フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2008/01/29 Tue  06:43:24» E d i t
 » 面白い相撲を頼むよ 
 白鵬が、千秋楽で朝青龍をひっくり返して見事なまでに「国民の期待に応えた」形で優勝した平成20年の初場所も終わり、これを持って一連の「朝青龍問題にも決着がついた」とか「禊(みそぎ)が済んだ」とか何とか、相変わらず世間様は土俵以外の事を詮索して大相撲を楽しんでいるご様子で誠に結構なことでございます。


 朝青龍が騒ぎを起こさなければ大相撲がここまでの注目を集めなかっただろうことは誰の目にも明らかですし、そんな中で千秋楽の横綱決戦という誰もが思い描いたそのままの展開で、これまた誰もが思い描いた熱戦の末に、多くの人がもう待ち望んでいたような勝負のつき方だったワケですから、一気に訪れたカタストロフィーで大相撲人気が爆発したかのように思ってしまっても仕方ありません。


 何を思ったのか民放はもとより、NHKのニュースでさえ帰途の観戦客のインタビューをスポーツコーナーで放送していましたから。その中で「30年相撲を観に来てるけど、こんなに盛り上がったのは初めてだね」と言ってる爺さんがいて、微笑ましかったけど、ホントに30年来てるの?もっと盛り上がったことあったでしょ?
 
 さらに、ワイドショーでも今場所の総括してましたからねぇ。
 朝青龍効果絶大!

 考えてみれば、横審の稽古総見で七番勝負やって朝青龍が圧勝の5勝を納めた辺りからちゃんと伏線が張られていて、普段はニュースにすらならないその辺をガッチリと見せておいたおかげでファンの期待感は本場所での「横綱対決」に向けられる事になり、当然、横綱同士の戦いはお互いが休場をしなければ戦績に関係なく千秋楽結びの一番というスペシャルメインで行われることは確定していて、それに優勝の行方が絡んでくれば期待感はMAXですからね。


 今の相撲人気はやっぱり朝青龍人気なんだなぁ。

 
 今場所は完全に予定調和的な場所で、波乱が無くて面白くなかったんですよ。私は。
 そもそもが、大関陣がこんなにダメダメなのに、二人の横綱の陰に隠れてしまって話題にすらならない。なれない。
 こんなんじゃ、大相撲のテレビ放送だって今までだったら大関の取り組みが始まる5時30分辺りから見ていた人も、横綱が出てくる5時45分辺りからの15分間しか見なくなってしまう。 
  
 大相撲人気なんてカラッキシ復活していない。 これは、アンチも含めた上での朝青龍人気なのだ。

 やくみつる氏は「本来力士は崇拝の対象であり、善玉・悪玉の対立構造は好ましくない。」と語っているらしいが、例えば朝青龍がこれから土俵の内外で何のトラブルも起こさずにただ強い品行方正な横綱になったとしたら、相撲ファンは喜ぶだろうけれども、世間から絶対にこれだけの注目を浴びることはないだろう。
 
 分かりやすい対立構造。
 ライバル関係。
 メディアが貧弱だった昔は、純粋なライバル関係がそこにあればそれで良かった。
 マスコミだって醜聞を隠しても美談で塗り固めることができた。
 でも、今みたいにメディアもネットも発達してしまえば、そんな幻想は無理。
 「崇拝の対象」だなんて、そうあって欲しいという願いは持ち続けさらに誰かが言わねばならない大事な部分ではあるけれども、現実として時代錯誤と言わざるを得ない。

 エンターテイメントは、ジャンルの内に篭って濃密(マニアック)な内容にして行くのと同時進行で、世間に対するその世界への取っ掛かりを常に意識していないと、新しい客が来なくなっちゃってお金が回っていかないのだ。
 「お金じゃなくて、情熱。」だと言うのであれば、国技館じゃなくて神社の境内でチャリティー相撲やってれば良いし、実際にそういう神様みたいな取り組みをすることで相撲の裾野を広げる活動をしたがっている貴乃花親方なんて注目されやしない。すぐに金に結びつかないから。
 
 相撲協会・横審・その他コメンテーターの皆さんは朝青龍に品行方正を求めながら貴乃花を話題にも出さず支持もせず、本質的な伝統ではなくて体面・体裁を守ることばかりに躍起になっているように思える。
 伝統を守りたいなら縮小。
 大きく金を稼ぎたいなら世間に届く話題作り。
 分かりきっている道なのに、どちらにも振れたくない。
 
 自分が役員やってる間は波風立てたくないなぁ・・・くらいのもんで。
 
 
 今の大相撲全体を支えて行くのに必要な銭を稼ぐために、朝青龍のような世間に届く取っ掛かりは絶対に必要だ。キャラクターだけなら永谷園の高見盛もいるが、実力・番付が伴わないと、一時的に注目されてもすぐに忘れられてしまう。それなら「前座の鬼」とか「中堅の壁」みたいな番付で館内を沸かせる相撲に特化すれば良いのに、そういう工夫もないから貴重なキャラクターを見殺しにしてしまっている。
 
 私はプロレスファンだから、そんな事を考えるのだろう。
 プロレス観ない人にしてみりゃ「は?何書いてるんだろう?」的な捉えられ方をしてるに違いない。

 

 そんなひねくれた事ばかり書いてる私だが、本当に世間に届いて欲しいと願うのは、貴乃花のようなその競技に対する愛情や情熱だ。
 愛情や情熱よりも 金儲け が先に来てしまえばその競技は小手先だけのエンターテイメントになってしまい、やがて客は離れてしまう。客に観てもらってナンボのエンターテイメントだが、観てもらうために媚を売り続ければ本質が廃れてしまう。その本質を守る者がいなければ、そのジャンルは滅亡する。


  先述したが大関陣は総崩れ、横綱の他に何場所か連続で優勝争いに絡んでくるような力士も見当たらないというありさま。実力が拮抗していると見るべきなのか?ならば、大関が大関の地位に居続ける理由もない。それなのに、あれやこれやの救済策で大関(特に日本人)には寛容だ。
 「日本人が上位にいなくなれば、ファンが減ってしまう」ことへの配慮=媚に思える。
 これは 強さ=番付 という本質を見失っている最たる例だと思うのだが。
 
 今場所は、流れの中で売った媚で世間が満足したから良かった。

 でも、「良かった良かった」で終わってしまってはちっとも良くないのだ。これから先も大相撲は続いていくのだから。 

 いろんな意味で、面白い相撲をたのむよ。 
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2008/01/26 Sat  06:53:31» E d i t
 » 運命の出会い・・・か? 
 ナルニア母さんは嫁さん方の知り合いの知り合いなのだが、やたらと私を可愛がってくれて、こちらも妙にウマが合うそのオバサンとのコミュニケーションを楽しませてもらっている。

 もう、かれこれ7~8年くらいの付き合いになるんだろうか?
 別に一年に一度会うわけでもなし、互いの近況報告なんぞ年賀状くらいってなもんで、それでもたまに顔を合わせると、お互いが悪態を付き合いながらゲラゲラ笑い合うという妙な関係だ。

 今年、1月1日。

 そのナルニア母さんが、嫁さんの実家にやって来た。
 娘夫婦と、1歳半になる孫(男児)を連れて。

 嫁さんの実家では、元日から宴会。
 そこに、ナルニア母さんの娘婿が飛び入り参加してきて、宴会はヒートアップ!
 同年代の彼はアイスホッケーを続けているのだそうで、私が5年前にどこかに置き忘れて来た「スリムさ」をキープしたままのナイスガイで、関西出身の人で、これまた妙にウマが合った。
  
  どんどん進む酒。
  ガンガン飲む私たち一同。

 ビール瓶が尋常でない速度で空瓶に変化して行くというある意味、修羅場の様相を呈しつつも、私と彼・兵庫県出身・ヒョウちゃんの漫才トークは加熱して行く。
 始めて会ったのに通じ合うこの不思議な感覚。

 その向こうでは、嫁さんたちと子供達が楽しそうにナルニア母さんと娘さん、孫ちゃんを囲んで話したり遊んだりしている。私の知る限りでは、大がつくほどの愛煙家だったあのナルニア母さんが、タバコを吸うことなく何時間も話していたのだから孫の存在と言うのは偉大なものだ。


 ナ 「いやぁ~丸ちゃん、ヨソのウチの子供なら、ブンブン振り回して遊んだりするけど、いざ自分の孫ともなれば、可愛くって、肩の関節外れたらどうしよ~、ぶつけちゃったらどうしよ~とか心配になって、思いっきり遊べないもんだわ~ワッハッハ~」だそうで。

 丸「ナルニア母さん、そりゃごちそうさま。孫自慢でゲップが出るぜ!ガッハッハ~」
 ナ「丸クン、それはビールのゲップでしょ!ワッハッハ~」
 



 飲んで飲んで良い感じになって、ナルニア母さんの孫・すなわちヒョウちゃんの1歳半の息子を手招きしてみる。


 ヒョウ「オトコにわ、よう懐かへんねんて。」
 丸  「オジサンのトコにおいで~」
 ヒョウ「丸(すでに呼び捨て)みたいな、ムサ男にわ特に懐かへんねん。」
 丸  「ばぁ~、こっちおいで~。オジサンがグルグル回してシュミット式バックブリーカーしてあげるからぁ~」

 ニッコリ微笑んで(るつもり)片ヒザついて両手を広げる

 

ヒョウ「なんでバックブリーカーやねん。って、プロレスかいな!・・・あ・・・え?」


 ヒョウ息子、丸に駆け寄ってくる。

 丸  「お~来たかぁ~。よしよし・・・

  ウォリャァ~!!シュミット式バックブリーカー!!と見せかけてエメラルドフロージョンッッ!! 

 ヒョウ 「うぉ~、人んちの子供にそうゆ~ことマジでするかぁ~?」


 
 プロレスごっこは私の得意分野である。
 どのくらいの子にどのくらいのスピードでどういう技をかければ楽しいかは、ずっと子供の頃からの経験の蓄積で知っている。

 ヒョウ息子は楽しそうである。ケラケラ笑いながら私にまとわりついてくる。リクエストにお応えしてゆっくりとクルリと回してあげる。

 ヒョウ「うちじゃ絶対にやらへんから、逆にオモロイんかなぁ?せやけど、なんでこんなムサ男になっつくねん?オマエ、アホちゃうか~?ワッハッハ~」



 私のかいたあぐらの中心にちょこんと座ってヒョウ息子が、父親を見つめながら嬉しそうに笑っている。他の人に懐かないという子供を懐かせるのは、私の隠れた趣味なのだ。懐かせ作戦大成功に一同が微笑んでいる。
 
 
 懐かしい人との再会、気の合う人ととの巡り合い、可愛い子供との触れ合い。
 

 2~3時間のアゲアゲテンションの時間があっという間に過ぎてやがて、ナルニアファミリーは嫁さんの実家を後にした。
 
 


 そしてその後もテンション継続で親戚でワイワイやっていたのだが、ふと、嫁さんたちの雑談からその事実を耳にしてしまう。
 



 「あの子ね、センテンセイメンエキフゼンショウコウグンなんだって。」  
 
 酔っている脳がゆっくりと漢字変換を始める。

 先天性 免疫 不全 症候群 ・・・

 知らない。
 調べたことも無い病名だ。
 難病っぽいぞ。
 
   
 一気に酔いが醒めるのを感じた。
2008/01/25 Fri  00:00:00» E d i t
 » 光と影が織り成す世界 
 光は物体に像を与え
 同時に影を生みだす

 光と影とを複雑に交錯させて
 多数の色を使うよりも
 深みのある世界を表現できることを
 知った

亜空間天井


 自然界では起こり得ない
 それでいて違和感のない

 木の葉の影の中に
 揺れる太陽

大理石宇宙


 打ち抜くような光が弾けて
 輪を描く
 

ガラス息吹


 真っ直ぐな光は
 透明にさえ命を吹き込み
 息吹が聞こえる

 躍動する影が生まれる

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

2008/01/21 Mon  04:52:41» E d i t
 最高気温が -6℃ とかという真冬日が続いているこちらですが、そちらはいかがですか?
 寒いくせに雪も多すぎないほどに降る。
 そんな厄介な冬に灯油が高くてヒジョーにキビシーッ!こちらです。


 昨日、久しぶりに予定の無い日曜日に突入したので、子供達と遊ぼうと思ってガッチリ着込んでシバレる外に飛び出しました。降り積もった雪に太陽光が反射して目にチクチクと痛いほどまぶしい日曜日。
 晴れているのに一向に気温が上がらない日曜日。


 寒さで鼻のアタマとかホッペを真っ赤にして、目をランランと輝かせながら遊ぶ子供達。
 外で遊ぶのって単純に楽しいよなぁ。

 ぴっこ が近所の友達を誘いに行ったら、家族でお出掛けなのだそうで。
   
 家族揃ってゆっくりと出かけられる時間なんて日曜日以外に無いもんね。しょうがない。ウチだって、いつも日曜日にしか出かけられないもん。
 私も自分を省みると、日曜日はほぼ何かの予定が入っていてそちら優先の生活になっている。だからと言って、それを反省するでもない。「子供達と遊んでやりたい」なんて言い方は親のエゴだと思うし、それを言うなら「子供達の仲間に入れてもらって一緒に遊びたい」だろ?とか思ってる。遊んでる時は対等で良いじゃん。遊べる時間は目一杯遊んでるもん。

 子供が こども でいる時間なんてほんのわずかなんだから。
 
 
 いや、あまりにも寒くてそうやって自分を正当化しないとやってられんのですよ。実際。

 
 ソリに子供達を乗せて、近所をグル~ッっと周遊してくる。

 「これが、お父さんが子供の時に住んでいた団地だよ」
 「ここ、昔公園だったんだよ。今はただの空き地になってるけどさ」
 
 
 子供の頃の記憶に親と一緒になって外で遊んだ記憶はないけれども、当時は乗用車が一家に一台有るか無いかという時代だったから、団地から片道30分程度の店に買い物に行く時に母親がまだ赤ちゃんだった妹をおんぶして、ソリに私と弟を乗せて引っ張って行き、帰り道は弟と買い物袋をソリに乗せて私が引っ張って帰って来たのを思い出す。
 
 冬に寒いのは当たり前だし、雪が降っていると冷たいけれど積もると楽しい事が増えるということも思い出したりして。そういう記憶の中にある親ってのは限りなく優しくて、あぁなるほど、自分もそういう風に思ってもらいたい部分も確かにあるかなぁ・・・とか


 寒さのあまり昔の記憶が蘇るほどヤバい状態になってるわけじゃありませんよ!

 でも、それにしてもその散歩に出かけたのが午前10時半頃だったんだけど、団地のまわりでさえ子供がひとりも外遊びしていなかった。
 
 実際の寒さ以上に身にしみる現実の寒さだなぁ。

 団地は確かに高齢化とは言え、子供が少なくはないはず。
 日曜日に勉強でもしてんだべか?
 それともテレビゲームでもやってんのかなぁ?

 そういや都会に住んでる従兄弟の子供は、小学校入学前からテレビゲームにくっ付いて離れなかったなぁ。
 今の子供たちってそうなのかなぁ。

 あぁ・・・外で遊んでるだけで変な事件に巻き込まれたりするから、親も恐怖症にもなるよなぁ。
 
   
 寒さも雪も昔と変わらないけれど、時代は変わっちゃったんだな。
 ちょっとソコに行くんでも便利だし早いし車に乗って行くもんな。
 車乗ってる時にはガソリン高騰も忘れてるもんな。
 
 
 寒すぎて踏んでも踏んでも締まらない雪道を、寒い日特有の ギュッ!ギュッ! という足音を鳴らしながらソリを引っ張る。
 ソリ引っ張って色々ぼんやり考えるオジサン。

 後ろでは子供達がキャッ!キャッ!と騒いでいる。

 ん~。

 子供は風の子、元気の子。

 「お~い、今度お父さんがソリに座るから、ぴっこ 引っ張って~」
 「い~よ~」

 「おと~さん、重たくて動かな~い!」
 
 「じゃあ、まるもい も手伝え!」
 「よいしょ!よいしょ!」

 「あ!ソリの紐抜けちゃったぁ~」

 
 あっはっは~

 寒さの中にだって、あたたかさは存在する。 
 
 
2008/01/18 Fri  00:00:01» E d i t
 » 前略、軒の下より 
軒下より



 雪降る空が時折覗かせる笑顔は
 どこまでも澄んで
 ピンと張った透明が何層にも重なり
 爽やかな 青 を描く


貫く!

 
 前略、軒の下より

 爽やかな 青 に 
 まぶしく浮かんだ 輝く白いハート を
 見つけました

 風のいたずらが運んだ偶然

 ハートに向かって天使が矢を射る瞬間


貫いた!

 
 ほら、貫いた!!
 

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2008/01/17 Thu  15:20:51» E d i t
 » 今日は何の日? 
 何気なく目に留まった日めくりカレンダー。

20080117140103



 今日は何の日?フッフ~♪




20080117140203


 
 防災とボランティアの日・・・ 
 秋田梵天祭 ・・・

 
 ん?



20080117140403




 ナニコレ??
 読み方分かんないし。
 だから変換もできないし。

 
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2008/01/17 Thu  06:47:56» E d i t
 » 付録 
 はい、みなさん。工作は好きですか?
 私、工作大好き!

 ・・・大好きなのに下手くそで・・・ノリヅケとかいつもはみ出して、指がベトベトして他の部位をその指で触るから薄汚れた感じの出来上がりになってしまう。
 モノを作るのは大好きなんですけど、不器用なんですよ。

 3つ離れた弟に「器用さ」が偏って遺伝されたらしく、それと比較されてしまっていつの間にかモノを作るのは学校の図画工作の時間だけという感じになって行きましたねぇ。
 比較とは残酷ですねぇ。芽を摘みますねぇ・・・。

 それでも図画工作→美術は小学校1年生から高校1年生までずっと最良の成績を修め続けたんですけどね。ええ。自慢ですけどね。高校2年生の時に来た美術の先生が水墨画とかやらすもんだから一気にゲンナリ来ちゃってふてくされたんですがね。


 それなりに成長してしまうと、あんまり工作する機会がありませんよね?
 ありますか?工作というより、ちょっとした機械の修理だとか、ちょっとした技術家庭の方のテクを使った作業だとかはするんですけど工作なんて・・・しますか?
 牛乳パックで列車作ったり。
 いや、飽きたら捨てるからエコでも何でもないんですけどね。

 
 
 私たちが子供の頃から、雑誌に付録がついて来てたんですよ。
 覚えてますよね?付録。
 紙と輪ゴムで作る戦隊モノのロボットだとか、ちょっとしたピンポン玉の小さなヤツみたいなのを転がしてゴールさせるようなのだとか、アニメのやたら小さなカルタだとか・・・アレです。

 多分、あの付録とノッポさんの影響で工作が好きになったんだと思うんですよ。

 我が家の子供達もそういう情報誌を欲しがる年代に突入しまして、ちょっと見てみたら最近のは凄いですよ。CDとかDVDがついて来るんですから。昔なんて、なんか赤とか緑とかのビニールで作った安っちいレコード紙で作るレコードプレーヤーだったじゃないですか。手で回したら回転数を合わせるのが難しいから結局は家のレコードプレーヤーで再生したりして。
   
 応募者全員に当たるソフトビニール人形なんてのもある。
 あ、もしかして、アレですか?
 封筒に返信用の封筒と、代金分の切手を同封して送るヤツでしょうか?
 なんかそういうのあったような。
 届いたのが思ってたより小さくて半べそかいたような。


 ま、付録つきの雑誌は進化してるんだかしてないんだか良く分からないまま30年程が経過しているらしいですね。
 
 で、買ったんですよ。付録つきの雑誌。

 したら

 「お父さん、これ作って!」「こっちも作って!」「早く!」「早く!」 ・・・ああぁぁぁ、懐かしい。

 ちゃんと紙の付録も付いてきてるじゃん。

 どれどれ。作ってやるか。
 さすがにお父さんになった私はノリヅケでベタベタにせずに工作できるだろうなぁ・・・

 ・・・

 ・・・




 む・・・難しい・・・ 




 3歳以上向けの雑誌だよ?
 こんなん、子供が作れないでしょ?ダメじゃん。
 絶対、大人でも作れないヒトいるって。ダメじゃん。
 部品は細かいし、折り曲げる所は異様に多いし、ノリヅケする場所も複雑。
 

 え~?私たちの子供の頃の付録ってこんなに難しかったけか~?
 難易度高くて、ボロボロになっても小学生くらいからはかろうじて子供だけで作れたような気がするけども・・・。
 自分で作れるとか、せめて一緒に作れる程度にしとかないとつまらないでしょ~。
 輪ゴムで関節部分が可動するとか、付録にマニアックな動きは求めてませんってば~
 
 戦隊モノのロボットを組み立て終わったのは開始から1時間半後。
 子供達が寝静まった後だった。

 ちなみに、手元には5歳向けの雑誌の「ビーズアクセサリーおしゃれ鏡台」とかいうものが組み立てられるのを待っている。もう、見るからに複雑そう。



 
 いや~、もう作りたくねぇ。疲れた。

 大人がサジ投げちゃうくらいの難しい付録ですけど、子供は目を輝かせてそれができあがるのを待ってるんですよ。ま、3回くらい遊んだら飽きてそのうち邪魔になるか、壊れるかして捨てちゃうんですがね。

 せっかく付録つけてるのに、実はその付録がイヤだから雑誌を買わないお父さん、お母さんが多いということを小学館や講談社は知る必要があるでしょうね。 
 雑誌本体の内容は、情報・教育・趣味と多方面に意外と充実しているので購買意欲をそそられはするのですが、付録作りを熱烈にせがまれて長時間それに掛かってしまう上にその製作時間・過程を子供達と共有できないことが、再購読を足止めしちゃってます。


 子供がいきなりこんな付録つけられても、工作好きになれないかも。

 ロボットなら、頭・胴体・両手足の6個の長方形作ってマジックテープみたいのでくっ付けたり剥がしたりできる程度で良いじゃんか~。
 何が何でもロケット発射とか、3段変形とかしなきゃならないの?
 
 

テーマ:ったくも~~~~~! - ジャンル:育児

2008/01/16 Wed  05:59:33» E d i t
 1・4東京ドーム大会が北海道で放送されたのは13日の土曜深夜で、それを録画して見たのがさっきだったので、こんな遅くに1・4ドームの記事です。
 おそらく、日本一遅い新日本プロレス1・4ドームの感想だと思われます。本州と同じ日に放送して欲しいところですが、こうして週遅れになっても、映像を観ることができるだけありがたいと思ってます。
 
 テレビ放送の順に。

 ①グレート・ムタ vs 後藤洋央紀 
 よく「ムタとの戦いは世界観・存在感の勝負」と言われるが、袴の武者姿で先に入場して来ていた「荒武者」後藤は入場時の花道奇襲という形でムタワールドを破壊にかかる。
 多分、その世界観を意識していつもとは違う特別なことをした時点ですでにムタワールドの住人になってしまっていて、そうなるとムタワールドの支配者であるムタに勝つ術はなくなってしまうのだろう。後藤は広い会場を意識するあまりに大技を単発で出す戦いになってしまい、点が線にならずに天才×百戦錬磨のムタワールドにもがけばもがくほどズブズブと埋もれて行ってしまった。
 
 
 ○ムタ(13分54秒 ムーンサルトプレス→体固め)後藤●


 ②永田裕志vsカート・アングル

 ブロックレスナーは予想以上のイモ外人レスラーだった。新日本のリングに上がれば「さすが元WWE王者!」という動きは欠片も見当たらず、日本のプロレスに順応できずに試合をドタキャンしたり、最悪の印象しか残せなかった。これは、新日本のレスラー側にレスナーを引き立たせるだけの能力を持ったレスラーがいなかったのではなくて、レスナーが日本のプロレス、引いてはプロレスファンというものをナメていたからに他ならない。
 そういう悪夢を経験しているだけに、同じようにWWEで活躍しいたアングルに対する期待も私は薄かった。

 薄かったが故に、余計にアングルはホンモノだ!と実感した。感動した。面白かった。

 相手を研究している。日本のプロレスを、プロレスファンを研究している。リズムがある。手に汗握る攻防がある。そして、それを可能にさせるだけの卓越したパワー・スピード・テクニックがある。
 アングルすげー!!

 どん底から今や「新日本=永田」という所まで這い上がってきた永田とガッチリ噛み合った名勝負。熱い永田と熱いアングルが熱い試合で見てる者をも熱くした!!
 ナガタロックⅡとアンクルロックの掛け合いや、垂直落下ではないけれどなんか見てるだけで痛くなるようなジャーマンとか、お互いの一つ一つの技が丁寧でいて、重い。

 技はもとより、アングルのただならぬ馬力を感じたのは、中盤に永田がバックドロップ狙いでアングルに組み付いた時に、アングルが必死で押し飛ばした場面。腰に組み付いた永田が、一発で押し飛ばされました。体勢が体勢だけに「オイ、なんだよ?その力は??」とビックリ。
 さらに、オリンピックスラム改めアングルスラムの持ち上げ方も体勢が体勢だっただけにその背筋力にビックリ!

 ロープを走ってくるアングルの腕を取って藤原組長全盛期並みの素早い脇固め→白目腕固めという技のキレは永田の真骨頂だったし、最後の永田のランニングローキックをガッチリと受け止めた瞬間にアンクルロックが掛かっているという関節技の一撃必殺の凄みもお互いに見せ付けて、とても懐かしい、それでいて熱い試合だった。
 
 ○アングル(18分29秒 アンクルロック)永田●


棚橋弘至vs中邑真輔

 この数年間で新日本プロレスが目覚しく良くなったのは、猪木がやっていたようにプロレスの細部の攻防にまでこだわりを持ったプロレスが増えてきたからだと思う。
 NOAH系統のどっちかが倒れるまで大技乱発プロレスとか、格闘技に寄り過ぎてプロレスをないがしろにした一時期の新日本のプロレスとは違う、芸術的で心に響く「細部にこだわるプロレス」がファンに受け入れられているのだと思う。

 具体的に言うと、永田と棚橋、真壁を見ると顕著なのだが、片エビ固めでフォールに行く時、相手の足と同時に片腕もクラッチすることで全力でカウント3を取りに行っている。
 もうひとつ、これは永田は少々外れるが、若手四天王(・・・あるいは3バカと1番長)と呼ばれる棚橋・中邑・後藤+真壁のスープレックス系の技を出した時のブリッジの美しさ。 
 
 猪木のプロレスは「戦い」だったと多くの人は言うけれど、私たちが子供の頃にあこがれたのは戦いはもとより、全力でロープに走り、全力で押さえ込みに行き、頭の天辺からつま先、さらに指先の動きの細部まで神経の行き届いた芸術品としてのプロレスラー、アントニオ猪木だったのではなかろうか?

 棚橋と中邑の攻防は、それを考えさせるレベルに到達した。
 これは紛れもなく二人の成長によるものである。

 棚橋は、それを披露するには早すぎる段階で小手先のテクニックに走ってしまい、それが原因でファンがつきにくい状態になってしまってきた。
 中邑は、総合格闘技の流れの中で一気に上り詰めたが、プロレスの何たるかを考えないプロレスを続けてさらに迷走を重ねてファンの反感を買ってしまっていた。

 しかし、棚橋は然るべき強さも兼ね備え、テクニックも厳選し、また大舞台を何度も経験することによってインサイドワークを身につけ味わい深いプロレスを表現できるようになった。
 中邑はまだまだ荒削りだけれど、とにかく棚橋を目標にして頑張ってれば何とかなるという段階に来た。

 試合は、美しいものだった。技の品評会みたいだったこの二人の戦いが「戦い」に昇華した。
 スープレックスの打ち合いもお互いがキレイなブリッジでキチンとホールドするので、四天王プロレスをオマージュしつつも新しい世界感を構築している。
 
 ラリアットをブロックされて中邑が左肩を痛めた後の、棚橋の攻めはまさに鬼と呼べるものだった。雑誌などを見るとそれまではヒザ狙いで試合を作っていたらしいが、その辺はテレビ放送ではカットされていて、棚橋による左肩集中攻撃の試合展開というイメージに映った。

 トレーナーやらドクターやらがチェックしている間、これまでの棚橋ならば黙って見ていて試合も間延びしてしまっていただろうけれど、今の棚橋はその間延びを許さない。
 徹底的に攻め込む。そう!それだ棚橋!!それがプロレスなんだ。
 試合の中断なんてない。ドクターチェックなんて他の格闘技がやってろ!
 左腕へのドラゴンスクリュー、滅多に出さない腕十字。
 
 必死の形相で棚橋の足元にすがりつく中邑。

 「絵になる試合」になったもんだ。

 最後手前の雪崩式ランドスライドは、アレは危ない。
 棚橋もねじれた状態で落ちたから動けなくなってしまった。あんな未完成な技は現時点では新日本内では棚橋以外には仕掛けられないだろう。
 
 ○中邑(挑戦者)(23分08秒 ランドスライド→エビ固め)棚橋(王者)●


 永田-アングルと、棚橋-中邑は本当に素晴らしい試合だった。
 
 アングルがIGFとのつながりがあることが唯一気がかりだが、アングルという存在が新日本のレスラーたちが築き上げた戦いの世界に割って入って融合を遂げた時に、新しい新日本スタイルの完成形にグッと近づくのかも知れない。

 団体としてどん底のどん底から、そういう期待が持てるところまで新しい道を切り拓いてきた一昨年あたりからのユークス新日本に、今は拍手を送りたいと思う。  

 ありがとーッッ!!

テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2008/01/15 Tue  06:31:30» E d i t
 日本人が好みそうな経歴なんだけどなぁ・・・。結局はメディアの方も継続性のある話題が欲しいから亀田3兄弟(+オヤジ)に走ったのだろうけど、苦労人・努力家でコツコツ続けて才能を開花させた男の物語ももうちょっと騒いだって良いような気もする。

 川嶋勝重。

 21歳のときにボクシングをしていた友人に刺激を受けてジム入門。1年半を掛けてプロテストに合格。ジムの大橋会長曰く「才能もセンスも無い男が世界王者になった。ボクシング界の宝です。」ということで。
 誰もが夢見るスターのポジション。でも誰もがつかめるわけじゃない。
 夢に賭け、夢を掴んだ男。川嶋。


 昨日行われたWBA世界スーパーフライ級選手権12回戦

  

王者:アレクサンデル・ムニョス(ベネズエラ) vs 川嶋勝重(大橋) 



 を、テレビ観戦していた。

 ブンブンとパンチを振り回す川嶋。豪快、豪快、また豪快である。
 解説のガッツ石松さんも相当入れ込んでいたのだろう、川嶋優勢の解説を続ける。「ムニョスの左パンチ(ジャブ)が当たらない限りは川嶋、有利ですよ!」の一点張り。序盤のパンチの打ち合いと、それのかわし合いで盛り上がった場内をさらにヒートアップさせたのは中盤にかけて確かに川嶋の振り回しパンチが豪快にムニョスのボディにヒットして、ムニョスが苦しそうにする場面。

 一撃必殺を狙う川嶋だったが、いかんせん手数が足りない。

 追い込まれているように見えて、連打を受けないように巧く逃げる。クリンチする。
 減量に苦しみ、来日後風邪を引いて発熱していた王者:ムニョスが終盤にかけてキレを取り戻すと、的確なパンチで川嶋を追い込む。

 ○ムニョス 12R判定 川嶋●

 ガッツ石松さんは「ボクシングは打ち合いなんですよ!有効打の数なんですよ!この判定には納得できません!」と判定に激怒していたしゲスト解説の内藤大助選手も「あぁ、信じられない!」みたいなこと言ってた。ガッツさんの解説を聞きながらこの番組を見ていた視聴者の多くは同じように感じたことだろう。川嶋のガッツあふれるファイトにガッツのガッツが共鳴して番組は何とも言われぬ不思議ムードを形成したのだ。それに乗せられる形で時間はあっという間に過ぎた。
 けれど、パンチ数・有効打でムニョスが圧倒的に優勢だったのは事実だ。日刊スポーツによればパンチ数はムニョスがほぼ2倍。(ムニョス935 - 494川嶋)

 しかし、ガッツさんの仰るとおりKO狙いで強振を続けた川嶋、そしてその熱意から逃げずに正面から打ち合った王者ムニョスの熱い戦いは胸に残るものだった。ファイタータイプの川嶋は日本人キラーと呼ばれる豪腕王者と大好きな「真正面から打ち合う試合」をしたかったのだと言う。見事、念願を果たした!
 
 凄い試合をありがとう。
 そして、試合後に引退表明した川嶋選手。熱い生き様をありがとう。お疲れさまでした。
  
 

テーマ:ボクシング - ジャンル:スポーツ

2008/01/14 Mon  04:55:19» E d i t
 » 共感と圧倒~ボクシング 
 遅ればせながら1月10日(木)に行われたボクシングWタイトルマッチの放送を見た感想です。


 例えばプロボクシングでも大相撲でも何でもそうなのだけれど、日本人・・・に限った事ではなく世界共通だと思うんだけど・・・が応援したくなるタイプというのは、自分より一枚上の相手に対して必死の形相で遮二無二立ち向かって行く攻撃型の選手だと思う。困難に対して自分の限界を超えた力で立ち向かって行く姿に自分を投影させやすいから共感を呼ぶのだろう。

 それに対してどちらかと言うと、技術が前に来て相手を倒さずに試合を支配する事で判定勝ちを狙ったり、相撲で言うと当たる前に引いて勝ちを拾ううようなスタイルはなかなか好まれない。ボクシングで言えば「倒しに行った末に倒せなかった」のではなくて「最初から判定狙い」というプランだって戦略的に問題ないのだが、ハッキリした白黒がつかない気がして面白くないから「こんなのアマチュアの試合じゃん」という言い方をされてしまう。観客全員がその技術や戦略を理解できるほどその競技に詳しいとは限らないのだから。そういう技巧派の選手というのは、大概人気がない。
 
 
 さて、先日日テレで放送されていた「プロボクシングWBA・WBCバンタム級タイトルマッチ」を録画してやっと見た。日テレのプロボクシングのサブタイトルが「THE REAL」(=ホンモノ)とされているのは、無論TBSの亀田報道を痛烈に皮肉ったものであることは間違いない。試合までの煽りを必要以上に長く取って視聴者を煽って、試合そのものは大した印象に残らない。印象に残ったのはボクシングそのものよりも次男の反則くらいなもので。
 多くのボクシング関係者およびボクシングファンは亀田家の言動およびTBSの報道の仕方に対して憤っていながらも、事実上は衰退した日本ボクシング界に久しぶりに話題性を持ってファンを開拓・牽引してくれるかもしれないアイドルたちの出現をありがたくも思っていたはず。
 まぁ、化けの皮は見事に剥がされてしまって、今となっては恐ろしいほどに亀田を見かけることも少なくなりましたけど。

 そういう「化けの皮」に対して「THE REAL」であると。

 亀田三兄弟だけが人生の色んな物を背負ってリングに上がってるワケじゃない。みんなそれぞれに背負ってきた人生があって、それが見ている自分と比較すればどうだとかそういうのは確かに応援したくなる要素かもしれないけれど、実際はリングには全然関係ないし生き様がファイトスタイルと完全一致するとも限らない。
 ただただ自分が勝つために努力・研鑽して来た者同士が純粋にぶつかり合う様子を見て、何かを感じてくれ!それがREALである。と。

 
 ①WBAバンタム級
  

王者:ウラディミール・シドレンコ(ウクライナ)vs世界4位:池原信遂(大阪帝拳ジム)



 直進、真っ向打ち合いスタイルの池原。まさに、まさに日本人好みのファイトスタイル!!
 序盤はKOパンチを持っている池原が真っ直ぐ突っ込んで手数を出して行くのを、「ミニ・タイソン」というニックネームを持つほどアゴのガードが固いシドレンコが時計回りに回避しながらジャブを当てて様子見。
 
 前に出て来る相手をさらさらとかわしてロープやコーナーを背負うことなく見事に池原をリングで泳がせているシドレンコのポジショニングに唸る。

 中盤、常に前に出て来る池原に対してシドレンコ打ち合いの構え。
 肩をつけての押し合い、上下の打ち分け、頭をつけての打ち合い。
 観客からは「ノブト」コールの大声援!!シドレンコが見事なのだ。

 それだけの接近戦でありながら、クリンチがない。ブンブン振り回してくる池原に対して的確にディフェンスし、パンチを急所に当ててくるシドレンコ。シドレンコが「引かない王者像」を見せ付けて有効打で池原を圧倒。池原も倒れずに踏ん張って前に出続ける。

 お互いの意地が噛み合った熱い試合はシドレンコの判定勝ち王座防衛。
 

 ②WBCバンタム級
  王者:長谷川穂積(神戸・真正) vs 同級1位:シモーネ・マルドロット(イタリア)

 長谷川は「日本のエース」と呼ばれていたが、確かにこの時代の日本人チャンピオンとしては群を抜いたボクサーだと思う。
 持ち味は鋭い動きと美しいKO。自分から攻めることで倒せるし、カウンター狙いもできる理想的なKOアーティスト。

 昨年、前に所属していたジムと対立した経緯もあり、8ヶ月ぶりの防衛戦。

 マルドロットは左右スイッチヒッター。さすがトップコンデンター。スピード・パンチ・スタミナ・バランス・インサイドワークと申し分ない。しかし、その全てにおいて長谷川が一枚上回っていて、マルドロッドが勝機を見出すとしたらブランク開けの王者の試合感が戻る前の早いラウンドでの仕掛けだったろう。

 果たして、2ラウンド終盤で長谷川は右瞼をカット。流血戦を強いられる。
 長いブランクの末に「自分に求められているKOで勝つ試合」「アメリカ・ラスベガスで通用するような試合内容」を目指していた長谷川は、勝ちに行く試合から負けないようにする戦い方へと序盤でのプラン変更を余儀なくされる。プロレスと違って、ボクシングでは流血が続けば試合は止められてTKOあるいはそのラウンドまでのポイント判定になってしまう。

 右瞼への攻撃をできるだけ避けつつ、右目に入ってくる血が視界を狭める中で戦わざるを得ない。が、中盤から打ち合いが始まる。マルドロットは貪欲に中に入ってくる。上手いのはパンチの連打の中に入ってくるバッティング・エルボー。しかし、長谷川は大降りのパンチでバランスを崩したりしたものの徐々に自分のリズムを取り戻し、終盤には前でかわすディフェンスも披露。

 「そこにいる!」と相手が認識する動体視力とそこを打ち抜くまでに要する反射神経・運動神経は鍛え上げられたボクサーならば常人の数倍だろう。ましてや相手は世界1位にランキングされている男である。
 しかし、長谷川はマルドロットの 認識 をあざ笑うが如くすでに別な場所にいる。ダッキング・ウィービング・スウェーで幻影を作り出すと、マルドロットは至近距離で長谷川を捕獲できないのだ。
 
 世界1位とチャンピオン・王様の差は歴然としていた!!

 こんな動きを持った日本人チャンプというのは過去に存在しただろうか?華麗・流麗そして圧倒。

 最終ラウンドで大量ポイントリードの中で激しい打ち合いに臨んだのは長谷川のボクシングに対する意地と誇りだったのだろう。
 試合後、マルドロットは外国人選手としては珍しく敗戦して号泣していた。
 多分、負けた悔しさもそれはあったであろうけれど、世界にはこんな凄いボクサーがいたんだ!という感動と、世界ランキング1位の自分が「最高の自分」に仕上げて来たのに圧倒されたレベルの差への驚愕ゆえの号泣だっただろう。

 長谷川のボクシングは技術に気持ちと破壊力が乗っかった、圧倒的・理想的なプロフェッショナルのボクシングだと思う。欧米人に体格で劣る日本人が彼らに対抗するために必要なのは根性と技術であるという時代を経て、日本ボクシング界に現れた、人生論ではなくて ボクシングの技量 で観客を惹きつける事ができるプロボクサー。

 日本のエースと呼ばれる所以を存分に見せつけた試合だった。
 長谷川、凄い!
  
  

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2008/01/12 Sat  16:30:43» E d i t
 前日の記事「昼寝の夢」は私の夢ではなくてですねぇ・・・。


 娘・ぴっこ(5) は最近、空にふわふわと浮かんで雲に乗ったりその雲を食べたりする夢を見るのだそうだ。
 「お父さん、今日も楽しい夢を見たよ。」

 さて先日、 ぴっこ が結構深刻そうに質問してきた。


 「ねぇ、お父さん。人間って空飛べないの?」


 この手の質問には私はすぐに答えを出してあげないのだ。
 つまらない人間になって欲しくないから、誰かの出した「諦め混じりの答え」なんて教えないのだ。そう、夢は自分で叶えるもの。もしかしたら、飛べるかもしれないじゃん。けれど、「満月の夜中の2時にヘソの下にごま油塗って呪文を3回唱えたら飛べるようになるんだよ~」とかというメチャクチャな嘘も教えない。確かに嘘もファンタスティックだけど、信じてしまうと明らかに無駄な回り道へ誘い入れるようなものだから。


 「ん?なんでそう思うのさ」

 「あのね。ジャングルジムとか滑り台からジャンプする時にさ、手ぇバタバタってやるんだけど、飛べないんだよ」

 ああ、そうか。挑戦してみてるんだぁ。危ないけど。
 なかなかヤルじゃん。 

 「手をバタバタさせるのはなんでさ?」

 「え~?だって、鳥が飛ぶときにバタバタさせてるしょ?」
 お?観察してるね~。やるねぇ。

 「う~ん。でもさ、鳥が飛ぶときにバタバタさせるのってでしょ。人間に羽、無いじゃんか。羽じゃないからバタバタしても飛べないんじゃない?」

 「そっか。飛べないかなぁ」

 「ずっと昔のヒトたちも空飛びたいって思ってて、鳥が飛ぶの見てさ、真似してるうちに飛行機とかができたんだよ。したら、鳥よりも早く飛べるようになった。」

 「へぇ~」

 「でもさ、みんな鳥の真似するから飛べないだけで、本当は人間には人間の飛び方があるのかもしれないよ。まだ今まで誰も見つけることができなかったから空を飛べてないだけでさ、もしかしたらオマエが“はじめて空を飛んだ人間”になれるかもしれないよ」

 「ふ~ん。どうすれば飛べるかなぁ?」

 「それはお父さんもワカンネェな。だってさ、お父さん空飛べないじゃん。飛び方分かってたら飛んでるさ。ぴっこ 飛び方分かったら一番最初にお父さんに教えれよ。」

 「ワカッタァ!!」

 
 考えてみれば、飛びたいと思う人は泳ぐように手をばたつかせてみたり、高い所から飛び降りて滑空するようなことを真っ先に考えてしまう。科学的に判断すると、それが一番合理的に思えるのだろうし、本能的にもそれが的確であると信じ込んでしまっている。それは子供が実際にジャングルジムや何かから飛び降りている事実を見てもそうだ。子供でも、古今の科学者でも着眼点は同じということになるが、それがそもそも先入観なのではないだろうか?


 地球に引力があるということを知ってしまった私たちは、きっと既成概念という名の引力からも逃れようとはしていないのかも知れない。


 ヒトが空を飛べるようになる時代がいつか来るのであれば、ぴっこ がその先駆けになっていれば面白いなぁ。

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2008/01/11 Fri  00:00:01» E d i t
 » 昼寝の夢 
 晴れて澄み渡った冬の空は

 水彩画

 自分をぽっかり浮かべてみたくなる水色


 まぶしい空を泳ぐ夢を見た





空を泳ぐ



 
 
 ぽっかり浮かんだ空の上

 どこまでも泳いで行こうか

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2008/01/11 Fri  00:00:00» E d i t
 » 光のグングニル 
 日だまりで
 溶けて滴る幾多の決意が

 やがて姿を
 鋭く輝く
 光の槍へと変えた



  

 



すべてを貫き
すべてを変える


 信念の槍


 金色の光

 放て

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2008/01/10 Thu  05:34:32» E d i t
 » 邦画に物申す! 
 えぇ~と、物申す!などと大層なタイトルを付けたものの、さほど映画もDVDも観ない者ですみません。

 さほど見ないんですけど一丁前に我が家にはWOWOWがあるので、この前邦画ホラーの特集していたので見てました。

 で、まぁ・・・さほど観ないながらに常々感じていたんですけれど、特に最近の邦画って

 何言ってるかセリフが聞こえない

 んですよ。
 で、怨霊音量ボリュームを上げたら

 きゃぁぁあぁぁぁあああああぁぁあ!!

 って。
 昔の白黒映画の時代みたいにマイクの性能が悪いわけじゃないのに、芝居らしい芝居が敬遠されるようになって、よりリアルな感じに近づけたいという流れの末にこうなったのか、テレビドラマの延長で映画を作ってるからこういうことになるのか、とにかく、セリフが聞き取りにくい。
 聞き逃してはいけない(と思しき)セリフほど、ゴモゴモと早口で小声で。

 あれは皆さん、聞き取れるんでしょうか?それとも前後の話の流れの中でセリフを推測するという新しい楽しみ方を提供されているんでしょうか?



 ・・・邦画にも字幕入れてください。
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2008/01/09 Wed  03:49:54» E d i t
 » シバレル 
昨日、早朝のNHKニュースじゃあ 「今日は全国的に3月初旬の陽気に恵まれます」 と言っていたくせに…


…くせにぃぃ・・・


20080108200802




  あぁNHKよ、ここは外国か? それとも何かい?ここら辺じゃ三月初旬の陽気が -13℃ だってかい??

 もう!早朝から半井さんに天気予報をお願いしたい!!半井さんの予報だったら「夏日になるでしょう」と言われた日に -10℃ くらになっても許しちゃう。まぁ最も 半井さん にそんなミステイクはないけど。


 うぅぅぅ~寒いよ~


 地球温暖化よ、今こそオマエの頑張り時じゃないか。
 無駄なところで人々の不安を煽ってないで
 石油の価格もやたら高いんだから、今ここで集中的に頑張れや。

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2008/01/07 Mon  14:43:27» E d i t
 会話が成立していないけれど、アイコンタクトで何とか今は乗り切れる親戚のオバサンとのコミュニケーション。

 「あ~、丸くん。え~と、そこのそのアレ取ってくれない?」 
 (?)

 棚の並んでいる場所を指差して


 「あ~、ほら、そこの下の左の棚の」

 (??)

 「あれあれ、ほら、調べるから」
 (ナニヲ調ベルノデスカ?)
 オバサン、こちらにだんだん近づいてくる。

 「そこにならんでるっしょ、黄色と緑と青のヤツ。そのうちの確か青だと思うけど、違ったらゴメン」


 (???電話帳???いや、ゴメンって謝られても)
 
 「ほら、青で正解だったでしょ~。わたし、天才!はいちょっとどいて。電話掛けるから」



 ・・・


 電話を掛けるために電話のすぐ下の棚にある電話帳をわざわざ他人に取ってくれと頼むとはッッッ!しかも、指示語のみで!!
 

 「もしもし、あ~わたし」
 「そうそう、わたし。久しぶり。あの、アレどうなったんだっけ?アレ」
 「いや、ソレじゃなくて、アレさぁ~・・・」


 ・・・。

テーマ:それなりにがんばってんだよ - ジャンル:日記

2008/01/06 Sun  12:38:55» E d i t
 「ちょっと、軽く一杯飲みたいな。」
 「なぁ~、ドコ行こうか?」
 「じゃ、ひとまず つぼ八 行くべや。」

 そこには本格的な料理はなく、何かに特化しているワケではない。
 便利なのだ。誰かと連れ立ってちょこっと飲んでバラエティーに富んだツマミがあって。価格も手頃でいろいろ楽しめる。
 つぼ八 でも 白木屋 でも ととと でも何でも良い。

 居酒屋チェーン店に行けば、全国どこでもだいたい大きなハズレを経験しなくて済む。
 大きなハズレとは、好みの食べ物が無いとか、値段がべらぼうに高いとか、値段を表示していないとか、料理がマズいとか。とにかく余計な緊張や予備知識を必要としない。だから、入りやすい。
  

 ハッスルはそんな軽い気持ちで入って行けるイベントだと思う。
 そりゃまあ、連続ドラマみたいに地道に物語は続いてはいるのだが、途中からでも入りやすくて分かりやすい構成になっているから恐れ入る。

 テレビ東京系列で ハッスル の中継をするようになって、私は初めて動いているハッスルを目の当たりにした。インディー団体がお金を持ったらこういうことをするだろうな・・・という、結構覚めた目でそれまで見ていたハッスルが、ハッスル軍のリーダーでハッスラーとしても総合格闘家としてもプロレスラーとしても中途半端だった小川直也の離脱によってものすごく良い感じにまとまっているのだ。

 テレビに登場する俳優やら芸人やら、グラビアアイドルやら、アニメのキャラやら総合格闘家やらが出ては消えて行き、レスラーはそれらと絡みながらリング内外で物語を作って行く。確かにプロレスの新しい形なのだろうけれど従来のプロレスではない。ハッスルはハッスルなのだ。

 行きつけの寿司屋がある人は居酒屋の寿司は好きではないはずだ。
 好きなラーメン屋がある人は居酒屋のラーメンを認めたくないはずだ。
 でも、寿司屋にラーメンはないし、ラーメン屋では寿司を頼んでも出て来ない。
 居酒屋にはあれもこれもある。全てが極められた味ではないが、あれもこれもある。中には本職を凌ぐような料理もたまに出て来る。

 「これがハッスルか!」
 
 WWEをさらにエンタメ化したもの。それがハッスル。
 WWEはエンタメレスリングだけれど、間違いなく登場人物は全員プロレスラーだ。
 ハッスルはインリンやレイザーラモンHGを初めとして、プロレスラーではない人間がリング上の戦いで何かを表現している場なのだ。

 プロレスファンから見れば「プロレスではなくてハッスル」だが、世間の目から見れば「これはプロレスだよね」だ。
 総合格闘技もハッスルも、要するにリングでパンチ・キック・投げ・寝技ありで戦うものは全部プロレスという括りになるのだ。

 プロレスというジャンルの守備範囲の広いことよ。

  
 「大みそかハッスル祭り2007」 を録画で見た。

 総合格闘技は好きだが、あんなものを生中継に近い状態でゴールデンタイムに流す世間はどこかオカシイと私は思う。プロレスが禁じ手としてきたガチンコを堂々と公開でやっているのだから凄惨な状況が映し出されてしまう可能性だって否定できないのだ。
 
 その点ハッスルは、一家団欒で見ることができるラインに収まっている。
 そりゃまあ下世話な衣装や場面があるが、「おれたちひょうきん族」とか「カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ」現在だと「志村けんのバカ殿様」辺りの過激だった時代に比較すればどうってことはない。
 根底には勧善懲悪(ハッスル軍と高田モンスター軍、話の流れで善悪が入れ替わるが)の流れが出来上がっているステージだから、観る者に訴えかけてくるテーマは間違いなくある。

 現実として怪物的な強さを持つレスラー達がドンと構えて、別ジャンルからやって来た虚構のキャラクターたちが活躍する夢のごった煮ワンダーランド。
 子供達と見ていても、説明ナシで笑いながら見ることができる。面白くて、メチャクチャで、泣ける。

 総合格闘技という究極の対極があり続ける限り、ハッスルにも光は当たり続けることだろう。プロレスはその板ばさみで小さくなってしまっているが、考えてみればそれらを両翼に持った可能性の塊なのだった。この両翼を上手く利用して高いところに飛べるか、あるいは翼なんかいらないと、両翼が折れるのを耐え忍んで待つかはプロレス団体次第なのだろうけれど。

 居酒屋で納得いかない寿司が出たから、本物の寿司屋に行ってみたい!と考える人だって当然いるのだろうから。
 

 以下、試合雑感。
 
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2008/01/06 Sun  10:41:18» E d i t
 大晦日の総合格闘技について書こう!書きたい!と思いつつ、パソコンの無い環境で年末年始を過ごすなかで携帯投稿しようとしたら充電が切れてみたり、新聞とかネットで皆さんがいろいろ書いているのを読んでしまって自分の感想が薄れてしまったりと、そんな都合で本日に至る者です。

 試合結果詳報については、こちらをご覧下さいませ。
 (→スポナビ「やれんのか!大晦日!2007」
 →スポナビ「K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!」


 大晦日、恒例で親戚が集まった場所にいた私に「どうせ紅白見てても途中で寝ちゃうから、丸くんプロレス見て良いよ」というテレビチャンネル自由解放宣言が出ました!大晦日の格闘技テレビ中継が始まって以来、暖かい茶の間の大画面テレビで総合格闘技を見ても良いという許可が下りたのです!!

 奇跡だ!
 
 何年も続けて、寒い部屋でカタカタ震えながらひとりポツンと写りの悪い小さなテレビを叩いたりなだめたりしながら見て来た努力が遂に花開く時がやって来たのだぁぁぁ~!!

 チャンネルチェーンジ!!6時45分頃だったか・・・

 録画映像で桜庭が柴田をパウンドでボコボコぶん殴ってる映像が・・・

 お茶の間ご一同様、声を失いました。
 にぎやかに遊んでいた子供達の時間さえも止めてしまいました。

 「見せるべきではない!」これは、知らない人にとっては残酷ショー以外の何物でもない。

 プロレスをキライな人や知らない人はいつもこう言う。
 「あんなの、八百長でしょ?本気でやったらあんなのカラダが持つわけないもん」
 しかし、いざプロレスっぽいけれどプロレスではないモノを目の当たりにするとこう言う。
 「あんな残酷ショー、お金取って見せるものじゃない。あんなのスポーツでも何でもない」と。
 そう、プロレスファンの間でもプロレスマスコミの間でも、90年代は延々とその論議が続いたものだ。
 アメリカで始まったただの残酷ショーを日本風にアレンジして新たなプロスポーツジャンルに昇華させることができるルールとシステムと、それに沿った選手達がこの十数年の間に世間に認知させた総合格闘技も、知らない人にしてみればプロレス。 
 いくら文句を言っても、茶化しながらでもプロレスはまだみんなで見ることができる。
 でも、総合格闘技は無理だ。


 私は、いつの間にかあの過酷なルールで戦う危険な競技に慣れすぎてしまっていたのだろう。


 ・・・チャンネル自由解放宣言は見事にプロレス・格闘技ファンの私にとっての大逆風を生みました。理解してもらえそうだった空気が見事に一転し、ボカスカ殴られて顔が変形してる柴田の悲しみの表情と共に私は自らチャンネル選択権を放棄し、いつもの寒い指定席でひとりで格闘技を見ることを決意したのでしたよ~。
 
 それでも「Dynamite!」には格闘技を知らない人と一緒に見てもそれなりに安心な試合はあった。安心だけど、初めて見るにしてはつまらない試合だろうけど。大晦日のあの時間帯に放送するということは、そういう人たちに対してもアピールするカード編成や番組作りになっているということでしょうね。PRIDEみたいにガチガチに格闘技ファンのみに向けて作られた世界ではないですよね。こちらは。

 そんなカードは、当然普段から格闘技を見ている人にしてみれば「なんだよ~このカード?」的なプロにシロウトが挑むようなメチャクチャなカードになって、大概は中途半端な試合になります。それなら、プロレスの試合を間に入れるとかすれば良いのに。
 

 以下、テレビで放送された試合の雑感
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2008/01/05 Sat  07:50:08» E d i t
 » 休まない休日 
 「たまにはゆっくり休みたい」
  「一日中布団の中でゴロゴロしていたい」


 という日本人の休日2大願望に軽く異を唱える32歳の男です。
 1月5日に今さらという感じですが明けましておめでとうございます。
 
 
 さて、その休日2大願望になぜ異を唱えるのかと言うと、これはやはり何かをしていなければ落ち着かなくなってしまったというのが最大の原因ではないかと思われますが、それもこれも「時間がもったいないから」と思えるようになってしまったからです。ん~、良い感じでトシ取ったんでしょうね~(笑)




 「時間的余裕(=ゆとり)が無くていつもあくせくしている」 というのが日本人の印象である と、かつて先進国に追いついた頃の日本は先進欧米各国から見た日本人の印象をマイナスに受け止めて、ゆとりを持って生活しようというキャンペーンどころか、国政さえも「ゆとり推奨モード」に突入して、労働時間を法律で定めたり、理にかなわない最低賃金などを決めたり、果てにはゆとり教育なんてのも導入して見事に失敗しました。・・・あぁ、ゆとり教育は失敗だと結論付けて良いですよね?まだ早計でしょうか?

 私は自分がそうであるように、日本人というのは「誰かにそう見られたい」のとは違う印象で相手に批判されると物凄く侮辱されたような気持ちになる国民なのだと感じています。 
 
 私たちが育ってきた時代(80年代後半~90年代前半)の教科書には、小学校高学年から高校の政治・経済の参考資料に至るまで「ワーカーホーリック(=働き中毒)とウサギ小屋」というスローガンじみた文句が批判すべき対象であるかのように何度も現れ、教師たちもまた自らが育ってきたその貧乏な昭和を恥ずるように背を向けるようにこの言葉をマイナスイメージで受け止め、反論するような事もありませんでした。

 皆さんはどうか分かりませんけれど、私は確実にそういう時代の波を刷り込まれて育ってきたのですから、「きっとそんなにあくせくと働かなくても思うように生きられるようになるんだなぁ」とか勘違いしてました。「僕がオトナになる頃にはきっと誰かが理想郷を作ってくれてて、その住人にきっとなれるんだろうな~」と思い込んでいました。
 その理想郷では好きなときに好きなように働いて、たくさんお金が貰えて、広い家に住めて、思うとおりに願いが(誰かによって)叶えられて行く。

 もう、言葉にするのも恥ずかしい限りですが確実にそう思いこんでいましたよ。

 欧米各国のメディア操作術というか、洗脳にまたもや見事に引っ掛かってしまって勤勉な日本人が勤勉という名の牙を抜かれて、政治的に戦わずして敗れてしまったというのが現実のような気はします。

 私もあーでもないこーでもないと世の中をひねくりながら考えるイヤなオッサンになった今ごろになって前述の先進欧米各国から見た日本人の印象については「その日本人の勤勉さが、我々に肩を並べつつある原動力であり、底知れぬ脅威である」という、行間に隠されていたのか意図的に翻訳しなかったのであろう一文にやっと気づき始めてはいるものの、言葉の魔力とは恐ろしいもので「ゆとり」を求め続けたこの20年くらいの間に結果的に日本に蔓延してしまったのは「ゆとり」ではなくて脱力感や無気力感、ではないでしょうか。

 なぜでしょうか?
 答えは簡単。「働かざる者、食うべからず」要するに、働かない者を養えるほどのゆとりが日本に無かったからですよね。あるいは、確かにある程度の蓄えは存在したけれども全て食い潰してしまったという感じでしょうか?

 勤勉実直・高い学力水準・安価で上質な労働力。

 これが高度経済成長を支えた、欧米先進国が恐れ、それゆえに飼い慣らしたかった日本人の力です。
  
 今、私と同世代の教科書や新聞で育ってきた多くの人たちは、心のどこかで求めていた「理想の暮らしを享受できる理想郷」は誰かに対する依存ではなく、自分たちの努力によってのみしか到達し得ないものであることに気付いてはいるのだと感じます。ただ、自分たちがやってみてもどうにもならないだろうだとか、上手くできなかったらどうしようとかの不安も同時に物凄く感じていて、その「理想実現のための遠き道のり」「踏み出せないはじめの一歩」との狭間で勝手にマイナスの未来を描いて勝手にもがき苦しんでいるくせに、そこから目を背けて誰かに任せておけばどうにかなるしどうなったとしてもそれは自分の責任じゃないからと、自分の人生の野次馬になってしまっている人は多い気がします。
 
 私は、少なくとも自分の人生は自分のモノにして生きたい。それだけ。




 正月早々、酒飲んで酔っ払った席でそんな大演説をぶつような理論家では私はありません。バカな話で盛り上がって、アルコールが回れば呂律が回らなくて、ゲラゲラ笑って、泣いて。

 そういう当たり前の 人とのふれあい の中にいる自分が好き。
 だから、休日は布団の中でゴロゴロしてるよりもできるだけ多くの人たちと触れ合って、プラスもマイナスもいろんなものを見て歩いていろいろと吸収させてもらって、少ないかもしれないけど何か相手にも印象を残して。

 ゆっくり、ひとりぼっちで休んで頭の中を整理つけるのもたまには必要ですけどもね~。ごくたまにで良いです。私は。不必要なほどの力を肩に入れて、その場その場の全力で人とのふれあいを大切にしていきます。それが私の自然体(笑)。そしてそれには去年も今年も来年も一切関係なし。

 ということで、人間・フクフク丸を末永くよろしくお願いします。 
2008/01/04 Fri  09:50:06» E d i t
 » 圧縮拡散 
あけましておめでとうございます



 大地を照らす無限の輝きを
 圧縮する冬の空


 そこから漏れ出す輝きが作り出す
 光のカーテン

 
 それはまるで
 まるで
 新しい神様が人々の心に降り立つ
 景色


 寒い朝
 凍える息

 心に光が差し込む 



 おはよう
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