フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/07/31 Fri  05:54:20» E d i t
 » 波打際の太陽 
sun燦燦



 君の無邪気な足跡たちを
 寄せては返すさざ波が
 あとかたもなく消し去って


 通りすがりのかもめの声が
 絶えることない波音を
 夢見るみたいに貫いて

  
 流れる時のアルペジオ


 あなたが見つけた波打ち際の太陽を
 那由多に続くその刹那
 あなたの心に焼き付けて
 思い出色で焼き付けて


 あなただけがつかまえた
 あなただけの太陽を

 いつまでも いつまでも
 
 
 
 
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2009/07/28 Tue  00:00:28» E d i t
 » 火曜一言 
 ぶっ飛ばしたいヤツのひとりやふたり、そりゃいるさ。

 でもさ、ぶっ飛ばしてもその先どうなるワケでもない。因縁が残る程度で。

 だから、そういうヤツも味方にしちまえ!くらいの勢いで自分の世界を変えて行こうと思うのね。


テーマ:人間 - ジャンル:

2009/07/25 Sat  03:46:45» E d i t
 » 脱力系欲望ノート 
 桃ォォォォォッ。

 桃たべたい。


 
 缶詰じゃないヤツで、とびっきり甘い白いヤツ。

 腹が下るほど食べたい。

 しばらくの間、家の中にカジュバエが飛んでても構わない。

 そりゃもう、カブトムシのように吸いつきたい。like a beetle!!




 






 誰か、桃農家の人紹介してくださいよ・・・。



2009/07/24 Fri  00:00:06» E d i t
 » 燃え盛る炎の中へ 
 現実の熱を伴った炎なのか



ひばしら


 見せかけだけの炎なのか
 高く上がった火柱
 睨みつける猿田彦


ひばしらてんぐ


 

 確かめてやろうじゃないの


 激情で燃やし尽くしてみなよ





 

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2009/07/23 Thu  06:34:28» E d i t
 » 進まぬタイミングは熟成期間 
 ドラマ「スクールウォーズ」で滝沢賢治(泣き虫先生)が教員を志した出来事として描かれているエピソードで「愛とは、信じ、待ち、そして許すことだ」というのがある。賢治がラグビーを始める以前、野球をやっていた中学時代の恩師の言葉だ。


 それはドラマでの一言だったが、再放送に胸をときめかせていた中学生時代の私の胸にもザックリ刺さって、今では血肉と化している。



 今、社外プロジェクトというヤツに着手して、それをトータル的に見ている。

 利害関係の少ない個所から自分の味方を増やして、手伝ってもらうことは手伝って頂く。
 こちらができることは最大限に力添えする。

 協力と一言で言っても、なかなか互いを理解し高め合うというのは容易くはない。


  
 私がニガテなのは「待つ」ことだ。
 とにかく待たされる感覚がたまらなくイヤだ。


  
 そんなんだから、こちらが振った計画に対して相手の動きが見えないどころかレスポンスさえなくて「くそ、おせぇよ。先に進まんだろが。」とか思ってる場面が多発する。
 要するに気持ちはセッカチだ。

 
 相手にしてみりゃ熟考してから反応するということだろうし、そのテンポがこちらと合わない合わせられない事情があるかもしれないのに。あるいは、お互いがイニシアチブを握り切れなくて「お見合い状態」に陥ってしまっているのか。





 以前、そんな状態で強引に進んで手痛い失敗をしたことがある。
 当時の最先端の技術で作った包装資材と大手の添加物メーカーの話に乗って「これはキタ!」って感じで自分たちの商売基盤や規模を無視してそれに頼った商品開発をし、それは市場に受け入れられずに見事に焦げ付きを発生させた。
 気付けば商品在庫と資材在庫の山。処分不可能。 


 感性が当たることもあれば、外れることもある。
 感性ってヤツはホームラン狙いでフルスイングすると大きく空振りしてバランスを崩してコケるような危険性も孕んでいる。そんなしくじりも経験した。

 しくじりが今の自分を作っていると冗談めかして言えるのはそれなりに今が何とかなっているからで、それなりの今に辿り着くまでにどれだけこっぴどい思いをして来たのかなんて、その部分はなかなか語られるものではないし、失敗談は笑えるけどそこからの復活の過程なんて話としてつまらないから割愛されてしまうものだ。一つ一つの誠実さの積み重ね。ホントはそこんトコが大事なのにね。
 

 

 だから何かをしようとする時には「前に進めないタイミング」というものがあって、それは「熟成期間」なのだと思うことにした。障害になっているものは何か?いつまでにそれを取り払うか?とか、それを打破するメソッドはいくつもあるんだけど、そういうこざかしいテクニックに頼らずに、相手の出方を待ってみようと素直に思えるようになった。

 
 人の世は、人と人とが寄り添いあって成り立っているのだから、何でもかんでも一騎討ちで自分がゴールを決めりゃ良いってもんじゃなくて、自分の感性で多くの人を感化して、相手の感性でこちらも色づけしてもらって、味方の軍勢を増強させて足並みを揃えて世の中に打って出るという手練手管も身に付けるのにちょうど良い時期なんだと感じている。


 「信じ、待ち、許す」
 「信じ、待ち、許す」

 ・・・待てば海路の日和あり


 そう、心で念じるものの、ちょっとイラッとしてたりする小者です(笑)。 

 上手くいかない日々を送られているみなさん、滅入っちゃうこともあるでしょうけど一緒にがんばりましょ~!

2009/07/22 Wed  17:00:52» E d i t
 » もったり水曜日 
 衆議院が解散されたけど、ニュースの時間が長くなったり朝刊が余計な厚さだったりした他に特段なんの変哲も無い水曜日です。

 もったりした感じです。



 さて、まるもい(4・長男)が今朝ほど、蛍光ペンの緑色で自らの額を丸く塗っておりましたので、おまへは何をしておるのか?と尋ねますれば



 「セブンだべ。セブンのビーム出るヤツだべや。」


 
 
 もったりした感じです。


  
2009/07/21 Tue  00:00:45» E d i t
 » 火曜一言 
 「なんでそこまで分かるの?」って?
 
 もしも自分がそうだったら・・・って、いつでもいらない気苦労してるからさ。
  
 ただ、間違うなよ。飽くまでも「俺だったら」の範囲内だから。それは。




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2009/07/18 Sat  06:24:03» E d i t
 » ええねん。それが答えだ! 
 ウルフルズが活動休止するんだそうだ。

 底抜け天然ベタ熱血おバカバンド。

 そんな彼らの「ガッツだぜ!」が大ヒットしたのは1995年で、もうかれこれ15年くらいも前になるってんだから自分の年齢に驚き桃の木山椒の木だ。
 
 NHKの番組で、活動休止宣言後に六本木で行われた無料ライブの様子をやっていた。


 熱いな。


 人間臭いな。


 ウルフルズの曲はすべからく聴いてきたわけじゃないけど、ウルフルズというバンドが出してるムードが好きだ。トータス松本の言葉は、田舎の兄貴分が語りかけてくる言葉のようにウザくて、真っすぐで、そして温かい。
 
 
 「それが答えだ!」という曲がある。
 
 「うんと飯を食え ガハハと笑い飛ばせ」

 たったこれだけの言葉にどれだけ救われてきたことか。そして、私の人生訓になった。
 偉そうな事も、情けないこともいろいろあるさ。けど、飯食って笑い飛ばせば次に進める力が出るだろ?挫けたって良いじゃん。も一回、未来に向かって立ち上がれば良いじゃん。

 って、そのままズバリを歌った歌が 「ええねん

 これも私の礎になってる。
 「僕はおまえがええねん」
 「心配せんでええねん 僕を見てればええねん」

 心強い!そういう男くせぇ男になろうって思ってて、実践してても言葉にされると鼻つまんでしまうほど臭い!!

 そして、その強烈なニオイが私は大好きだ。

 意味が無くても、感じていればええねん。



 私には私の「答え」があって、それで「ええねん」。

 世間の常識のモノサシなんだか、誰かが都合のいいように捻じ曲げたモノサシなんだか、そういうものが世の中には蔓延してて、みんな自分に不安を持ってて、常に何かと比較したり誰かの都合に合わせて自分を曲げてしまおうとしてしまう。

 俺はここにいる。オマエはそこにいる。
 俺は俺だ。オマエはオマエだ。
 そして、それ自体が掛け替えのない素晴らしいことなんだ。

 「今回は上手く行かなくたって、次に上手く行くようにすれば良いだろ?」

 
 「先」や「次」が、人生にはつながっている。そういう事に気づいてきた私は、きっと年をとったのだろう。そして、年をとるってことは素敵なことだと心の底から思えている。
 ありがとう。兄貴。


 じゃあね。ウルフルズ。

 元気で帰って来てね。
 


 

 
2009/07/17 Fri  00:00:56» E d i t
 » ノーサイド 
noside

 やり抜いた

 越えて尽きてぶっ倒れた

 見上げた空が痛いほど青くて

 吹き抜けた風がやさしい青色で

 ノーサイド

 その向こう側へ

 ノーサイド

 友よ一緒に進もう
 

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2009/07/14 Tue  06:22:29» E d i t
 » ただちに犬② 
 ねぇねぇ、金曜日の夕方のニュース見たぁ~?

 「劇団どくんご」の特集やってたって話さ。

 うけけけけけ。

 ・・・バッチリテレビに映ってたもんねぇ~♪珍獣ハンターイモトに会える日も近いな。








 先日の続き。

 2,500円。

 それが安いと感じるか高いと感じるかは実際に見て、聞いて、体験してみなければ絶対に分からないことなのね。
 大人になった今では決して尻込みするような金額でもないんだけど、根っからのビンボー症が染みついている田舎モンの私にしてみりゃ、終わると手元に何も残らない・・・あるいは腹の足しにならないもんに金を掛けるということに慣れていなくて、思考の上では即座にこうなる。

 

 カツ丼800円×3+100円=2,500   >   劇団のチケット 2,500円(当日券は2,800円)


 
 まして金がかかった大掛かりな舞台装置や演出、有名な出演者でド派手にやってる演劇がWOWOWで放送されていても、NHK教育で放送されていても見ないくらい演劇には興味ないし。




 だがしかし。

 だ・が・し・か・し・ッッ!!


 得体の知れなさッ!!そのすてきな好奇心がジョジョ・・・じゃなくて私を行動させた!!

 

 ぴっこ、まるもい を従えていざ行け!遥か向こうの丘を越えて~♪


 はい、じゃ、2,500円ね。
 怪しい小屋に入りますよ~。

テント2


 楽勝セーフで開演10分前。
 
 操る糸を断ち切ったマリオネットように、気の抜けた笑顔の役者さんたちがステージに座っている。

役者さん




 客席は・・・


 え? 


 小屋内の座席、8割以上埋まってるじゃんか。
 私ゃて~~~っきり、ガラガラに空いてるもんだと思っていたさ。

 
  
 怪しい雰囲気の中で、子供たちも妙な興奮状態だ。

 
 まるもい(4・長男)なんぞは、幼稚園のおともだちの女の子を見つけるや否や(as soon as)、その女の子の隣の席にまんまと陣取り、双方の親をビックリさせるというハッスルプレーを見せるッッ!!

 くそ!!羨ま・・・こんちくしょ。なかなかやるじゃねーか。

 
 
 開演は音楽演奏で始まる。
 ちんどん風のメロデーは、遠き記憶の中にある昭和ドラマの戦後模様を思い起こさせる。

 そういや、戦後の復興期を描いたドラマとかは最近じゃ見なくなったけど、昭和50年代にゃノスタルジックな幻想を込めて、戦後復興期の義理人情が日本人の立て前だった頃のドラマが数多く放送していたものだ。それを見て、私たちの世代はそれに憧憬を抱くようにして育った。

 そんな実体験にはない「昭和中期」のメロデーが響く。


 もはや、小屋は・・・演劇の世界は小屋から飛び出してグラウンドまでも走り回り・・・完全に異次元空間と化す。曇り空からひょっこり顔を出した十六夜(いざよい)の月さえもが舞台装置と化し。

 舞台を飛び出し、観客との掛け合いもあり、小屋の中では老若男女全員が固唾を飲んで展開を見守ったり、耳をそばだてたり、そして大爆笑したり・・・完全に一体となってその異次元世界を形作っている存在となる。


 イイッ!!

 すごくイイ。
 

 小さな子どもから、若いカップル、私たちのような世代、さらにお年寄りまでもがみんなで一緒に大声出して笑ってる。こんな経験、私たち世代以下ではそうそうしたことはないはずだ。同じような世代が集まって仲良しグループでとか、親戚一同が会してとかの席でそういうことはあったとしても、見ず知らずのバラバラの年代の人たちが一体となって演劇の世界に引き込まれて自らがその一部となるような感覚は、テレビやらビデオ、果てはネットで個の時代となった今では得難い宝だ。

 
 その体験や感覚を2,500円で買う。
 子供たちはタダでもらう。
 
 みんな一緒に生きている。
 笑って泣いて、怒って生きている。

 そういう当たり前だけど、みんなが忘れちゃったことを私は思い出していた。
 それが自分の人生をどれだけ明るくてらしてくれるかを考えた時、カツ丼三杯分の値打ちはあると納得した自分がいた。

 
 札幌や小樽でやったら行ったか?
 この町の中の別な場所でやったら行ったか?

  
 おそらく、情報の時点でかすりもしなかっただろう。


 
 私が朝、走りに行く公園だった。
 晴れた朝だった。
 水曜日はスケジュールが空いていた。

 
 もう、これは今、この場所でそれを体感しとけ!って運命だったって結論付けたっていいや。

 
  


 劇は緩急をつけながらクライマックスに向かい、十六夜の月は小さくこの世界を照らした。なんとメルヘンな世界だろう。ゆやーん ゆよーん ゆやゆよんの世界だ。


 
 私も子供たちも大興奮の中、なんと2時間半も異次元空間に引きずり込まれていた。
 7時半開演だから10時w。
 でもね、ウチの子供たちは大好きな「8時ダヨ!全員集合」のビデオくらいしか2時間以上も集中して何かを見てたことはないのに、ずっと目を爛々と輝かせて終ったらもう演目の真似をしてた。
 さらに、家に帰って布団の中で劇の内容を反芻してケラケラ笑いながら寝た。

 集中力、記憶力・・・そういうものを呼び覚ます興味深さ。

 

 本物・・・というかナマに触れること、本物を感じることで自分の中でも何かが変わるよね。
 そしてそのとき感じた感覚って一生モンだもんね。

 
 旅芝居集団、 劇団どくんご はあなたの町にも行くかもしれません。
 もし、触れる機会がすぐそばにあるのであれば、私は前売り2,500円、当日2,800円は決して高くはないとみなさんにお伝えしておきます。

 
 来年ももし、来て下さるのであれば仲間を引き連れて行きたいと思います。
  
2009/07/14 Tue  00:00:16» E d i t
 » 火曜一言 
 
 いつでも笑ってるなんてムリ。

 でも、ムリだって諦めてんのも癪にさわんのよ。

 俺、へそ曲がりだかんね。



 

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2009/07/10 Fri  17:25:42» E d i t
 » ただちに犬① 
 朝、公園に走りに行く日課は最近じゃ月に3~5回くらいのペースにまで落ちて来たものの、それでも行ける時には行っている。

 火曜日にいつものように公園に行くと、東南アジア旅行記なんかで見かけるような 怪しげ~な小屋 がふたつ組み立てられていた。
 「おやまぁ。全然しらんかったけど、商工会か何かで新しい祭りでも始めたんかな?」くらいに思って、近くの立木に括られたポスターを見てみた。


        「ただちに犬」




 ただちに犬


   なんじゃ?そりゃ。

  
 劇団どくんご という団体が、どうやら劇をするらしい。

 え?あのぉ・・・日時とか書かれてないんスけど。


 で、隣に貼ってあったスケジュール表みたいなやつを見てみたら、ずっと本州回って来て北海道上陸して一番最初にこの公園で公演を好演する予定らしい。

 7月8日水曜日 19時開場 19時30分開演 と小さく書かれている。


 演劇とかミュージカルとか興味ないし~。
 仮面ライダーとかウルトラマンとかプリキュアのショーなら好きだけど。
 

 どんな内容で、どれくらいの時間やるとか全っ然どっこにも書かれてないしー。
 このクソ情報量でグイグイ押してくる時代になんて珍しい不親切具合だろう!


 でもでもでもでも、大人前売り2,500円で小学生までは無料だったら、子供たち連れて来て見せてみるのも良いかなとか思うしー。
 

 ちょうど水曜日だけはスケジュールあいてたしー。


 なんかそーいうのがこの公園でやるってことがなんかワクワクするから行ってみよ~!



 火曜日はアホみたいに晴れていたのに、深夜になると雨が降った。
 水曜日の午前中まで良い具合に雨は降り続いたが、午後になると雨はやんで夕方には晴れ間も覗くほどになった。


 子供を連れて怪しげな小屋に行ってみる。

テント1



 どうする?

 行く?


 2,500円。
2009/07/10 Fri  05:24:56» E d i t
 » 金魚 
  きらびやかな祭りのなかで
  夢色していた

  飴色の灯を照り返す金魚すくい

  おまえは必死にそれを追い
  やっとひとつすくいあげると
  誇らしげに笑ってみせた
  
  濡れないようにまくりあげた浴衣の袖から伸びた手が
  眩しかった


金魚1


 
  名前もつけず小さな鉢に
  そいつを泳がせ
  
  虹色の光を映し返す五色ビー玉


  金魚は広がる自由を手にし
  時折水面を跳ねたりしながら
  気持ちよさげに泳いでみせた
  
  きらめきの中手に入れたひとときの光のような時間が  
  揺らめいた


  自由と孤独は隣り合わせ


 金魚2


  ひしめき合ったあの頃を懐かしむように
  金魚は孤独の空を見ていた

  つぎの火曜日を待たずに
  金魚は曇天の空を泳いだ


  おまえは寂しそうにそれを見て
  いとも容易くすくいあげると
  悲しげにうつむいていた
 

  金魚鉢 ため込んだ涙 
  夏のはじめの雨の月曜日
   

 
 
  




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2009/07/07 Tue  00:00:14» E d i t
 » 火曜一言 
  
 胸に手を当てて考えてみな。

 ・・・で、本当に汚らしくて弱っちい自分から目ぇ逸らしてちゃ何にもならないんじゃない?
 
 キレイ事で考えてりゃ堂々巡りするだけだぜ?
 
 確かにいるだろ?悪魔。あぁ、多分誰にでもいるんだよ。

 そいつといかに折り合いつけるかなんだろうな。


 

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2009/07/03 Fri  04:49:38» E d i t
 » 輝きの中で 
 焦点を合わせるように
 古い記憶をたどる旅

 きらきらきらり2


 幾重の過去が弾けて回り
 やがて見つけた光の欠片


きらきらり

 
 輝き満ちた希望の記憶
 綾なす無数の追憶

 セピア色からはみ出して
 回り始めた光の「輪舞曲」




きらきらきらり


 いつまでも
 いつまでも
 

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2009/07/01 Wed  06:04:37» E d i t
 » オカシナ報道 
 描写、描写だ、細かい描写。
 必要なのは情報の受け取り手が事細かに、我がことのように受け取れるような描写だ。

 先日、ラジオのニュースから流れて来たのは、殺人死体遺棄事件の遺体鑑定の結果、被害者がどのような過程を経て殺されたのかという事細かな状況描写だった・・・

 「××を数回、鈍器のような物で殴られ、××を刃物で斬りつけられ、まだ息のある状態で・・・」 


 ・・・


 あまりにも日常化しすぎていて、こちらの感覚も麻痺しているのかもしれない。
 ニュースがワイドショー化した番組に慣らされて久しい。

 推理小説で、探偵漫画で、ヒトが死ぬ・・・殺されるということには慣れているけれど、その被害者は「知らない誰か」であって、身内だったり、仲間だったり、自分にも不可分に訪れるかもしれない理不尽さを想起もさせないように描かれている。「第三者の死」は下卑た野次馬の好奇の目でいらない推測とともにつまらない世の中を刺激する程度の話題になって、時と共に記憶から消える。
 つまり「死」「殺人」は「他人事」になってしまっているから、ニュースさえもがあたかも創作の世界の出来事のように、見る側聞く側の野次馬根性しか刺激しないような過激な内容を「他人事」としてたれ流す。そして、それを何事も無かったかのようにこちらもまた「他人事」として聞き流す。

 気持ち悪い世の中だ。
 被害者の実名報道の後に、どうやって殺されたのかをできるだけ詳細に伝える。
 不特定多数が目にしたり、耳にしたりする媒体を使って。あたかも、被害者には親族も仲間もいなかったかのような無神経さだ。
 そのニュース関係者の中に、被害者と関係がある人がいたらそんな番組作りをするだろうか?そんな原稿の書き方になるだろうか?それとも、事件の被害者の家族が「死因を詳細にたくさんの人たちに伝えてください」とでも頼んだのか?
 
 殺された過程を詳細に伝えるということは、ヒトを殺す方法を詳細に報道が教えているってことにもなるんだ。ましてやそれが未解決の事件ともなれば、足跡を残さずに犯行をするためのヒントを教えることにも繋がっている。

 詳細に伝えるべきことが間違ってるよ。
 完全に、「命」を軽視してる。


 その後、その犯人が逮捕された時、犯人を逮捕した過程が詳細に語られることはなく、またもや、殺人の手口の解説とその異常性を今度はテレビが伝えていた・・・。
  


 「子供たちが命の大切さを見失ってしまった」と声高に騒ぐ一方で、無神経で下世話な野次馬根性を刺激するために命を軽視する報道を続けているのは誰だ?それに慣れてしまって、疑問さえも感じないのは誰だ??



 テレビゲームや過激な描写の漫画を槍玉に挙げるならば、私たちは自分たちの足元もきちんと見直すべきだ。


 
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