フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/09/30 Wed  04:44:13» E d i t
 » 火曜一言 
 え?あ!ホントだ。

 今日、水曜日じゃん。

 ははは。

 慌ただしさで自分を見失わないために
 カレンダーと時計が並んで置いてあるみたいな生活だな。


 ま、見失ってるけど。
 
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2009/09/26 Sat  04:00:12» E d i t
 » センスなんてクソくらえ! 
 

 センス【sense】

1 物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き。感覚。また、それが具体的に表現されたもの。「文学的な―がある」「―のよくない服装」「バッティング―」

2 判断力。思慮。良識。「社会人としての―を問われる」

                                   大辞泉




 パッと開いてパタパタ煽ぐそっちの「扇子」じゃなくてね。

 センスって先天的なモノなのかな。
 経験を積んで行くなかで磨かれて行くのもまたセンスなんじゃないだろうか?


  
 「センスねぇなぁ・・・」って一言で、どれだけの未来が忸怩たる思いの中へと閉ざされて行ったことだろう。「その言葉を発した人からの評価を求めているわけではない!」といくら自分に言い聞かせたところで、耳に入った言葉は心に刺さって次第次第に痛みに変わって行く。




 私は言われ続けたよ。若い頃。
 「ラグビーのセンスねぇなぁ」ってね。元ナントカ代表だったらしい同じチームのオッサンにね。
 その度に悔しさ噛み殺して「ふざけんじゃねぇ」って、思ってた。

 「センスないヤツはやめちまえ!」に聞こえるんだよね。
 
 ものすごく出来るヤツはそう言うことは口にしない。上には上がいることを知っているから。
 私は口にできない。センスが無いことは自分自身にとっても明らかなことだから。


 ある程度「センスがある」けど、途中で向上するのをやめちゃった人は大概、誰かが何かに失敗するにつけそれを口にする。言外に「俺だったら、もっと上手くやるのにさ」を隠して。
 

 センスって何だ?

 
 持っていないヤツは、どう努力したって手に入れられないものなのか?
 目標や結果や勝利を。 


 バカ言ってんじゃねぇや。
 
 (センス+方向性)×努力 = 実力  

 少なくとも、私はこの公式を信じる!信じ込む!!

 センスなんて0でも1でもいい。
 それを補うことはきっとできる。
  
 そして、どんなにスッ転んでも諦めずに立ち上がって自分の行きたい方向に向かって歩いて行く人間には自然と仲間が増えて行く。転んだ痛みも、押しつぶされた屈辱も、抑え込まれた悔しさも、立ち上がる辛さも、歩き出す勇気も、だからしっかり胸に刻んで歩け。
 
 センスの備わった人間が努力した場合に至れるような高い場所には届かなくても、必ず自分自身の輝く場所には辿り着けるもんだぜ。でも、辿り着いてもそこが終わりじゃない。「初心忘るべからず」とはおそらく、そういうことだ。


 「センスねぇ」を口にする人たちは、そのほとんどがゆくゆくは孤立して行く。
 なぜならば、それを聞いている自分の味方であるはずの人間たちの気持ちをもことごとく萎えさせてしまうから。
 
 そんな奴らの戯言に、今、潰されかけてるすべての“希望”に私は祈る。


 絶対、負けんな!!



 
2009/09/25 Fri  05:58:52» E d i t
 » 豊穣の車窓 
 このクニが黄金色に包まれる時
 野畑にカミが降臨する

 気持ち良く稲穂を揺らす風
  刹那を乗せて走る汽車

 水筒のフタに水をそそいだ
 きらめき反射 目に焼きついた
  



豊穣の大地

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2009/09/24 Thu  04:40:18» E d i t
 » 雑食系オジサンですけど。 
 「協調性が高く、家庭的で優しいが、恋愛に積極的でないタイプ」の主に20、30代の若い男性を草食系男子とか言うらしい。そういう言葉が流行れば流行ったで、身の周りにそういうのに当てはまりそうなヤツを探しては指さして噂の対象にする程度の中途半端なノリが面倒くさいお年頃になって来たオジサンです。



 ・・・あぁ、三ヶ月くらい書き掛けでこの記事を放っておいたっけ「草食系男子」って言葉を聞かなくなっちゃった(痛ッ




 ・・・ってか、それって 「普通」 なんじゃない?
 オジサンの感覚から行けばガツガツしてるヤツが珍しいんだと思うんだけどさ、最近の女子から見た男子のステレオタイプってお笑い芸人のコンパ話とかが基準になってるの?

 ぶっちゃけ、男だって誰でも良いってワケじゃねぇだろうしさ。恋愛に対して奥手とか、嫌な体験しててそれが傷になってる奴だっているワケじゃん。
 
 それともなにか?世間全体が「おばちゃん化現象」起こしてて、「若い男の子がな~にモジモジしてんのよ~♪ほれ、ガツンと行ってきな~」的なムードになってるの?


 草食系って言葉以前には、そういう人は「紳士的」とか「やさしい」とか「義理堅い」とかという美徳の部門に分類されてた部分もあったと思うんだけど、「草食系」って言葉がついた途端に「半端モン」みたいな扱いになっちゃうからおかしな話だ。
 全国の草食系男子たち。君ら何も悪くないからね。ごくごくフツーだと思います!

 
 それに対するかのように現れた「肉食系女子」。
 君らも昔っからいたから。
 草食系に対抗して妙なカテゴライズされちゃって過剰なイメージ着いちゃったようだけど、
 それはそれで健全さッ
 でも、正直に明け透けに話してるのを聞いてると男はドン引きすっから気をつけな!
  
 


 最後に、昔から日本の乙女には男子に関してのこのような言い伝えがありますのでお伝えしたいと思います。

 「 羊の顔していても心の中はオオカミが牙を剥く そういうものよ 」 

「 あの人だけは大丈夫だなんて うっかり信じたら ダメダメ だめだめ ダメだめよッ!」

 オジサンとしてはこのような教訓が次世代に受け継がれるべきだと心から願う今日この頃です。
 

  
2009/09/23 Wed  04:07:05» E d i t
 » ふるさと 
 「2009年は秋にもゴールデンウィークが来るらしい!」

 なんて、昨年末の“来年の手帳”のキャッチフレーズには「Yeah!めっちゃホリデー!!」とかでかでかと書かれていた記憶がある。

 その秋のゴールデンウィークがまさに今だ。“シルバーウィーク”なんていまいちパッとしない名前をもらってしまった今回の連休。
 たまたまハッピーマンデーで9月15日から移動して来た「敬老の日」と、秋分の日が平日をサンドイッチして「祝日にサンドイッチされた日は国民の休日にしちゃいます!」という素晴らしい法律のおかげで土曜日が休みの人たちは5連休という状態になっているのですね。

 へぇ。


 ・・・って言うか、良いのか?
 不景気だの、金がねぇだの言う割には使うよねぇ・・・お金。使う機会にばかり恵まれてるよねぇ・・・。


 不景気って言えば、昔に比べりゃただ単に人口に対して店が増えすぎたから一件当たりの売上が減ってて、総合的な不景気感が拭いきれないって現状ってあるよなぁ。俺ら子供の頃にはそもそも、行く場所なんて決まってたんだから。


 バスで町のまんなかにある大きなデパートに連れてってもらって、おもちゃ売場見て、たまに何か買ってもらって、食堂でラーメンでも食って帰ってくれば、それで十分にハッピーだった。
 団地の公園行って、友達と遊んでて天気雨に降られたあとに虹を見つけて自転車で虹を追いかけて、それだけで楽しかった。

 今から比べりゃそりゃもう「ちっぽけな幸せ」だったんだろうけど、それは確かに「幸せ」だった実感がある。

 町のまんなかのデパートは名前が変わって大きくなって駐車スペースがたくさん取れる郊外に移転したけど、今は食品売り場も併設してるから結構頻繁に車で出かけるもんだから、あんまりスペシャルでも無くなっちゃった。
  


 
 あの頃の俺たちよりも大きくなった子供を持つ年頃になって、久しぶりに帰郷してきた幼馴染とともにあの団地の公園に立った。
 
 毎日のように同い年の4人+兄弟でつるんで、夕暮れ時にカレーの匂いやら魚を焼く匂いが漂って来て、誰かの母ちゃんが呼びに来るまでずっと遊んでいたこの公園。
 
 随分と周囲が開発されて、あの頃ここから見えた、子供の頃に彼の家で見た恐竜図鑑に載っていたブラキオサウルスが横たわったような小さな丘は均され、季節になれば団地全体を大合唱で包んだカエル沼も埋め立てられて建物が立ち、バックネットも取り外されて「資材庫」みたいな無機質なプレハブが俺たちのホームベース上に置かれてはいたが、何度かペンキを塗りなおされた滑り台とその下り口の砂場、それに、たったふたつぽっちの小さな小さなブランコはあの頃と全く同じ場所に同じように設置されていた。

 変わったもの、変わらないもの。

 プレハブに背をもたれて、当時は「外野」だった方を見てみるとその狭さに驚く。
 まだ幼稚園に入るか入らないかくらいだった当時は、その名の通りの「広場」だったものが、今となっては「キャッチボールで肩慣らしする程度のスペース」だ。この広場で団地の盆踊りだとか、花火大会とかいろんな催事があったっけな。

 俺たちの頃は、毎日毎日暗くなるまで子供たちがはしゃぎ回っていたもんだけど、まだ晩飯の支度の匂いも漂って来ない日暮れ前にも関わらず、俺と幼馴染の彼とふたりぽっちの公園。


 30年。


 俺たちはいつでもそこに立てば、タイムマシーンに乗って30年前の俺たちに会う事が出来る。あの頃の俺たちが今の俺たちよりも輝いていたとは俺は思っていない。今のオヤジになった俺たちだって相当イケてる。けれども、「特別な輝きがあの時代にはあった」と誰もが口をそろえて言うのには何となく頷ける。あの頃はまだ、幸せに向かう途中だったのだから。

 「手に入れる途中の感覚」と、「手にした感覚」、「手にしたものがこぼれ落ちて行く感覚」、「手にしたものを維持、管理して行く感覚」は絶対違う。

 俺たちの今の時代へのこの言葉に成り切らない不満は、自分たちが望んで手に入れたワケでもないものの維持や管理を、無理や矛盾が生じてからどうしようもなくなって手渡されたことに起因している。
 「あの頃に戻りたいとは思わないけど、あの頃は良かった」とは思う。
 
 じゃあ、思いきって捨てちまえば良いのか?と言ったところで、捨てるにも金が掛かる。
 

 30年。


 俺たちが生きて来た時間の流れの中で起きた出来事が、もうすでに教科書に「近代史」として載せられる。自分の中では簡単にスイッチできる時間でも、数字に直せば途方もない時間だ。

 どうしようもなく変わってしまう「ふるさと」だけど、自分の根源から何が湧きだしているかを思うとき、変わってしまった自分を嘆いたり、そんな自分を笑って許して肯定したりするために、ただただそこにあるだけでいい。
 たくさんの人たちが特段の意図も持たないままで、それでもなお形作られてきたその姿のままで「ふるさと」は「ふるさと」であって欲しい。

 
 30年前の俺たちをプレイバックするような自分の子供たちに、今のこの時代の「ふるさと」は何を残して行けるだろうか。いや、彼らが何かを掴み取るような力を育んであげられるだろうか。


 とか、ふと考えた。他愛のない話のなかで。

 自分たちはそれを自分たちの力で獲得して来たように思いこんでたけど、それは親たちをはじめとして、そこに暮らすたくさんの人々や動物、虫、植物、そして四季折々や歴史、そういう風土が全て渾然一体に溶け合って、差し伸べられていたものなのかもね。ふるさとって。


 随分変わってしまったけれど、30年前の面影のまま笑い合った。
 
 

 俺がカエル沼に長靴を片方飲み込まれて泣きながらの帰り道、一生懸命に笑わそうとしてくれたあの頃の彼のままだった。 
 俺は、自転車ごとスッ転んでどぶ川に落っこちたオマエを何とか助け起こしたあの頃の俺のままだったかな?

 
 互いの都合でたった1時間弱。でも、こうしていろいろ湧き出して来る思いが、俺を先に進めてくれる。互いにとって、互いが「ふるさと」になっているんだな。
 そういう「ふるさと」のにおいがする男でありたい。

 例え、この町で生まれ育った人ではなくとも、会ったことがなくても「ふるさとのような人」と思われるようなね。
 


 
2009/09/22 Tue  05:24:05» E d i t
 » 火曜一言 
 ゴールはもうすぐ、手の届くところまで来てるかもしれないじゃないですか。

 みんなゴールなんて見えない中で生きてるけど、何かを達成する瞬間を味わいたいから

 頑張れるんだと私は思うんです。


 
 だから、頑張りましょう。丸くん。

 
 

テーマ:気付き・・・そして学び - ジャンル:心と身体

2009/09/19 Sat  05:33:19» E d i t
 » ちくちくいがぐり 
気になる妖精

 木の葉のすき間 吹き抜ける風
 もう幾度ものアプローチ

 ちくちく
 いがぐり
 いがぐり
 
 朝の光にざわめく
 気になる可愛い妖精たち


 ちくちく
 いがぐり
 いがぐり


 ささやき合ってつぶやいて
 なぜか嬉しいモスグリーン

 
 朝の光にささやく
 木に生る可愛い妖精たち


木に生る妖精






 カレンダーを見たら、今日は土曜日だった。
 こんちくしょー慌ただしすぃ。

 誰だヨ。今日から5連休とか言ってるのは・・・う~。うらまやすぃ・・・

 曜日感覚まるでナシになっちまった9月中旬。
 遅れて来た 「金曜マロンっち」 ってことで  
 

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2009/09/18 Fri  05:46:45» E d i t
 » ツキシマさんと星の砂 
 「ツキシマさん!」

 「ツキシマさーん!!!」


 大声で叫びながら砂浜の砂に顔を埋めている軍服姿の私がいた。


 砂浜の砂を握りしめ、口の中がざらつきながらも「ツキシマさん」を呼び続けている。



 

 ・・・目が覚めた。

 あぁ夢か。でも、確かに何かを握ってて口の中に何かが入ってる
 ナンダヨコレ・・・

 この心地悪さッッッ!!!

 もう、気持ち悪くて寝ぼけもせずにすぐに目覚める。
 
 枕カバーが外れて、枕の中身のストローの切れっぱしみたいなヤツが頭の周囲を取り囲んで、それを握りしめたり、それが口の中に入ったりしていたらしい。ウェェェ


 えーい、ちくしょぉ。
 子供たちが枕投げしてその勢いでチャックが開いたトコから出てきやがったなぁ・・

 夜中にひとり シャラシャラ と枕の中身のストローの切れっぱしみたいなヤツを枕の中に戻す男。
 時計はまだ1時半。ナンダヨコレ。



 ・・・それにしても「ツキシマさん」は誰だ?


 ビルマの竪琴か?
 いや、あれは水島か。


 

 


 
2009/09/15 Tue  12:51:16» E d i t
 » 火曜一言 
 愛は勝つ!

 自分への見返りばかりを求めない愛はね。

 だって勝たなきゃおかしいだろ。

テーマ:やわらかな気持の輪 - ジャンル:心と身体

2009/09/11 Fri  01:02:03» E d i t
 » 立体五線譜2 
 立体五線譜?

 それぞれ勝手に歌でも歌えば
 それでもそれなりに合唱に聞こえてしまう

 この素晴らしき自然のハーモニー

 いっとき寒さに凍える夏に絶滅説も囁かれちゃった
 小鳥たち

 ちゃんと生きてる歌ってる

 この素晴らしき自然の力

 

 

 
 ・・・でも

 実は 稲 狙っちゃってま~す♪
2009/09/10 Thu  07:29:41» E d i t
 » 人生は上々だ 
私の朝は早い。

取引相手の朝も早い。

今日は朝から良い話が聞けた。感謝。



天気予報が空振りしたよな青空仰いで深呼吸

今日も素晴らしい一日を予感した



次の瞬間


階段踏み外して足を挫いた。
なんか腫れてるし。
痛いし。

けど悔し紛れに言ってやる!





人生は上々だ!
2009/09/08 Tue  01:01:01» E d i t
 » 火曜一言 
 「このままで良いのかな・・・」って思ったそれは、おそらく良くない。

テーマ:心の持ち方 - ジャンル:心と身体

2009/09/06 Sun  00:00:00» E d i t
 » それぞれの鍵④ 
 俺の手も相当シワ枯れたが、アイツの頭にも白髪が混じり始めた頃。

 特に意識はしていなかったが「開かない扉に立ち向かい続けること自体が美しい」などと、その扉が開かないことを前提とした考え方で美化されて、アイツと俺が神や救世主のような扱いを受けていた日々は遠く過ぎ、たくさんの月日と共にたくさんの人たちがこの場所に辿り着き、通り過ぎ、それでもなおここに残ったたくさんの「その扉が開く日を待つ人たち」の誰もがもう、諦めかけた頃。






 よちよち歩きのこどもが、ふらふらと頼りなく扉に触れた。


 
 

 それまでの努力が報われたのか、そのこどもが起こした奇跡と見るか。




 
 扉はギシギシ音を立てながら、埃を巻き上げながら開いて行った。
 当初俺たちの背丈ほどだった扉は、いつの間にやら果てしなく大きく重たい扉と化していた。
 




 そう、勝手に自分たちが作ったイメージの中でアイツと俺と、そしてたくさんの人たちは逡巡していたんだ。
 そのこどもは無邪気に笑っていた。
 おそらく、そのこどもから見たこの扉は鍵なんて掛かっていない小さな軽い扉だったに違いない。


 扉の向こうに母親の声でも聴いたかのように、いともたやすくそしてほほ笑みながらその扉を開けて見せた。



 俺も、おそらくその場の誰もかれもが埃の向こうの「輝かしい未来」を胸に描いた一瞬だった。
 





 
 舞い上がった埃がやがて落ち着いて来て、その先に見えたものは「光に満ちた輝かしい未来」でも、おそらくアイツが最初に思っていた風景でも何でもなかっただろう。





 ただ、この世界と同じ風景が、ただ、この世界と同じ色で継続していた。





 
 茫然と立ち尽くすたくさんの人たち
 
 
 
 
 白髪混じりになったアイツはこどもの頭をひとなですると、こどもは扉の向こうによちよちと歩いて行った。
 おどけた顔を見合わせて、アイツは俺に握手を求めて来た。
 お互い、見事なまでにボロボロな手になったもんだ。
 
 「ありがとう。ついに開いたよ。」

 「あぁ。行くのか?ここと何も変わらないようにみえるが?」

 「そんなことはないさ。ついさっきまで僕たちが見ていたのは開かない扉だった。あたかも壁の連続であるかのような、扉だかそうじゃないんだか分からないモノだった。それが少なくとも扉だったことが分かった。たったそれだけのことで世界は変わるんだ。少なくとも僕の世界は変わった。だからこの先を見に行くさ」

 
 ・・・


 相変わらず意味は分からなかったが、あの頃の俺と違ってなるほどアイツの言うことを感じ取ることくらいはできるようになっていた。



 アイツはみんなの方を振り返り薄く微笑みながら軽く頭を下げて扉の向こうへ踏み出した。

 
 「君は・・・」


 「あぁ、俺か。ここにさ、でっかい旗立てて、世界のどこからでも見えるような旗立てて、いつか、いつの日かオマエが挫けて振り返る時、どこかでオマエの見たかった風景を見つけた時に、帰って来れるようにしておくさ。ここが、“俺たち”のスタートだろ?なら、ゴールにもなれるさ」

 「“僕たち”のスタート・・・か。」

 「そう。そして、最終的に帰るべきゴール」

 「ありがとう」

 「・・・オマエ、出会った時からそればっかりだな。俺も言わせてもらうよ。ありがとう。それだけ鍵があれば、この先も結構イケるだろ?・・・じゃあな」









 

 アイツについて行った者。
 ここに残ることを選んだ者。



 たくさんの鍵も、長い間叩き続けた堅牢な扉が開いた喜びも達成感も手に入れた。
 だが、この場所で手にした最高の宝は自分自身が生きている実感。

 扉の向こうに踏み出す生き方があれば、ここに残って新しい明日を創る生き方もある。
 アイツのゴールになるような生き方が俺にはしっくり来る。




 光が煌々と差しているわけでもない、ただこの風景の続きのような扉の向こうにアイツの夢の続きがあるならば、俺の夢の続きはここで創る。








 いつか、笑顔でまた会おう。友よ。

2009/09/05 Sat  05:16:18» E d i t
 » それぞれの鍵③ 
 人は、それぞれの局面でたくさんの選択肢を見つける。
 そして、その時その場で最善の選択をしながら旅を続ける。

 最善 という示す言葉が持つ意味は人によってさまざまで、ある者には「楽な選択」を意味し、またある者には「どうしても行きたい道」を意味することもある。そして、多くの場合、自分で自分の選択肢を消去法で消してしまい、比較的楽な道を選択しながら旅を続ける。

 誰かに示された道を必死になって走り続け、それが自分の能力と相いれないがゆえに行き止まりに突き当たる人もいれば、誰もが羨むような道を悠然と歩いているように見えて心にいつも不安を抱えている人もいる。


 未来への選択肢は無限にあって、それを見ようとするかしないかは自分次第なのかもしれない。


 あるいは見えていてもためらっているうちに時間と共にそれは通り過ぎ、あるいは見えていなくてもとりあえず進んでみて何かを得ていることもあるだろう。

 頑なに己の信ずる道を往くもよし、己の行ける道を探すのもまたよし。全ては「その先」「その次」へとつながっているということに気がつくべきだろう。たとえそれが、昨日の自分が望んだものだとしても、そうじゃなかったものだとしても。

 たくさんの人たちの道が交わって、たくさんの人たちが同じ思いで同じ未来を描くために大きく頑健な扉を開けようとした時、そこに未来が生まれるのだろう。ひとりひとりの「みんな」の未来が。










  

  



 
 鍵は見つからなかった。


 

 しかし、「扉の向こうに思い描いている新しい未来」を俺たちは、道行く人々に話した。話した。話し続けた。
 殴られ、嘲笑され、それでも多くの人たちが鍵を貸してくれたし、やがてはその扉を開けることがたくさんの人たちの意識の中心となった。

 「その扉の先には輝かしい未来が待っている」と錯覚する者まで現れるほどに。
 
 やがて幻想が波紋のように広がり、多くの人たちがその扉の前に立つことになった。

2009/09/04 Fri  17:09:57» E d i t
 » 影絵の街 
 影絵の街


 晴れた一日には二度
 この時間に出会える

 これは朝

 すっかり秋の朝
 涼しく沁みる空の青

 もういい加減ロマンチも
 やり尽くしたと思い続けて一年にもなる

 続けりゃどうにかなるもんだ

 良い色 良い景色 良い空気に
 出会える自分が一番
 得してるよな
  
 
 
 

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2009/09/04 Fri  16:10:30» E d i t
 最近、スパムトラックバックが妙ににぎやかで不快だ。 

 その都度その都度消すものの、すぐまた復活しやがる。

 その時々の時事ネタ絡めたトラックバックで、トラックバック先を開いてみると一応それなりに記事が立ち上がっていて、いかにもそれっぽいページが展開されててそれ自体には害はないけど、話が盛り上がった辺りに「これがその瞬間!」とかっていう画像リンクがあるんだけど、そこリンクしないように。


「 所詮、そんなもんだろ。 」って感じのエロ画像みたいなもんにしかつながらないんで。

 三沢の事件の時に情報集めしてて、その時にクリックしちゃったから分かる。
 その後、似たような手口で次から次へと続いてくる。
 



 FC2はスパムコメント対策が強化されたような「お知らせ」があったような気がしたけど、たしかその辺りからスパムトラバが増えて来たような気がする。
 次から次へと手を変え品を変え、しぶとく生き延びようとするこんな「迷惑雑草魂」には、まったく困ったもんだ。
 
 
2009/09/02 Wed  05:26:19» E d i t
 » それぞれの鍵② 
 「・・・そうかい。」

 なんとも気まずいもんだな。こんな時、何を言ったら良いんだか俺には分かんねぇ。

 「なんか、僕、疲れちゃった。」

 「そりゃ疲れるだろうな。」

 「もう、どのくらいになるのか、ずっとこの扉を開けたくてここにいるんだ。」

 「へえ。」

 「他の人たちは当たり前のように次々に違う扉開けて、当たり前のようにどこかに通り過ぎてしまう。自分の持ってる鍵が開けることができる扉だけを次から次へと開けて、どんどん行ってしまう。」

 「・・・」

 「僕は自分が行きたい場所だと思うから、何度も何度も叩いて、何度も何度も叫んで、人に頼んででもこの扉を開けたいと思うんだ」

 「・・・」

 「でも、開かないや。もういいやって思っちゃった。僕の鍵で開く扉を開けて行って、新しい鍵をたくさん見つけたら、その中にこの扉を開ける鍵もあるかな?」






 「・・・あるかもしれないけど、その時にこの扉の前に立てるとは限らないぜ?」









 
 しばらく二人で黙り込んだ。

 
 「俺もさ、若い頃に開けたい扉があったんだけど、すぐに諦めて俺の鍵で開けられる別の扉をくぐって来たのさ」

 「え?」

 「その結果がこうだ。目的も目標も見失って、ただ彷徨ってる。どこかで自分自身を納得させるように色んなことに言い訳つけながら、ただ彷徨ってる。そのうち、俺が誰だったかも考えなくなったし、夢も見なくなっちまった。一生懸命生きるでもなし。哀れなもんだぜ。」

 「・・・。」

 「それでもそれなりに鍵は増えて来た。オマエにさっき貸した時に、自分の鍵の多さにちょっとびっくりしたよ。オマエの2倍はあるよな・・・それが俺が俺なりに生きて来た証みたいに思えてさ。」

 「生きて来た証・・・」
  
2009/09/01 Tue  05:51:42» E d i t
 » 火曜一言 
 生まれたばかりの赤ちゃんが立って歩いて話をできないように、
 生まれたてのアイデアが完璧である必要なんてどこにもないです。
 その種を大きくみんなで育てるから楽しいんですよ。

テーマ:気付き・・・そして学び - ジャンル:心と身体

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