フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2008/03/31 Mon  21:02:52» E d i t
 » 階段 
喜びに満ち階段を駆ける子供たち。

階段を目にするとまずため息をつく大人。

20080330132809


でも私は知っている。
その階段は未来をつなぐために大人が作ったのだということを。

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きっと何かあるもんだよ
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2008/03/29 Sat  20:26:36» E d i t
 » 旅マニアック③ 
20080329202705
忘れてた

時も空間も

無限だったんだ

無限を切り取った

今ここにいる自分
2008/03/29 Sat  18:24:46» E d i t
 » 六代目! 
20080329163007
五代目メガネの愛称は「セブン」だった。

モロ形がウルトラ・アイだから。超お気に入りだから必ず修理してもらうからな!待ってろ~

緊急で作った六代目!

六番目だけにその名を「タロウ」としよう!

よろしく頼むぜ
2008/03/29 Sat  03:40:17» E d i t
 » ナントカと煙は高い所に 
20080328195107
ぁああああ!

なんだ?アレなんだぁー!動いてるスゲー!カッコいい!

遠いッ!
だがすかすッ!
往ぐッ!
往がねばなんねッ!

20080328195407


折しも天気予報は雷雨。

だがすかすッ!
見よッ!この晴天ッ!
さらに無風ッ!
-- 続きを読む --
2008/03/26 Wed  21:30:13» E d i t
 » ぼきっ! 
20080326213203
よりによって旅先で…
こんな夜に…

どーする?裸眼視力は小数第ニ位だ!目を細めれば指名手配犯だ!!


…が、早朝から用事はあるぞ!

あ゛ぁ~
2008/03/26 Wed  04:50:04» E d i t
 » 旅マニアック② 
こんなゲージツ的な物を見つけてしまうこともあります。
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青の世界です。何だか分かりませんが、駅前というか駅裏に置いておくにはいささか高尚な気がしないでもなく…

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えーっと…コレは…イカ?じゃないし…タコ??
あーゲージツは頭で理解するでなく心で感じるものですからして~


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で、極めつけ。
す…凄いです。ガラスですぜ?
2008/03/25 Tue  20:08:10» E d i t
 » 旅マニアック① 
意味があるのか無いのかあっても無くても彫刻が好きです。駅にあるじゃないですか。いろいろ。


20080325143103


…なんかね。分からないんですけど他人の気がしないんですよ。
毎年、ショーケースの向こう側にいる彼。
今年は開駅110年だそうで、おもてなしに出てきてくれました!


20080325144005


こちらは定番ですね。
重い荷物を背負って誠心誠意を売り歩く情熱の商人。

行こうぜ!丸坊主!
2008/03/24 Mon  02:46:50» E d i t
 » ありがとう&愛してる3 
 どど~ん!どど~ん!!どど~ん!!!

 パッパ~ッ♪ パラリラ~~ン♪
  あけましておめでとうございます!!

   本日3月24日は フクフク丸歴04年 の元日であります。

  干支はすでにご存知のとおり ワウワウテナガザル です。

              今年もよろしくお願いします。


 2005年3月24日にブログデビューを果たし、本日で見事に3周年を達成致しました!!



 この3年間、物凄い勢いでブログという発信ツールの利用者が増え続け、中には有名人がブログを書いていたりブログ自体がマスコミの取材対象となったりと、ブログという言葉自体を知らない人の方が少なくなってきたようにも思えるほどです。すごいですね。

 そして、それに比例するかのように世の中の流れが一段と速さを増したような感があります。

 情報はさまざまな色つきで発信され、何が真実で何が正しいのかが分かりにくくなった世の中ですから、せめて自分の信じてる事くらいは大切に守って行きたい。自分から見えた風景、自分が嗅いだ匂い、自分が触れた感触、自分が味わった味、そして、その自分が感じた風をこれからも書き綴って行きたいと思っております。
 

 3年間。
 それは私がブログを始めた年に中学・高校に入学された方々が卒業され、新しい道を歩き始めるほどの時の積み重ね。 

 趣味として丁度良い距離感を覚えつつ、自分は「書くことがこんなに好きだったのだ」と再確認しつつ04年も、たまに肩に力入れて、たまにため息ついて、てきと~にやって行きます!


 
 皆様、いつもありがとうございます!

 いくら書くことが好きでも、見てくださる方がいらっしゃらず、意見のキャッチボールも成立しなければここまで続けることはできないと常々思っております。私は、一人で黙々と高い山を登リ続ける孤高の人ではなく、パーティーで身の丈にあったハイキングを楽しみたいタイプです。
 みんなで助け合って、みんなでルートを見つけ合って良さそうな道を探して、いつか気付いたら高い山登ってて、後から来る人たちに道しるべを残して行けたら最高ですね。

 ・・・って、まあ欲深な・・・

 今後とも末永くご贔屓に。





 追伸:ちょっくら旅に出て来ます
     旅先からは携帯更新で地方ネタとか更新してみようと画策してます。
     さて・・・どこに行こうか うっしっし~
2008/03/21 Fri  04:52:19» E d i t
 » さよならの電話ボックス 
今みたいに手元からすぐに思いを伝えられる時代じゃなかった

 確実に電話線を辿った先にあの娘がいて
 そしてあの娘に至るまでには
 電話に出た家族という第一関門を突破しなければならなかった

 その時点ですでに緊張はピークに達して

 何度も何度も電話番号の最後の数字を押せなくて
 次第に指先もつま先も冷たくなって震えて
 

 簡単じゃないから切なくて苦くて
 切なくて苦いから思い出になる
 
 通いなれた電話ボックス
 あの日の会話はその場で白い息となって消えてしまって
 心のメモリーも新しい色で上書き保存されてしまったけれど  



 10円玉の時間が切れるまで・・・という時代よりは幾分マシで
 テレホンカードの制限時間はデジタル表示でカウントダウンされて行った


 カウントダウンが終わるまで
 ただ沈黙していたあの夜のこと
 「僕」はたまに思い出します


 つながっていた記憶
 

 「じゃ お元気で」

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2008/03/20 Thu  06:28:42» E d i t
 冷凍ギョウザで中毒患者が出たのを皮切りに、中国で製造され日本国内に輸入・販売された冷凍食品から色んな種類の農薬成分が検出されたりして「食の安全・安心」が大いに揺らいでいるここ1ヶ月の我が国です。

 昨年流行した「偽装」やら「表示違反」やらがどうとか言うレベルではなくて、猛毒が混入していたという命に関わる問題ですから。

 この事件が現代の日本が抱える食料に関するさまざまな問題点を改めて考え直す契機になった感もあります。今、ヒステリックなまでに世間の関心を集めているこの問題も「人の気持ち」をキーワードに私なりに考えてみたいと思います。


 ●毒ギョウザ問題は食品テロか?

 「衛生管理は万全ですよ」と例のギョウザを加工している加工場の作業風景を撮影したDVDが中国政府から送られて来たそうで、それを以って「本件の中国側の過失なし」としたいようですが、今回DVDに納められていた衛生管理と農薬成分混入とは本質的に別問題だと私は考えています。

 ギョウザの原材料として使用される野菜に農薬成分が基準値を遙かに超えて残留していたのではなくて、製造されたギョウザの製品に 殺虫剤成分=毒 が 付着 していたのですから。
 「何者かが意図的に製品に毒を添加した」と考えるのが妥当だと思います。
 犯行声明無き犯行。それが、日本で行われたのか中国で行われたのか・・・

 ただ、件の毒=メタミドホスは日本では生産されていないらしいですし、例の工場のある市内で大量のメタミドホスを隠し持っていた化学工場が発見されたりもしてますので中国側に「捜査打ち切り」と言われても唖然とせざるを得ません。

 これは、食品テロと呼んでも過言ではない事件であり、食生活の大半を中国産品によって賄っていた日本人を不安に追い込みました。正確に表現すると「分かりやすく状況説明しようとして大事な部分を省略して報道したマスコミ過剰反応して勝手にパニックになっている状態」と言えると思います。

 ●近代設備の加工場

 皆さんは意外と中国の加工場を不衛生だとか、ギョウザ事件の無実を証明するために送られて来た工場内を撮影したDVDをご覧になって「どうせDVD用に作ったんだろ」とか思われるかもしれませんが、中国の大手の食品加工場の衛生管理は素晴らしい物です。日本ではおそらくよほどの大資本で運営している加工場以外は太刀打ちできないほどの、いわゆる「病院の集中治療室入室に匹敵するような」衛生管理が敷かれてます。
 
 後発国の強みとでも表現すれば良いのでしょうか。
 
 食糧危機迫る!?①でも前述しましたが、何もないところに最新鋭の叡智と技術で設備を作る事ができるのですから。大手食品メーカーともなると原材料も、その時点で厳しい審査・検査を受け合格した、契約農場で生産された原材料を使用しています。

 原材料の製造から製品加工までまさに誠心誠意を尽くしたライン作りがなされて製造されているのです。
 そんな素晴らしい製品が日本国内製造品よりも安価で買う事ができる。
 全ては人件費が安ければこそできる芸当です。
 

 ●ギョウザ事件余波。中国産はダメ?? 

 ギョウザの殺虫剤成分混入が事件発生から1ヵ月後にようやく明らかになってから、日本の量販店は己が身を守るために中国製品の切り捨てを始めました。「信用できない商品は店舗に置かない!」という強硬姿勢はどこまで貫けるでしょう。

 ・中国以外の国からの産品で対応する → 価格2~3割アップ 
・日本国内産で対応する         → 価格5~6倍 


 いずれにせよ、現在の日本全国津々浦々を網羅する量販店の全ての棚を埋め尽くし、そして大量に廃棄されていたような商品陳列のシステムが不可能になるでしょう。それと同時に量販店のダイナミックな淘汰が始まります。
 それを「品薄」と呼ぶのか、あるいは完全に供給過多だったものが需要とのバランスが取れて行くのか分かりません。今までのような飽食の時代は終わりを告げ、今までのように大量生産・大量消費・大量廃棄で無駄を出せば即・飢餓の時代という舵取りの難しい時代に突入するかも知れません。
  
  ギョウザ事件以降、野菜の残留農薬などの問題は確かに明るみに出ましたが、ごく一部からそれらの問題が発生したからと言って すなわち全て中国産がダメ という風潮は誤解・誤認識だと思います。

 私達の生活は、中国産品によって支えられてきました。
 中国産品に100%以上の要求をしながら、価格は安く買い叩いて問題が起きると「全てダメ」。

 殿は小作農を「生かさず殺さず」で年貢を取り立て、小作農は質素でギリギリの生活を送る一方で殿は豪遊する。殿は一切、小作農を振り返ることなく、年貢の取立てができなければ容赦なく処罰する。小作農が一揆を起こしたくなる気持ちは分かりませんか?

 当たり前に身の回りにあるから、普段の感謝があまりにも無さ過ぎるんです。

 陳列棚に並んでいる冷凍食品が人の手によって栽培され、あるいは命ある動物の肉を頂き、それを加工してくれる人がいて、運んでくれる人がいて、それを販売させてもらっているということに。食卓に並んだそれらはお金と交換できる「物体」ではなくて、多くの人の手を介して作り上げられ届けられた命を育む為の恵みであるということに。

 食品は工業製品ではありません。

 日本国内で中国産品排除の風潮が高まる中、中国もまた日本に対する輸出を抑制するという断固とした姿勢を示してきました。今や中国は小うるさい日本を相手にせずとも、国内需要の増加および欧米との貿易で充分にやっていけるだけの体力をつけているのです。

  一方、日本はと言えば食料自給率・実に39%。なんの備えもない。
  兵糧攻めに遭えばたちどころに崩壊してしまう現状です。

 日本は中国に「見捨てないでくれ」と泣きつけば今後は中国側に食料事情のイニシアチブを握られてしまい、「ちゃんとしなきゃ、こっちだってもう買ってやらん」と開き直れば物価は高騰を続け、国民生活は困窮する。現実として食料危機はもう目の前です。

人間は食わなきゃ生きられません。
 それとも「武士は食わねど高楊枝」?飽食に慣れきった日本人がそれをどこまで貫けるでしょう?

 さぁ、どうします?
 
2008/03/19 Wed  20:48:20» E d i t
 ●僕らは守られてきた。無理を「無理」と言えない体質に。

 もうずっと前から危ない綱渡りが続いて来た状況なんですけれど、無理な事を無理だと言わない、言えない日本人的体質とこの底知れない継続的不況感がもたらす強迫観念と結びつくように大量生産・大量消費・大量廃棄時代が継続してきたのですが、生産あるいは流通の仕事に携わる人間かあるいはよほど興味のある生活者の方々を除く一般消費者の方々は、スーパーに行くと当然のように安価で当然のように毎日当然のように棚にビッシリ並んでいる商品に何の疑問も抱く事も無く生活を送り続けてきたわけです。
 要するに大袈裟に言うと、守られてきたわけです。
 当然のように守られている中では、守られているという意識も実感も無く、ただただ生産者・販売者の文字通り身を削るような誠意と強迫観念によって食生活が成り立ってきた経緯があります。
 
 誠意とは、食べてもらう人が少しでも幸せな気分になれるようにできることはやるという誠意。

 脅迫観念とは、入札時点で競り負けるとライバルメーカーにその座を奪われ、二度とその座に着かせてもらえないという脅迫観念。
 安売り過当競争のこの時代、品質よりも安さが問われ、その結果品質での差別化は困難になります。が、量販店の魅力は一度取引決定となると、大量に商品が売れるというメリットがあると言う事です。
 それはすなわち、企業の仕事量の安定を意味します。
 仕事の安定を得る為に、商品を原価スレスレで安く売る。原価を落とす為に工夫をする(リストラ)。

 無駄の削ぎ落としと同時に、消費者・販売者の要望に応える努力をして行かなければなりません。
 
 

 ●消費者の声

 消費者の声は生産者に届いています。だから、スーパーに並ぶ商品の裏には神経質なほどに表示項目が増やされ、次から次へと包装資材・包装形態は変化を遂げ、それどころか農産物に至っては生産者の顔まで写真入で紹介されていたりします。

 トレーサビリティーという言葉をご存知でしょうか?
 情報公開という一時の流行で、神経質もここに至れりというシステムを構築しました。
 

 でも、生産者の悲鳴は消費者に届いていますか?スーパーに並ぶ価格での生産は本来は不可能なんですよ。それでも、スーパーしか販売してくれそうな場所が見当たらない。

 大量生産・大量消費・大量廃棄の流れが構築してしまった経済循環に沿って展開した時代ですから、よっぽど新しい流通経路を思いつかない限りはその流れに身を任せるしかないんですよね。
 流れの先のすぐそこが果てなく落ちる滝だと分かっていても、激流の中で為す術も無いという。



 ●なぜ生産者の悲鳴は届かないのですか? 

 安心・安全は無料奉仕だと思いますか?

 国が法律を定めて、表示項目をひとつ増やすたびに今までの包装資材を廃棄し、新たに作り変えて、基準をクリアして初めて店頭に並ぶんですけれど、何か事件が起こる度に神経質なシステムが増え、それに対応するための浪費の繰り返しで生産者の側はどんどん疲弊しています。

 思い起こせば、O-157と言う当時耳慣れなかった食中毒菌がこの問題の走りだったのでしょう。
 イクラの製造メーカーが消費期限切れの商品を再度出荷したのが原因でした。カイワレ大根やモヤシもその飛び火で大炎上しました。これは、全くの事実無根だったのですが。
 その後、雪印牛乳がやはり消費期限切れ牛乳を使い回し、黄色ブドウ球菌による食中毒が発生。
 
 それまで食中毒と言えばナマモノですとか、珍味などというさほど身近でもないモノに付帯した症状だったのが、一気に身近な食品・飲料にその危険性が近づいてきました。これは、明らかにメーカー側の落ち度だったわけですが、その一部の大手企業の落ち度が「安心・安全」システム登場のキッカケでした。

 量販店は納入品に細菌検査を義務付けます。
 商品納入までの温度管理も義務付けます。
 消費者のためという口実、本音は自分のところで売るものにクレームが発生しないように必死に。
 

 どんなにチェック項目を増やしても、システムが増えているだけで魂が篭っていないんですね。
 販売店側で抜き打ちで細菌検査でもしようものなら、販売店は加熱商品以外は何も置けなるでしょう。
 余程殺菌されたもの以外は。
 例えば生野菜。全てが細菌検査にクリアしていたとしたら、殺菌はどのように行われたのでしょうか・・・

 生産者側から見てもチェックシステムが増えるのは良いことなのでしょう。それをクリアすることで自社のブランドが確立して行くようなものですから。
 ただ、それが売価に反映されて行かないんですね。販売者である量販店同士の過当競争によって、販売価格が先にありきでそれに合わせて商品を作るという時代ですから。
 安心・安全 をボランティアで提供しているようなものです。

 食パン1袋 100円で販売されていたら、チェックシステムが1段階増えてコストが増加しても売価は100円のままです。誰もが納得せざるを得ない「輸入小麦の価格が3割増しになる」という理由が無ければ値上げなんてできなかったのですから。


 仏作って魂入れず。いくらチェックシステムを増やしても、製造工程を機械に任せても、本質はこれです「人間が作った(あるいは獲った)モノを人間が消費する」

 まとめてみましょう。

 ・企業は利潤を追求する団体です。
 ・従業員はその経営によって生活を賄っています。
 ・いくら清廉潔白な商品作りをしていたとしても、食品は期限内に売れなければゴミになります。
 ・ゴミだって処分費用が掛かる時代です。ゴミを製造するようなシステムでは経営は立ち行きません。 
 
 ・苦渋の選択です。
   A・守って来た製品の品質を落とす →  廉価販売の過当競争に巻き込まれる
   B・品質を守って、販売数を落とす → 業務の縮小 → リストラ
   C・時代が受け入れてくれないなら廃業する→  失業者の増加
   D・何してもバレなきゃOK。従業員の生活もあるから負けられない→ 偽装表示問題
 
 偽装表示問題は社会悪ですが、全てが経営者の私腹を肥やすためだけに行われたと考えるのはいささか短絡的であると私は思います。


 消費者の感覚では、量販店の棚揃えを見ていれば商品なんていくらでも湧いて出て来るような感覚に慣らされています。
 しかし、人間が生産あるいは捕獲し、人間が加工したモノを、人間が販売して、人間が消費しているという大前提を忘れてはいけません。
 
 「システムや法律で縛って行けば世の中は良くなる」と勘違いしている学者さんが多いのでしょうか。人間は血の通った生き物であるという大前提無くして法律もシステムも意味を成すことはないのではないでしょうか?

 弱肉強食の世の中で、勝ち残れない企業は淘汰されて行けば良いのでしょうか?
 本当に安心・安全のモノづくりに長けていて、廉価販売に向かえないメーカーが次々に消えて行きます。
 
 誰が本当の意味での安心・安全・・・それに伴う生産者の誇りを破壊したのか?
 価格と一緒に破壊してしまったものは、大きかった。

 
 その代わりに台頭してきたのが、廉価商品の大量生産・安定供給に長けた 食料危機迫る?①で述べた中国の加工場です。
2008/03/16 Sun  15:57:11» E d i t
 笑顔は安全標識か? の続きですが、いくつかのテーマに分けて書いて行きたいと思います。
 もともと書き溜めとかせずに勢いで書いているブログなので、書き進めるうちに違う方向に行ったとしても、それはそれで良いやって感じで大袈裟なタイトルをつけてみました。
 「食料危機迫る?」などと。

 笑顔は安全標識か? では、販売店の責任に関して述べました。
 生産者の努力は価格として反映されず、量販店の宿命である大量販売のために消費者の目を引く価格競争に走った結果「安さ至上主義」の世の中になってしまいました。

 そもそもが多くの人が食生活の困窮とは無縁の時代にあって、飽食の時代と呼ばれるほど日本には食べ物が集まってきて捨てられている時代がありました。
 現在もその時代の延長上にありながら敢えて「ありました」と過去形にしたのは、多分、この先、日本には飽食は待っていないだろうと私が勝手に予測するからです。

 日本の食料自給率は39%だそうです。良く先進諸国と比較してどうだとか言いますけど全然意味ないですよね。地理的国土的要因・歴史的事情が違うんですから。
 簡単に書くと「日本人は輸入食品に頼らないと飢える」ってことです。
 だから、どうにかこうにか食いつなぐために輸入食品はもはや生活に欠かせないのです。
 普段はそんな事考えませんよね。当たり前に、そこに捨てるだけ存在しているものにありがたみを感じられるほど不幸な体験を私達の世代はして来なかったのですから。
 食料輸入が途絶えたらどうなるかのシュミレーションについては、今後話題にして行きたいと思います。


 アメリカ方面にもBSE問題とかありますけれど、今は関心が中国加工品に向いていますからそちらを例にいろいろ考えたいと思います。


 まずは、中国で生産・加工される食品と日本の食糧関係の事情を知る必要がありますよね。
 
 中国産品がこれほどまでに日本で市民権を得たのは、意外にもこの10年くらいです。
 中国から来るモノは「安かろう、まずかろう、危なかろう」だったものです。代表例としてよく槍玉に挙げられるのが うなぎ ですよね?
 抗生物質がどうだとか、養殖場でヒドイ生産状況だとか、工場が非衛生的だとかよく言われたものですが、その都度ちゃんと「安さの魔法」が全てを解決してくれて来ました。
 
 喉もと過ぎれば熱さは忘れるのです。

 別にスーパーで売られなくても、ちゃんと安さが売りのチェーン飲食店では 安いうなぎ が出続けていたような気もしますし。
 
 
 いつしか、日本の食品企業が中国に生産拠点を移し始め、指導・管理を徹底するようになります。
 なぜ、日本の食品企業は中国に生産拠点を移したのでしょうか?


 ①日本人は食品工場で働きたがらない
 ②製品の販売価格が上がらないのに国内の人件費は毎年上がって行く
 ③日本人労働者の質が低下している
  

 

 三大理由はこれでしょう。要するに賃金分の労働ができていない と。
 それに対して中国は

 ①労働(賃金)を求めている人口が無尽蔵にいる
 ②人件費は国の制約も無ければ、労働者に教育が行き届いていないから反発も無い低賃金
 ③中国人は生活のために一生懸命働く



 価格破壊という言葉、皆さんもご存知だと思いますが、日本国内の量販店が消費者に良い顔をするためにこぞってエブリデー・ロープライスを標榜する中、生産者や加工者は良い言葉で言えば「淘汰」されて行ったワケですが、淘汰されて残ったのは「ロープライス=安値を実現できるメーカー」だったと言う事です。
 安値を実現させるためにルール違反をした企業が昨年はずいぶんと叩かれましたが、ルールを徹底すれば、スーパーの陳列棚に並んだ商品の価格は5~6倍になると言われています。

 
 安値を求める時代にあって、中国の安価な労働力と言うのはまさにメーカーが生き残る為の一筋の光明だった訳です。

 設備が無いなら設備をすれば良い。
 何も無い中国に最新鋭の技術と蓄積された知識を導入して設備した方が、日本の既存工場を潰して立て直すよりずっと良い。土地だって、建設資材だって、建設労働力だって、税金だって法整備されてない分、圧倒的に安いのですから。
 
 労働力は、懇切丁寧に指導すれば育つ。
 「生活を良くするために」というハングリー精神で働く気持ちがある人たちなのだから、指導・教育を徹底し、文化・しきたりを相互理解すれば素晴らしい労働力になるはずだ。

 そう考えると中国大陸は日本企業にとって希望の塊だったワケですね!

 かくして日本の専売特許であった 加工技術 はいとも容易く海外に流出し数年の教育期間を経て、日本で製造する加工品と肩を並べる・・・それ以上の・・・品質を誇る製品が、日本製品の半値で逆上陸。

 日本人の雇用を奪って不況を呼び、不況がさらにスーパーの廉価販売を助長し、その廉価販売を支える為に中国製品が量販店の陳列棚の占拠率をどんどん増やして行きました。

 これは、食品に限らず、いわゆる「ユニクロ方式」として一時期脚光を浴びました。
 日本の技術指導で中国の生産レベルは格段に向上し、日本の国内の産業は空洞化の一途をたどりました。一方で安価で良質で無尽蔵の労働力を手にした中国はその加工力を以って一気に「世界の工場」へと変貌を遂げ、目覚しい経済発展を続けています。

 当然、中国国内の消費も上がり、さらにここの所、ロシアやヨーロッパの景気が良いので、内需拡大と欧州向けの輸出があれば、何も日本を相手に貿易をしなくても充分にやって行けるだけの経済的な体力もついてきました。


 そして、今回の毒入りギョーザ事件が起こりました。
 次回は、毒入りギョーザ事件と日本人の過剰反応について書きたいと思います。

 ・・・が、いつのことになるやら・・・
 
2008/03/16 Sun  06:35:47» E d i t
 » ちょっと不快感 
 この度はFC2ブログをご利用の皆様にしか分からない話題を振ってしまいます。

 私、ここ数週間、ログイン画面に登場してくる SEGA の 「ゾンビ打2」 タイピングゲーム・ソフト「ゾンビ打2 タイピング・オブ・ザ・デッド2」公式ページのゾンビが不快なんです。



 私、このタイピングゲームの元ゲームである「ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド」が大好きで、ゲーセンで友人と共に何千円もつぎ込んだという華々しい記憶を持っています。
 知らない方に説明しますと、あのアレです。ゲーム機にピストル型のコントローラーが付いていて画面に向かって打つヤツです。ゲームのジャンルで言うとガン・シューティングゲームというジャンルになりますか。

 それが高じてパソコンを本格的に弄り始めた当初、タイピングソフトを3本買ったうちの1本は「タイピング・オブ・ザ・デッド」です。余談ですが残りの2本は「タイピング奥義 北斗の拳 激打」と「アントニオ猪木 1・2・3・打ぁーっ!!」なんですがね。
 
 ですから、ゾンビのキャラには慣れているんです。
 けれど、ここ数十年の間に「ゾンビ」というモンスターが「ドラキュラ」や「狼男」「フランケン」レベルにまで知名度が急上昇を遂げたとは言え、あんなもんいきなり見せ付けられたら見慣れている私でさえも不快になります。ましてやホラー映画を嫌いだという方や、あんなリアルなんですから本気で怖がってしまう方だっていらっしゃるのではないでしょうか??
 

 FC2では現在、記事の編集をする度にゾンビが画面に ドギャ~~ンッッッ!!と飛び込んで来ます。
 
 無料で使わせて頂いている以上、FC2ブログの素晴らしい運営が広告によって賄われているのは十分承知しております。いつの頃からか管理画面に広告バナーが付き、携帯版には出会い系サイトのバナーも出て来ることがあり、漠然と「もしかしたら、エロい広告とか出ちゃったりするようになるのかなぁ」とか密かに心待ちに・・・ん。おほん!危惧しておりました。誠に残念な事にエロではなくてグロが来ました。(では「エロなら良いのか?」と問われれば、それはそれで一応良識的には疑問符をつけますが、記事にはしなかったと思います)・・・ちっくしょ~。

 今回のゾンビ打のキャラクターはリアルでありながら、愛嬌のあるポーズでそれなりに一般向けにアピールしているのは分かります。見た目のインパクトは絶大です。
 ただ・・・多分、管理画面に入るたびに登場する 皮がめくれた死体 に対して好意的な見方はしていない方々は少なくはないと思うのですが・・・

 あ、「別に気にしていなかったのに、丸ちゃんが言うから気になっちゃうじゃな~い!」 という方々、正直、スマンかった。
 グロいっしょ・・・?

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2008/03/14 Fri  00:00:00» E d i t
 » 雪あかり 
 ①
ゆきだま


 コレ ナンダ?

 ②
灯



 ジャ コレハ?

 ③
ランプ


 コレハ ワカリマスカ?



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2008/03/10 Mon  06:42:13» E d i t
 →スポーツナビ「内藤 すくい投げにも動じずV2」

 WBC世界フライ級タイトルマッチを土曜日にテレビ観戦しました。
 最初に正直に書きますけれど、戦前、私は「内藤は負ける」と思ってました。

 亀田次男を成敗して以来、見ているこちら側からでさえも異常と思われるほどのメディア露出。私は亀田次男征伐以降「2週間くらいで忘れられる」と見てましたが、メディアの方がこれまでのTBSの露骨な亀田売出し戦略へのあてつけのように内藤フィーバー。亀田人気に眉をひそめていた大人たちも、自分達の溜飲を下げてくれた内藤を支持。そこに持ってきて内藤が天狗にならない地味な性格なものだから、世論は一気に内藤救世主伝説レベルまで持ち上がる。
 TBSもさっさと亀田父子から内藤支持に鞍替え。残酷なモンだと思いきや、意外ととフライ級の王座を丹念に追って行くことで亀田復活の際の説得力をつけさせようという2ヵ年(くらいの)計画かもしれません。要するに、どっちに転んでもとりあえずはTBSにはオイシイ状況だと。
 

 一方のポンサクレックは、内藤に王座を奪われるまで実に17度の防衛を重ね、「絶対王者」というプロレス界から世間一般に浸透した称号を与えられた、現時点で最強の挑戦者。これは、TBSのプロモーションビデオ編集技術が作り上げることができない真実の積み重ねであり、ボクシングファンの誰もが疑う余地も無い事実である。

 
 TBSの番組編成は、まぁこんなモンなのだろう。
 試合開始1時間前からの番組作りは初心者には優しい。

 総合格闘技の番組を作る時もそうなのだが、過去の対戦とか両者のこの試合に賭ける思いだとかを上手い具合に編集して視聴者の気持ちを盛り上げる。これは総合格闘技もボクシングもそうなのだが、その手法に難点を挙げるとすれば過去の対戦録画を放送している時に、その映像が過去の対戦であるというテロップの類がないことだろう。

 急いで帰宅してテレビのスイッチを入れた瞬間にもうすでに試合が始まっていて「どこかで見たような試合展開だなぁ」とか思っていたら過去の映像だったと言う事もあるので。

 さて、肝心な試合。

 ポンサク、入場時にガウンの隙間からチラリと見える腹筋が・・・凄い。筋肉のキレがハンパじゃない。
 翻って、内藤・・・あっ!亀田次男の時とは別次元の体つきだっ!!一体、いつ練習してたんだ??という疑問の答えは「メディア露出が増えるにつれ、自分の肩にのしかかる重圧が増し、練習量は逆に過去最高のものとなって行った」と試合前のプロモーションビデオでやっていたのだった。
 もう、このカラダを見せられたら、内藤側にも何の疑問を挟む余地もない。

 「最高のボクシングが見られる!」
 ロマンチックが止まらないッッッ!!!
 
 タイ国家斉唱。観客、黙って聞け。
 君が代斉唱。ガクト、上手いね。

 やっと試合開始。
 ポンサクが前に出てくる。軸がブレない。サウスポースタイル。
 その周りを内藤が軽快に回りながら、長いリーチを利用して中間距離からの大振りでポンサク得意の接近戦を回避する。
 が、ポンサクが「そんなの関係ねぇ!」とばかりに、トリッキーな内藤の動きに小さなカウンターで動きを止めると一気に懐に飛び込んできて豪打を炸裂させる。
 
 ・・・サウスポーのファイタースタイルのポンサクのパンチ、見るからに痛そう。
 対して、内藤のパンチは大振りの割には力を抜いて手数で圧倒するような・・・とか思っていたら、その中に強烈なパンチが入り混じっていて、緩急自在のトリッキースタイルなのだろう。
 
 中盤以降も内藤の足は動き続け長い手でポンサクの動きを抑えてしまい、時折ものすごい圧力でポンサクが距離を縮めに掛かるけれどその都度ウマイ具合に打ち合ったりクリンチしたり、頭下げて入って行きながらの肩口へのバッティングなどでポンサクの気勢を殺ぐ内藤。

 内藤の変幻自在な動きに翻弄されつつも、一撃で相手を倒せるパンチを持っているポンサクの拳の緊張感が試合を引き締める。
 決定的なパンチは何度かあった。だが、互いに連打を許さない。そして、倒れない。

 高いレベルで4度目の対戦となった両者。
 互いの手の内は知り尽くしているのであろう。ならば、勝ちたいという思いが強い方が勝つ。

 結果、判定(1-1)のドロー。
 文句なし。あんな強いポンサクを見られて、さらにそれに負けない凄い内藤を見られて、ハイレベルなボクシングの攻防が見られて良かった。
 面白い試合だった。
 
 戦前のTBSの煽りVTRはどちらかの「KO勝利」を意識して作られていたと思う。「KO必至の決着戦」という感じで。実際、ドロー防衛を果たした瞬間、テレビの右上にでたテロップは「内藤、KO勝利でV2」という物だった。すぐに消えたけど。
 
 内藤に興味を持って、ボクシングはあまり興味が無いけど見てみたという人たちに、ボクシングの醍醐味は伝わっただろうか?やはりKO決着でなければ伝わらないものだろうか?

 いずれにせよ、内藤の実力はポンサクレックという最強挑戦者を通して広く伝わったと思う。
 TBSもどちらかに余計な肩入れせずに公平な中継を心掛けていて、良かった良かった。
  
2008/03/07 Fri  06:37:55» E d i t
 » 笑顔は安全標識か? 
 スーパーに買い物に行くと・・・

 最近では見慣れてしまいましたが、野菜(主にホウレンソウやニラなどの青菜)の生産者の農家さんの顔写真入りの紹介文が陳列棚に貼ってあったりするのを見かけます。

 「わたし達が作っています」と、笑顔。

 何だか安心します。

 ○○町の農家の××さん。 
 誇りと自信を持って生産されていらっしゃるのでしょう。


 でも、ちょっと待って下さい。例えばの話ですが
 
 「わたし達が元気を込めて作っています」 プロレス県新日本村 猪木農園 と生産者の写真入で日本国内で生産されたという宣伝があったとして、その指標が本当に安心・安全の目印になるのでしょうか?

 その方がオラが町の有名人 なのかも知れませんけれど、私はその生産者さんを残念ながら存じ上げておりません。 笑顔で勧められるものに悪いものなし という感覚は、ほのぼのとして温かい感覚ではありますが、一方で残念ながら日本人の危機意識の低さを如実に物語っているような気がするんです。

 私は、スーパーの店頭に生産者の写真が貼られている時代はオカシイと思います。

 消費者と生産者をつなぐ場所にいる人間が、「生産者の心意気」も「消費者の顔」もそれをつなぐ「生産物の品質」をもほとんど見ることなく、データとして出てくる数字を動かして利益を出すことに主眼を置いて仕事をしているから、生産者の顔写真に頼らざるを得なくなってしまう。
 「私が目利きをして、選んで陳列しました」と、旗でも立てて店頭にその責任者が立っているのであれば筋が通っていると思いますが。

 生産者の顔を出すと言う事は、何かの事件が起こった時に「売り手としてのスーパーの責任の所在」が問われる事が無いという現実を、さらにカモフラージュするためのトラップのように思えてなりません。
 中国産の食品に問題が発生しました。
 じゃ、それで中国産の食品に対する検査は厳しさを増す一方ですけど、他の国から輸入されるもののについてはどうですか?

 日本国内で生産されるものは、本当に安心・安全なのですか?
  
 
 もう、全てのバランスが崩れてるんですよね。みんな言いたい事ばっかり主張して、現実を見ていない。あるいは現実から目を背けるようにウマイ具合に扇動されてる。じゃあ、どこからどこまでを知っていれば自分を安心・安全で防衛して行けるのか?
 何がどうしてこうなって、それじゃどうすりゃ良いのかちょっと考えてみますか?

 ギョウザ問題が騒がれた時に考え付いたんですけど、あまりにも面倒臭いテーマだから後回しにしてきたんですけど、ちょっくら久しぶりにシリアス記事でも書いてみようかな。何回かに分けて。
 (気まぐれだからそのまま忘れることも往々にしてアリ)

 「安心・安全」は廉価商品のオプションとしてはいささか高望みしすぎかもしれませんよ?


 「ワタシ達ガ力ノ限リ作ッテイマス」  中華人民共和国 武術市 ブルース・李農場 と、純朴な笑顔の写真が貼ってあったらアナタはそれについてどう思いますか?

 って事から考えないといけないかも。


 
 
2008/03/07 Fri  00:00:00» E d i t
 » 現在地 
舞月







  言葉はいらなくて

  それ自体 が 物語 となるような 写真 を いつか撮ってみたいと思っていた
  
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2008/03/03 Mon  03:10:01» E d i t
 » パーフェクト・オーバー 
 じっくり、どっしり。そして機敏に豪快。 

 森嶋は一年間で別人になったわけではない。
 使っている技は何も変わらないどころか、厳選されて減ってきているくらいだ。
 少ない技数で、インパクトを残す。
 ラリアート、ヒップアタック・・・そして、森嶋式バックドロップ・ドライバー。

 何が変わったのか。
 相手の技を受ける技術が格段に上がった。
 これまでは相手の打撃に対して全て体をこわばらせて受けてダメージを全部受け止めていたのが、今の森嶋は打撃の力の方向に沿って力を流している。
 
 三沢とは2年前から、何かしらとこの春先の時期にシングル対決でぶつかってはその都度「三沢越え」の機運は感じられつつも、ことごとく底なし沼の三沢鬼を呼び出して凄惨なほどに叩き潰されてきた。
 「もう、オマエが俺に立ち向かう気力さえ湧かないように徹底的に叩き潰す!」 そういう危機感を含めた感情がほとばしる三沢のシュートなプロレスで失意のどん底に叩き落されてきた。

 それが森嶋を作った。「もうちょっと、あと少し!」がどれだけ遠い距離であるのか、森嶋の物語にはそういう人生のエッセンスが込められている。そして、その壁を破るためには、その壁だけを目標とするのではなく、自分の限界を超えるほどの経験の積み重ねこそが一番の近道であるということも。


 自分の幅を広げ、自分の武器を知り磨き、そして、底なし沼の三沢鬼を二度経験した故に相手を知った上での今回のGHCヘビー級選手権。


 老いたりとは言え今なお羽ばたき続けるプロレス界の不死鳥・三沢。
 腹が出たとか往年の輝きが無いとか言われながらもGHCを7度も防衛していた。
 
 パワー・スピード・スタミナ。
 インサイドワーク・受身・試合作り。
 さらに、三沢式ひらめき断崖エメラルド・フロージョンに各種エルボーを見せ場の時間帯で耐え抜いた末に強引なラリアートで打ち勝つような力強さ。
 現代のプロレスにあっては地味とされる技を森嶋が使うと殺人技になるというインパクト。

 怪物は全て圧倒的に、そうなるべくして不死鳥を飲み込むまでに成長した。

 流行が出ては消えて行く時代の流れの早さに流される事なく、可能性は十二分に秘めていながら精神的に脆かったモンスター森嶋を、じっくりと丁寧に時間を掛けて孵化させたNOAHの度量の深さとその期待に応える様に今やアメリカでもROHのベルトを20度防衛することですっかり定着した森嶋プロレスに拍手を送りたい。

 森嶋の 「弾けるプロレス」 は世界に通用する。
 
 今まで森嶋がずっと思い悩んできた「NOAHの観客に受け入れられるためのプロレスとは四天王プロレスの真似事」ではなくて、「森嶋にしかできないプロレスを観客が観に行きたくなるようになった」こと。

 この差は大きい。
 
 底なし沼の三沢鬼は今回も確かにそこにいた!
 
 観客は2年前には鬼の攻撃に声を失った。昨年は鬼の攻撃に「森嶋コール」で加勢したが時代の風は吹かなかった。そして、今年。日本武道館に試合中盤~終盤で起こった「森嶋コール」は時代を動かした。
 三沢コールを丸藤は奪う事ができていない。丸藤は「それだけボクが三沢光晴を追い込んでいるということ」と強がるが、果たしてそうなのだろうか。

 森嶋は、それをやってのけたのだ。ルックスの問題じゃない。華やかなプロレスでもない。
 でも、森嶋のプロレス。威風堂々!!
 
 そして、もはや当然であるかの如く、多くのファンが思い描いていたイメージ通りのバックドロップ・ドライバーで鬼退治。
 森嶋はインタビューで「ギリギリで越えられた」ようなニュアンスの発言をしたが、見ていた私の感想を書くのであれば 圧倒 だった。


 四天王プロレス世代ファンの私にとっては寂しいことだが、これから新しい歴史を作り上げて行く29歳の新チャンピオンは、考えてみれば私とそんなに変わらない世代なのだったし、三沢越えという一連のストーリーの中で、すっかり森嶋に感情移入できるようになっていたのだった。

 


 前記事の中邑真輔と違って森嶋が幸運なのは、上の世代がNOAHを牽引できる力を持っているうちに何度も何度も叩き潰されながらも成長の物語を時間を掛けて一歩一歩、ファンの記憶に刻みながら王者への階段を上ることができたことだろう。そして、まだまだ越えるべき上の世代の選手達がワンサカいるという現実。
 ここらで一気に高山辺りを征伐してしまうのも良いかもしれない。
 
 しかし、上の世代を超えてしまうとライバルがNOAHでは見当たらないという現実にも突き当たってしまう。
 体格差が著しいために丸藤やKENTAと「良い試合」をしてても勿体無い感じだろうし、力皇は完全に弾けるのが先か、年齢的に(見ているファンの側が)ツラくなってくるのが先かという雰囲気を漂わせてるし。潮崎はもうちょっと掛かるだろうし。

 でも、森嶋は外人レスラーを向こうに回しても 弾けるプロレス ができるという、他に負けない特性を持っている。
 ならば、GHCの「G」すなわち、「グローバル」を言葉だけでなく実践して行けるような面白いポジションまで一気に突き抜けてしまうというのも面白い。

 森嶋物語は、険しくも明るく続いて行く。どこまでも。
 
 

テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2008/03/02 Sun  15:48:13» E d i t
 一体いつの話なんだよ?と言われそうですが北海道では、やっとIWGPの統一戦が放送されました。・・・いつの話だったんでしたっけ??2月17日ですね。

 日本のプロレスに全く順応することができなかったアメリカWWEの偉大なる元チャンピオン、ブロック・レスナーが、格闘技に毒されて最も混乱していた時期の新日本プロレスに降り立ってグダグダなムードに強烈なダメ押しのグダグダを披露した挙句の果てに新日本史上最も面白くないIWGPチャンピオンになり、誰も楽しくも無いタイトルマッチを連発した末に2006年7月、当時ベルト奪取の機運を高めていた棚橋戦をドタキャンしてそのまま二度と新日本マットに上がらないという、いわゆる「持ち逃げ」されたままの3代目IWGPベルト。

 ・・・私はこの日本での活動期間の行動のおかげでレスナーというプロレスラーを物凄く過小評価して来ましたが、実は一連のレスナー事件が尾を引いたおかげでグダグダ極まりない状態に陥った新日本のレスラーたちが一致団結して、現在の新日本の再興ムードが出来上がってきたのですから結果オーライと言う事にしておきましょう。

 その後レスナーが総合格闘技に進出して、初戦は快勝したけどその後惨敗したということも別にどうでも良い話題に成り下がってしまいましたね。

 そのレスナーが、昨年、猪木主催のIGFのリングで 新日本プロレスの所有物であるその3代目IWGPベルトを新日本の承諾を得る事も無く勝手に賭け、これまたアメリカWWEの元英雄、カート・アングルと対戦しWWEとはまた違ったシュートマッチの末にアングルが勝利し、勝手にアングルの手に3代目IWGPベルトが渡るという前代未聞の珍現象が発生。

 新日本プロレスにしてみれば「最強の称号」であるIWGPが団体のあずかり知らないところで勝手に一人歩きするのは迷惑千万な話で、新日本プロレスが作り育てて来たブランドなのに、新日本を見限って勝手なコトをやっている猪木に「生みの親の特権」みたいな感じで商売道具として使われちゃたまったもんじゃない。とは言え、法的手段に訴えてアングルから法的にベルトを取り戻してきても、強さを売り物にしているプロレスとしては面目も何もあったもんじゃない。
 ここはひとつ、新日本のリングで新日本のプロレスで戦って、取り戻すのが一番。

 新日本プロレスは、3代目IWGPベルト不在の間、藤田和之が故・橋本真也に捧げた2代目IWGPベルトを暫定復活させ、IWGPの歴史をかろうじて紡ぎ続けてきた。その「かろうじて」がまた、緊急トーナメントで優勝した棚橋が王者から陥落した永田戦辺りから、全てが実に充実した内容であり永田が引っ張り、越中が輝き、真壁がギラつき、棚橋がクオリティを上げ、後藤が認識され、そして中邑が何を見せるか?という所に来ている充実具合。
 飛びぬけた存在が不在であるが故に、切磋琢磨でクオリティーが上がる現象が見られている。

 中邑がチャンピオンと言う事なのだがこのレスラーに、感情移入はしにくかった。エリートではないのだ。新人と呼ばれるうちに総合格闘技で上げた一勝が、彼のプロレスラー人生を大きく狂わせてしまったのだと思う。
 プロレスファンは確かにK-1ファイター・イグナチョフを再戦の末に破った中邑の「プロレスが一番スゲェんだよ!」のセリフで溜飲を下げた。 
 しかし、その直後に若手の時点でIWGPチャンピオンに手をかけてしまったのがプロレスファンの反感を買ってしまった感は否めない。
 私もその時には思った。「プロレスもできない新人が巻いて良いベルトではない」と。
 中邑はプロレスに集中すればするほど、自分の発したセリフ「プロレスが一番スゲェんだよ!」という言葉に縛り付けられるように低迷を続けて、ファンからは常に厳しい視線にさらされ続ける結果となる。

 きっと、「プロレス界の救世主」と会社に売り出されているのと、ファンからの反応の悪さのジレンマに最も傷ついたのは中邑自身だったことだろう。実際、まだそのレベルに達していないのに無理矢理に大舞台に立たされてしどろもどろになっている中邑の姿は痛々しさすら感じられた。

 実力以上に恵まれた環境が、逆に同情を呼ぶというジレンマ。

 私は思う。中邑は良く耐えてきたと。
 結局は実力不相応の期待をかけられてきて、常にその幻想の自分を相手にもがき続けてきたのだ。私もアンチ中邑だった経緯があるので良く分かる。それでも、自分の持っている武器を諦めないで磨き続ける者は何かを掴む。そういう巡り合わせの運の良さみたいなものをこの中邑という男は持っているのだろう。

 昨夏、肩を怪我して復帰。
 それ以降、客席からは「中邑」ではなくて「真輔」と名前でのコールが起こるようになる。
 これは、ファンが中邑真輔と言うレスラーを受け入れた証拠以外の何物でもない。

 行け!真輔!!

 さて、くだんのタイトルマッチだが、感想を書けばたった一言。
 「カート・アングルから目を離せなかった。」
 攻撃の力強さも、技の的確さも、インサイドワークも、グラウンドでの動きも、そして表情や、受けている時のアクションも、全てがプロフェッショナルの動きなのだ。

 対して、真輔。
 間の取り方、技のつなぎ、アクションの入れ方・・・まだまだだ。
 戦前のインタビューでアングルが「中邑は素晴らしいレスラーだが、私のレベルには全然達していない」と語った、まさにそれが目の前で展開されて行く。
 だが、確実に一歩ずつだが確実にそのレベルには近づいて行っている。

 真輔の魅力は 途中の魅力 なのだ。
 プロレスの魅力が結果だけが全てではない 展開の魅力 であるように。
 若い頃から常に結果を求められ、そして相応の結果を残して来たけれど印象に残るような 展開 をまだ真輔は生み出せていない。

 高山の時も、そして今回のアングル戦でも、圧倒的戦力と戦術で押してくる相手の流れに乗っているだけだ。
 そして、時折、リズム感の悪い攻撃で試合の流れを寸断してしまう。ムーンサルト狙いでトップロープに上った時などはその好例だ。
 
 だが、良い。今回は結果が先にありきの試合なのだ。
 持ち逃げされた至宝を奪還しなければならないのだ。
 丸め技が目立っても、一瞬の隙を狙った強引なサブミッションでも、良いのだ。
 結果、真輔は勝った。

 圧倒的に強い相手を向こうに回して全力で試合をすれば、出し尽くすような試合をすれば、ギリギリの試合をすれば、それは記憶に残る試合になる。そして、そういうギリギリを出せるような相手と戦い続けることでのみ、真輔の王者像はスゲェものになって行くだろう。

 まだ、自分より実力の劣る相手を引き出すことはできないのであれば、叩き潰せるだけの実力を身につければ良いのだ。
 
 「プロレスが一番スゲェんだよ!」
 この言葉に、今こそ魂を吹き込む時だ!もっともっと凄くなれ!真輔!!

 

テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2008/03/02 Sun  08:16:16» E d i t
 » しがらみネットワーク 
 先日、地元の幼馴染と酒を飲んでいてお互いに丸くなったなと思ったのが、

 「ずっと しがらみ がイヤでイヤでしょうがなかったけど、これと自分が噛み合った時に生まれる力ってあなどれないと思わない?」
 「思う思う、強烈に思う。」


 しがらみは自分を束縛するものだとばっかり思ってたけど、自分の出方次第では強力な地盤となって、自分をグッと押し上げる追い風吹かせたりするもんだよな。

 自分の角が少し取れてきてその しがらみ の中に入って行けるようになったからなのか、年齢的にそういうのに入れてもらえるようになったのか。

 近所付き合いだとか、親戚付き合いだとか、親の力だとか、そのなんだかんだイロイロなものが鬱陶しくてたまらなくて自分ひとりの力を試したい時期を経て、疎外感を感じて、孤独を感じて、自分なりのつながりを作って、周囲を見渡した時に誰かに支えられて、誰かを支えている自分がいて。

 重荷に過ぎないのだと思い込んできたものは、実は宝物だった。
 
 感謝です。感謝するから変われるのか、変わったから感謝できるのか。そのどちらでもあるんだろう。お互い子供が生まれて、どうしたらこの子がより良く生きて行けるだろうかって考えた時に、たくさんの人の手を借りて生きているということのありがたみが胸に沁みたんだろうね。

 けけけけけけ。オヤジになったもんだぁ~
 オヤジだも~ん。良いんだも~ん。




 響いた。良い言葉だった。





 ・・・他の話題は酔っ払っててほとんど覚えてないんだけどね~・・・あぁ。ハンセンのラリアットが最強だって話したのは覚えてるけど・・・
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