。
 そう。私なんかはプロレスラーに憧れ続けて、体を鍛えたりもしたけれどもそこに向かう一歩を踏み出すことができず、その勇気の無さゆえに未だに「ファン」であることに甘んじているので、あそこには一生入ることなんてできない、自分みたいな素人が入っちゃいけない場所なんだとすら思っているんですね。

 ところが、浅香光代ですよ~・・・。

 なんだそれ、「俺の方が高山と面白いプロレスできるよー」って思うでしょ。プロレスファンで、ちょこっとでもプロレス的な動きができる人ならきっと100人中120人がそう思うに決まってる。以前、引退した後の猪木がタッキーこと滝沢秀明とエキシビジョンみたいな試合をやった時にはタッキーの運動神経ならまぁいいかと思ったこの私でも、浅香光代はねぇだろ~って思いますよ。
 世間的な知名度が高い人を利用してプロレスを宣伝しようとなると、こういうことになるんでしょうね。私らは浅香よりも面白いプロレスを提供できるけれども、観客はそんなものは求めていない。じゃあ何を求めているかと言えば「何が起こるか分からないから、何か新しい物が生まれるかもしれない」というワクワク感。

 でもね、フツーに考えて、近所の爺さんと高校生がケンカしてるのはイメージできても、婆さんと40代のオッサンがケンカしてるのは絵ヅラ的に有り得ないじゃないですか。
 
 まぁ、その有り得無さがウリなんだろうなぁ・・・


 これが、浅香光代vs野村沙知代とかだったらどっちかが怪我しちゃうからダメで、そこでプロレスラーに「相手に怪我をさせずにケンカを成立させるプロフェッショナルとしての技量」が求められるのであって、かつ世間的に顔が売れているのであればアジャ・コングさんとかでもいんじゃねぇか?と思うところで意表ついて高山の登場だと。

 
 こうして予想の範疇を越えられてしまうと、私の場合はムキになって勝手に理由探しを始めたりする性向を持っているワケなのですが、今回のこれについてムキにならないのは浅香光代に興味がないからなんでしょうね。オバサン・・・婆さんがリングで動いてても綺麗じゃないもの・・・とほほ。

 いや、これが高山vsAKB48の変則タッグマッチとかなら大いに興味が湧くと思うんですけども。


 世間的にはこれが現実であり、マスコミにしてみても関心を引く話題の方が扱いやすいのは間違いないことでしょうね。とは言え、限られたスペースの中で何を訴えるのか何を伝えるのかバトル面の記者に私は期待しちゃっているんですよ。こんなダサい時代だから熱さをぶち込んでくれってね。


 いずれにせよ、そうして物珍しさや話題だけが先行して内容や本質、本物が置き去りにされてしまうということが現実的にたくさん起こって来ているので、そういうムードはムードとして「しょうがねぇな」とは思いつつも「なんぼなんでもこりゃイカンだろ」と思わず口走ってしまう私は、ちゃんとオッサンになっているということなのだろう。

 
2010/05/03 Mon  06:47:59» E d i t
 » 秋山が主人公になった 
 5年ほど前に私がこんな記事を書いていたのを思い出して読み返してみた。

2005/07/24 Sun 04:43:44 » E d i t » プロレスラー・秋山準という生き方。

 その秋山へのファンの声援が凄いことになっている。

 
 昨日、グローバルリーグ戦‘10の決勝戦が行われた。
 →スポーツナビ「高山が秋山を倒し2大リーグ戦を制覇 KENTAが6.6後楽園で復帰宣言

 先日も書いたとおり、伝達される情報量が非常に少ない中で最後まで大混戦を繰り広げ熱いリーグ戦を繰り広げ、NOAHで育ってきた世代のトップクラスのレスラー達と、旗揚げ以降10年間を先頭に立って引っ張り続けてきた世代のレスラー達との間には、実力の面に於いてはすでにもう大きな壁は存在していないということが結果に出ている。

 ところが、実力と結果だけではファンが支持してくれないのがプロと冠された競技の難しさなのである。

 
 ここのところK-1でも総合格闘技でも、新しいヒーローが出て来なくなって来ている。パッと出て来てキャラクターで売り込んだり、実力では前時代のスーパーヒーローを倒したりするのだが、当の本人は何故か自分よりも「負けた相手を光らせる」という不本意な結果を招く。
 それは、結局のところ「プロレス化」と捉えて構わないことだろう。

 いくら「勝負内容で魅せます」と謳ったところで、技術競争ではアマチュア競技と何ら変わらない。そこに観客が自分を投影できる+αが無ければプロの興業としては成り立たないのだ。そして、そういうのを持っている選手は勝とうが負けようが観客はまた見に来る。

 
 秋山準は、実力も結果も伴いながらファンが強く支持してくれないレスラーの代表格だった。
 今で言えば、新日本プロレスの中邑真輔がそれに当たるだろう。

 ファンにしてみれば、若くて(他のレスラーたちが通るような血も滲むような長い長い回り道を、さほどの時間も掛けずに乗り越えてしまう才能があるので)苦労もせず、トップ戦線に容易く(そう感じられるほど早い成長で)食い込んで来るから、今まで長い時間を掛けて応援して来た選手たちがそういうヤツに倒されて行くのが何とも歯痒くてたまらない状況になる。
 選手の成長と共に、ファンの年月も積算されて行っているという現実がそこにある。

 これは何もプロレスや格闘技やスポーツ選手に限ったことではなく、歌手でも芸能人でもお笑い芸人でも「自分が思い入れを持って応援や支持する対象」とは、おそらくは「人生の長い時間を共有して行ける対象」ということになるのがファン心理だろう。まぁ、その入れ込み具合の強弱はあるだろうけれども。


 秋山は今、肉体的にも精神的にも全盛期と比較した場合「落ち目」にあるということが一目瞭然で見て取れる。しかし、だから今、秋山なのだ。だから今、ファンは秋山を支持しているのだ。

 NOAHが三沢や小橋だけでは成り立たないという事をファンはちゃんと分かっていた。秋山が「第三の男」としていつも陰ながらNOAHを支え続けてきたことをファンはちゃんと知っていた。ここぞ!と言う時に秋山が全てを締めてくれるから安心していられることを感じていた。
 これまで心技体その全てがパーフェクトであったが故に、ファンは秋山の“支え”になる方法を見出すことができずにいたのだ。

 三沢も小橋も、ボロボロの「体」で立ち上がって、相手に向かって行く姿をファンの声援が支えた。
 健介が辛い時、傷ついた「心」を支えるようにファンの声援が寄り添った。
 永田に熱狂的なファン「ナガラー」が付いたのは、新日本プロレスに「心」を裏切られた永田の涙が引き金だった。
 真壁はこれというバックボーンを持たずに「心」も「体」もズタボロにされながら喰らいついて昇りつめたからファンを巻き込める。 

 プロレスラーは弱い部分を見せちゃいけない!・・・のは分かっているけれども、その弱い部分を包括した上にある弱さに立ち向かって行くという「本当の強さ」に対して多くのファンは自分を投影するのだ。秋山はボロボロな姿を晒す機会が非常に少なかった。
 
 ファンにだっていろいろな人たちがいるから一概には言えないが、大声援を引き出すことができるプロレスラーになるには「弱さ」だって必要不可欠な要素なのは間違いない。
 あのアントニオ猪木だって今となっては随分と偉そうなこと言ってはいるが、精神的な弱さや、未知の強豪との初戦でコロッと負けちゃうような脆さ、それでいてここ一番では絶対に負けないという勝負強さの激しすぎるギャップによってファンを虜にして来たじゃないか。

 「弱さ」こそが「本当の強さ」への絶対必要条件なのだ。
 秋山は「弱さ」を手に入れて「本当の強さ」を手にしたのだ。たくさんの人たちに愛されるという「本当の強さ」を。
 素養があってその上で妥協せずに本気で突っ走って来た人間が到達できる場所には多くの人たちは憧れる。憧れや尊敬は畏怖も伴う。畏怖するがゆえ、応援さえも憚られる場合だってある。だが、その「強さ」もやがては衰退する。衰退とはすなわち「弱み」が生まれる事を意味する。その「弱み」によって欠落したピースを補ってくれるのが、ファンの声援なのではないだろうか。そして、たくさんの人たちの「思い」という名のピースは今までの自分では到達できなかった「さらなる高み」へと彼を誘う。

 秋山は今、主人公になった!

 

 結果だけを見れば、森嶋も杉浦も決勝戦に出る事はできなかったし、秋山は高山に敗れた。

 ファンからしても、森嶋や杉浦の戦いはこれからも見る事はできるだろうけれども、下り坂にあるとは言え、ガチガチやってる高山と秋山の試合が見られるのは今だけだろうという部分はある。

 そういうのを森嶋や杉浦に強引にぶっ壊してもらって、NOAHを背負って欲しかった部分もある。力皇やヨネはもっとしっかりせいやという思いもある。バイソンにはもっともっと凶暴化して欲しいし、こうして剥き出しの欲や感情で戦う期間があるとやっぱり面白い。

 NOAHファンにしてみれば、色々味わい深くて考える事が多かったリーグ戦になったと思う。
 そして、これだけのことをリング上で展開しておきながらも、伝える方法や煽り方が余りにもお粗末だったということが今後の課題となるだろう。

 こんなスゲーもの、もっと胸を張って世間にアピールすれば良いんだ。
 

 
  
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