フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2009/03/31 Tue  05:44:01» E d i t
 » 火曜一言 
 若い頃から名言、格言の類が好き。

 名言や格言は会話や文章の中から生まれるもので、前後の脈絡を無視して語れるような性質のものではないはずなんだよねー。おそらく読み返せば心に引っ掛かるセンテンスがこのブログの中にもそうとう存在するはず。特にプロレスのトコにね~(笑)。


 
 ところが、前後の脈絡をぶっ飛ばしたとしても言葉一つだけが独立して、どんなに時間が流れようともどこの誰であろうとも心に響くような言葉というものは間違いなく存在する。
 普遍というヤツがッッ!!!

 存在するのだっ!!

 ・・・のハズだ。存在しててくれ。


 そういうのを火曜日にやって行こうと思う。
 名づけて「火曜一言」!!読み方はご自由に「かようひとこと」でも「かよういちげん」でも「おーやんふぃーふぃー」でもイイと思うよ~(・v・

 

 ごちゃごちゃ説明ナシで、いきなり一言だけ書く感じで。

 日常生活で出会った言葉、思いついた言葉をね。本とかテレビとかじゃなくてさ。


 だって楽だから  おたのしみに。


※ あ、あの~来週の火曜日にうっかり忘れてたら教えて下さいましー
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2009/03/30 Mon  17:27:18» E d i t
 » 二勝大関。 
 大相撲は本場所と呼ばれる、いわゆるNHKで15日間中継する興業形態を年に六回。

 開催月・ 正式名称・・ 通称・・・ 開催場所  は次の通り

 1月・ 一月場所 ・・ 初場所   ・・・ 両国国技館
 3月 ・三月場所 ・・ 春場所   ・・・ 大阪府立体育会館
 5月 ・五月場所 ・・ 夏場所   ・・・ 両国国技館
 7月 ・七月場所 ・・ 名古屋場所・・・ 愛知県体育館
 9月 ・九月場所 ・・ 秋場所   ・・・ 両国国技館
 11月・ 十一月場所・・ 九州場所・・・ 福岡国際センター



 その15日間の成績によって、番付(=ランキング、格付け)の昇降が行われる。

 
 昨日、横綱・白鵬が万全の寄りきりで同じく横綱・朝青龍を下して全勝優勝を飾ったのが春場所で、白鵬にはもうどこからも賞賛だけが寄せられ、非難・批判・中傷の類は全く目にも耳にもしない。とにかく強い。
 白鵬には「敵を作らない強さ」がある。そして「味方を増やす賢さ」がある。普通、他所の部屋の親方が他所の力士に何かを教える事はないらしいが、白鵬は丁寧に聞くのだそうだ。そして、それを己が物として体得するや、すぐに稽古場でも場所中でもその技術を試し、良ければお礼を、良くなければどこがいけなかったのかをまた聞きに行くのだそうだ。
 どんどん突き抜けて、私が年を取ったら「いやぁ~、あの横綱は強かったよ~」と、目を細めながら若いヤツらに自慢しながら話せるような超横綱にね、なって欲しいもんだ。


 一方で日馬富士(はるまふじ・元「安馬」)に敗れて以降、ムリして膨らませ続けてきた風船が急激にしなびたかのような浮ついて頼りなさげに飛んで行きそうな表情と、それ相応の相撲が続いた朝青龍がちょっと心配になる。初場所のギラつきもなりをひそめて弱気なドルジに戻ってしまった。
 ファン太郎は良いヤツだから、頑張って!


 もうひとり心配なのは稀勢の里だ。もともと今場所は調子良くなかったが11日目の白鵬戦で立ち合いの変化をしてしまったことで自分の心のバランスを大きく崩してしまいその後は良い所なく連敗。
 「どんな時でも闘志を前面に出してひたむきに前に出る」相撲が「気風が良い」と評判で、おそらく稀勢の里本人もそういう相撲をとることを矜持としていたはずなのだ。
 ところが、そういう信念と裏腹に白鵬の威圧感に体が横に動いてしまった。
 もう、そうなると自己嫌悪の悪循環で何をやっても手につかなくなる。
 人間、誰でもそうです。これを乗り越えて「稀勢の里」を取り戻したら、彼はきっと強くなる。

 あ、あと、脇はもっと締めるんだ!!

 
 さてさて、白鵬の全勝優勝よりもずっと目立っちゃってる力士がいます。

 →まさに千代大敗…大関ワースト13敗
 
 大関・千代大海。
 糖尿病だそうで。

 ことあるごとに・・・いや、ことなくても・・・批判してきたんだけど、私は千代大海の相撲は嫌いだ。

 しかし、不調な中でも休場しなかったのは良かった。場所に穴を開けないのは大切なことだ。少なくともどんなにしょっぱくたって千代大海を応援する人、あるいは冷やかしながら見ている人がいるのだから。冷やかしでも何でも、見てもらうことが大切なことだ。

  勝てないのは分かってる。もう、見るからにダメだもん。体のあちこちテーピングだらけで綾波レイのように満身創痍なのはもちろん、顔にも生気が感じられない。でも、それでも土俵に立ち続けようとしたことは素晴らしい選択じゃないか。
 出続けたのは良かったが、出るなら出るで突っ張りの一発でも放てよ。
 はい立ち合いです、パタパタと動き回ってつかまって寄り切られました・・・じゃ、冷やかしようもない。


 そりゃ大関が醜態晒すくらいなら途中休場しろや!って意見だってあったと思う。

 でも、ボロボロで見苦しくても何もできなくても与えられたポジションに立ち続ける男らしさだってあるだろう。醜態を晒すことで呼び込める感動だってあるだろう。「強さを売っている力士が、同情されるようになったら引退だ」なんてナルシズムが似合うような才能を持っている人なんて勝負の世界に生きている人たちの中にだってそう多くは無い。
 多くの場合は、浮沈を繰り返すことでたくさんの人々の人生を代弁するようなドラマを紡いでいくのだから。

 私は千代大海が大関という地位に居座り続けていることに長らく疑問を持って来た。
 何度も書くが、彼の相撲は大嫌いだ。

 だから応援なんてしない。
  
 春場所15日間のうちで、勝った相撲は2番。2勝13敗。大関の成績としては史上最悪なのだそうだ。そりゃそうだ。だってそうなりそうになったら、みんな途中休場するんだから。

 相撲は完全に途中で投げ出してばかりの無気力相撲と言われても仕方ない相撲ばかりだったけど、醜態を晒しながらも大関として土俵に上がる責務を投げ出さなかった事は美徳だ。
 「ボロボロになるまで戦え!」と普段から言う者たちは、今の千代大海を見て蔑むワケには行かない。
 
 だから、弱い自分から逃げ出さなかった事、恥をしのんでそれを晒し続けた事は見事だと心から思う。来場所は・・・もう、自身何度目になるか分からないけれども・・・「進退を賭ける」のだそうだ。

 応援なんてしないけどね。

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

2009/03/28 Sat  12:43:29» E d i t
 » ブログ拍手をつけてみる。 
 ●ブログ拍手をつけますた

 FC2ブログには ブログ拍手 というシステムがあるのね。

 →FC2拍手

 

 拍手ボタンをあなたのWEBサイトに設置すると、訪問した閲覧者が応援の気持ちを込めてボタンをクリックしてくれます。押されたボタンの回数や送られてきたメッセージは、サイト管理者の励みとなり、やる気となって、今後のWEBサイト運営の向上に繋がっていくことでしょう。管理人と閲覧者の心をつなぐツールです。ご利用無料!


 だ、そうで。
 
 このシステムができた当初、私は 「えー、それってコメントとなんか違うんか?」と思ってたのさ。
 考えてみりゃ違うけどね。
 コメントまで行かなくても「読んだよー」ってマークなわけだし。

 熱いやりとりが好きだから、記事も長めだしコメントのやり取りだって真剣勝負で行きますよー くらいの勢いでブログ運営してきたから、そんなワケのワカンネーもんはイラネ。って。

 
 最近はそういう肩に入った力を抜いても良いような気持ちになった。


●「あずましくねぇじゃん。」そう思ったの最近。

 ぶっちゃけ、最初のウチはそれでも良かったのさ。
 だって、ブログというものの絶対数が少なかったんだから、物珍しさも手伝って(顔見えないから、せめて心意気とか思いだとかは伝えたいなぁと思って)熱を込めて書いた長い記事も読んでコメントしてくれてた人が多かった。
 
 最近はカウンタみりゃ回転してっから見てもらってんのは分かるけど、コメント数が減ったのを実感してる。


 そりゃそうだ。確かにそうだ。
 私はブログ管理人としての「フクフク丸」であると同時に、いち閲覧者としての「フクフク丸」でもあるから良く分かる。

 時間が足んなくなってんのよね。

 ブログ管理人なら自分トコの管理しながら、他所のブログの記事にコメントする時間がね。
 読者さんなら、いろんなトコに読みに行ってコメントする時間がね。 
 自分自身、ネットに接続する時間も確かに減ったかもしらんけど、それ以上に 「お気に入りのブログ」 が増えちゃって、毎日楽しみに何件も読んでるとそんだけで結構な時間を要するし。

 したら、熱のこもった記事ほどコメント入れづらい状況になるのも分かるもん。

 
 なんかコメントしようにも、先着コメントで盛り上がってしまってれば入って行きづらい気まずさがあるのも分かる。 
 「よーし!コメント入れっぞ~!」とか思ってコメント欄見たら、これまた熱くて「まいっちんぐ」ってことだってあるだろう。
 「なんか友達増やしたいなー」とか思う反面で、そーゆぅハードルがそこにあるって気付きながらも放っぽらかしてる自分がいた。

 「なんかそれって窮屈ぢゃん。あずましくねーじゃん」

 ●コメントに関するぶっちゃけ話。 

 ま、あずましくなるついでにぶっちゃけんだけんどもさ。

 私が他の人のブログにコメントする時は、基本的に(例外だってもちろんあるけど)管理人さんとの一対一のやり取りだという感覚なもんだから、ずーっと続いてるコメント欄の流れとか気にしないでズカズカと入って行って思うよーなことをヌケヌケと書いてくるので、これを好きだと言ってくれる人も「ちょっと困ったなぁ」と受け取る人もいることだろう。どう思われようとそれが私の個性なんだからしょうがない。

 ただ、他所のブログに来てる他のお客様に快く思われないで、因縁つけられたりすることもあったのね。
 

 そういうので一番困るのは誰かって言ったら、(私が好きで読ませてもらってる)そのブログの管理人さんなのだと(ブログ運営者としての)自分で分かってるから、そこはちゃんと了承を取った上でのその相手とのやり取りになるんだけど、お互いの誤解を紐解こうとする作業はなんも苦にならないし良い関係にもなれっけど、はなっから私のコメントの揚げ足を取りに来るようなやり方を続けられてウンザリしたこともあった。

 それを制しない管理人さんにも大いに不信感を募らせたし。
  
 だってねー、それ、そこに来るみんなが見てるワケだから。
 そーゆーことする人が常連として来てるトコに新しくコメント入れようと思うだろーかね~?
 私みたいに飽くまでも「一対一のやり取り」って感覚ならOKだろーけど、それでもそうやって横槍入れてくるヤツがいるってことを諫めもせずに放置してたら、自分のプラスにもなんないじゃん。

 ・・・いや、まぁ、その管理人にしてみりゃ俺のがイラネ存在だったのかもしんないから良かったのかもしらんがね~

 「あー、もったいねー。」 って正直、思ったさ。
 それよりもやっぱガッカリが大きかったかな。
 

 世の中にはいろんな考え方があって、それでいい。合わなきゃムリして合わせる必要なんて無いんだから。ましてやネットなんだしね。生活かかってるわけじゃないんだから。
 私自身、そーんな経験してるんで、コメント欄とかBBSにはそういう煩わしさがあるのは間違いないってわかる。

 
 ●・・・っちゅーことで。


 そーゆぅ部分でも、今回、ブログ拍手をつけてみた。

 ん??

 ・・・応援クリックに付随して「1000文字分のコメントも入れられる」そうで、ますますコメント欄との差が無いような気がすんだけども、基本、こっちの応援コメントとかは公開にしない予定だし、そうなりゃ必然的に返事のしようもないんだけど、

 ま、つけときゃそのうち良いことあんだろ。

 これね。押してみ。試しに。
2009/03/27 Fri  00:00:33» E d i t
 » 三日月×3 
三日月の憂鬱2

 
 “この目はあまりに 夢を見すぎて悪くなった”

 その日

 僕のレンズが捉えたのは

 ×3の三日月 だった

 現実にはありえないはずの光景が

 なぜ僕の目に映ったのかは

 分からない

 
 その日その時

 確かに×3だった



 (カラー画像↓)

三日月の憂鬱

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2009/03/26 Thu  06:03:16» E d i t
 » タイムカプセル 
 正月に一気読みした漫画。

20世紀少年(ビッグコミックス)全22巻+21世紀少年 上・下20世紀少年(ビッグコミックス)全22巻+21世紀少年 上・下
(2008/12/08)
不明

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 ページをめくるとソコに!
 という仕掛けがどこかにあります。

 アレは良かった。


 20世紀少年 + 21世紀少年。

 映画化されて一生懸命宣伝していますが、そちらの評判も上々なようで。
 
 私は、幼稚園に入る前からの友人がいまだに友人だったりするような男なので、感情移入しながら読んでいました。途中までは。
 ただ、田舎者なので、全世界の都会では大混乱が起こっているのに田舎じゃなんともなさそうなのが不思議な感じでね。ま、そんなもんまで描いてたらとんでもない労力なんで省くんだろうけれども。


 映画のCMで「バハハ~イ」と言っている謎のマスクマン「ともだち」の正体は誰なのか?ってのと、「ともだち(教団)」の暴走を止めるぞ!ってのが第一部で、その後の世界を描くのが第二部で、あと完結編があってという感じで物語は進むんですね。


 適度にリアルっぽくて薄ら寒くなるような部分も多いんだけども、なぜかそこらのオッサンがさして特訓もせずに度胸と友情と運の強さだけで謎の組織に立ち向かうという、結構荒唐無稽な感じが好き。「本格科学冒険漫画」と銘打たれてるけれども「本格」でもないな。




 第一部では主人公のケンジとその仲間達が小学生の頃に作った秘密基地で、空想した未来を書き留めた「よげんの書」をモチーフに物語が進むのだけれど、その「よげんの書」を “お歳暮でいただく海苔とか煎餅の詰め合わせが入ってるような缶(そう。アレです)” に入れて埋めてあるのを掘り起こすシーンがあるんですよ。


 で、これ、昔、私もやったな~ と思い出したわけで。


  本船はまもなく回想の世界へと参りま~す。シートベルトをお締めくださ~い


 「宝物」をビニール袋に詰めて、缶のフタをガッチリ閉めてさらにそのフタと缶本体の隙間を開けないように何重にもセロテープを巻いて巻いて巻いて巻いてガッチリ巻いて、さらにそれをビニール袋に入れて家の庭に埋めたのは、小学校6年の頃。

 当時、未練たらしく集めていたいろんなモノを卒業しようと、そしていつか思い出したら掘り起こそうと相当な決意を持ってそれを実行した丸少年。

 穴は自分の腰が埋まるほど・・・およそ1メートルは掘ったでしょう。
 そして、その海苔缶をうやうやしく穴の中心に置き去って、掘り起こした土を掛け返してペタペタとスコップで何度も叩いて、繁茂する雑草が円形脱毛症状態になった庭にグッバイ告げた夏の終わりの昼下がり。

 
 やがて秋が来て、冬が訪れる頃、円形脱毛症がすっかり回復して枯れ草はびこる庭を掘り起こしたのはナゼだったっけ??

 
 あー、なぜか海苔缶を埋めたトコだけ庭がちょこっと陥没したんだった。
 「どしたのかな?」って、わずか2ヶ月程で掘り起こす事になろうとはお釈迦さまでも知らぬ仏のお富さん。

 
 掘る丸少年。


 その海苔缶周辺は空洞になって、水溜りとなってたんじゃー!!!


 “中身の宝物をビニール袋に詰めて、缶のフタをガッチリ閉めてさらにそのフタと缶本体の隙間を開けないように何重にもセロテープを巻いて巻いて巻いて巻いてガッチリ巻いて、さらにそれをビニール袋に入れておいた”にも関わらず、

 にも関わらずッッ!!



 フタが重みで潰れて中身びしょ濡れぇ・・・

 ありゃあ、ショックだったずぇ~・・・今でも思い起こせば凹むじぇ~・・・オキニの白いズボンで春先に外走ったらスッパネ(泥はね)満開になったくらい凹むぜ。


 どんなに頑張っても海苔缶じゃ時を超えることは叶わぬッ!!叶わぬのだッッ!!叶わぬのだよ、ケンジくん!!

 ・・・認めたくないものだな。自分の若さゆえの過ちというものを。 byシャア

 本船はまもなく回想から脱出いたします。舌は噛まない様に口は閉じとけ!



 海苔缶でやろうとしてるそこの若い衆!!

 失敗すっからやめとけ。

 タイムカプセルにはタイムカプセルの専門家がいるから、まずはここ(←クリックすっと開くから)とか、ここ(←クリックすっと開くよ)とかに問い合わせてみたらいいと思われます。
 
 こんなの埋められてそのまま人類が滅びでもしたら、何万年も経った後で新しく高度文明を築き上げた生命体がたまさか偶然発掘したりして中からこんなもんが

 宝物

 飛び出して来た日にゃ、あーた

 「超古代文明人はキラキラだったとですよ。これはきっと武具ですばい。頭のワッカは高貴なる人物のアクセとよ。」って話になるですよ。

 そんな私も20世紀少年だったワケで、ま、水浸しから救い上げた「海苔缶タイムカプセル」の中身はこんなだったのですよ。


 陰干しして実家にしまっておいたのがこの前、子供たちが実家にお泊りした時に発掘された・・・お前ら、川口浩か!?

 ある意味、実家が最高最大のタイムカプセル。ソファーの隙間とかに、ほら・・・
2009/03/24 Tue  06:21:15» E d i t
 » ありがとう&愛してる4 
 パッ! パパッ!! パパパッ!!!

 パラリパラパラパラパララ~ン♪(ゴッドファザー愛のテーマ)


  あけましておめでとうございます!!

   本日3月24日は フクフク丸歴05年 の元日であります。

 みなさまもすでにご存知かとは思いますが、新年の干支はオオイヌノフグリです。
 え?間抜けな由来を持つ名前の植物ですけど何か?
 花言葉は 「信頼」「神聖」「清らか」「忠実」  です。んも~、まさに私にピッタリ。

 とくに「清らか」が。




 ありがとう&愛してる というタイトルも使い古し感が出たなぁ・・・ええそうです「ふたりはプリキュアMaxHeart」のエンディングテーマの印象的な歌詞ですよ。思い出していただけましたか?あ、知らない??マヂで??モグリと呼ばれるぜ??


 うっへぇ~。

 4年間続いたってことは大学に入学した人が、留年しなきゃ卒業しちまうような期間ブログ続けて来たってことだべ?
 気付けば記事の数は1000を超えてるし。

 これ、スゲーね。
 うん。俺、天才。あるいはニュータイプ


 あんま面倒くさいことは書かないでおこう。
 別に新しい決意をしたところで明日の記事がスペシャルになるわけでもないし、いままでどおりで気合入れたりだらけたりしながらやってくさ。

 やってけば、やらないよりもきっと何か見つかる。

 見つかった何かが役に立てばラッキーって感じでさ。
  

 
 そんな感じで書いてます。
 
 ガツガツと目標に向かってるわけでもない。自己満足・・・ってのともまたちょっと違う。  
 まぁ、そんなんですんで、末永くよろしくッス。

 ど~ん!どど~ん!!どどど~ん!!!


 別に特別企画とかは無いけど4年もやってるから過去記事が溢れてて、しかも記事一本の文字数が多かったりするもんだから読むの面倒な方は、「フクフク丸ってどんなヤツ?何考えてる??」って質問でもコメントに入れてみて。

 答えたり答えなかったりすると思うから~(笑)
2009/03/20 Fri  04:01:04» E d i t
 » Colors 
 ねぇ
 

白


 普遍的な真実なんて多分、存在しない


青


 角度によって光の当たり具合によって
 あるいは 時 のいたずらで


赤


 目に映る色が変わってしまうという
 そのことだけは


黄色


 真実かもしれない




 引き出しも机の下も
 結構探したんだけど見つかんなくて
 気付けばずっと握り締めていた消しゴムのような感じでね
 
 真実はいつも握り締めてる
 自分が

2009/03/17 Tue  17:31:44» E d i t
 » バンダイに感謝。 
 あー。先日子供たちと遊(別名・プロレスごっこ)んでた時にハイアングルサンダーファイヤーパワーボムをやっていたら、 ぴっこ (長女・6) に

 「ぴっこ が中学生になっても、お父さん今のやってね  と言われた父親です。

  なぜ、いきなり“中学生”が出てきたんだ???


 ・・・多分、そのころお父さんは天龍みたくなってるだろうからそのくらい余裕でできるだろうけど、多分、13歳のおまえはやりたくねーだろーね。「オトーサンクサイアッチイケ!」などと・・・

 ちょっと切なくなりました。




 さて、先日 「不具合な真実」 というタイトルで何となく記事にしてた ウルトラマンのガム付きオモチャで 2代目ゼットン が不備だったという件で、北海道に遅い桜が咲くどころか、時折風雪吹きすさぶ先週の金曜日に早くも代替品が届きました。

 びっくりです。その迅速さと丁寧さに。
 代替のジオラマ(同じ物)と、手紙と、お詫びの品(なぜかハンケチーフ)


 2代目ゼットン だけがポツリと送られてくるかと思いきや、ジオラマまるごと送られてきて「参考までに欠品状態だった品とパッケージを返送願えれば幸いです」とのこと。
 ロット番号とか確認して、同じような苦情に備えるのかなぁ。

 さすがにあれからたった一週間なので、新マンもバット星人も紛失していませんでしたがパッケージは・・・資源ごみの袋の中にまだありました!!資源ごみ回収は第三週の水曜日だから!!
  
 
 ちゃんと欠品状態の品とパッケージ、さらに手書きで感謝状をしたためて返送しました。
 もちろん返送用の 着払い伝票 も同封されてました。


 クレーム処理が風評を呼んで、企業の未来は良くも悪くもなります。バンダイのような大企業ともなればなおのことです。
 クレーム処理も悪い例ばかりが新聞やニュースを騒がせて大騒動になりますが、多くの場合は今回みたいにハッピーエンドで解決しているはず。

 
 一週間以内に代替品がお詫びの品とともに届くという素晴らしいことが「そのくらい当たり前」だという世の中ならば 「どれだけお客さんは神様なのさ?」 とさえ、逆に思うのですよ。

 そりゃ「お金払って買い物して、苦情のハガキ書く苦労したんだから当たり前だろ?」的な部分は確かにないわけじゃないです。でもね、ちゃんと返してくださった部分に対してお礼の気持ちを伝えたかったし、それをまた誰かに伝えたかったんですよね。

 ありがとうございました。バンダイさん。

 これからも、気持ち良く御社の玩具を愛用させて頂きます。
 
  
2009/03/16 Mon  06:55:06» E d i t
 » まるもい のお勉強 
 ちょっと ひらがな を読めるようになると、ウルトラマンや仮面ライダーの絵本(カタカナにもひらがなルビが振ってあるようなヤツ)を何度も繰り返し読むことによって、あっという間にひらがなの読みをパーフェクトにした まるもい(長男・4)。

 なかなか筋が良~い天才ヂャナカロウカ?(親バカなどではない)。

 しかし、自分の興味が向かないところには決して手を伸ばそうとしないので伸び悩む まるもい なのだった。

 
 書く練習だって、「あ・い・う・え・お」ってただ50音を書かせてもからっきし上の空。
 「これね、ブルドーザー」っていつの間にかお絵かきになってるし。
 ま、いいんだがね。そんなもん叱ったって勉強が嫌いになるだけだし。私がそうだったからよく覚えてるし。


 だったら、意味ある文章を書かせてみようと思いたって、私の父親が旅行に出かけるので「じいちゃんにお土産たのむ手紙書こうぜ~」と誘ってみたら「うん!まるもいはね、トミカたのむの」と俄然ノリ気!!


 これがまた、いままで50音練習してたのなんだったんだ?と思うくらいすらすらと覚えやがる。
 筋が良~い天才ヂャナカロウカ!(決して親バカなどではないのだ!)

 
 ぴっこ(長女・6) の時は、3歳の終わり頃からお父さん(私)と一緒に日記をつけて覚えたっけなぁ。
 あれも結構早く覚えたもんだ。アリャ間違イナク天才ヂャ!(親バカじゃないってば!!)
 当然のことながら、すでに何通もじいちゃん宛におねだり手紙をしたためては渡し続けている。

 
 早期教育とか、幼児期からの塾通いだとかが盛んだって新聞とかテレビで騒ぐけど、我が家じゃこんな感じだなぁ。
 まず第一にここら辺ってばそういう塾なんて無いし(笑)。
  

テーマ:子供の成長 - ジャンル:育児

2009/03/13 Fri  17:16:32» E d i t
 ネガティブ。

 ノムさん(野村克也・東北楽天ゴールデンイーグルス監督)はたったひとことで周囲を暗いムードにさせる天才だ。

 サッカーのセルジオ越後にも似たものを感じるが、両者の共通点はその競技と自分の言葉を聞き入れる者たちを愛するがゆえに苦言を呈しているのが、周囲にとってはただの悪口に受け取られてしまってる辺りで損してるっぽいところだろう。

 それでも報道陣は彼らに意見を求めに行く。

 なぜか。それは的を得ていて端的な表現が出てくるからだろう。
 
 
 そんなボヤッキー・ノムさんの「WBCで日本の連覇が危うい」という苦言が出た。
 →yahoo!JAPANニュース 「ノムさん、侍に苦言「連覇しんどい」」

 応援するファンの耳には決して優しくない苦言だが、現状分析として聞けばなるほど納得なのである。


 「あんなしみったれたオッサンが何を分かるのさ?」
 と、私も最初のウチは思ってましたよ。ボヤッキーが取り上げられて来たのは私が学生の頃でしたかね。
 でも、ノムさんがやって来たこと残してきた成績、そして今やっていることを見た時に「あぁ、こりゃ神だな」って思った。今でも、彼の言っていることが全て正しいとは思わないけれども何を意図して言っているのかは何となく分かるようになった。

 
 サムライジャパンと呼ばれる日本代表チームを心の底から応援する気になれないのは一体なぜなんだろう。・・・と、ふと思う。

 我らが北海道日本ハムファイターズからダルビッシュと稲葉、さらに駒大苫小牧で大活躍して今では楽天のエースのマー君という北海道が誇る選手は個別で応援してるけど、何かこうブァーッっと燃えるものがない。

 なんだろう。

 野茂英雄がWBCについての見解を示していた記事が日刊スポーツに載っていた。
 野茂英雄のメッセージ (4)WBCについて

 要約すると


 ・WBCはシーズン前にというこの時期に野球という競技をプロが世界的にアピールする大会だ。
 ・でも、選手はシーズン前だから怪我しないくらいの力でやり合って、それが良い勝負になれば良い。
 ・代表になるのはスター選手だしそのスター選手がシーズン開幕からケガで欠場になって一番悲しむのはファンだから。
 



 多分、この辺がマスコミが煽ってるテンションとやっている側のテンションの溝になっていて、見ている私としてはどうもしっくり来ないんだと思うんだなぁ。

 代表選手は確かにケガなんぞして欲しくないけれど、それでもやっぱりその国を代表してそういう対抗戦に出て行くんだから、気持ちが溢れるプレーを見せて勝って欲しいと思う。
 ここ数年、日本のプロ野球には顔と名前と所属球団が一致するようなピッチャーが続出している。
 この、物覚えが悪い(プロレスに関しては並々ならぬ記憶力を発揮するが他のスポーツにはからっきし発揮しない)私でさえもが、覚えるくらいのピッチャーたちがズラリと勢ぞろいしているサムライジャパン。

 対して、野手はといえば・・・
 どこのスポーツ紙もニュースもイチローばっかり。
 イチローが打てば勝つみたいなことばかり。

 それが物足りなさの原因だと思う。

 打者に気合が足りない。
 そりゃあ、各国代表のスーパーエースたちがドドンッと出てくるんだろうから、必然的に押さえ込まれる場面も多くなるだろう。でも、こう、なんか、こうグッと来るようなスイングだとか、ダメだと分かってても全力でファーストに走るとかなんかこう、もっとあると思うんだ。試合を盛り上げるような気合の入ったプレーが。ワクワクするようなプレーの姿勢が。

 韓国代表の「絶対打ち返しちゃル!」「死球くらっても塁に出ちゃル!!」というようなひとつひとつの態度が試合全体にプレッシャーを掛けてくるのとは裏腹に、サムライたちはチャンスに凡打でも悔しさのひとつも見せない。

 第一回WBCじゃ、イチローが観客席に向かって吼えたりしたじゃん。

 アレが出ないとさ、やっぱノムさんの言うとおりになっちゃいそうな気がするんだよなぁ。 

 サムライジャパン!夢を追っかけてこの国の代表になった偉大なる選手達よ、あなた方の背中に夢を乗せる多くの(私を含む)挫折者やあなた方を追いかける少年たちのためにもちっと熱いのを、頼むよ!!
2009/03/13 Fri  00:00:00» E d i t
 ひとつめのグラスを満たした思い出が

 新しいグラスに溢れて行った

 たくさんの 今 がふたりの思い出になって

 あたらしい色を奏でて行く

 良い色ばかりじゃないから

 ふたりで歩く意味がある 

 ふたりで歩くから道が広がる


シャンパンタワー

 おめでとう


 シャンパンピラミッド(champagne pyramid)とは、シャンパングラスをピラミッド上に積み上げ、一番上のグラスからシャンパンを注いで、順々に溢れて下まで流れ落ちる様子を見せる演出。シャンパンを注ぐ役を新郎新婦が務め、注がれたシャンパンはゲストにも振る舞われる。光の演出と組み合わせるとグラスが輝いてさらにきれいに見える人気の演出。クープ型というシャンパングラスを使用する。シャンパンタワーとも言う。 「ウエディング用語辞典」

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2009/03/11 Wed  06:03:11» E d i t
 KENTAと勝彦の戦いが繰り返されても常に鮮度を保持しながら高いレベルでのせめぎ合いになるのに対して、新日本での棚橋と中邑真輔の戦いからはマンネリが感じられてしまう。

 KENTAと勝彦は別々の団体で、普段はあまり対戦しないけど、棚橋と真輔は日常からぶつかり合っているから一概に比較はできないし、この二人を新日本の機軸に据えたいという路線はもう何年も続いていて、ことあるごとにタイトルを掛けてぶつかり合うのは良いにしてもその都度新鮮な戦いを見せていかないと正直言って今の戦いではこれ以上やり合うのはツライように感じる。

 「感情のほとばしりが伝わりきらない。」これが原因だろう。


 直情的な真輔に対して、クレバーに受け流して勝機をつかむ棚橋。
 技術攻防をじっくりと楽しむプロレスとしては面白いのだが、相手を叩き潰すとか本気を引き出すとかそういうものがイマイチ伝わって来ない。


 何が足りないのかを考えながら棚橋vs中邑のIWGP戦(09年2月15日・両国)のテレビ放送を見ていた。北海道でのテレビ放送は約1ヶ月遅れです。ちなみに、WBCの延長の余波で録画がズレる危険性もありました。


 私は、旧来の「ストロングスタイルという新日本のニオイ」を全く感じさせない棚橋のプロレスを興味深く見守っている。その戦い方が好きか嫌いかと問われれば、即答する。嫌いだ。では棚橋というレスラーが嫌いかと問われれば、好きだ。そのシェイプされた筋肉質のカラダを見れば常にベストコンディションであろうとするレスラーとしての高い意識が一目で見て取れるからだ。
 相手を力で捻じ伏せるのではなくて相手を転がして疲れさせて一気に叩く懐の深いプロレスは、見ている方にしてみれば退屈とスリルの紙一重だ。この、今まで新日本になかなかいなかったタイプのチャンピオンがこれから何を見せようとしているのかそこが興味深い。


 真輔もどちらかと言えば、直線的なファイトよりもねちっこいグラウンドでスタミナを奪って行くタイプの戦いをしていたのが、いつの頃からかキックやエルボーからのグーパンチ、あるいはパワー系の投げ技を多用するようになって、そういう総合格闘技系の技とプロレスの技のバランスがちぐはぐな時期を経て、今は大分バランスも落ち着いてきた感があって相手に恵まれた時には面白いプロレスになる。
 

 棚橋に足りないのは、真輔がムキになって挑んで来た時に表情を殺して叩き殺すくらいの殺気を出す、いわゆる「見栄(観客へのアピールではなくて、俺はオマエより上なんだぞというムード)の部分」だと思う。打ち合いをしていても決して限界まで打ち合う風でもなく、当ててるだけのエルボーを何発も打ち込んでいる感じのラリーをしてしまう。その途中でエグイのを一発入れて倒れた相手を見下すような嫌らしさという面が出てくればもっとグッと伸びると思う。
 ナルシストにはナルシストを周囲に納得させるだけの「強引さ」も時には必要だと思う。


 真輔に足りないのはズバリ、「緩急」だろう。
 常に一定のリズムで戦っている。私は、あの体型と負けず嫌いと勝負勘の良さがあるならば真輔は現代のアントニオ猪木にもなれるとさえ思っている。
 猪木と真輔のプロレスの決定的な違いは、メリハリ。真輔は「疲れ」が顔にも動きにも出てしまう。
 真輔が本来持っている腕ひしぎや三角締めに行く時の抜刀のような鋭さを活かすために、もっともっと技に入るまでの流れやタメ、表情を研究して観客の呼吸を理解すれば、もう文句のつけようもなく新日本を背負うレスラーになるだろう。というか、なって欲しい。今、それを現役で一番実践できているのは永田だ。
 だから、永田と組んだり戦ったりするのが一番、真輔を伸ばすことに繋がるだろう。
 
 例えば腕ひしぎだったら相手のクラッチを切る動作ひとつ、ピンと伸びきる姿勢ひとつで「見た目の必殺度」が数段増す。猪木の腕ひしぎはそういう怖さが出ていた。
 
 例えば、ロープワーク。真輔は全然ダッシュしていない。猪木は「この世の終わりか!」と思うような必死の形相でロープに走っていた。藤波もあの狭い空間を全力ダッシュしていた。全力でぶつかって全力でバンプを取っていた。技を仕掛ける時にはタメを作って、技の入りを素早くすることでスピード感を増幅させていた。そういう表現力を身につけた時に真輔は長年の呪縛から逃れる事ができるだろう。若くして異種格闘技戦で勝利して、プロレスの実力が伴わないままIWGPを巻いてしまったがために「新日本の、プロレスの救世主」とマスコミからは呼ばれながらも、本業のプロレス自体が面白くなくて下手くそな若手だからファンから厳しいブーイングを受けて来たそのジレンマから。


 二人の戦い・・・というか、ここ2年くらいの新日本のタイトルマッチは、プロレスの小さくても大切なことへのこだわり、ブリッジの美しさ、クラッチをキチッと決める、腕への関節技は手の平の角度で手首の決まり具合まで表現する、何気ない肩エビ固めでも相手の片腕をクラッチして跳ね返せないような姿勢で押さえつける・・・など、非常に美しいプロレスへの回帰がみられて嬉しい。


 棚橋も真輔も、いいレスラーになった。お互いに目指すスタイルも見えて来たし、技の軽々しさも随分減ってきて「誰かのモノマネではないレスラー」としての個性は整った。
 しかし良い試合・キレイな試合をしようとしすぎるあまりに、逆に忘れてしまっている部分があるような気もする。
 お互いが必然性を感じて戦っているのだから、もっともっと感情をほとばしらせて戦えばもっともっと響くような試合ができる!できるのだ。

 
 
 どうしても棚橋や真輔を語るときには辛口になってしまう。
 けれども、この二人はブログ開設当初は辛口批評の対象でしかなかったが、今はすでにプロレスの「未来」や「夢」を託す事ができる対象へと変貌を遂げた。

 さあ、マンネリを超えて行け!!
 

 
2009/03/10 Tue  05:47:33» E d i t
 » KENTAと勝彦のROCK YOU! 
 人間は、普段全力で生きていない。
 全力で生きていない者が突然「全力で頑張ります」なんて言ってみたところで、その「全力」という言葉そのものに首を傾げてしまう。

 全力で生きる必要もまた無い社会なのだ。
 文明は自然状態からの乖離を目的として存在するのだから。

 別に四六時中全ての神経を研ぎ澄まして僅かな変化に対応しなければ命をとられるような状況にあるわけではない。ラッシュアワーの人ごみが全員猛ダッシュだったら、倒れたり踏まれたりで毎日毎日死傷者が絶えないだろう。
 まあそれは行き過ぎな例えだとしても、日常生活でカラダ中の全力を出すことなんて年に一度あるかないかで、その都度若かった頃の自分と今の自分を比べてため息をつく。

 そして、全力を出さないうちに力は衰えて、やがて流されるだけの人生をいつしか送るようになって行く。
 なにも「全力」はカラダが生み出すパワーだけじゃなくて、物事に向かう真剣さも含めてのことで、「俺はホンキ出したら凄いんだ。いつかホンキだしてやる。その時が来たら全部ひっくり返してやる。」って言ってるヤツにはいつまで待っても、そいつに都合の良い「その時」は巡って来ない。いや、よしんば巡って来ても掴めなくなってしまっている。

 掴みたいなら、いつ「その時」が来ても掴めるように鍛えるしかない。
 ホンキで生きるしか、多分方法はない。要領良く世の中を渡っていける才能が無いなら、なおのことだ。
 


    
 全力を出させてくれる 相手・時・物事 に恵まれた場合、その人は幸運だと思う。

 
 人間に上下は無いというが、世間の仕組みには上下がある。
 年齢しかり、経験しかり、肩書きしかり。そして、その人の才能も、出して来た結果もまたしかり。

 「全力を出させてくれる相手」は、ある時は味方として、競い合うライバルとして、また自分の進む道の前に圧倒的・絶望的な力量差を見せつけて立ちふさがる敵として登場してくる。どのような形を取ろうとも、それは出会う運命なのだろうし、それがお互いの人生を彩って行く。




 KENTAと中嶋勝彦は競い合うライバルとしてのそれだ。
 互いの「もっと先」を引き出し合って、共に高みに上って行く関係だ。


 思えば、KENTAというレスラーはいつでも全力だ。ロックンロールだ。
 小さな体だし、決して周囲の軽量レスラー達と比較しても運動能力が秀でているワケでもない。
 
 でも、全力で戦っている。
 よく「気持ちで戦う」「気持ちは向かって行く」というが、それは体が動いてこそ表現できることだ。誰しもが本当ならばやればできるはずなのに、できない、あるいはやろうとしないことを表現している。
 秋山を公然と批判し、高山の顔面を蹴り飛ばし、踏みつけ、三沢のアゴを狂わせるようなヒザを叩き込む。

 KENTAの戦いには、キャリアも体重もスタイルも関係ない。
 いつも怒ってる。そういう戦いをしている。


 一方で勝彦は空手で中学生でありながら高校生部門で日本一になるような天賦の才と、それを押し上げようとする健介ファミリーという環境が今まさにベストマッチしている。
 15歳でプロレス界に実を投じ、自他共に認める才がありながら謙虚にそれを磨き続けて今、まだ20歳だ。

 この天賦の才能というヤツがなかなかの厄介者なのだ。

 天才を、周囲は期待と羨望の眼差しで見る。上には上がいるということを知らずに成長すると、挫けた時に立ち直る方法を知らないままになってしまう。そんな中で勝彦の幸運はプロレスを真剣に考えている佐々木家と行動を共にしていることだ。

 そして、困難を切り拓いて進むひたむきで真剣な佐々木家には多くの助けの手が伸べられて、健介と鬼嫁・北斗はメディアへもたくさん取り上げられ一般認知度が物凄く上がり、そのネームバリューがプロレス団体にとってもフィードバック効果を生むというメリットが発生し、健介ファミリーの戦いの場が拡大していく中で勝彦は健介ファミリーの「長男」として、ヘビーやジュニアの枠を超えた戦いをしたり、トップ選手と当たったりと、一般の団体所属の若手選手では味わえないようなマッチメークを経験。散々、上には上がいて、さらにその上に上がいることを味わう事ができている。

 天才であり、幸運である。

 小さい体でキャリアが浅いウチから健介のパートナーとして、ヘビー級とも対戦して来た上に、天才で努力家と何拍子もそろった20歳だから、もうすでに20歳にしてそこいらの同クラスの体重の選手よりも頭ひとつ抜きん出てしまっている。いやむしろ、ヘビー級と戦っても遜色が無いどころか打ち勝つほどの打撃力もある。

 自分よりも圧倒的に強い相手に対して全力で立ち向かって、叩き潰される中で研ぎ澄まされてきた天才が中嶋勝彦だ。




 2月11日に健介オフィスの試合で中嶋は物凄い試合をしてKENTAに勝った。
 勝って、GHCジュニアヘビーのベルトを腰に巻いた。

 技と技・・・というよりも、気持ちと気持ちが打撃を通してぶつかり合って響き合ってそれが加速して唸りを上げて観客を巻き込んで大きな渦を作り出していた。

 両者最後の力を振り絞っての終盤、KENTAの回転ラリアート狙いのところにピンポイントで勝彦のハイキックが命中。わかりやすく言えば、思いっきり振り向いた所に電柱が倒れて来たような打撃。そのタイミングでそれやらないだろ?普通は・・・と思うほどの強烈なカウンターでKENTAの意識はトんだ。そこからのたたみかけで最後はデス・ロール(後頭部へのR-15=ニールキック)でピン。
 
 その「普通はやらないだろ?」ということをやってのけた勝彦のロック勝ちだ。
 
 NOAHのベルトを健介オフィスに流出させた責任感もあって、KENTAが数日後に再戦を申し入れる。勝彦は「断る理由も無い」として快諾。


 3月1日のNOAHでの再戦はKENTAにしてみりゃリベンジマッチ。勝彦にしてみれば、勝ってKENTAとの因縁に終止符を打ちたいところだった。

 果たして、またもや意地と意地とのぶつかり合い。その意地と意地とが高度をさらに上げた場所で激しくぶつかり合っている。つまり、お互いがお互いを高めている。ライバルとして張り合う意地が、己を上に上にと押し上げる。両者の相手の直情を真っ向から受け止めて、真っ向から打ち返す直線的なファイトが熱を帯びた空気を震撼させ、見るものの心を揺さぶる。

 ロックだ。こいつらのプロレスはロックンロールだ。

 終盤まで高度な技を織り交ぜつつも、基本はバチバチの打撃戦で勝彦が勝負を決めに来たデス・ロールをなんとKENTAがキャッチして担ぎ上げて、go 2 sleep!!
 後頭部に向かって回転しながら飛んでくる約100kgのニールキックを身体ごとキャッチして、しかもそのまま担ぎ上げて技を決めるなんて、なんてファンタスティックな!!

 この、言葉じゃ足りない感!!まさにロック!!


 プロレスラーって、スゲェ!!
 KENTAは派手な見せ技は少ないが、こういうところがロックだ。
 絶対に倒れるだろ?普通は??ってとこで踏ん張ってみせる。

 

 勝彦は己の渾身の必殺の一撃を封ぜられただけにとどまらず、それを切り返されて敗れ去った。

 紙一重だったが、「できないだろ?普通は??」をやってのけたKENTAのロック勝ちだった。




 プロレスは言葉じゃないから、それを見てどう感じるかは千差万別だ。
 だから、私はロマンを見る。

 「普通はやらないだろ?」 や 「できないだろ?普通は??」を可能にするには、全力とホンキが必要だ。
 全力とホンキを出すにはそれ相応の 相手・時・物事 という大義名分が必要だと思い込んでいて、私達はいつでもそれを探しているけど、本当に必要なのは大義名分じゃなくて今できること、やるべきことにホンキで取り組む事であって、つまらなく見える小さなひとつひとつのそれがつながって自分のステージを上げてくれるような 相手・時・物事 に出会えるような感じはする。
 
 KENTAと勝彦はホンキと全力のその先を引き出し合うことができる、「お互いがお互いにとって幸運な出会い」なのだろう。

 この二人の戦いを感じる事ができる私達もまた、幸運なのだ。
 「よーし!俺も!!」って気持ちが湧いてくるから、感謝をも覚える。
 


 大事な事は、いつもプロレスから学んでいます(笑)。
 
 ・・・プロレス記事だろ~って、今日の記事スルーした人は損だよぉ~(笑)・・・ 
 

テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2009/03/07 Sat  16:08:11» E d i t
 » 不具合な真実? 
 先日、強敵(とも)からガンプラを拝領いたしました。

 相当おもちゃ屋さんの店頭で独自のポジションを温め続けてきた古老らしく、
 附属のボンドが固まっていて、製作できなかったのでした。



 ボンド買って来なきゃ。作ったら見せびらかしても良いですか?



 
 あ、思い出したんですけど。
 乱丁・落丁とか、不良品に当たった事ってありますか?


 乱丁・落丁に当たった事はありません。

 ジョジョ1巻の「なっ! 何をするだァーーーーーッ ゆるさんッ!」は乱丁ですか?
 回答*65版まで15年もの間修正されなかったという伝説の誤植です!!「何をするんだァーーーーッ」の「ん」が抜けているんですね。

 じゃあ、 やっぱり乱丁・落丁はありません。

 小学生の頃、ジオング ↓
1/144 ジオング1/144 ジオング
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不明

商品詳細を見る


 のプラモの向かって左側のアンテナが入ってなくて、バンダイにハガキ出して2ヶ月くらいしてからようやく部品が届いた頃には、ジオングはすでに ガンダム 弟によって破壊されていたことがあったなぁ。



 
 昨日、ウルトラマンの玩具がついたお菓子(というよりも、小さなガムがついたウルトラマンの玩具)をコンビニで買ったら、帰ってきたウルトラマンのヤツが当たったんですが、2代目ゼットンが入ってませんでした。

 これ→「ウルトラ怪獣戯画 ラストバトルスペシャル」の、「ウルトラ5つの誓い」ってヤツ。

 だから、新マンが一人で「よっこらしょ」ポーズしてるのをバット星人とやらが遠くで見ているという情けないジオラマになっていて、 まるもい(長男・4) もさぞかしやご立腹・・・かと思いきや、新マンとバット星人で戦いごっこさせて喜んでました。


 でも二代目ゼットンを獲得すべく、さっそく余っていた年賀状でバンダイのお客様相談センターに問合せを送ってみた、名残吹雪の3月初旬。


 
 北海道に遅い春を告げる桜が咲く頃には二代目ゼットンは来るだろうか。

 そして、その頃まで新マンとバット星人は行方不明にならずにいられるだろうか(98%ムリ)。



 <参考>


   「ウルトラ5つの誓い」

1、はらぺこのまま学校へ行かぬこと
2、道を歩くときは車に気を付けること
3、晴れた日はふとんを干すこと
4、ひとを頼りにせぬこと
5、土の上で裸足で遊ぶこと




  誓いたまへ。君たちも。
2009/03/06 Fri  00:11:11» E d i t
 » ツララららら 
 積もって融けて
 雫がこぼれて
 冷めて尖って

 ツララが冷たく尖ってました
 石造り倉庫の屋根から滴る水滴が
 北風に晒され
 鋭くこちらを睨んでました

ツララ

 
 心の動きをよく見てみたら
 なんだかそんな感じです

 思いは積もって温かさに触れて
 融けて涙がこぼれたかと思ったら
 冷たい風に吹かれて
 凍って尖って



 その思いも昇華して
 また降り積もって

 そんな繰り返しです


ツラララララ

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2009/03/02 Mon  17:19:10» E d i t
 » ゴーマンなヤツの存在意義 
 「世の中は自分中心に回っている!」

 そう顔に書いてあるようなヤツが子供の頃から一人や二人、身の回りにいた。

 そういうヤツを観察していると2パターンいることに気付いた。

 ただ単に甘やかされて育って来たワガママなヤツと、自分の才能を持て余してその有り余るエネルギーの行き場が「その他大勢」にとって幸いとは呼べない方向に流れてしまっているゴーマンなヤツの2パターンだ。

 前者はやがて自滅する。ワガママ放題が許されなくなった時点でどっかでぶっ叩かれて凹む。
 後者は自分の為すべきことに運良く出会えた時に本当の芯の強さを発揮し、停滞する物事や時代を動かす軸になることもある。運良く為すべき事に出会えなければヤクザ者にでもなるだろう。

 白洲次郎は後者だろう。

 白洲次郎のドラマの第一回を見た。

 時代は、表舞台で活躍した人間よりも影でそれを支えた立役者に光を当てたがっているらしい。
 要するに、第二・第三の坂本龍馬を作り出そうとしている風に思える。


 坂本龍馬は明治維新に大きく関わったけれど表舞台には決して立たなかった。あるいは立てなかった。
 それが大いにフィクションで構成された英雄になったのは、おそらく司馬遼太郎が「竜馬がゆく」という小説を書いてからだろう。
 
 歴史の表舞台に立った人間は多くの人たちが直接触れ合っていて公式な記録も残されているだろうし、記憶にも残っているだろうから物語を付加しにくいという部分もあっただろう。1960年代に書かれた小説であれば大政奉還から約100年、ちょうど実在した人物が「伝記・物語」になれる頃だったのだろう。坂本龍馬はそうして英雄になった。

 
 白洲次郎は昭和の坂本“竜”馬である。
 司馬遼太郎は坂本龍馬を描くときに、自らのフィクションを交えた人物像を描くという部分への配慮として“龍”を“竜”と表記したのだと誰かに聞いたことがある。

 戦前に近衛文麿のブレーンだったとか、戦後マッカーサーを叱りつけたとか。
 彼は歴史の表舞台に顔を出さなかった故に、事実とも虚構とも見える伝説を身にまとっている。
 
 
 興味深い。
 
 
 後の世に生きる者達が、過ぎ去りしその人生を掘り起こして虚飾を施して現代にその息吹を蘇らせたくなるような両者の生き様が好きだ。
 
 ドラマの第一話では、日本には収まりきらないほど傲慢な性格の豪商の次男が英国に留学したものの実家が破産し没落する中でどのように英国で生き残ったのかとか、英国紳士のロビンとどのように親交を深めて人脈を作ったかとか肝心(だろうと私が思うよう)な所が描かれていなかった。
 
 その点で、全く興醒めな「その時、歴史は動いた」の延長的なドラマだった。
 
 それでも白洲次郎という人物に興味があるから第二話には期待している。



 
 時代は英雄を渇望しているのだろう。それも表舞台に立つ事無く、影で日本人の尊厳のようなものを代弁するような心の拠り所のような 「自分たちにとって最も都合のいい英雄」 を。

 それにしても、この「時代の渇望感」は何だか嫌な予感がする。
 


 
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