フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2007/10/31 Wed  19:02:29» E d i t
 かつて「未知の強豪」と言えばプロレスの専売特許だった。

 情報が瞬時に行き交うような現代にあってはすでに大昔の話のように思われるが、事実を無視した怪情報なんて流し放題。スポーツ新聞も雑誌も出所不詳のネタを膨らまし放題。プロレスはイメージの賜物だった。毎年毎年想像を超えるような肉体を持ったツワモノや、奇怪な動きをする業師がワンサカワンサカ出てきては消えて行ったものだ。

 娯楽が限られていた時代にあって“呼び物”となるキャラクターは重宝されたし、それが実力を兼ね備えている場合、日本のリングで人気者となって定着した。


 その点、この度NOAH初参戦にしてGHC王者・三沢に挑戦したサモア・ジョーは「既知の強豪」だ。

 →スポーツナビ・「三沢vsサモア・ジョー」
 
 5年位前にZERO-ONEに参戦経験があるものの、その頃とは別人と言えるようなキャリアをアメリカの団体(ROH、TNA)で積み、その名前と活躍の様子はプロレスファンであればそれなりに耳にするくらいの「アメリカの強豪レスラー」だ。 

 128kgの巨体ながら身軽に飛び回り、サブミッションも使いこなし、暴動でなだれ込んで来た大勢の観客を「一撃必中」で30人だか50人だかKOしたとかいうシュートな伝説も持っていて、2年前には当時「絶対王者」という名をほしいままにしていた小橋とニューヨークで対戦し、その試合はアメリカでは語り草になっているとか。

 今回のNOAH参戦でも、前哨戦のタッグマッチでは帝王・高山善廣と組み、高山のニーリフトからジョーのアイランドドライバー(エメラルドフロウジョン)につないで三沢からフォール勝ちを収めている。その試合で三沢は肋軟骨を負傷。

 相変わらず三沢は絶体絶命のピンチでの防衛戦となった。

 当然、ジョーに掛かってくる期待はハンパなものではない。
 しかし、ジョーは緊張したのか、あるいは「どう動くべきなのか、何を求められているのか」を察しすぎてタイミングを失ってしまったのか、弾けることができなかった。
 テレビで見たところ、観客もちょっと疲れた後っぽかったし。
 (多分、セミが異様に盛り上がったのだろう。最近のNOAHでは良く見られる現象だ。メインよりもその前に組まれた試合でクライマックスが来てしまい、メインでは観客のテンションが下がってしまうという現象が。こうなると興行が締まらない感じになって最終的に自分たちの首を絞める結果になってしまうのだが、そういう場面に於いても若い世代が四天王世代にプレッシャーを掛けていると言える。) 

 確かに上手い。
 序盤でエルボースイシーダが三沢を直撃した時には「こいつは凄い!」と思った。
 しかし、その後のプロレスが・・・

 誰かのパクリプロレスだった。
 オリジナルの技というものがあったのだろうか?
 ジョーの運動神経の良さは充分に伝わった。だが、ジョーの必死さや熱い思いが伝わってこない。なぜだ?

 日本のトップレスラーの得意技をコピーしてつなげていって試合する。多分、今となっては日本のプロレスが世界でもトップレベルだと認める一部のアメリカのプロレスファン達の前ではそれがもてはやされているのだろう。確かに、日本のトップレスラーたちと比べて体格や瞬発力で勝るジョーが日本人トップレスラー達の技をコピーすれば破壊力や衝撃は強いだろう。
 
 しかし、違う。
 絶対的に思い入れが違うのだ。
 技が開発された背景や、こだわり、積み重ねられた歴史の重みが違うのだ。

 タイミング良く、確実に様々な技を仕掛けて行くジョー。
 それらを受けきる、肋軟骨を骨折している三沢。

 魂の入らない技の展示会。

 それでは、日本のファンは・・・NOAHのファンは引き込めない。
 
 悲しみの器用貧乏:サモア・ジョー。 

 対して、三沢はジョーに決定的に掛けているその「歴史の重み」を乗せたエルボーで勝負。
 ジョーの体格が体格だけにいつものような技を使えないという事情もあったにせよ、三沢にはスーパーヘビー級に対抗できるこの「刃」がある。
 
 一発一発が重い。
 思いを乗せたエルボーで主導権を一気に握ってしまう。
 本家エメラルドフロウジョンから後頭部エルボーでピン。

 肋軟骨・・・ホントに折れてるの???

 かくして、28歳サモアの強豪はまだまだこれからの逸材であると判明した。
 伸びしろ充分で大化けする可能性・大。
 レジェンドたちと対戦して、思いを込めたプロレスを覚えて欲しい。
 あるいは、その思いすら無情に断ち切るほどのハンセンやウィリアムスのような「力のプロレス」でも良い。
 
 

 さて、小橋の復帰戦の超豪華カードも発表されたことで、プロレス者としては幸せ気分で年末の繁忙期を乗り越えて行けそうです。
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テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2007/10/31 Wed  06:51:12» E d i t
 » 狂犬・柴田を哀れむ 
 HERO’S韓国大会をビデオ録画で見ました。日曜日の深夜、NOAH中継の前にTBSでやってたので。

 あの秋山成勲の勝負強さ(強豪デニス・カーンに殴り勝ち!)を見る限り、クリームなんて塗らなくても桜庭には勝ったことでしょう。私は、勝ちにこだわり、勝ち方にもこだわる秋山の姿勢はキライではありません。むしろ、クリーム事件を逆手にとって開き直って新しい総合格闘家キャラを創造して欲しかったところです。(→反骨の柔道王、失墜。)

 ・・・が、それでは主催者も許さないでしょうし、PRIDEが存在していた頃の黎明期のHERO’Sであれば清濁あわせ持つというような部分でお目こぼしもあったでしょうけれど、PRIDEが無くなって総合格闘技の日本最大イベントとなった今、さすがに真剣に「競技」として総合格闘技を定着させようという動きの中で、秋山はちゃんと関係各方面および関係無い各方面に対しても反省する姿勢を貫き、きちんとした形で自分で筋道通して新しい道を切り拓いたので、文句は言わないでおこうと思うのです。
 過ちて改めざる。これを過ちという。 ですからね。 
 改めてまた一歩を踏み出した「粘り強さ」そして結果を出した「実力」。応援します。
 
 
 超人ミノワマンも「韓流 ザ・魔雲天」ことキム・ミンスとの対戦で韓国の観衆からミノワマンへの応援コールの大合唱を引き出しながらも、体格差がモロに出てキムに潰されてしまったし、冴えない芸人「塩コショウ」のベルナール・アッカも何だか物凄く強いハワイアンのポアイ菅沼に物凄い身体能力で善戦したものの押さえ込まれたし、面白い試合が続出する好大会になった模様ですね。

 
 
 さて、柴田勝頼である。

 プロレスでは、今の新日本のレスラーにはなかなか感じる事ができなくなったワクワク感を醸し出せる妖しい魅力を持った若手だったが、新日本を離脱し「BIG MOUTH LOUD=BML」を経た事で活動範囲が広がったものの、プロレスラーとして一番の伸び盛りの時期に試合数が極度に減ってしまいレスラーとしての商品価値が急降下してしまった感は否めない。
 NOAHに参戦しKENTAと組んだりしたものの、柴田は確かにやる事はキッチリ予想以上にやるんだけれど投げや持ち上げ系の技をあまり持たない柴田に対して、体格に劣るKENTAの方がダイナミックな投げを使うもんだから圧倒的に力強く見えてしまって、柴田は観客の抱くワクワク感と実力のギャップが著しいレスラーになってしまった。
 
 BMLから前田と船木が離脱するとBMLは事実上崩壊、若くて魅力を醸し出してる柴田は総合格闘技参戦という流れと相成った。新日本を若気の至りで飛び出した「魅力」。トンパチなプロレスで何をしでかすか分からない「魅力」。そこへ来て“あの”船木誠勝の愛弟子。ずっとプロレスを見てきたものにしてみればシビレるシチュエーションだ。

 総合格闘技のデビュー戦でラッキーパンチでKO勝ちを収めてしまったがために、柴田に対する私たちの“幻想”は膨らんで行く。
 が、2戦目をグレイシーと戦い為すすべなく破れ、3戦目は桜庭と戦い叩きのめされる。
 
 柴田には「寄り道」は許されないらしい。ことごとく強くてある程度以上の名のある選手との対戦が組まれる。しかも、大会の中盤以降の試合を任されている。柴田は「何をしでかすか分からない=狂犬」のニックネームで呼ばれ、そのトンパチぶりが「客を呼べる」という主催者側の算段もあるのだろう。

 そして迎えた今回、総合格闘技4戦目。ホ・ミンソクはさほどネームバリューは無い選手だったが・・・現実は厳しい。

 見るたびに細くなっているような柴田がそこにいた。
 当然、トレーニングと減量によって絞ったカラダなのだろうけれど、細い。細すぎる。
 プロレスラーのような持久力と瞬発力の塊のようなカラダでもなく、船木のような俊敏さと力強さを兼ね備えたようなハイブリッドボディでもなく、言わばアウトボクサーのようなカラダ。

 85kg契約の試合。
 柴田がそれをするには背が高すぎる。手足が細長すぎる。腰が細すぎる。

 対戦相手は「韓国の狂犬」のニックネームを持つホ・ミンソク。
 この選手、背が高くない分ドッシリとした肉体で見るからに力が強い印象。

 果たして、試合はカウンター狙い同士の空間の探り合いの緊張感で「魅せる」試合となった。
 この、ホという選手の持っている雰囲気もまた独特で素晴らしい。空間の探り合いで「魅せて」も試合が成立しないからレフェリーがどんどん両者を煽る。
 やがて打撃戦が続くと柴田のスタミナ・パワー不足が露呈してくる。

 フラフラになりながら両腕を振り回すだけの柴田に何を感じれば良いのか?

 手足が細長い選手は寝技に特化すると有利になるというイメージだが、柴田はタックルで相手を倒せない。グレイシーのように掴んだら相手を寝技に引きずりこむまで離さないという「執着」というか「粘り強さ」も見られない。ミノワマンのように相手の凄まじい打撃に立ち向かって行くような「ど根性」も見られない。寝技に入ろうとして相手の足や腕を取っても、技に入る「テクニック」「パターン」も無いし、強引に引っ張る「力強さ」もない。

 そして、売り物の「トンパチ」さも相手にすっかりお株を奪われて相手を見ないで両腕を振り回して殴られて後退して・・・フラフラになって倒されて・・・立ち上がることも許されず。

 勝敗なんて二の次で良いから太字で強調した部分が、私がプロレスラーが総合格闘技に出て行くときに少なくとも魅せて欲しい要素であり、何よりもその日一番のインパクトを残して欲しいというのが願いなのだが、今回の柴田には何一つ感じるものが無かった。何も表現できていなかった。

 そこにいたのは「狂犬の抜け殻」であり、私が魅入られたプロレスラー柴田勝頼では無かった。

 残念だ。
 柴田は、多分、どん底だろう。
 こんな試合を見せ続ければ、すぐに「プロレスラー柴田勝頼」が蓄積してきた“貯金=ネームバリューや観客に抱かせる期待感”が続かなくなる。

 柴田よ。ドロップキックだ。ニールキックだ。
 船木に支配されるな。オマエのやりたいプロレスを、ずっとやりたかったプロレスを、総合格闘技のリングでやってみてくれよ!
 
 プロレスファンは、勝利もそりゃあった方が良いが、それよりもプロレスを愛するオマエの姿を望んでいるのだ!気付いてくれ。

テーマ:格闘技 - ジャンル:スポーツ

2007/10/28 Sun  06:59:58» E d i t
 » さぁ、みんなで考えよ~ 
 ちょっと~、ちょっとちょっと~

 耳寄りな情報でござ~る。

 アナタもこれを見つければ億万長者になれる!・・・かもしれない。なれないかもしれない。多分、なれない・・・

 何を見つければよいのかッ!?

 それは!?

 ・・・番組後半へつづく・・・

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2007/10/27 Sat  06:44:32» E d i t
 » TYO円谷に望むこと 
 ウルトラマンの制作会社、円谷プロダクションが大手映像製作メーカーTYOの孫会社になるのだそうだ。(概要はは→ZAKZAK「ウルトラマン身売り…円谷プロ映像大手TYO傘下に

 
 数日前、珍しく夕方のニュースを眺めていたらこの話題が随分と仰々しく取り上げられていて、円谷プロの倉庫の様子などが映し出されていた。
 さすがの私も、ウルトラマンの使いまわし不可能の破壊用セットの精巧さや毎回の怪獣・怪人の着ぐるみ、さらには編集時のCG合成など番組制作費が尋常でない「大人の事情」を知ってしまっているからには、この話題自体には文句はない。
 ただ、歴代ウルトラマンや怪獣達の「抜け殻」が折りたたまれて保管されている円谷プロの倉庫が夕飯時のお茶の間に映し出されてしまったことがなんだか悲しかったのだ。

 「あ、ウルトラマン、今、寝てるんだね。」
 3才の我が息子がそうひとこと言ったのが、救いに感じられた。

 最近じゃあ、お笑い芸人の舞台裏や格闘技の試合の前に控え室の様子を中継したり、アニメ声優に会いに行くのが特番になったりと、本来ならば隠しておくべき空間を暴く事によって臨場感や親近感を煽ろうすることが日常になってしまっているので私も感覚が麻痺してしまっているが、見せてはいけない場所というものはあるような気がする。
 それでも、特番でタイトルを打ち出して予告してくれれば見る方にも「見たくなければ見なければ良い」という選択権が与えられるが、ニュースの参考映像みたいな抜き打ちで来るものには手元にテレビリモコンでも無ければ回避不可能である。実際、我が家では回避不可能だった。
 今回の円谷プロの倉庫の映像もニュース側としては「番組制作費および資材保管維持費が尋常でない」様子を映し出すには打ってつけの映像だったのだろうけれども・・・私は子供にはウルトラマンの裏側なんて見せたくなかった。
 
 今回の映像が倫理的に問題にはならない程度の映像であったから良かったかもしれないが、最近はNHKの朝のニュースでもかなり子供に聞かせたくないような「殺人の動機」や「殺害方法」までも詳細に報道されていたりする。慣れちゃったよなぁ・・・そういうのに。真実を報道するのが全て正義だとは限らないだろうに、生き馬の目を抜くスクープ合戦で守るべき正義はとっくの昔に失われてしまったのか・・・って・・・

 あぁ・・・話題が逸れていく・・・強引にウルトラマンに戻そう・・・。

 
 それはさておき円谷側の役員人事を一新し、TYO側から役員が入ることで新しい時代のウルトラマンを製作していく模様。ウルトラマンが続いて行くということは、ウルトラマンに憧れてそだってきた私にとっては嬉しいこと。
 しかし、TYOの吉田社長の円谷役員会とのやりとりが妙に心に引っ掛かるのだ。

 「新しくなるということは、古いことを捨てて行くということですよ。そういう覚悟はおありですか?」
 「新しく・・・なるしかない」
 「はい。覚悟はできてます」

 「視聴者は、昔ながらの手作り感を求めているのか?私はそうは思えない。スーツアクションとCG合成でもっとキレイで迫力のある新しいウルトラマンを作っていくことは可能だと考えています。」

 可能だと私も思う。
 やり方シナリオ次第だと思う。

 私は以前、映画「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」のレビューを批判的に書いた。(→「ウルトラマン×90分=???」


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 多分、映像的には革新的なものだったのだろう。
 しかし、それは少なくとも“私個人”が憧れたウルトラマンとは程遠いものであり、こう書いている。

 早すぎて、何が何だか分かりません。
 ハッキリ言ってウルトラマンの売りである重量感はおろか、痛みさえも伝わってこない。

 
 この世界に入ってくるとウルトラマンの映画・・・というより、他人が動かしてるテレビゲームの感覚。



 例えばウルトラマンが実在するものと仮定して、よりリアルな動きに近づけようと最新技術を駆使した結果、こうなってしまったのだと思うのですよ。

 リアルな映像を追求しすぎると、受け取り手がついて行けなくなる。

 それを念頭に置いていただきたい。

 あとは、人間が動ける範囲以外の動きをするとヒーロー像から逸脱してしまうということ。だって、真似できない・・・ウルトラマンごっこのできないウルトラマンなんて子供達のヒーローになれるわけがないのだから。
 必殺技だの必殺武器だのモードチェンジだのといろいろ「オマケ」を取り付けたところで、ウルトラマン人気の本質は「憧れ」にあるワケですから、憧れは「真似できるカッコよさ、凄さ」から始まりますから。


 「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」をお勧めできない私が、2002年に同じようにCG技術を駆使して作られた「ウルトラマンコスモスTHE FIRST CONTACT」をお勧めするのはなぜか。
劇場版 ウルトラマンコスモス THE FIRST CONTACT劇場版 ウルトラマンコスモス THE FIRST CONTACT
(2002/04/25)
特撮(映像)

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 それは、CGを戦闘シーンに多用していないから。
 ウルトラマンとどこにでもいるような少年の心の交流を中心に描いた作品で、特に印象深いのが「少年がウルトラマンの手の平に乗せてもらって、空を飛ぶシーン」なんです。

 リアルじゃないけど夢がある。
 子供の頃に自分が憧れた姿がそこに描き出されている。

 その勢いでテレビシリーズの「ウルトラマンコスモス」もウルトラマンシリーズで最高の傑作との評価が高い作品になっています。私も子供達と見ましたが、子供に向けて作られていながら現実の問題も風刺している、初代ウルトラマンに見られたような「物語作り」の情熱が伝わってきて、印象に残る話が随分と多い事に今、思い出してみて改めて気付かされた。

 子供の頃、ウルトラマンの何に憧れ、ゼットンに倒されたウルトラマンに対してできるものならばどうしたかったのか。自分がウルトラマンだったら何をしたかったのか、何を伝えたいのか。今まではできなかったことでも、CGはそれを可能にできるのだから。

 子供の頃に思ったことを忘れずに、ウルトラマンという「形」に縛られずに「心」を伝えて欲しい。ウルトラマンがたくさん出てくればそれだけでOKみたいな感覚だけは、捨てて欲しい。
 
 頑張れ!TYO円谷!!熱くなれるウルトラマンを待ってるぜ!
2007/10/26 Fri  00:00:24» E d i t
 » 刹那ノ夢 
波濤をくぐる風


 風は荒ぶる海を吹き抜けていた
 
 誰かを守るために何かを守るために

 築かれたその砦を

 轟音一撃

 打ち砕かんばかりの勢いで

 潮は打ちつけ自らを飛沫に変えた

 僕は冷たい飛沫に冷やされて

 冬の空気をマチに届ける

 そういやぁさっき

 ほんの一瞬だったけど

 確かにそれは存在した

 見えるかなぁ

 僕の見た刹那の虹

瞬幻虹@海


 (写真はクリックすると大きくなります)

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2007/10/25 Thu  05:31:51» E d i t
 » スネ夫 
 この漫画は私が物心ついた頃にはもうすでにテレビで放送されていて、それが手を換え品を換え、話のキモは換えずに今なお新しいファンを開拓して行っているのだから恐れ入る。

 「ドラえもん」

 「鉄腕アトムに憧れて、科学の世界に興味を持ちました」という科学者はいたとしても「ドラえもんの道具を実現させたくて科学の世界に興味を持ちました」という科学者は今のところ見たことが無いくらい「現実をいろいろ覚えると覚めていく夢の塊」みたいな作品なのだが、どこにでもいるような普通の子供達が登場して、普通の日常がそこに展開されていて、すごい道具で大それているわけでもないような小さな願いがコツコツと叶えられる。「そこにいてくれたらなぁ・・・と子供が思える状況で、それを叶えてくれて、しかも何かを心に残す」だからこそ子供達に絶大な人気を誇るのであろう。
 
 だって、私も夢中になってたひとりだも~ん。
 
 同じように十年単位でアニメ放送が続いている「ちびまる子」や「サザエさん」のように一家団欒で見るようなほのぼのアニメとはまたちょっと違う、カッコ良く表現すれば子供の頃に培っておくべき「志や感性の苗木」みたいな感じだろうか。何を大切にすべきなのか、どうしたら大切にできるのか、大切にした末に何が待っているのか、そういうのを荒唐無稽の世界で伝える壮大なファンタジー。それが「ドラえもん」なのだ。

 「友情」「勇気」「闘志」はコロコロコミックの基本精神だから、長編(映画)ではその基本精神に則って、よくいるクラスメイトの一人みたいなのび太・ジャイアン・スネ夫・しずかちゃんたちがヒーローになったりもする。
 そして、子供の頃に見たときも、今、ウチの子供達に見せるのにDVDで借りてきたのを見るときも、私は変わらず泣く。
 


 
 さて、そんな「ドラえもん」なのだが夢の道具の開発はさておき、こんなものを知り合いから頂いた。

 →サウンドロップ ドラえもん
 ・・・うわぁ。ナニコレ??ガチャガチャ(って呼んでました)、メチャクチャ進化してらぁ。キン消し以降は衰退の一途だとばっかり思っていたのに・・・

 ドラえもん以外のヤツも何種類か貰ったうちのひとつが まるもい のお気に入りとなり、常に携帯している。そして、事あるごとにボタンをポチッと押してそのセリフを聞いては満足している。
  

 それは昨日、車の中でドライブ中に私がラジオで聞いた消費税引き上げのニュースについてブーブーと嫁さんに向かって話をしていた時。後部座席で まるもい がボタンをポチッ。

 「のび太のくせに、なまいきだぞ~」
 「のび太のくせに、なまいきだぞ~」
「のび太のくせに、なまいきだぞ~」

 ・・・タイミング良すぎ。爆笑。

 あまりのタイミングの良さに、思わずそのテンポで「あ~い とぅいまてぇ~ん」という言葉が口をついて出て来た。そういや「あ~いとぅいまてぇん」の人、どこ行ったんだろ?あの人(名前も忘れてる)、のび太に似てたな。

 →ですよ。
 

テーマ:すげーどーでもいいこと - ジャンル:日記

2007/10/21 Sun  08:01:19» E d i t
 » 泣きながら覚えろ 
 早いもので我が家の娘・ぴっこ も5歳になった。
 朝も6時半から起き出して朝食の準備を手伝ったりしてるし、ひらがなでの文章も大分スラスラと書けるようになってきた。
 そんな ぴっこ の話である。

 我が家は共働きであるという事情もあり、よちよち歩きの2歳で ぴっこ は幼稚園に入園したので、自分よりも上の年次のお兄ちゃんやお姉ちゃんに可愛がってもらいながら過ごしてきて、現在は同じ年次のクラスでは最古参ということもあり、ぴっこ は同じ年次のクラスの友達を年下のように思っていて、お姉さん気取りの仕切り屋さんのようになっているのだそうだ。

 初孫だし、祖父母は事あるごとにどこかに連れて歩くし、連れて歩く先々で ぴっこ は可愛がってもらってきて、自分の「我」を通すことを親である私たち以外にはほとんど制限されること無くこれまで過ごしてきた。ぴっこ をとりまく全ての集団がほぼ無条件に ぴっこ を受け入れる状態になっていた。
 比較的大らかに育てられるか、必要以上の干渉に晒されて育てられるかという中で等身大の自分の小ささと向き合う経験が時期的に遅くなるのは長子(一番目の子供)の特徴かもしれない。
 優しさでやっていると思うことが相手にとってはお節介だったり、手助けしていると思ってやっていることが相手にとっては邪魔だったりと、勘違いが多いのも長子の特徴かもしれない。

 ・・長子である私にも思い当たる節がずいぶんある・・・。


 「我」が強いか弱いかという生まれ持っての気質の影響もあるだろうが、いずれにせよ ぴっこ は幼稚園で「お山の大将」になってしまい、友達を作るための苦労というのを知らなかった。相手を振り回すことはあっても相手に振り回される経験をしたことも、すでにできあがった集団に自分から入れてもらうという経験も幼稚園入園以来、無かった。


 一方で、これまた早いもので3歳になった まるもい は自分という存在の弱さ、小ささを理解し、巧みに利用している。姉という自分の前を歩む存在があるからこそ自分の立場が見えるのだろうし、また自分のやりたい事を姉に阻まれるからこそ次の手段を考えるようになる。
 ヒョコヒョコと動き回っていたかと思えば、その集団のリーダーになっているような子に甘えるような位置にちゃんといる。

 ・・・うぬぬ・・・私にはできない芸当だ。見事だ。

 さて、ぴっこ である。

 先日、私は居合わせなかったのだが、嫁さんの知り合いのちょっとした集まりで小学生~3歳児くらいまでの子供達が10人程度集まる機会があって、女の子が6人いる中で一番年下だった ぴっこ が仲間に入れてもらえずに孤立していたのだらしい。

 その集団に自分は当然受け入れてもらえるものだと思っていたのか、多分、沢尻エリカさんのように相当勘違いした態度で入っていったのであろう。そして、当然のごとく拒否された。
 
 自分はなぜ嫌われたのか分からない。
 だって、今までと同じようにしていたのに・・・今までは相手が自分に合わせてくれたのに。
 「自分に合わせてくれないあの子達が悪いんだ。私は何も悪いことしてないのに。」きっとそう思ったに違いない。

 まるもい が男の子集団のリーダー役の小学生のお兄ちゃんに上手いこと懐いているのを横目に、ぴっこ は部屋の隅でポツンと一人で座っていたのだそうだ。溢れそうな涙を精一杯こらえながら。一度はひとりの女の子が ぴっこ を誘いにきたのを、泣いているのを見られたくないがために ぴっこ は断ってしまったらしい。

 ・・・差し出された手を、丁寧に断ってきた・・・

 そして、その涙が堪えきれなくなった頃、嫁さんのそばに寄ってきて「ぴっこ、仲間に入れてくれないって。」としゃくりあげながら頑張って一言発したのだそうだ。

 ここで嫁さんが女の子たちに「ウチの子も仲間に入れてあげてね」と言って、ぴっこを仲間に入れてあげるのは簡単なことだ。子供達も、大人の言うことならば渋々引き受けることだろう。
 でも、それは子供の成長にとって有益なことだろうか?

 否。

 私も嫁さんも、子供同士のやりとりに割り込むことを是としない。
 だが、なんでもかんでも「自分で考えろ」と冷たく突き放すこともしない。

 自分で考えられないから悩んでいるのだ。正解なんてないかもしれない。上手くいかないかもしれない。でも、どうすれば上手く行くだろうかを考えさせるようにヒントを出さなければ、子供は親から何の光も受け取ることはできないだろう。

 嫁さんはこう諭したのだそうだ。

 「ぴっこ。私も仲間に入れてくださいって頼んでごらん。みんなと一緒に楽しく遊びたいなら、そういう気持ちをみんなに伝えないと分かってもらえないよ。」

 誰かが作った集団に組み込まれるのは運命みたいなものだし、それは簡単だけど、自分から集団に入って行くというのは、そして、仲間を作るということは簡単なことじゃない。
 でも、仲間というのは本当に大切なものだ。

 これからも何度も、何度でも同じような場面に出くわすだろう。
 その大切な第一歩を踏み出せる「心の持ちよう」を、「準備」を、親として母は娘に教えたのだ。

 泣いて、悔しい思いして覚えたことを、忘れんな。 
 そして、できることならば相手のことを思いやれる人間になってくれ。

 

  ぴっこ はしばらくして気付いたらみんなの輪の中にいた。



 嫁さんは述懐する。
 「自分の子供を放って置くことが、こんなに苦しいことだとは思わなかった」と。
 放って置いたのではなく、それは任せたのだ。
  
 やり方とか準備を伝えたということは、放って置いたのではなくて「任せて見守った」なのだ。
 親の責任とは、子供達が生きてゆくのに必要な事を子供達自身が判断し、行動できるようにする事だと私は思っている。
  
 嫁さんはその種まきに成功し、娘はその芽を出した。

 こんな嬉しい事は誰かに伝えずにはいられない。だから記事にして置いておこう。 

テーマ:親ばか日記 - ジャンル:育児

2007/10/21 Sun  07:19:25» E d i t
 本州での放送から遅れること一週間。
 10月8日のIWGP戦「永田vs棚橋」の放送を見た。

 4月のニュージャパンカップで優勝した勢いで棚橋からIWGPを奪取し、人気爆発。その後も越中・真壁という旬の選手達と熱い防衛戦を行う事で「永田のプロレスにハズレなし」というファンの信頼感を得られた永田。レスラー個人としての永田のステータス向上は即IWGPベルトのステータス向上につながって行くもので、印象に強く残る試合を継続的にできることがファンの信頼を得るために一番重要なことであると新日本プロレスは再確認したのではないだろうか?

 余談になるがゴタゴタが続いた時期にはレスナーだの曙だのを招聘してはマッチメイクの話題性だけが先行し、実力に疑問符のつく蝶野あたりが相変わらずトップに居座ったりして試合内容が全然それについて来なかったからファンは覚めてしまったわけだし、それはIWGPベルトの価値・・・というか新日本プロレスの価値そのものを大幅に下げた。
 それでもプロレスは根強く、そしてプロレスファンは逞しい。
 新日本プロレスを間接的にそういう場面に追い込んだ一因である総合格闘技最大手イベント:PRIDEはスキャンダルからあっという間に崩壊しアメリカの巨大組織UFCに吸収されてしまったが、新日本プロレスは泥にまみれて支援を受けつつもプロレスの看板を掲げたまま今なお生き残っている。

 大きな流れの中で栄枯盛衰があるものだからそれもまた妙味なのだが、総合格闘技が全盛だった時にその波をモロに受けて猪木が切った舵によって転覆しかかった新日本は、勢いに乗って膿を出し切って新しい路線を見つけ出してやっと軌道修正に成功したのだと思われる。

 一方、皮肉な物でそうなってくるとその当時、プロレスファンの心の砦として崇められていたNOAHや全日本では相変わらず主要登場人物の新陳代謝が遅々として進まず、新日本の新しい波の勢いに存在が霞みつつある。
 ちゃんと見てる人には地道な変化が分かるのだが、見ていない人にしてみれば劇的に(良い方に)変わった方がより良いと感じられるというジレンマが、いつの時代にもプロレス界にはある。
 私は、NOAHや全日本のそういう地道さが好きだ。

 さて、本題に戻る。
 実力に人気が伴ってきた永田に対して、棚橋は6月だか7月だかにヒザを手術し、歴戦の疲れや負傷箇所をオーバーオール(完全修理)してから8月のG1クライマックスに臨み、決勝戦では永田を破り、悲願の初優勝を遂げたその勢いで今回のIWGP挑戦となり、よって今回の「永田vs棚橋」のシングルマッチは今年3度目となる。

 同じカードを年に3度。
 確かにG1でのリーグ戦・トーナメント戦の結果による偶然というものはあったものの、同一カードを出し惜しみせずに年に3回行うところが今の新日本の本気度である。勝負どころで切ってくるカードが固定したのは新日本にとってはここ数年の課題だった。そのカードに登場し得るだけのファンの支持を得て、実績を積んできている団体内のレスラーも増えた。越中、真壁、後藤洋・・・これまでのファンも切り離さないようにレジェンド軍が戦いの脇を固め、レスラー達がそれぞれが個性というか「色」を発揮し、分かりやすくて新しいファンも入って来やすい状況になっているのが今の新日本だ。

 チャンピオンは、その支持されたり結果を残したレスラーたちの挑戦を受け止めて心に残る試合をするのが役目だ。
 そういう中でも年に3回同一カードということは、永田vs棚橋は、今、最も熱い試合が保証された信頼の置けるカードだと言う事。

 プロレスはどんなに素晴らしいレスラーでも、一人ではできないのだから。
 相手があって初めて描き出されるものなのだから。

 そういうことを念頭に置いて見ると、やはり「永田vs棚橋」は好カードだ。
 永田が攻めて攻めて試合のリズムを奏でると、棚橋がそこにアクセントをつける。その一連の攻防がスムーズに行われ、観客もそれに踊らされる。
 
 特に永田。やはり永田。重さを伴った打撃、躍動感ある投げ技、痛みの伝わる落とし方、辛さの伝わる固め技、エビ固めの抑え方一つ取ってみても力いっぱいのプロレスをしている。
 感情も表情で伝わりやすく見ていて面白い。
 
 さて、棚橋。
 今回の最後のトップロープでの攻防はすごく印象に残った。
 うつぶせの永田への逃げ場の無いドラゴンスクリュー→テキサスクローバーホールドやコーナートップでなりふり構わぬ頭突き連打から張り手で永田を突き落としてハイフライフローという流れは特に良かった。

 そういうなりふり構わなさが棚橋には足りないから人気が定着しない。また、大概の相手にはなりふり構わない状態にならなくても勝ててしまうから困った物だ。棚橋のプロレスに感情移入できないのはそこら辺に問題がある。
 今回はそこまで永田が棚橋を追い込んで、引き出しを開けざるを得ない状況に追い込んだのだと私は見ている。
 まだまだ「引き出しを開けてもらう側」に見えてしまうのだ。
 
 ・・・ちなみに、NOAHの丸藤は三沢の「引き出しを開ける側」に完全に立っている。が、その中から出て来る“覚悟”が全く別次元のバケモノなので乗り越えられずにいるのだが・・・

 そして、私が新日本プロレスのチャンピオンに求める「相手の引き出しを開けるために必要なもの」とは今回永田がやったように「相手を叩き潰してしまいそうな圧倒的な迫力」なのだ。

 棚橋の真価が問われるのはこれから。
 図らずもメキシコ遠征から凱旋し、強い天山を「引き出した」上で撃破した(この試合は北海道では来週放送予定・・・らしいけど)後藤洋央紀。
 良い具合に「相手の引き出しを開けられる能力」を持った相手なので、棚橋はきっと良い試合をできるだろう。

 問題は、棚橋のレスリングスタイルが空回りしてしまう・・・というか、棚橋を輝かせる事など考えてもいない・・・真壁とか、・・・自分の活かし方が分からず、自分のことだけで常に精一杯の・・・中邑のような相手を向こうに回した時にどんなプロレスを描けるかというところである。 
 
 必ず見ているファンの中に“試合の印象”を残した上で勝つ。NOAHの小橋がそう呼ばれたように棚橋はさて、新日本プロレスの絶対王者になれるのか?

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2007/10/19 Fri  00:00:24» E d i t
 » 一瞬ノ夢 
風は空を往く


 風は空を行く

 どこまでも澄み渡る青さと

 遠くから湧き上がる白さを見つめていた

 僕はただ気の向くままに

 気の向く方に行くだけさ

 そして旅の途中で君に何かを運ぶだろう

 そして旅の途中で君に何かを貰うだろう

 風は通り抜け

 何かを心に残すだろう

 誰かが伝えたかった何かを

 誰かにきっと運ぶだろう

 虹を見たかい?

瞬幻虹@空


(写真はクリックすると大きくなります) 

  

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2007/10/19 Fri  00:00:00» E d i t
 » 一番星の帰り道 
 白い息が弾む帰り道
 呼ばれた気がして振り返った

 切り絵のような夕刻の 
 染み入るような藍空が

 さあ、どこにあるかな?一番星!

 (写真はクリックすると拡大します)

 一番星に願いをかけたら
 なにか願いがかなうんだっけ?

 そんなのどうでもいいか
 寒い季節になったな

 久しぶりに歩いて帰る
 一番星の帰り道

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2007/10/17 Wed  06:27:23» E d i t
 » まとまらない考え 
 「死なない覚悟は・・・おありですか」(ONE PIECE 23巻より)
 
 王国乗っ取りの陰謀の真相と首謀者を探る為に、手掛かりとなる犯罪組織に潜入する王女に侍従頭が言うセリフが上のセリフである。
 
 「死なない覚悟。」

 ふと、考える。
 3ヶ月前に私は右手の薬指のツメをぶつけてその部分を剥がざるを得ない状況になり、身体の数%にしか満たないその部分が不具合になったというだけで、かなり生活に支障をきたした。
 薬指一本それもツメが剥がれただけで「できない事」を探している自分がそこにいた。

 それと同時に、五体満足であることのありがたみも実感した。

 ツメはやがて再生し、いびつな形がツメの先の方に残ってはいるものの、あと数週間で元通りの姿になり、ツメの剥がれた後の沁みる痛みも、その部位が何かに接触するたびに顔をしかめていた都合の悪さも忘れてしまうだろう。

 先日、レンゲ姐さんのブログで両腕を失ってから画家になった人の話題(→「R」 あ~る指定。「大野勝彦という生き方」)を読んだ。
 全ての事を受け入れて前向きに対処して行く生き方になる前に、人間はその運命の全てを受け入れるために絶望をするはずなのだ。

 今、私が両腕・・・いや、片腕でも・・・を失った・・・失わないまでも固定必須の怪我などした場合に考えられる不都合は衣食住はもちろん、様々な面で計り知れない。

 例えば、このブログ。
 両手が揃って初めて、スムーズに文章を書くことができる。
 私の場合は、書くリズムのようなものがあって、これが片手だったとしたら考えていることを文章に書き残す前に頭の中から文章が消えてしまうだろう。短くて抽象的な文章ならば大丈夫だが、ウダウダと何の得にもならないような屁理屈をこねている今回の記事みたいな文章は書きにくくなるだろうなぁ。

 それを想像するだけでも「やりたいのにできなくなること・やりにくくなること」がひとつ増える。 
 誰もが「今までできていたのに、できなくなる事」を数えて、その数が圧倒的になると絶望するはずなのだ。ともすると絶望に沈んだままの人だって数え切れないほどいるだろう。ともすると自分の境遇を呪い、ひねくれてしまう人も数多いるだろう。

 全てを受け入れて前向きに対処して生きて行く生き方 なんて、そうそう滅多なことじゃ辿りつけない。

 長い時間を掛けて作り上げて来たものが多ければ多い人ほど、今までどおりの生活が送れない上に、それまでの長い苦難を乗り越えた末に手に入れた僅かな甘美な時間と引き換えに自分に訪れた激痛やいつ果てるとも知れぬ暗黒の不安感の中で「いっそ死んじまった方がマシだ」との思いを深めるだろう。

 それでも全ての未来が閉ざされたわけではない。
 行きたかった、あるいは行けるはずだった方向に行きにくくなってしまった ということなのだ。
 
 いずれにしても、人は生きていかなくてはいけない。
 そして、人生は続いて行く。

 ・・・

 「ハラキリ」をもって償いを果たすとする無責任思想が美徳として語られるこの国に於いて、「死なない覚悟」を考えたことさえ無かった。栄光の時期を経てその後「醜態(と誰かが呼ぶような生き方)」を晒しながら生きながらえて天寿を全うした歴史上の人物を、多くの人たちは崇拝しないし、物語にさえならない。それどころか小バカにしたような鼻で笑うような扱いさえする。でも、最後まで信念を持って何かを求めて生き続けたその生き様こそが真に美しいものなのではないだろうか。

 私自身、挫折を味わい、未来が見えなかった夜「このまま死んじまいたい」と思ったことはあったし、そこまで落ちたから逆に見えたものがあった。
 人生は続いて行く。
 境遇はどうあれ、自分には自分の意思で動かせる手足がある。見える目がある、聞こえる耳がある、嗅げる鼻がある、まだ生きている。
  

 人間の身体は壊れやすい。でも、なかなか死なないようにできている。
 事故・怪我・病気・・・私たちはいつそういうものに遭遇するか分からない中で生きている。だからと言って、それを恐れて何もしないというのは本末転倒も甚だしい。

 だから今、自分に残っているもので出来る時に出来ることをやって行けば良いし、逆に言えばそれが生きているということの真髄だと思う。それしか考えつかない。誰かに美しいと評価されなくとも、自分が信じた道を行く姿は自分で死ぬ間際に自分を省みたときに輝きを放つだろう。

 もちろん、私自身そんなモチベーションがいつでも継続してるワケじゃなくてこんな小難しくてまとまりもしないような頭の中の錯綜は次の朝にはもう忘れて、今日一日ぶんの宿題を前に逃げ出したい気分になったりもするのだが。 

 「死んでしまいたい」のに「死ねない」ことは多くても、何らかのハンディを負いながらの「死なない覚悟」=「生き抜く覚悟」には信念が必要だと思う。

 その柱となる信念とは一体何なのか?

 生きる ということの核心はそこに集約されているはずだ。きっと。
2007/10/12 Fri  06:26:32» E d i t
 

平成19年10月11日、WBC世界フライ級王者:内藤大助が同14位:亀田大毅(亀田三兄弟・次男)を12回判定で下し、初防衛に成功。



 実力と話題力。
 
 内藤が亀田次男を退けたからと言って、では、次回の内藤の防衛戦がクローズアップされるかと言えば、多分、それは無いと思う。33歳の内藤には数年間に渡って世界レベルで語られる「物語」がある。フライ級最強王者と言われたポンサクレック(タイ)に初挑戦で1回34秒でKO負け、再挑戦で負傷判定負け、そして3度目の挑戦でポンサクレックを12回判定で下し、王座獲得というきっと日本人好みのリベンジ物語であり、内藤の「打たれても立ち上がってくる精神力と実力(→内藤大助 戦績)」を端的に表した物語なのだが、きっと昨日のボクシングを見た人たちの大半はそんなのは知らないし、知ろうともしないだろう。
 もっとも、私が家族で「SARUKE」で弘道おにいさんがチンパンジーのゴメス・チェンバリンの記録を塗り替えて優勝したのを見ていた7時から8時の時間帯にTBSではまとめ映像として放送したのかもしれないけれど。
 私がチャンネルを変えた7時55分頃には、内藤の入場ゲートの上のスクリーンにアニメの範馬勇次郎が大写しになって何やら叫んでいるところだったし・・・。
 内藤大助という名前を聞いて、ボクシングのチャンピオンだと即答できる人はそうそういないだろうし、来週くらいになれば「亀田の次男に勝ったさぁ~あの・・・」くらいの知名度に戻ってしまうだろう。


 一方で亀田次男は、15歳で実業団の全国大会を制しているというこれまたプロ以前の戦歴は輝かしい物を持っているし、プロデビュー後も昨日の試合まで1年以上で10戦全勝と、パッと見た数字の上ではボクシングを知らない人なら簡単にだませそうな数字を残しているのだが(→亀田次男戦績)、その相手が余りにも得体の知れないようなヤツらばかりなので、長男の実力が世界戦を重ねてそれなりに「ビッグマウスも許容されるかなぁ・・・」くらいに認められて来たのに対し、次男の実力は常に未知数。それもビッグマウスや熱唱パフォーマンスをすればするほど実力は陽炎の向こう側へと追いやられてしまう。
 ただ「亀田三兄弟」の次男であることでマスコミ露出頻度は凄まじく、知名度という点については「大毅」という名前は知らなくても「亀田の次男」で充分に日本各地で通用する。
 
 そして、今回は内藤陣営も物凄く頑張ってアピールしたけれども、挑発合戦では常に亀田家主導、TBS後押しで試合前の挑発合戦は繰り広げられたので「亀田次男の化けの皮を剥がす」という”国民の期待”以上に、失笑を買うような過激な発言「負けたら切腹」と試合前のやり取りが話題を呼んでしまった。
 亀田長男は言っていることは挑発的なことが多いがそれなりに自分で責任を取れる範囲でのビッグマウスだ。ところが、父と次男の「口撃」は酷い。相手のことや周囲のこと、先のことなどお構い無しでその場その場で思ったことを口汚く罵るだけだ。私は、はっきり言ってこの父と次男は嫌いだ。公の場で何かを喋らせるにはあまりにも節度が無さ過ぎる。
 
 それでもまあ、だからこそ知名度が上がったとも言えるし、それで興味・関心を持った人たちがボクシングを見に来るようになればそれはそれで人気低迷が続くボクシング協会にとっても「広告塔」として、多少のフライング発言も暗黙の内に受け流さざるを得ない状況であるのは間違いない。

 試合展開は「終始、内藤ペース」と新聞各紙は報じるが、ペースを作っていたのは亀田次男だったと思う。序盤はリングの中心に低くドンッと構えた次男の周りを内藤が回りながら打つという展開。
 ただ・・・次男はあれでは実力のある相手には絶対に勝てない。自分のパンチが「はじめの一歩」みたいな超絶な強打だと勘違いしている戦い方だ。
 ガードを固めて、オープンスタンスで腰を落として・・・までは良いのだが、アゴを引くのではなくて「頭を下げて」いる。多分、相手の腰の辺りを見てヤマカンでフックを振り回している。常々自分でも言っているとおり「ワシのパンチは一発で相手を倒すパンチや」は完全に井の中の蛙発言だ。
 内藤はその次男スタイルをこじ開けようとせず、打って離れてヒット&アウェイを繰り返していれば楽勝だったにも関わらず、中盤以降はその次男の構えに突っ込む形でバッティング(頭突き)や、より低く懐に飛び込んで伸び上がる勢いでバッティング、離れ際にエルボーをたくみに打ち込んでいたあたりやはり「戦いの年季」を感じさせる戦い方を披露。それがイヤだから次男がさらに頭を下げて突っ込んでくる→内藤は当たるパンチを打てない→クリンチ。
 業を煮やした次男はクリンチからローブローとか打ってましたね。
 
 そういうケンカボクシングでした。昨日の試合は。
 面白かった。そういうダーティーな駆け引きも試合の妙味だから。
 いかにレフェリーのブラインドをついて相手にダメージを蓄積させるかというのも、世界戦では必須テクニック。

 それでも、11回まではボクシングの範疇でのラフファイトだったのに。

 12回、次男のタックルや投げ、倒れたところへの打撃などは、ボクシングじゃなかったけれど。新聞やネットでザ~ッと見たけれど、その辺りに大バッシングが来て「約束どおり切腹しろ~」などという過激なヤジも多数出てる模様。仕方ないな。自分で言ったことだもん。
 「それだけボクシングに命掛けてる言うことや」とも言ってたけれどね。自分で命掛けてる競技を・・・それも日本中が大注目してる世界タイトル戦で・・・自分で分かってて反則連発して汚したんだからね。

 この試合を見て、ボクシングに憧れを抱く少年はいただろうか?
 どうしようもないから途中でボクシングを捨て去るような行為を「この競技のこの階級で世界一の男を決める試合」でしたことを、日本ボクシング協会はそれでも黙って見過ごすのか。
 充分な反省が見られなければ、試合を組まないなどの措置は取られないのか?

 また色々と話題は尽きませんなぁ・・・。

 しょーがねぇから、ギター持って来なさい大毅。

 ♪ 「あ、わぁたぁし~、カメハメ亀田家次男ですぅ~ バカな発言父ちゃんが尻拭い 怖い父ちゃんに守られて TBSに守られて ベルトが無くても心はいつでもチャンピオン
 ボクシング?な~にそれ? 世間体?し~らない!

 ・・・って、言うじゃな~い・・・

 でも結局は実力が無いのをパフォーマンスでカバーしきれない世界ですからぁ!!残念ッ!!
 
 切腹ぅ~」
 


 それにしてもTBSの中継の「まだ18歳」「デビュー一年で王座戦」「まだ先がある」という亀田次男びいきの中継が、12回の蛮行で何もいえない状態になってしまったのとTBSの電波に乗って聞こえてくるのは”大・内藤コール”だったのは結構痛快だった。



関連記事:David the smart ass  これも「プロ」ボクシング~内藤vs亀田戦

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2007/10/12 Fri  00:00:00» E d i t
 » 朝陽巡礼 
 みんなで東へ向かっていた
 何があるか
 何が起こるか
 誰も知らなかった


 僕達もまた東へ向かっていた
 何があるか
 何が起こるか
 知らされることもなく

 僕達は知らされていなかったが
 すでに知っていた
 僕達はそれを覚えていなかったが
 すでに覚えていた

 
 直視できない 光の束が
 僕達を取り囲んだ 
  

さあ、朝陽へ



  僕達は知っていた
  ずっと前から知っていた
  僕達は覚えていた
  ずっと前から覚えていた


  あの光の塊が僕達を照らす
  ただそれだけで
  満ちる力
  満ちる命


やさしさにつつまれて



  光に包まれて
  僕達は何を思ったのか
  僕達は何を見たのか

  知らないようで知っていた何かに気付いた
  見えないようんで見えていた何かを見た

みつめていた・・・



  それは一瞬でありながら永遠
  それは固有でありながら循環
  
  
  おびただしい量の光の糸が僕達を包み
  ただ立ち尽くした
  朝陽巡礼

 (写真はクリックすると別窓で大きく見ることができます)

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2007/10/12 Fri  00:00:00» E d i t
 » 朝陽追憶 
 朝陽が作り出すその巧妙な陰影に物思いに耽る
 数千年前の石造りの遺跡が
 今もかつての人々の息吹を世界中で伝えている

 ならば私たちが住んでいる現代・日本の社会を見た場合
 私たちの身の回りにある物質たちは
 そのままに放置した場合に
 いったいどのくらいの期間 残り続けるものなのだろう?


遺跡


 こちら側と向こう側を結ぶために置かれた
 何の変哲もないブロック
 これさえも もう 何十年も何千人もの人たちの
 こちら側と向こう側を結んだ

 存在の意義があるもの
 そうとも言えないもの
 
 私たちの身の回りにあるものたちは
 どのような「跡」になって行くのだろうか

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2007/10/09 Tue  06:17:11» E d i t
 » 小バエに関する妄想 
 果物が熟すおいしい季節です。

 プロフィールにも書いてある通り、秋は太るのが慣例となっている私ですが、30歳を過ぎた最近にあってはカール・ゴッチさんの仰るとおりコレステロールの蓄積が著しく、熟しすぎた果実状態になってます。

 あ、端的に書くと「太りすぎてまいっちんぐ!」って言う事です。

 さて、我が家には現在、ダンボールで2箱分のブドウがございます。
 秋という季節の喜びを存分に堪能できて、さらにおつりが来るほどの量のブドウが我が家の玄関でひしめき合っております。まずはそのようなブドウ好きの皆様におかれましては垂涎必至と思われるこの状況に心より感謝致します。なにしろ、農家さんからの直接の頂き物ですから。


 一家総出で口の端を紫色の“悪魔の微笑み”に染めながらブドウの皮の山を築き上げて行くのですが、次から次へと湧き上がってくるかのようなブドウの量に最近はやや劣勢を強いられております。やがて、芳醇な香りが玄関に立ち込める頃、彼らは何処からかやって来て我が家を我が物顔で飛び交います。


 小バエ。
 ここら辺でいうところのカジュ(果樹)バエ。

 ・・・謎の生物です。

 どこから来たのかご苦労さんね♪とタイムボカンの一節でもうなってやろうかと思えるほど、なぜかどこかから発生します。発生しているのでしょうか?飛来しているのでしょうか?

 え~その昔、クワガタを飼育していた時になぜか飼育したくもない小バエも一緒に飼育してしまっていたことを鮮烈に思い出すのですが、ヤツらが果実が発酵した時に放つ匂いに寄ってくるらしいことは間違いなさそうで、遂に先日、網戸をくぐり抜けてくる現場を目撃しました。

 そんなこともあって一応は「あ~、網戸くぐるほどのリトルサバイバーなヤツらなんだな」と思い込んでいたのですが、それでは説明のつかない現象が発生しました。
 これまた頂き物の梨をビニール袋に入れて車の中に置いたままで2時間ほど買い物をしてから家に帰ろうとしたところ、車内で小バエが数匹フライングしてるんですね。ハエフライフローなんですね。窓開けてないんですよ。ほぼ密閉状態の車内ですね。ビニール袋に入れるときには見当たりもしませんでしたし。

 どこから来たの?

 
 ・・・もしかしたら、果物が発する甘~い香りが空中でモヤモヤと滞留すると何らかの化学変化が生じて小バエの形になり周囲を飛び回るのではなかろうか?・・・


 運転している私の目の前をフヤフヤと飛び回る数匹の小バエたち。
 普通のハエならブーンと一時退避するような払いのける仕草にも、小バエはあまりの軽さ・小ささゆえに私の振った手が起こす空気の流れにフラフラと乗っていつまでも私の周囲を飛びまわる有様・・・ん??

 俺、発酵してんのか!?
  
 →小ハエは一体どこからやってくるのでしょう?
 ↑こちら、YahooJAPAN知恵袋でのあまりにもステキな質問なのですが、回答が異常に真面目なのでご注意ください。

 外部由来のほかにショウジョウバエが「酵母由来で発生」と書かれています。もともと果実とかにくっついて来るのを見逃しているということなのですね。・・・きっとそうなんだ。そうに違いないのだ・・・と、自分に言い聞かせなければあまりにもつじつまが合わない生物が小バエですから。

 対策としては、アルコール類をコップ等に入れて置いておくと、そこに入水自殺するそうです。あ、この場合は入酒自殺とでも呼ぶのでしょうか?

 発酵の秋。
 皆様のお住まいの地域ではどのような虫にさいなまされていらっしゃいますでしょうか?
 

テーマ:自然の中で - ジャンル:ライフ

2007/10/06 Sat  06:19:15» E d i t
 » 420円だってば! 
 珍しく路線バスに乗りました。

 前から二番目の客席シートは昔と変わらずバスの前輪の上部に位置し、窮屈な体勢で座る事になるのですが、それなりに混んでいた車内にはそこしか空いてる席が無かったのと運転手さんが「お客さん、できるだけ席に着いてください」とアナウンスするのでそこに座ったのでした。

 一番後ろの五連座席で仲の良いのでありましょう女子高校生の5人組が楽しそうに賑やかにおしゃべりしてます。
 「ああ、そういや、こんな通学を毎日続けていた時もあったなぁ」とか思いながら、その女子高生達の他のお客さんに迷惑にならない程度に抑えた声での騒がしさに懐かしさを感じながら流れる風景を眺めていました。

 高校生の下校時刻、西に傾きながらもまだまだ明るい日差しを車窓越しに受けてしかめっ面した私は、物思いに耽りつつやがてウトウトとし始めたのです。
 
 
 20分も経過した頃でしょうか。

 
 くだんの女子高校生たちのひとりが「じゃーねー」「あしたねー」と、降車しようとしました。このバスは一律運賃ではなく、走行距離での加算式でデジタル表示の運賃表があり、運転手さんの隣に支払機・両替機が据えてある形でして、女子高校生は500円玉を両替機に入れました。

 私もかつて何度も両替したので覚えていますが、500円玉を両替すると

 100円玉 ×4 枚
 10円玉 ×10 枚

 になって出てくるのですね。何度「50円玉が混ざればどれだけ財布が楽か!」と思ったことか。

 するとその女子高校生、何を思ったか「アレ?100円たりない??」と、軽いパニックになっちゃったんです。
 私、前から2つ目の座席ですから見えるし、聞こえるんですね。

 ●以下運転手(運)さんと女子高校生(鼻ピ)の会話


 (鼻ピ)「あれ?100円足りなくないですか?」
 (運) 「ん?お客さん、今、500円入れたっしょ?」
 (鼻ピ)「はい。・・・で1・2・3・4・・・400円しか出てないんです」
 (運) 「その10円玉を数えてごらん」
 (鼻ピ)「・・・8・9・10・・・あ、そうか100円分ありました」
 (運) 「お客さん、整理券の番号がこれだから、420円ですね」
 (鼻ピ)「え~っと、そしたら・・・」
 (運) 「ここ(両替機の出口)から80円、お客さんが取ってあと残りをこっち(運賃投入口)に入れてね」
 (鼻ピ)「え?どうして???」
 (運)?????「・・・420円払うんだから、500円から80円引けば良いっしょ?」
 (鼻ピ) ・・・・・・・・・
 (運) 「そしたらアレだ、100円玉を4枚入れて。これで400円。そして、あと10円玉を2枚入れて・・・」

 (鼻ピ) ニッコリ笑って「ありがとーございましたぁー」


 

 ・・・なんだったんだろう?あれは。・・・
 なんか、悪い夢でも見たのでしょうか?私。

 その間、女子高校生のお友達はといえば、そんなの気にも留めずおしゃべりに花を咲かせてました。


 高校に入れるのが不思議だ。

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2007/10/05 Fri  01:00:00» E d i t
 » 林檎メルヘン 
 夜も明けぬうちに 通り過ぎていつた雨
 その苛烈なまでに燃ゆる赤き肌を
 幾分冷却し 過ぎ去りし雨

 命の喜びを歌う緑
 緑はやがて燃ゆる命の塊に
 力を与え 自らの色を終える

林檎の唄


 我ら 町を見下ろす小高い丘にて
 雨を押しのけて上った今日の朝日に賛歌を捧ぐ
 
 
 

 林檎の唄・デュエット


 “朝”を映し出した 林檎の唄

テーマ:四季 −秋− - ジャンル:写真

2007/10/05 Fri  00:00:00» E d i t
 » 弾赤 
 「夜の間、木に生る果実たちはどうしているのだろう。」

 そんな単純な疑問を持った子供の頃

 気になるから確認しに行こうとしても
 
 子供の頃の夜中には話に聞いた「妖怪」や本で見た「オバケ」が跋扈していて

 その中を歩き回れるワケも無くて。

 やがてそれは太陽が与える「気温」「光」の恩恵を待つための休息の時間であるようなことを
 
 私たちは理科の教科書で知る。

 私たちは教科書に書いてあることには何の疑問も抱くことなく成長してくる。

 しかし、教科書に書いてあることが全て正しいとは限らないぢゃないか! 

林檎スペース


 
 いつもは燦然と己の存在を主張する赤い塊が静かに闇に溶け

 灯りを照らすとぼんやりと漆黒に浮かぶ

 それは幻想的で

 闇夜に浮かぶ星たちが手の届く位置にあるかのような錯覚にさえ陥る

 静かに眠っているなんて・・・嘘だ

 闇の中で可憐に微笑みながら弾ける赤。

 そして、ほら、にわか雨が通り過ぎて

 朝が来るよ

林檎宇宙

テーマ:四季 −秋− - ジャンル:写真

2007/10/03 Wed  06:17:15» E d i t
 » 三沢賛歌は「覚悟」の賛歌 
 GHCヘビー級選手権試合「三沢vs丸藤」のテレビ放送を見た。
 なんだか違和感を感じたのは、解説者が不在だったからなのだろう。
 日テレの菅谷アナの実況だけでは物足りなかった。
 高級食材が目の前にあるのに、調理する技術がそこにないから素材の味は活きているんだけど最大限に引き出されていないという、プロレス実況の難しさを「違和感」として感じたのだった。
 高山か秋山がゲスト解説だったら、きっともっとこの試合中継は爆発的な興奮を呼んだだろう。
 

 昨年の12月・丸藤が王者、三沢が挑戦者という状況で行われた同カードから、1年を経ずに今度は立場を逆にしてベルトを賭けた戦いが行われる事になったのだが、前回の試合のレビュー(→「厚く高きは緑の壁 丸藤vs三沢」)で書いたことがそのまま当てはまる以上に感じたことが、三沢がファンに好かれる・・・あるいは嫌われる最高の魅力が「覚悟の質」が他のレスラー達とは違うということだ。

 思えば、ずっと私たちは「それ」を目撃してきた。
 背筋が凍りつくような「それ」を。

 「それ」はもはや「ひらめき」だとか「技術」だとか「引き出し」よりももっと深い部分で普段は眠っている。
 
 トップレスラー達は、多分こう思っている。
 「プロレスのためならば、命を賭けても惜しくない」と。

 当然三沢からもそれは伝わってくるのだが、それ以上に「相手を殺してでも俺は勝つ」という覚悟の方が強く伝わってくる。無論、それはいつでもそうではなくてタイトルマッチで相手に攻めに攻められた末に出てくる「鬼」あるいは「羅刹」の三沢がまとっているオーラなのだが。

 例えばいかにトップレスラーといえども、技が相手を壊すような角度や衝撃で入らないように最善の配慮をしたすえに、アクシデントでそれが相手の急所に入ってしまったり、技が決まりきらなくて相手が変な角度で落下したりした場合はかならず試合の途中でも躊躇する表情が見えるものなのだが、三沢にはそれが無いのだ。
 もう、スイッチが入ってしまうとただひたすら相手を倒すための殺人マシーンと化す。
 
 今回の丸藤戦は、丸藤が気の毒に思えるほど三沢の体力が持たなかった。見るからに動きが悪くなる瞬間が最近の三沢にはある。
 しかし、その体力の持たなさ故に三沢に声援が集まる。
 そして、三沢は下手すりゃ相手が一生動けなくなるような技を連発しはじめる。
 全く厄介な事にここからが強い。

 それはNOAHのプロレスの根幹たる「ハイレベルな受身」の技術があり、丸藤のそれに対するひとかどならぬ信頼があったればこそなのだろうが・・・危ない。
 エプロンから場外マットの無い部分へのタイガースープレックス、トップロープからのタイガードライバー(?エメラルドフロージョン?)の失敗墜落、コーナートップから場外へのダイビングエルボー、変形エメラルドフロージョン・・・


 とにかく畳み掛ける。丸藤もトラースキック→不知火→雪崩式不知火でその流れを寸断しようとするのだが、止まらない。ダメだ。カウント2.9で立ち上がるたびに三沢は強さ・・・というか凶暴さを増して行く。スタミナ?テクニック?パワー??なんだかそういうものを逸脱したところでの戦いが三沢の中で繰り広げられている・・・というか、ただ無心に勝つための最短距離をひた走り始める。

 その非情さこそが、三沢の魅力。シンプルに勝利を掴みに行く姿に神々しさすら感じる。
 伝説の最終章にあることは誰もが認識している。だが、三沢伝説にピリオドを打つには三沢を壊すか意識ごとぶっ飛ばすしかない。

 丸藤はまだ、それができなかった。
 ポールシフトを掛けられなかったのが重大な敗因の一つだろう。ポールシフトはあの森嶋の巨体を持ち上げて落とすほどだから丸藤のパワーや破壊力は疑う余地もないが、まだ単発の大技というイメージが強い。
 トラースキック→不知火のように、ポールシフトへつなぐ技の流れが出来上がったときに丸藤はさらなる高みに至れるだろう。

 今回の丸藤を評価したいのは、丸め込み技を使わなかったことだ。
 世代交代や、脱・三沢を掲げたからには真っ向勝負しかないということを丸藤は体現してみせた。事実、このタイミングで「完璧首固め」なら3カウント!という場面が幾度か見受けられたがそうしなかった。
 その心意気やよし!その熱いプロレスは必ず成就する。だが、KENTA相手ならそれも是だが、それだけでは上とは伍して行けない。
 
 三沢を超えるには「相手を壊す覚悟」あるいはそれすら意識させない「圧倒的ななにか」が必要。そしてそれは「自分が壊れる覚悟」よりも壮絶な覚悟。
 森嶋はそれを見つけ始めている。

 丸藤があのサイズでプロレス界の地軸移動(ポールシフト)をさせて新しい「北極点」を目指すなら、丸藤にしか出来ない動きで相手の攻撃を受けるのではなくて冷酷なまでに全部かわしたり封じたりして、圧倒的なスピードと技術で相手を叩きのめすような「完封プロレス」を覚える必要があるだろう。もっと自分の持っているモノを信じて磨いて行けば良い。まだ、カッコつけてプロレスやってるから敵わないのだと私は思う。いずれにしても今までは思ってもみなかったけれど、何となく丸藤を応援してみたくなるようなプロレスだった。


 かつてその「冷たい三沢」を「熱い思い」で溶かし尽くして絶対王者となった男がひとりだけいた。
 冷たさでは三沢の上を行く「白い悪魔」がもうひとりNOAHには、いる。

 三沢を超えて行くためのヒントはきっと・・・その二人に、ある。  



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テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2007/10/02 Tue  04:51:23» E d i t
 » ジェイソン 
 10月2日の火曜日。

 朝4時15分。

 まだ外は真っ暗で小雨だというのに、なぜか・・・

 そう遠くも無い場所からチェーンソーの音が聞こえる



 近くの農家さんが作業してるのか??
 しかし、なにゆえこんな暗がりの中???小雨の中????

 シュールに恐怖を感じる。

 きっと音のなる方へ観に行くとアメリカンホラーの鉄則のように、第一の犠牲者になること必至だな・・・。
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