フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/11/30 Mon  21:49:55» E d i t
 » 我レ欲ス潤滑油 
 朝から晩まで良いだけ目を酷使している。

 さすがにこっぴどく疲れたから、目薬を差した。

 
 ・・・


 ・・・


 あれ?


 なんか霞んで見えるんだけど?


 
 ん?なにこのヌルヌル感は・・・え!?



 これ、バリカン用のオイルぢゃねぇか!!



 ななな・・・なぜ目薬の横に!???

 超潤ってるんだけど視界がぼやけてらぁ・・・
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2009/11/29 Sun  22:53:04» E d i t
 「マクロス」のテーマや「愛おぼえてますか」が耳について離れない皆さん、こんな時間にこんばんわ。私もその一人です。(内藤vs亀田の試合中継のとき、マクロスのパチンコのCMが連続で流れていた)



 
 ボクシングと言えば亀田三兄弟だったり、その宿敵の内藤だったりという顔がパッと出てくるだけ、彼らはボクシングというものを世間に紹介する役目を十分に果たし続けていると言えるだろう。
 三兄弟の長男・興毅が、内藤を判定で下してWBC世界フライ級王者になった。
 相変わらずのTBS方式の番組作りやら偏りが感じられるアナウンスにはうんざりだが、試合については両者の持っているボクシングへの愛情がビンビン伝わってくる素晴らしい内容だった。

 私は、プロというのはミーハーに騒がれて客を呼んでナンボだとは思う。ただ、それも実力があってこそのことであって、過去にも書いたが( →実力と話題力〈内藤vs亀田次男〉2007/10/12 Fri )下手にドラマ性がある素材だからと言って実力以上の筋書きを第三者が勝負の場に持ち込むべきではないと考えている。
 二年前に内藤に挑戦した亀田次男が追い込まれた末に最終ラウンドにボクシングを冒涜するような試合をしたことによって、亀田三兄弟はそれまで人気とマスコミによる煽りで膨らんだ亀田バブルが弾けて、一気に世間のバッシングの集中砲火を受けた。その反動で内藤は一躍、時の人となった。

 今回、亀田長男が勝って得たものはファンからの信頼。
 11ラウンドまでアウトボクシングでポイント稼ぎで圧勝していたにも関わらず、最終12ラウンド開始直後には内藤と肩を抱き合い、不利を承知でわざわざやらなくても良いような壮絶な打ち合いに臨んだことによって、2年前に弟が12ラウンドのリングに落としてしまった大切なものを、もう一度大切に拾い上げた。ただこの試合を盛り上げるためだけじゃなく、ただ自分が納得するためだけでもなく。 

 これが兄としての、愛だ。亀田家のボクシングに対する愛を世間に見せつけたのだ。
 ただ勝つだけじゃなく、何かを見せつけて勝つ。これが大事なことだ!

 亀田三兄弟と父親はバッシングの中で、おそらく自分たちが世間の注目を浴びる以前の姿に戻ったということなのだろう。試合中にテレビから聞こえるセコンドについた弟たちの「お兄ちゃん!●●!!」の声、試合後の「オヤジ、どんなもんじゃ!」も、揺るがなかった結束と変わらない絆を見せつけたという点はボクシングとは関係の無い部分だとは言え、亀田三兄弟の見せ場だとも言える。

 12ラウンドで、それをボクシングで表現して見せた長男に、おめでとう。


 そして、早いラウンドでおそらく亀田のカウンター左ストレートか偶然のバッティングで(多分)鼻が骨折した状態でフルラウンドを戦い続けた内藤にもボクシングに対する真摯な思いが見て取れた。
 
 私は、この時期に副鼻腔炎(蓄膿症=鼻)や角結膜炎(目)を喰らうことになるクセがついたらしい。ぬれマスクでガードを固めていた今年も、それらしい症状が出始めている。いずれにしても、鼻が塞がる分(私の場合、角結膜炎の場合でも鼻の通りが非常に悪くなる)通常よりも呼吸が苦しくなり、口のみで息をしながら活動するということのしんどさを身をもって知っている。

 呼吸に障害がある中でも動じることなくただひたすらに自分のやって来たボクシングを信頼して前に出続ける内藤。おそらく中盤以降の鼻や目の周辺の腫れ具合から推察するに亀田を視界に捉えることさえも困難だっただろう。それでも幾度も相変わらず大ぶりのパンチをヒットさせ、亀田の動きを止めることも何度もあった。


 勝負の世界には負けて得るものなんて一つもない。って、ワケでもなさそうだ。

 柔道出身で現在は総合格闘技をやっている吉田秀彦が何かのインタビューで言っていたけど、「アマチュアは負けたらそれでお終い。何も残らない。でも、プロはそうじゃなかった。負けても何かを残せたら次の試合が組まれる。だから逆に思い切りやれる。」

 内藤の「最後まで諦めない姿勢」に感動したのは確かだが、それよりも大切なのは「最初から勝ちに行く姿勢」「途中も勝ちに行く姿勢」があってこそ「最後」に繋がっての感動だということを思い知らされた。  
  
 勝負はどちらかが勝って、どちらかが負けるもの。
 
 試合前の煽りVTRで亀田は「強いモンが勝つんや」と言えば、内藤は「勝ったヤツが強いんだよ」と言い返す場面があったが、勝負の世界の話で言えばそれはどちらも正論だけど、今宵二人がリングに描いた物語はきっとボクシングを視る人たちが長い時間を掛けて語り継いで行くような、そんなロマンチックな試合だった。

  
 亀田は勝ってベルトを得た。過剰な神輿担ぎの上で忘れてしまった大切な物を神輿から落とされたところから這い上がり、取り戻したからこそ勝ち得たものだと思う。それはベルトよりもずっと重い。

 内藤は負けてベルトを失った。しかし、私は、内藤への信頼を強めた。今日の試合を見て内藤のボクシングへの迸るほどの情熱や愛情に胸を打たれたから。激痛の中にも怯むような様子を微塵も見せずに、その影響を動きにも反映させることなく、ただただ自分のボクシングを貫いた強さこそがこの男の凄さだ。
 
 テレビ受けするイロモノ同士の対戦みたいな見方もされたし、それも止む無しという現実なんだけど、今宵リングに咲いた「現実」はまぎれもなく熱い熱い情熱の華だった。

 
2009/11/27 Fri  04:47:02» E d i t
 » 黄金の刻 
黄金の刻

 しばし静かにたたずんで
 全部横に置いて 横になって
 忘れてしまおう 煩わしいあれこれを

 透き通る涼やかなる黄金の刻

 手を振り見送った遠い記憶の断片が
 綺麗色して蘇る 



 
2009/11/26 Thu  06:13:00» E d i t
 » はじめの一歩、次の一歩 
 朝、目覚めると今日もやることがいっぱいある。

 それをこなしていく順番に並べ替える。順序よく組み立てると、連鎖的に解決する事柄もあったりする。逆に順序を間違うと二度手間、三度手間ということにもなったりする。

 「人間が喜びを感じるのは社会とのつながりを実感できた時である。朝起きて、今日もやることがある。それはなんと素晴らしいことであろうか。」

 と、二十代に読んだ本に書かれていた。

 
 何もないよりもこの状況は遥にマシで、誰もやりたくないような面倒事を請け負うことで一応は食いっぱぐれない状況ではある。自ら進んで請け負っている分には絶対に相手に迷惑は掛けられないという真面目さくらいは残ってるけど、ひとつクリアした達成感に浸る間もなく次から次へとやるべきことが増えて行くこの時期は、ちょっと疲れる。

 疲れたら、挫けてしまう人の気持ちが良く分かる。

 自分をめくって行けば、芯には「怠惰」が残るということは十分に理解している。怠惰な自分から目を逸らしたいから、義務や責任を「挑戦」という勇壮で印象的な名をつけて着こんで行く。ある物は自分の肌にしっくり合い、またある物は自らの動きを抑制するかのような圧迫を伴って圧し掛かることもある。そういういくつもを経験するうちに、自分の体の方もそれに見合った動きができるようになったり、どうしてもそうなれなかったりして、いくらか見栄えがするようになれば似た格好の人たちと打ち解けることができるようになり、世界が少しずつ広がって行く。世界が広がればまた自分の選択肢も増えて行く。

 社会における成長とはそういう循環だと思う。

 でも、やっぱり芯には「怠惰」が残っているということを強く自覚しておかないと、そして「怠惰」が自分に何を運んで来るのかということを知っておかないと、次の一歩を踏み出す億劫さについつい布団から出ることを体が拒んでしまう。

 さて、今日も布団を跳ね上げて、昨日の自分がセッティングしたたくさんの「やらなきゃいけないこと」をクリアして行きますか。
 新しい自分に出会うためにさ。
2009/11/25 Wed  18:05:44» E d i t
 私は、あきらめが悪いとか未練たらしいとか、潔くないといった手合いの性質はさほど嫌いではない。むしろギリギリのところで戦って、破れてなお立ち向かっていく姿には拍手を送りたいほどだ。だから、私自身も辛口で散々批判してきた大関・千代大海についても、なんだかんだと言いながらも妙に感心する部分があったのは確かだ。


 今回、カド番大関で負け越しが決定したことにより大関陥落が確定的となり、スポーツニュース、スポーツ紙は言うに及ばず、一般紙でもyahoo!JAPANのトップページのトピックスにもニュースとしてアップされていたところを見ると、大相撲ファンではない人たちに対してもそれなりの話題だということなのだろう。(→千代大海の陥落決まる…大関在位65場所/九州場所



 あれはいつだったけかなぁ。
 あぁ、橋本あたりが台頭してきた頃だったか、アントニオ猪木が現役だった頃、試合前にインタビューに来たアナウンサーが「もし負けたら時代が動きますね」みたいなうっかり質問をしちゃって、「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」って引っぱたかれたことがあったなぁ。

 

 少なくとも格闘技者にとってそういうメンタル的な部分はすごく大切なんだと思う。
 「勝つと思うな思えば負けよ」的な平常心を礼賛する部分も分からなくもないけれど、少なくとも戦う前に負けることをイメージしたり、その後の逃げ道をあらかじめ周囲に明かしてから戦いに臨むようなヤツが格闘技のプロとしてお金を取ることに嫌悪感をおぼえる。黙って(もちろん勝つ気で)戦って、たとえ負けても潔く結果を受け入れてから身の振り方を考えれば良い。そういった意味では「出る前に負けることを考える」なんてことは格闘技者にはあり得ない物の考え方だと私は勝手に思い込んでしまっていた。いや、そう考えていたとしてもまさか口に出すなんて・・・

 
 だから、その「出る前に負けることを考えるバカ」が存在してしまったことに呆然とするのを通り越して、失笑してしまった。

 千代大海は今場所が始まる前にこう宣言した。
 「負け越しても引退しない。そうなったら来場所関脇で頑張って10勝を狙う」→毎日jp:大相撲九州場所:14度目カド番、千代大海 陥落しても「現役続行」

 たとえ気持ちの糸がプッツリ切れてしまっていても、満身創痍だったとしても、場所前に「負け越し」を口にしているってのは一体どういうワケだ?どうもこうもないんだろうな、良く考える前についつい口が滑った珍発言か?と思いきや
 「体力的にも常にぎりぎりの状態。ふがいないと言われるかもしれないけど、頑張っているところを見てほしい」
 とも発言。こりゃ確信犯だな。

 ふがいないのは仕方ない。稽古しないんだから。
 頑張ってるのもいい。それは当たり前のことだから。

 でもさ、そんな「自分はボロボロ」という理由が、負けるための免罪符になんぞならんがな。

 色んな見方があるだろうけれども、「少なくとも満身創痍でふがいなくても土俵に上がり続けるって宣言したのであれば例え15戦全敗(まぁ、今場所2勝してるからそれは無いけど)だったとしても途中休場すんなよ」ってツッコミたいんだな。

 負けても負けても大関。
 ずっとずーっと大関。
 どうにかこうにか大関。

 「二場所連続で負け越さなければ大関から陥落しない」という仕組みというか制度というかシステムに美味い具合に助けられて、ハチナナ大関・クンロク大関(8勝7敗、9勝6敗で勝ち越すこと)とまで揶揄されているのは何も千代大海だけではないけれど、八百長だとか何だとか小ウルサイ外野たちにウダウダ言われる隙を相撲協会自らが作り出している部分も確かにあるよなぁ。

 今回、ようやく千代大海が大関から陥落したけれど、これがまた次の場所で10勝すると大関に戻れるという特典が付いている。
 別に大関から陥落して、どんどん番付が下がって行ったって相撲を取り続けることはできる。相撲が好きで、相撲しかないってんなら、それで良いじゃん。大関まで行った力士が番付を落としてまで相撲を続けるということが見苦しいと感じてそれを批判する人は多いだろうけれど、ガムシャラに己の信じた道にしがみつくことは絶対悪いことじゃない。石に噛り付く思いで信じた道を歩もうが、思うような結果に結びつかないことはたくさんある。
  
 でも、来場所10勝しなきゃ引退しちゃうらしいんだなぁ・・・これが。

 ん~。中途半端。
 千代大海らしい・・・というか。 
 
2009/11/24 Tue  00:00:06» E d i t
 » 火曜一言 
 JUST DO IT.


 「してあげる」でも「してもらう」でもなく、「してあげる」も「してもらう」も包括しつつ、
 「やる」だけ。

 

テーマ:心の持ち方 - ジャンル:心と身体

2009/11/23 Mon  21:55:24» E d i t
 » 超はみがき 
 多分、やってはいけなくもなくもないのであろう歯磨き方法で、スッキリ。

 緑色のプラ容器で売ってる 某うがいぐすり を歯磨き粉の代わりに使って歯磨きすると、尋常ではないツルツル具合に仕上がるのだ。しかも、息スッキリだ。別に白い歯になるワケじゃないだろうけれど、今までの歯磨き粉は一体何だったんだろう?ってくらい、短時間で歯の汚れが取れるよ。



 ・・・ただし、うがいぐすりの原液は慣れないとすげー痛いよ。


 もちろん、原液で使用すんなって書いてあるし、うがい以外には使うなとも書いてるんだけどねー。 


 まぁ、何かエナメル質とか溶かしちゃってそうな感じもしないでもなくもないけど。

2009/11/20 Fri  05:11:13» E d i t
 » 青空へ 
 きっとこの世のどこかには
 続いて行く場所があるさ あの空へ

 今はそこから見えない道も
 手を伸ばし続けて 歩いて行けば


 真っ青な空に 微笑み浮かべて
 澄んだ気持ちで 歩いて行けば
 返して寄せる波打ち際に 幻みたいな空に続く道


 確かなものを探したんだ
 手にしたものは 色褪せた 

 夜のとばりが降り来る前に
 見つけに行こうか 歩いて行こう

 でっかい空に 微笑み浮かべて
 昨日をぶら下げ 歩いて行こう
 まだ見ぬ明日よりこの時に 幻みていた空に続く道

 
 すばらしい明日のため 今を探す旅









青空へ

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2009/11/17 Tue  04:48:16» E d i t
 » 火曜一言 
 「人間、どん底まで落ちてからが勝負だ!」
 って、言う人たちは、どん底から這い上がる力があったからそう言えるんだ。
 あるいは、無責任に口から出まかせ言ってるか。
 

 それは良いけどさ、その「どん底」に落ちたくないから精一杯頑張ってるたくさんの人たちの人生を
 つまらない人生だって、どこかで見下すような歪んだ優越感はいらねーだろ。

 尻に火がつかなくても頑張ってるヤツは頑張ってるんだよ。
 そして、そういう人たちはたくさんいるんだ。

テーマ:「生きている」ということ - ジャンル:心と身体

2009/11/13 Fri  00:11:26» E d i t
 » 廃業銭湯哀愁物語 
 さすがに天井にはいくつもの染みも見受けられた
 別れの際に目を閉じて
 湯気の向こうに幼き日々を巻き戻す

侘しき別離


 ふと気がつけば父と子は巡り巡って自分が父で
 おどけた息子が飛び込む湯船
 「縁(えにし)」あってのことだねと
 番台のばあさんが昔と変わらずしわくちゃのままで笑う
 ありがとう さようなら



侘しき別離2


 

テーマ:昭和の匂い - ジャンル:写真

2009/11/12 Thu  06:12:19» E d i t
 » ご多分に洩れずマスクマン! 
 リーングぅ~にぃ~ い~なずま走りぃ~♪


 とか鼻歌でもうなってないとやってられない季節に突入でござる。

 「仕事に没頭し、埋没することが幸せなのではないだろうか?」とか、普段の私であれば絶対に考えもしないような「プロジェクトX」的危険思想が脳内伝達物質に絡みつく季節でもあります。

 よしんば「没頭」し、「埋没」しても「骨折り損のくたびれ儲け」以外はからっきし儲からないというところに、気付かねばなりますまいぞー。時間が長けりゃ良い仕事してるとも限らんのです。ハイ。そんな自分を傍らに置きながら長時間作業および仕事にいそしむ日々です。
 
 
 今年は春から新潟・・・じゃなくて新型インフルエンザの影響でマスクマンが世界的大発生を遂げた記念すべき年でした。と、「マスクマンが世界的大発生」という一文だけ見るとまるで「キン肉マン」の世界。
 マスク、憧れたよねー。

 ヘルミッショネルズにマスク・ジ・エンドされて三面吹っ飛んだ時に「アシュラマンはマスクじゃねーだろ!?」 ってツッコミを入れた覚えのある人、正直に手を挙げてみなさい。さらに「何で素顔は泣いてるんだよ!」ってツッコンだそこのキミ。それはサムソン・ティーチャー(後のサタンクロス)に聞きなさい。

 実在のマスクマンじゃ、やっぱ有名どころで獣神サンダーライガーだよね。あのツノは何なんだろう。あれでロングホーントレインとかできないわけ?あぁやっぱ超人パワーが足りないってことかな?じゃ、サタンの力でも借りて見るか?1000万パワーになれるよ。

 
 あぁ・・・素晴らしき現実逃避。

 
 プロレスのマスクじゃ、スーパーストロングマシン並に口まで閉じるタイプじゃなければ新潟・・・あぁ新型インフルエンザの脅威からは逃れられないよなぁ。

 あ・・あはは「インフルエンザの胸囲」だとぉ??ナイス変換!!「ベンチプレスは逞しい胸板を!!」ってマッチョドラゴンだった頃の藤波辰巳さんに言われちゃうよ?もちろん、今の「それぞれのふるさとにそれぞれの一番がある!」って言ってる藤波辰爾さんの若かりし日のことだよ。藤波はマスクマンではないけどね。

 
 世界的マスクマン大発生ということもあるのだが、このところマスクの性能が上がって来ててこの時期に風邪なんぞひいてる場合ではない私にしてみれば、実にありがたいことだ。
 特に、冬場に雪が降って乾燥気味になるとすぐに喉や鼻をやられる私にしてみれば「ぬれマスク」がありがたい。

 この冬はマスク屋さんも過剰なほどにマスクを生産してるだろうし、春先のインフル流行の折に起こった「マスク品切れパニック」を踏まえて、ドラッグストアでもコンビニでもスーパーでもどこにでもマスクは山積みされているし、例年よりも早い時期から「ぬれマスク」をゲットできたというのも流行の恩恵なんだろう。

 
 それにしても。だ。

 
 例年であればとっくのとうに2ダウンくらいを喫している忙しさなのだが、呼吸器系に不具合が出ていない分、大変調子が良い。
 そして、調子が良いがゆえに調子に乗って長時間の労働に耐えられる自分にうっとりしてしまっている自分に気づく。
  
 健康でぶっ倒れるまで走れるのが良いのか、
 ある程度自然にブレーキ掛かるのが良いのか・・・

 
 
2009/11/03 Tue  05:52:23» E d i t
 » 火曜一言 
 昨日やり残しの10を今日に持ってきたら、今日やることがその分増えるから気持ちも滅入るし、結局やらないまま放っておくことも多くなっちゃう。
 で、溜まりに溜まってどこから手をつけたら良いか悩むだけで一日終わって、結局、そのノリ引きずって一生宿題ため込んで終わっちゃう。
 

 そんなの嫌だから、10は10のうちに片づければ10日後にはそれが100になってるって思いこんでる。
 ゴールが無い繰り返しでそりゃ飽きるし、得点が累積して豪華賞品がもらえるワケじゃないし、まして評価の対象にさえされないけど、少なくとも「時間に追いかけられる苦悩」からは解放されて、自分の時間ができるのさ。

 
 
2009/11/01 Sun  06:10:29» E d i t
 » 未来は僕等の手の中 
 さて、そんな「自己責任という呪詛」を経て、じゃあまぁ「そんなつまんない世の中だけど前向きに明るく行きましょうね~」って感じに持って行きたいのが私の考え方なんだけれど、どう前向いたって明るい気配に感じられないのは、今の今まで積もり積もった有象無象のあれやこれやが重荷になってて、未来に向かって歩きだそうにも、それを整理することを考えるだけでも嫌になるのが現実だから。
 整理しようと動き出すんじゃなくて、考えるだけで嫌になるってのがミソだ。

 くだらない世の中だ ションベンかけてやろう

 垂れ流しで良かった時代があったんだよ。
 ポイ捨てで良かった時代があった。そういう時代はもう、ノーテンキにカラッとしてたっていうか、おそらく見て見ぬふりして我が世の春を謳歌してたんだよね。
 結果、得体の知れない化学物質出して、公害が起きて、ゴミ捨てる場所も無くなって、反比例するようにゴミばっかり出る社会作ってきて、どうしょうもなくなって苦しんでる。

 その反省に立って、今度は法律であれやこれやを雁字搦めにすれば世の中は良くなるものだと勘違いしちゃって、法律作って管理業務という名の天下り先を次から次へと生みだして、お金はそこをクルクルとループするような仕組みを作って誰かが利権をせしめてる。

 そういうのを平気でやってきた世代が反省を込めて今になってリサイクルだの循環だの、果ては持続可能だのと美辞麗句を持ち出して来ては過剰なまでにその気になってプラカード振り回して自分たちより下の世代を上手い具合に洗脳しつつバトンを渡そうとしてる一方で、ぶっ倒れるまで消費し尽くす社会を継続してる。
 だってさ、一度上げた生活水準を下げることなんてしたくないのが本音なんだから。

 
 環境問題とか少しでも良い未来をイメージして真面目に立ち向かおうとする気概は大切だ。そして、少なからず私もそうあるべきだと思っている・・・というか、真っ正直に書けば、そんなもん自分が生きてるうちに地球が爆発するワケでもないだろうし、もし人類が滅びるとかなってもどうしようもないだろうし、それならどうでも良いしどうにかなるだろう程度にしか思ってないんだけど、「人間60年、その手の問題意識を持ちながら生きてりゃ退屈はしないだろう」って程度の覚めた視点が行動の起点にある。良いこと言ってる良いトシした人たちの行動みてりゃ、嫌でもそうなるわ。熱くなりかかっても冷や水ぶっかけられるような体験はもういくつもしてきたから。

 だから、口から出まかせの美辞麗句なんていらねぇのさ。
 でも、心の中に小さく燃える火が消えてしまわない様に守る方法も何となく分かって来た。

 「子供たちの世代に何か良い物を残してやりたい」とか「もう少しマシな世の中にしておいてやりたい」って考えた時に、「今の時代がそれほどまで悪いのか?」という懐疑も含めてもう一回ちゃんと見直しておかなきゃいけないだろう。 


 
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