フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2007/12/29 Sat  06:22:50» E d i t
 » 自然体であること。 
 数年前から雑誌の人生相談だとか、新聞のメンタルヘルスだとかのコーナーでよく見かけるようになって、そのうちテレビでも盛んに使われ始めた言葉に「自然体」というのがある。

 しぜん‐たい【自然体】
 1 剣道などで、両足をわずかに前後または左右に開き、無理のない形で立った姿勢。
 2 気負いのない、自然な態度。  (大辞泉)



 例えば「もっと肩の力を抜いて自然体で物事に対処した方が良いと思う」と言った具合に使われているのだが、辞書を引くと上のような言葉の意味であることが分かる。
 
 果たして、自然体であることの難しさよ。

 無理のない形 で立った姿勢というのは、前後左右全ての位置からの攻撃に対し素早く対処するための言わば全方位カウンターのための姿勢であり、よほどの達人でもない限りまず滅多にお目にかかれるものではない。
 
 気負いのない自然な態度 と言われても何が自然で何が不自然なのか混沌としている世の中にあって、どんな状態が気負いのない自然な態度なのか分からない。夢に向かって専心するでもなく、ただその場その場で思うがままに行動したところで進みたい道に誰かが誘導してくれる世の中であるはずがない。
 

 言われた方は「なるほど自然体だな」と納得して引き下がるだけの響きが「自然体」という言葉には内包されている。しかし、自分の方向性も見えず、繰り返す日常の煩雑な人間関係にどうして良いのか分からなくなっている人たちに対するアドバイスとしては結局のところ何の解決策にもならない誠に抽象的で不誠実な言葉遣いだと私は感じてきた。

 人間社会を生きて行くには、他人との接触を避けて通ることができない。
 他者との接触の中で、夢は形となり、お金は動き、社会は成り立つ。一方で、その摩擦に耐え切れずに悲鳴をあげる人たちがいる。
 他者との接触に不慣れな環境で育ってきた人たちに対して「自然体」とアドバイスすれば、当然引きこもりが発生してしまうだろう。

 それを容認するような姿勢は示しながらも、本音は「はみ出す者を容認しない」それが社会というものである。
 誰もが「自分の価値は自分で決める」 とか思いながらも、誰かに自分の価値評価されるのをずっと待っている。それはつまり他人とのつながりを求めているという当然の欲求であり、その評価に肯定と否定があるということをまずは心しておかねばならない。

 世の中は自分を肯定してくれる人ばかりではない。よしよしと頭を撫でてくれる人ばかりではない。
 自分を否定する人もいるということであり、その否定もまた「他人による評価」だと割り切ってみると良いと思う。
 自分が自信を持っている何かを誰かに否定されると自分の存在自体が否定されたかのような錯覚に陥ることがある。しかし、評価など十人十色なのだから誰かが思いっきり否定した懸案を他の誰かが思いっきり賞賛してくれることもある。それが現実なのだ。「誰からも称賛されたい、みんなを幸せにしたい」それは誰もが心のどこかで持っている望みだろうし、そうなるように生きているつもりだろうけれど、現実は粗探しだけを生涯の趣味と言わんばかりに他人を中傷することで自分のバランスを取っているような人間たちにもその身を晒して生きているということを忘れてはいけない。誰に対しても100点満点な自分である必要など、ないのだから。

 そして、そういう人間達の「否定」を全人格否定だと受け取らないようにすることこそが大切なことだと私は思うのだ。冷静に「指摘」だと受け取れば、相手の勢いを自分に追い風にできるし、こちらも頭に血が上ってそうそう冷静にもなれない時には世の中に自分を評価してくれるのはこの人間だけではないと言う事を思い出すことができれば良い。
 
 自然体とは、倒れないために重心移動をスムーズにするための姿勢でもある。

 押された方にカウンターを向けるばかりではなく、相手の押してくる力に逆らわず自分の身を軽くその力の方向に引いて、ダメージを最小に食い止めるための防御の姿勢でもある。

 自然体とは自分のあるがまま=ワガママ の事を言っているワケでは決してないのだ。

 その ニュートラルな自分 になかなかなれないし、そうそうその姿勢を体得できる人間がいるわけでもないだろうからみんなツライ思いをしてしまうんだろうけれど、ツライ思いを頑張って踏ん張って転んで立ち上がって傷がかさぶたになった頃に何となくぼんやりと ニュートラルな自分 の姿勢に気づく。 ニュートラルな姿勢で体軸がブレなくなった時にそこに信念が宿っていることにハッと気づく。

 幾度も幾度も摩擦を繰り返し、何度も落ち込んでは立ち直って、新しい自分になろう。
 痛い思いしてきた自分も受け入れて、次に向かえば良い。

 ツライ思いをしている自分でさえも、新しい自分に出会うためのかけがえの無い自分。
 今ツライ思いをしている皆さんにもそう思える日がいずれ訪れますように。



  
 
 本日、誕生日です。
 32歳になりました。

 31歳の誕生日プレゼントは昨日を以って締め切りとさせて頂きました。
 素敵なコメント、ご意見ご感想の数々、31歳もたくさんの誕生日プレゼントを頂きまして誠にありがとうございました。
 皆様の後押しを頂いて、僅かずつながらも成長を続けさせていただいております。
 
 なお、32歳のプレゼントは来年の12月28日まで受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。
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2007/12/28 Fri  00:00:00» E d i t
 前の晩に降り積もった雪が
 昼間の陽気に温められて
 少しとけて

 日没と共に零下の世界に返る

 空から落ちた結晶は
 そのまばゆさを凝縮した

 暖色の外灯の灯りを
 乱反射する
 宝石箱
 

宝石箱


 
 締まった雪が奏でる音を
 踏みしめて

 宝石箱を歩く 
 寒い夜

ちりばめた輝石

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2007/12/24 Mon  00:00:30» E d i t
 » ロマンチ・クリスマス 
  折り重なり
  弾け飛ぶ
  鮮やかな光の球体が
  回転で生み出す
  
  今日
  

メリーメリークリスマス



  ひび割れたグラスの向こう
  光は渦となる 
  
  何のことは無い普通の一日
  なのに

  特別な日

 
  サンタさんが来た人にも来なかった人にも
 
サンタ


 
  メリークリスマス  
2007/12/22 Sat  06:17:32» E d i t
 » ツボックとウーロン茶論争 
 嫁さんの友人になぜか私のやることなすことに「なんかダンナさん、ツボなんですよぉ~」と大笑いする、声がデカい人がいる。

 私が何を話しても、何の所作でも「笑いのツボ」なのだそうだ。

 「俺は、アンタの脇の下か?」とか突っ込みたくなるけど、あまりにも愉快そうに笑うので自分がツボなのだと刷り込まれてしまう。



 コップに2Lペットボトルのウーロン茶を注いでいた。

 我が家では普段からコップの九分目くらいまでウーロン茶を入れるのだが、ただウーロン茶をコップに注いだだけなのになぜか、かの友人が腹抱えて笑っている。

 「え?なに?」

 「だって、フツウそんなにたくさん入れないですよ~ケラケラケラ」
 
  
 ???

 ・・・そうなのか?

 「じゃあどのくらい入れるの?」

 「このくらいですよ~」 

 と、注がれたのはコップ半分くらいのウーロン茶。

 え?こんなの一口で飲んじゃうじゃん。その都度注ぐの面倒じゃん。

 とか思いつつ、一口で飲んでやると
 
 「あはははははははははは、また~ははははは、いや~ツボだわぁ~。一口で飲んじゃダメじゃないですかぁ~あはははははは~」

 
 変な人だ。

 と、お互いに思っているのだろう。
2007/12/21 Fri  00:10:10» E d i t
 » メガネ者・冬の早朝 
 外気に触れたその瞬間
 レンズは曇り
 僕は視界を失う

 寒い朝はいつもそうだ

 メガネ者の悲哀はメガネ者のみぞ知る
 

ぼんやり



 レンズに結露した水蒸気たちが
 光を遮ると
 普段は見られない光景に出会えたりする

 寒い朝はいつもそうだ

 メガネ者も悲哀だけではなさそうだ


光の輪郭


 
 やがてメガネフレームの隣接部分から熱伝導のように
 周辺状況は輪郭を取り戻して行く
 一瞬
 その輪郭が虹を生んだりするその一瞬は

 メガネ者の特権なんじゃないだろうか


ひかり


 輪郭を取り戻した世界
 まだレンズと網膜とがしっかりと像を結ばない
 そんな一瞬にもロマンチは隠れている

 ボウッと夢うつつの世界を照らす
 灯火

 メガネ者もここまでくれば悪くはない

霧、晴れた


 冷たく張り詰めた空気
 冬の朝のメガネ者のつぶやき

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2007/12/17 Mon  06:05:17» E d i t
 先日、仕事でテンパりまくって脳ミソレッドゾーン状態で帰りに寄ったそば屋でボケーッっとメニューを眺めていた時の事。


 またくだらない事がふと頭をよぎった。
 今度は思い出だ。


 今でもたまにスペシャル番組で放送されるが、中学・高校時代に大好きだったテレビ番組が「世にも奇妙な物語」だ。

 1時間枠の番組、タモリのナビゲートでホラーだったりシュールだったりする15分程度の短編ミステリードラマが3本という構成。

 ちゃんと「作りこんでいる」番組で、大好きだった。



 そんな短編番組で、物凄く印象に残っている回がある。
 いつの頃だったろう、多分スペシャル番組の時かな。

 玉置浩二が主演で、大衆食堂にやってきた男がただひたすらにメニュー表にある料理を片っ端から注文しては食べて行き、全て食べつくして店を後にするというただそれだけの話で、その間に店の主人がうろたえたり闘志を燃やしたりするというシュール極まりないただそれだけの話なのだが、物凄く印象に残っているのは多分、それに強く憧れてしまったからなのだろう。



 私は、あんなギャル曽根みたいな特異体質ではないが、若き日には同年代の平均的男性よりも大食漢だったと思う。

 とにかく動き回っていたからということもあるのだが、喰っても喰っても体重が増えないという誰もが羨む時期が私にはあった(超過去形)。

 その話に強く憧れつつも、お金が無いからその野望に挑戦する事もできず、2時間食べ放題1500円の焼肉バイキングとか1000円で45分100円皿食べ放題の回転寿司とかは行きまくったけれど何かこうしっくり来なかったのはそのせいだったのだろう。
 
 
 大人になり、それなりに財布にお金が入っている状態でソバ屋に来ても今までこんな話を思い出すことさえなかった。


 なのに、なぜこう忙しいと余計な記憶に回路がつながるのであろう・・・
 必要な時に必要な場所につながれ!俺の脳ミソよ!!
 
2007/12/15 Sat  05:39:37» E d i t
 » 都合の良い勘違い 
 娘・ぴっこ(5)が、頂いたお歳暮をあけて

 「うわぁ~ ドリー・ファンクー だぁ~!」と叫んだ。


 ・・・お!お兄ちゃん、スピニング・トゥホールド!!
 


 心ときめきつつ
 耳を疑って聞きなおした2回目には

 
 「ゴディー・シャンプーだよ!」 と。


 ・・・お、人間魚雷!串刺しラリアート2連発からパワーボム!!






 
 ボディシャンプーだったんですけどね。


 忙しくて頭が回らないとこういう聞き間違いが乱発する私ですが、この繁忙感で年末を実感する次第でございます。

 息子・まるもい(3)がインフルエンザにかかりましたが、薬飲んで元気に跳ね回っております。
 今晩辺り高熱が出ることでしょう。
 
 皆様もどうぞお気をつけ下さい。
 
2007/12/14 Fri  00:00:41» E d i t
 » 雪舞 
雪粉


 もう何度目の冬か 数えるのもやめてしまったけれど

 僕は 確かに君に返事を書いたんだった

 でも多分

 あの日の僕は

 それをポストに入れることができなかったんだろう

 覚えていないけれど


  
 時間は

 何度目かの初雪をこの町に運んで

 あの日と同じように

 ポストは白い帽子をかぶって佇んでいた

 

 僕の精一杯の思い

 ぬくもりは

 多分

 僕自身が持ち帰って破り捨ててしまったのだった

 
 それで良かったのだと

 今年も雪が降る

 きっと良かったのだと

 今年も雪が積もる

after many years, POST is standing still today


 待ち続ける君を想って眠れない夜を過ごしたことだって

 本当は

 ある

 そしてまた

 空を見上げる

粉雪

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2007/12/13 Thu  10:07:24» E d i t
 それは、今年の正月ではなくて、昨年の正月のことだった。

 嫁さんの実家で飲んで飲んで飲んだくれて、まどろみつつ寝室に入った私だったのだが、なんだかなぜだかテレビをつけてしまった・・・すると新選組!!土方歳三最期の一日というスペシャルドラマが放送されていた。

 
 私、新撰組を特別に好きなワケじゃないんですよ。
 幕末の人物で特に思い入れを持っている人物と言えば、吉田松陰なもので。

 これが・・・
 もう、酔い気もぶっ飛ぶほど、寝室の凍えるような寒さもぶっ飛ぶほどの熱いドラマで。


 日本が近代日本に生まれ代わるために、魂という名の礎を残して逝った若きロマンチたちの物語。それが、このスペシャルドラマ。

 それが、本日 再編集されて放送されるのだぁぁぁ!!

  <放送日時>

  NHK総合にて 2回に分けて放送!!

   2007年12月13日(木)20:00~20:43 本日!!

         12月20日(木)20:00~20:43


 よしんば今日見逃したとしても、20日の放送もあるから見てください。
 是非、見るべきだ。
 見ずにいられるか~
 
 金曜ロマンチ の「ロマンチ」 という言葉は、このドラマからもらっています。さあ、ロマンチって一体何なのだ!?
2007/12/10 Mon  17:33:11» E d i t
 忙しくなると自分がトゲトゲしくなるのが分かるから、できるだけそれとは逆に意識的に柔和に人に接しようと心掛ける。

 ま、それについての対策はそんな感じで良いんだけど、忙しければ忙しいほど考えなければならないことが多ければ多いほど、ど~でも良いようなくっだらないことが脳みそのどこかで発生して、忙しい自分を邪魔するんですけど、こんなのは私だけなんでしょうか?


 で、ホントど~でも良いんですけど、

 なんでクマのぬいぐるみって女のコに可愛がられるんですかね?
 クマのぬいぐるみは確かに可愛く作ってあるから可愛いんだけど、クマ実物可愛くないじゃん。
 パンダとか犬とかなら分かるんだけど。

 なぜクマ?クマ一番人気じゃん。

 実物、全ッ然可愛くないよ。怖いよ?
2007/12/07 Fri  00:00:00» E d i t
 降ってきた雪を睨み 
 黒猫が走る
 親友の書いた「最後の手紙」を届けるそのために 
 

白いささやき


 
 黒い俺のカラダを
 雪が阻もうとも

 届けて見せるさ
 やさしさと温もりを俺に教えた友がくれた名前

 “holy night” 「聖なる夜」が俺の名前

 冷たく全てを包み込む夜 これが
 俺の名前

冷たい吐息

 
 ・・・走った 転んだ すでに満身創痍だ・・・
 
 石を投げ 俺を罵る子供らを睨みつけ
 走った 走った
 
 ただアイツの想いを届けるため 



 カギしっぽも爪先も
 闇に溶けて消えてしまう・・・

 
  
 もう冷たい感触も無くなってしまった・・・

 痛みも苦しみも遠のいてきた・・・

 誰だ?アイツに似た光で俺を包むのは?


 暖かいやさしさの中そっと
 最後の一息を吐き出した
 俺はアイツにいだかれた夢を見た 
 

 確かに手紙は届けたぞ・・・
 

俺の意味


 
 
  BUMP OF CHICKEN 「K」 より 
 

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2007/12/05 Wed  05:38:30» E d i t
 愚直なまでにプロレスを愛し、プロレスから逃げる事なく真っ正直なプロレスを表現してきた小橋。
 小橋が、小橋建太が、腎臓ガンを克服して・・・リングに還って来た。左右一対の器官である腎臓の右側を全摘出手術。そこからの復活。


 夢や希望、憧れと呼ばれる類のものを追いかけて追いかけて潰されても倒されても前だけ向き続けて、手にすることを、少年は誰もが一度は願う。
 それは「現実」が「自分の眼前にそびえる高く大きな壁」であると思い込んでしまった時に「叶わぬ夢」へと変貌し、さらにため息混じりに鼻で笑い飛ばす対象となり、いつしか振り返ることすら気恥ずかしくなりながら少年は老いて行く。

 ため息混じりに鼻で笑い飛ばしながらも、心のどこかにそういうカケラがいつまでも引っ掛かって刺さっていて、時折ズキズキと痛むような感覚に襲われることがある。ズキズキ痛むのだが、心地良い。そして、その心地良さが自分が今を生きていることの証明として立ち上がる力となる。
 小橋のプロレスは、いつだってみんながどこかで持っている少年の心に心地良い痛みを思い起こさせるプロレスだ。

 そして、現実とは「乗り越えられない壁」なんかじゃない、小さな一歩を不断に積み重ねれば必ず乗り越えて行けるという、信念や努力の大切さを教えてくれる。
 だから、ベルトを持っていようといまいと絶対王者なのだ。私にしてみれば、もはや信仰の対象にさえなりかねない勢いだ。


 「強いということは、こういうことだ!」 奇しくも、日テレのアナウンサー・矢島学が試合終了後に叫ぶ。この人も、相当なプロレスバカである。プロレス中継は熱を帯びた感情移入しまくりのこういう実況アナウンサーがいると、俄然、ヒートアップする。
 リング上の動きと、事前収集してきた情報さらに自らの感情をその瞬間瞬間で言葉や文節に変換して、伝わりやすいようにするのがスポーツ実況。
 矢島アナの実況からはプロレスが好き、小橋が好きであることがヒシヒシと伝わってくる。
 この人もまた、小橋教徒だ。

 小橋のプロレスは立ち上がり、立ち向かうプロレスだ。
 

 若い頃からずっとそうだ。
 何度倒しても立ち上がり、立ち向かってくるから相手レスラーは全力で小橋を叩きのめす。
 全力を込めた必殺技を放ってもしぶとく立ち上がってくるから、相手は攻めているハズなのに精神的に追い込まれて行く。だから、小橋には特別に物凄い技がかけられる。
  
 精神力は若い頃から今までずっと変わらない。
 小橋にはゴールなんて無いのだ。プロレスをすることが幸せであり、幸せである以上はひたすら全力でプロレスをする。タイトルを獲得しようが、ベルトを獲得しようがそれは飽くまでも結果でしかなく、その結果に溺れることなくプロレスを追及する。
 小橋はプロレス道の求道者なのだ。
 だから、到達点などないし、絶対的な満足は頂点に立つことやそのために努力することではなくて「結果がどうあろうと自分のベストの状態で歩き続けること」によってのみ得られるという究極の悟りにまで至っているように感じられる。

 相手の必殺技を受けて受けて受け続けて、技に走って負けて負け続けて、そのうち立ち上がれるだけの耐久力が備わって、やがてその上で相手を捻じ伏せるほどの絶対的なパワーを身につけた。

 激しいプロレスの代償として「常人ならとっくの昔に歩けなくなっているほど」のヒザの手術で2001年から1年間「常人ならやっと歩ける程度」の術後からプロレスができるようになるまで想像を絶する・・・普通の人は健常で、ある程度鍛えてもプロレスなんてとてもできないのに・・・リハビリを経て2002年、待望の復帰戦でそのヒザの靭帯を痛めて再度半年間の欠場を経験。
 
 なのに、彼は絶望などしない。
 どん底を見ても、絶望などしない。
 そして、より一層のトレーニングに励む。励んでしまう。
 「不屈」なのだ。
 倒れても、倒されても、立ち上がり、立ち向かう。
 小橋の人生は小橋のプロレスそのものだ。


 見事に復活を遂げ「あんな手術から戻ってきたんだから、全盛期の小橋には戻れないだろう」というファンの予想を覆し、三沢との壮絶な戦いでGHCヘビー級王座を奪取。13度の防衛に成功し、そのいずれもの試合が相手を輝かせた上でねじ伏せて勝つというプロレスの王道を体現。その姿にいつしか小橋は「絶対王者」という称号で呼ばれるようになった。



 そんな小橋を襲った、病魔。
 それは、ガン。
 腎臓ガン。

 ガン。
 内臓の病名を出されると、まず真っ先にプロレスファンはジャンボ鶴田も冬木弘道も助からなかったことを思い出す。絶望を感じる。次に西村がガンからの生還者でプロレスを続けているという一縷の望みを思い出す。

 手術して内臓の機能が失われることともなると、たとえ手術が成功してもプロレスラーとしてはおろか、ひとりの人間としてさえもそれまでの生活に戻れるとは到底思えない。
 「常識」では考えられない
   
 
 なのに、還って来た。
 なんと、プロレスラー小橋建太として、リングに戻ってきた。
 ガンという正体の見えない強大な敵と対峙し、立ち上がり、立ち向かい、遂にはリングに戻ってきた。
 
 誰もが絶望するなか、ひとり信念を貫いた男がいた。
 誰もが諦めるなか、ひとり熱く闘志を燃やす男がいた。
 プロレスラーは常識では割り切れない!!

 そして、その男がリングに還って来た!!
 不屈。まさに不屈。
 こんな、こんな凄い男がいるということを世間はもっと知って欲しい。 

 小橋のプロレスは、小橋の人生は「立ち上がり、立ち向かう 勇気」を湧き上がらせる。だからベルトを持っていようがいまいが絶対王者なのだ。

 小橋建太、復活!!
 
  
 
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テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2007/12/01 Sat  06:50:56» E d i t
 » 朝青龍と亀田次男の謝罪会見 
 はぁ・・・?


 朝青龍については、横綱という地位云々は置いておいても、彼の相撲の取り組み自体が現在の相撲界の良くも悪くも大黒柱となっている事実を置き去りにして、怪我で休場中に故郷でサッカーしてたという、巡業を待ち望んでいたファンに残念な思いをさせてしまったからテレビを通してファンに謝罪しなきゃならないのはなんか分かる。

 もう、朝青龍がいないおかげで相撲を見る気にもならない(けれど漠然とは見てる)ファンがここに一人いるってことは、そういうファンが全国には何千人・何万人といるとも考えられるワケで、相撲界にとっても大ダメージだったろうから、相撲協会にもちゃんと謝ってください。

 そして、また面白い大相撲を見せてください。
 
 強いアンタがいないと、白鵬も締まらなくてダメだ。



 問題は、亀田次男だ。

 対戦相手にはちゃんと謝りに行った。
 そういや、あれから内藤大助選手は2週間で忘れられるかと思いきや、「正義の味方」扱いで週に一度はどっかのテレビで見かけるほどの有名人に上り詰めた。なかなかシタタカな・・・。

 反則指示の件では、みんなでボクシング協会には謝罪に行った?
 これはどうなんでしょうか?
 まあ、あの反則行為を没収試合や反則裁定にせずに試合として成立させたのですからボクシング協会の方にもいろいろと事情があるのでしょう。

 あと、亀田家の増長を手助けしたのを糾弾される側に回ってしまった金平会長および、ジムの皆様にもちゃんと謝ったの?これは謝らないと、スパーでボコボコにされちゃうよ?


 さて、亀田次男は私たちファンに対して何か失礼なことでもしたのでしょうか?
 金払って観に行ってた人たちが「金返せ!」となるのは仕方ないけど、テレビで見てて腹立ったとか、試合は見てないけど次男の態度が許せん!とか、全然関係ないと思うんですが。


 なぜ?誰に向かって?何の?謝罪「会見」をする必要があるのでしょう。
 そして、マスコミがそれを叩く必要があるのでしょうか?意味わからん。

 謝罪するとしたらTBSがするべきなんじゃないの?

 「実力がそれなりなのは分かってた。でも煽り続けて正直、スマンかった」
 「三兄弟+名物オヤジだから話題にもなると、セットで考えてて正直、スマンかった」
 「こんなイタい話題でも、TBSの秘蔵VTRがどんどん使用されて視聴率を稼いで正直、スマンかった」
 「あれだけ持ち上げていたのに、あれ以降、他の局ともども こき下ろすにいいだけ こき下ろして、正直、スマンかった」
 
 

 もう、騒ぐ必要が無いじゃないですか?
 許すも許さないも、私たちは何もされて無いんだから。
 何か期待裏切られたとかってこともないし。むしろ、期待通りって感じだし。


 それと・・・なぁ、次男よ。
 「歌は歌うよ」って、もう、これから先はそう簡単には勝てないって。勝たせてもらえないって。

 負けてボロボロになっても歌うならその根性は見事だけどね。
 

 あぁ、そういや・・・
 亀父には猪木ゲノムが、次男にはハッスルがあるじゃないか。
 
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