フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/10/30 Fri  05:28:16» E d i t
 » SHIBUKI 
飛沫の海

 嗚呼オマエは怒涛の海に向かい
 切り裂くように咆哮続けた

 青いオマエのその時期を
 季節はそこで見守った

 物言うでもないその雄大な
 うつろいの中を

 ふらふら頼りなく宙を舞い消える飛沫みたいな俺たちは
 行く先も知らずに幾度も彷徨い 

 
 繰り返しただ繰り返し咆哮する
 

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2009/10/27 Tue  05:18:24» E d i t
 » 火曜一言 
 あずましくないんだよな。世の中全般がさ。

 加速していく時間の流れに順応することに躍起になって、心が置き去りにされて。

テーマ:こころ - ジャンル:心と身体

2009/10/24 Sat  16:40:20» E d i t
 » 自己責任という呪詛 
 先日、寝る前に何気なくテレビに目をやると相変わらずお笑い芸人さんたちが、相変わらず変なモンを食わされたり、知らないトコに行ったりする番組が放送されていた。

 どこぞやの山奥の秘境にヒーリングスポットがあるらしく、そこの湧水を飲めと体にスーッとしみ込んで、元気が出てくるらしい。確かイケメン狩野英孝がそれを掬って飲んで、本当に気持ち良さそうに安心したようなホッとした表情を画面が映し出した時、テレビ画面の下の方に小さく何やらテロップが入った。

 「飲料は自己責任でお願いします」

 ・・・衝撃的だった。
 
 私の住む町から車でちょっと行ったところに「日本の名水」とやらに選らばれるような湧水がある。子供の頃には「水道水にはカルキ(消毒のための塩素)が入ってるから美味くない。やっぱりあそこの湧水を飲んだら全然違うよね」という声の中で育ったし、おそらくその声の影響は多分に受けただろうし、その水場の雰囲気も神秘的だったというのもあるけれども、私も「水道水より(飲用に適した)天然水の方が安全だし美味いだろう」と頭から信じて疑うことも無かった。
 確かに、テレビに映っていたのはずっと昔に作られたのであろう木製の管を通して水が流れて来るような粗末な作りの水飲み場だったし、曇り空だったことも加味して考えると雨水の混入だってあるのかもしれない。いや、さらに手ですくって飲むことを考えたら現代の衛生の観点から見た場合には良くないことだってあるのだろう。

 そこへきて先ほどのテロップである。


 かつて「自己責任」は暗黙の了解だったはずだ。誰かに何か責任を持ってもらわなければ何もできない、あるいは、何か自分にとってマイナスな事件や事故が起こったときに必要以上に誰かに責任をなすりつけたい人が多くなっているのは知っている。
 しかし、こんな水飲み場で水を飲むことに関して責任の所在をそこまで明確にする必要があるんだろうか?


 この番組を見て興味を持てば行って飲んでみたいと思うのは当たり前。それが目的で紹介してるはずで、あとはそこに行った人が水を飲もうと飲むまいとそれは勝手。どう感じようとも勝手だろう?
 保健所に止められちゃうような不衛生なモノでもない限り、そんなものにわざわざ自己責任を持ちこまなくても良いはず。
 
 自己責任でお願いするなら、何の判断に自己責任が必要なのかそういう説明もしなきゃ筋が通らないでしょ。そうすると「ちゃんとオゾンとか塩素で消毒されてないから、具合悪い時に飲んだら腹こわすかもしんないよ。そこのトコの判断は・・・」とか、もうそれだけで説明書が必要な事態に陥る。
 
 自然の恵みに対してまでもそんなことを言い始めてるんだな~・・・って衝撃を受けたのだった。



 説明責任。自己責任。
 まったく、くだらん世の中だ。 


 ルールが明文化される度に「おたがいさま」で成り立っていた暗黙の了解が消えて行き、当たり前が当たり前じゃなくなって、ちょっと前まで恥ずべき行為や遠慮すべき発言とされていたことまでもが「ルールに書いてないから」と正当化され、ルールの盲点を突いて「やったモン勝ち」の世の中になって久しい。
 「思いやり」や「気配り」が天然記念物に指定される日も近いかもしれないな。
  
 相手に喜んでもらいたい、自分が知ってる良いことを教えたい・・・って思って伝える側は発信するのを、受け取る側が悪意や先入観をもって揚げ足取って勝った気になってる世の中って腐ってる。
 確かに世の中、すべての人間が誠意を持って真面目に生きてるわけじゃないから疑り深くなってしまう気持ちも良く分かる。
 でも、作ったルールや出て来た言葉がきつ過ぎて気持ち良く生きられないってのも馬鹿な話だ。
 
 

 自己責任という言葉が世間に広く使われるようになったのは確か「イラクでの日本人質事件」の辺りだったはず。

 それを発端にして「自己責任」という言葉は様々な場面、さまざまなシチュエーションで実に都合の良い言葉としてあちこちで利用されるようになった。
 同じ意味でも「自分(あなた)の責任」という言葉の響きと「自己責任」という言葉の響きは全く違う。前者が話し言葉的ニュアンスで受け取り手に反省を促すけれど関係の継続性をほのめかすように感じるのに対して、後者は冷たく突き放して見向きもしないというニュアンスを与えてしまう。

 そうして「自己責任」という四字熟語はアッという間に世の中に蔓延し、格差社会を生み出すための格好のスローガンとしてにあちらこちらで猛威をふるって日本の社会に呪いを掛け続けている。グローバルスタンダードがこれから目指すべき理想郷だというのであればこの痛みに耐えるしかない。
 日本には日本のスタンダードがある!と言うのであれば、それこそみんなが自分たちの決意を持ってみんなでみんなを守る日本流を作り直せば良いんだろう。そこで本当の意味での「日本人の自己責任」が問われる時が来ると思うのだ。

 


 「これは飽くまでも個人の感想です。効果には個人差があります。」
 

 なんて表現もあちこちで目にするようになったもんなぁ。
 私の書いてることもそうなんですよ。飽くまでも個人の感想です。


 体質によっては胸やけをおこすどころか、毒になったりする場合もありますから十分に注意して「自己責任」でお楽しみください。  
 
2009/10/20 Tue  05:31:55» E d i t
 » 火曜一言 
 「小さな事を積み重ねて行くと、きっと高い場所に届く」って言うじゃない。

 積み重ねた小さな事の隙間から雑草が生えてきて、それが足に絡んで先に進めないこともあるんだよな。

 上手く積み重ねていかないと簡単に崩れちゃうしさ。

 崩れないように支え合える人って今の時代、ホント少ない。

 実際は崩しにくる人も少ないんだけど、周りで見てて「頑張れ!」ってよりも、「崩れろ、崩れろ~」って思ってる人のほうが多い気がする。
 
 上手くいかない日々が続くと、そういう「誰かの声」が勝手に自分の中から湧き上がってネガティブになるよ。

テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

2009/10/16 Fri  05:39:35» E d i t
 » たたずむ、秋 
たたずむ、秋


 たくさんの物を背負って
 そのどれもを落とさぬように落ちぬように

 
 頑張って ってあなたが言う以上に
 例に違わず頑張ってるわけで


 どうにもこうにも行き場もみあたらず
 気を静めるはずの海も荒模様
 
 

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2009/10/13 Tue  18:12:11» E d i t
 » 教育を憂う割には 
 ウチの娘 ぴっこ(7・小学1年生) の通う小学校が学校閉鎖で休みが続いていて、なんだか9月の連休からずっと家にいるような感じがして「秋休み」の様相を呈して来た。

 ぴっこ本人はすこぶる快調でたまに咳をしてる程度なのだが、なにしろ学校閉鎖なもんで「外に出歩かないようにしてください」とのお達しもあり、実に暇そうにしている。
 そりゃそうだろう。活発という言葉を人間にしたらこうなるって感じの娘だから、なおのことこの状態が窮屈だろうに。

 
 お父さんが子どもだった頃は、学級閉鎖はたまにあったけど学年閉鎖や学校閉鎖は無かったなぁ。それもいい塩梅にお父さんのクラスは閉鎖にならないの。隣のクラスとかはなるのにさ。
 でも、たま~に熱出したりして学校休んだりした時はうれしかったなぁ。
 一日中ゴロゴロしてるの大好きな子供だったから。
 
 
 今年流行してるのは未だに必要以上に恐れられてる新型インフルエンザだから学校閉鎖っていう思い切った処置も仕方ないっちゃ仕方ないのかな。
 


 そんな感じで日曜日も手持無沙汰で家にいた ぴっこ が学校で今何の勉強をしてるのか聞いてみたっけ、国語では漢字が出て来始め、算数では足し算、引き算ときて、10の位の繰り上がりの足し算を勉強しているらしい。それも繰り上がりで苦戦してるんだそうだ。あぁ、そういや今でもその計算、お父さんも嫌いだ。だってなぁ、両手の指の数じゃ足りねぇんだもんしょうがねぇよな。
 でもさぁ、しょうがないけどできるようになっとかねぇとさ、これからどんどん色んなこと覚えて、色んなことが分かって行って、色んなことが分かるようになるからどんどん楽しくなるはずなのに、楽しくなくなっちゃうからな。
 そりゃもう、たくさんやって慣れるのが一番だよ。


 これはお父さんも子供の頃にしつっこく、しつっっっこくお父さんのお父さん=じいちゃんに言われたから覚えてるんだけど

 「オマエが今やっているのは全ての勉強の基礎なんだよ。基礎って何だか分かるか?基礎ってのはな、土台だよ。いいか?土台がしっかりしてないとどんな大きくて立派な建物を建てても簡単に倒れたり壊れたり潰れたりするんだよ。土台をしっかり作っておけば後からどんなものでも建てられる。だから、今の勉強が大切なんだよ」

 と、小学1年生には理解困難な言葉を羅列されたもんで、まぁとにかく嫌いなりにたくさん練習問題はやらされて、間違ったら間違ったで「何でこんなことも分からないんだ!」とさんざん叱られて、じいちゃんとする勉強は大嫌いなのに、怖いからやらざるを得ないという大変困った状態に追い込まれていたもんだったよ。

 
 はてさて、インドじゃ計算と答えを楽しく歌に乗せて丸暗記しちまうんだらしいけど、日本じゃ理論的に計算を考えるもんで、まぁ「10を作って残りの数を足す」のが一般的な方法。

   8 + 7 を例に取れば

  ① 7 = 2 + 5
  ② 8 + 2 = 10
  ③ 10 + 5 = 15   で、 答えは 15 って考える。

 ま、あるいは

  ① 8 = 3 + 5
  ② 7 + 3 = 10
  ③ 10 + 5 = 15  でもいいや。

 
 どうやら珠算(そろばんでの計算ね)の影響らしく、10の玉を動かすときの考え方が理論としてそのまま残ったらしい。
 つまり珠算の理屈を知らなきゃ、一体こりゃぁなんじゃらホイ?ってなるわけよ。
 ひとつの計算で二回以上の計算を組み合わせなきゃならんのだからさ。

 10を作るというコツをつかめばひとまずできるようになってくる。
 できるようになったら、とにかく数をこなして慣れることが肝心だ。

 ぴっこ が次々に問題をこなして行くのを感心して見ていた。  

 2年生になりゃ、理論で教えてた算数からいきなり暗記を必要とする九九が飛び出して来て面喰っちまうし、勉強はテンポ良く順序良く、そして遅れたものを取り残したまま進んで行く。
 親は先取りすりゃ良いのか、後からフォローしてやりゃ良いのか、全く教育談義は十人十色で実に面白い。


 残念なことに、お父さんが子供の勉強を直接見てあげられる時間は非常に僅かで、学校の先生の教育を頭っから信用してもいないし、根っから否定もしないけど「我が子の将来のために、できるだけ良いモノを残してあげたい!」とか思っている割にはさほどお役にも立てない状況に、思わず苦笑いしてるのだった。
 

 色んなことに興味を持って勉強することによって、色んなことが分かって行って自分の世界が広がって行くことに喜びを感じられるような「仕組み」に乗せてあげたいとは思うんだよなぁ。
 
 「点数を取ることが勉強の目標じゃないんだよ!」ってそれだけは伝えたいなぁ。

 
  

 あまりに暇を持て余してる風だったからプロレス技を掛けてやってたら、思いっきりフトモモを蹴られた。
 うずくまりそうな程痛かったが、お父さんの意地に掛けて踏ん張った。
 小学1年にして、このパワー!そしてピンポイント攻撃!!
 絶ッ対格闘技向けのパワーと身体能力なのだが、どういうワケだか(笑)格闘技にはからっきし興味がないらしい。
 まぁ最も、こんな田舎町じゃ道場もねぇのだが。
 
 もうちょっと学校閉鎖は続く。
 
 子供の成長は早い。


 

 で、私の成長は・・・嗚呼、すべからく縮小傾向・・・あべし!
 
 
2009/10/08 Thu  06:21:39» E d i t
 » ヤツが来た! 
 近所の小学校と中学校が学校閉鎖になった。
 学級閉鎖なら子供の頃何度かあったけど、学校全体が閉鎖なんて新聞の中のお話だけだと思ってたら、現実に起こってしまった。


 ついにこの田舎町も、ヤツに侵蝕されてしまった。

 インフルエンザ。

 A型と新型が入り乱れて猛威を奮って拡大中。

 
 感染拡大を水際で食い止めるために「手洗い・うがい」の啓発ポスターや、玄関のところにアルコールのスプレーを置いたりして、各学校でも間違いなく対策は行っていた。
 しかし、それでもたくさんの人間が集まる場所では完全に防ぎ切ることは難しい。

 4日の日曜日は小学校の学芸会だったこともあり、おそらくはそこで爆発的に感染拡大したと推測される。我が家は全員鼻っ風邪をひいているが、今のところインフルっぽい症状はない。あんなもん、かからないに越したことはないのだ。




 とはいえ、このところ生活のペース配分が上手くいかず、何ともバランスを崩しかけている私自身が 家族の中で感染に一番近い場所にいるような気がする。


 手洗い、うがいは徹底的にやっている。
 そして、栄養と休養。


 休養は多くはないが、栄養はもはや収拾がつかないほど過多だ。
 その辺も、バランスが崩れかけてる。


 あぶないあぶない。
 みんなも気をつけて。 
 
2009/10/06 Tue  05:42:44» E d i t
 » 火曜一言 
 相手に喜んでもらうにはどうしたら良いか。

 それは、自分自身も笑っていられるゆとりを添えて

 素直な気持ちを届けりゃ良い。

 


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2009/10/02 Fri  05:27:29» E d i t
 » 道草と挨拶 
 ささくれた人の世だけど
 さて何程も
 苦しむことなく
 連綿と
 
 ひねくれた人の根だけど
 とりたてて
 良いワケでも悪いワケでもなく

 ただそこを通り過ぎるだけ
 結論なんて無くて良い

 

 「あ、こんにちは」


きのこのこのこ


 ササクレヒトヨタケ (ヒトヨタケ科、ヒトヨタケ属)




 ・・・え゛ッ・・・く・・・食えるのか?

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