フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2007/01/30 Tue  07:08:22» E d i t
 » 鰯の頭も信心から 
 ♪も~お い~くつ 寝~るとぉ~ 節分んんん~♪
 節分には皆さん、マメを蒔くのですか?

 最近では蒔いた豆を拾うのが面倒臭いとかで、もともと関西方面の伝統だった「恵方巻(えほうまき)」という ビッグ海苔巻き をラッキー方角(今年は北北西だそうですが)の方を向いて無言のうちに喰らい尽くすのが、全国的に節分の行事として豆まきに取って代わろうとしているらしいです。

 鬼は外、福はうち。

 恵方巻は福は呼び込むけれど、鬼を追い出すわけでは無さそうです。

 で、ちなみに鬼の目突きと言う伝承があるらしく柊(ヒイラギ)の固くてトゲトゲの葉に目を突かれて鬼が逃げたという話と、鬼は鰯(いわし)のニオイが嫌いだとか言う事で、柊の枝に鰯を刺して戸口に刺して置くという風習があったらしく、
 それを見た冷静な昔の人が「家の前が臭くなるだけだべや。ったく、ワケわかんねぇ風習だな。」と揶揄したのがタイトルの言葉「鰯の頭も信心から」という言葉の語源らしい。

 心から何かを信じてる人は、他人から見れば明かに無駄で馬鹿げている事にも意義を見出して嬉々として取り組む。
 鰯の頭のような価値の無いものでも、信仰すれば尊い物に変わるという信仰心の不思議さを皮肉った言葉である。

 スーパーのお魚コーナーには鰯が所狭しと並んでいますよ。節分までは。



 ふと思った。
 現代人の信仰ってなんだろう?と。
 信仰というのか、何と言うのか、ほとんど無条件で刷り込みのように私たちを信用させているのは、テレビだと思う。

 とくに昨今の「健康」をテーマにした番組作りなんていうのはその最たる物で、視聴者の不安を煽った上でその解決策としてその番組の主役が登場し、その偉大さを崇め奉り、その主役はその後しばらく日本全国の「神さま」として祭り上げられる。
 
 不安を煽った上で、それを一気に解決する何かを提示する という方法論は、まさに宗教そのものではないですか?
 
 テレビ番組で放送されたことに一喜一憂右往左往して、スーパーに行けば昨日特集された品物が欠品してるのを見ては「世の中おかしいんでないの?」と思わず首を傾げるヒネクレストの私である。

 だがしかし、そんな状況を否定はしない。
 信じる力の偉大さを否定はしない。
 時として、信じる力こそが生命を左右する原動力になり得る事は私がいつも力説しているとおりだから。
 

 「発掘あるある大事典」 が打ち切りになりました。
 
 私にしてみれば「ああ、やっぱりね。そりゃそうだべ。」という感想でしたよ。データの捏造は。番組自体がエンターテイメントなのだから、データの誇張とかあっても最後に「個人差があります」とかって煙に巻いておけばいいじゃねえか!って私は思うんですが、どうも世の中の皆さんは白黒ハッキリさせたくてそれどころでは無いらしいです。

 レタス食って安眠できていた人もいると思います。
 納豆たらふく食って痩せた人だっていることでしょう。

 多くの人たちは一時的にその効果が現れ、時間と共にその習慣そのものを忘れてまた何らかの不安を解消する手段が必要な状態に戻り、その時々でテレビでやってる方法を試しては「ああ、こりゃいいわ」「これは私にゃ合わないわ」ってやってるハズなのでは?

 そもそも私たちを不安にさせている最近流行りのメタボリック症候群だって最近出てきた言葉だし、メタボだろうが糖尿だろうが平均寿命が70歳超えてるし。そう考えたら私たちを不安にさせている物事の根拠というものが、いかにテレビ番組に煽り立てられているかというのが分かります。
 
 健康に本当に気をつけてる人は、その人各々の健康法を実践してるに違いないんだし、それが全ての人に適合するなんて有り得ないんだから「個人差があります」で煙に巻けは良いじゃんって思うんですね。

 あるある~は番組の作りその物が硬派で、その学説を裏付けるための根拠として実験データを列挙して学説を検証して行く番組作りだったし、不思議とそれを見ていると納得している自分がいることに気付くのだが、番組作りの根幹だった科学的手法による実験データそのものが捏造だったのだから、あるある~の打ち切りは止むを得ないのかもしれない。

 だが、それを捉えて「あれは全部嘘だったんだべ?」とか思うことはないと思う。信じて実践した結果、健康体を持続できている人だっているに違いないのだ。

 
 数年前、「神の手」と呼ばれた一人の考古学者が遺跡発掘現場に自ら土器を埋め込んで、それをあたかも自分で発掘したかのように発表し続けていた。

 その事件が発覚しなければ、歴史という我々が共有すべき情報は彼によって歪められ続けたに違いないだろう。
 
 そう思えば、彼がとてつもない悪にも思えるが、考えてみれば歴史なんて闘争の勝利者が自分に有利なように書き変えて来たものであり、多くの先人たちが真実を墓場まで持っていったに違いないのだ。

 私は、真実は真実で大切なことだと思う。
 だが、真実だけが幸せなのだろうか?とも考える。 
  
 番組制作会社は「神の手」を使った。
 意図的なデータ操作で作り上げられた健康という実験結果が出れば、そういう暗示みたいなものが人に及ぼす影響を分析するような番組に仕立て上げるのも一興かとヒネクレストの私は考えたのだった。
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2007/01/22 Mon  07:00:04» E d i t
 

 ○三沢光晴 (20分5秒 ランニングエルボーバット →片エビ固め)森嶋 猛●

 

 ※第11代王者 三沢がGHCヘビー級ベルト 防衛成功!

 
 一見、盛り上がりに欠けるような試合でも、なんらかのサインが散りばめられているような試合はプロレスにはたくさんある。
 
 でも、多くの観客から見た場合、単純に盛り上がれる試合が今の時代にはマッチしているのであろう。去年の3月の武道館および今回の三沢-森嶋のシングルマッチは今の時点では胸に響いてこない、だがそれでいて振り返った時にきっと森嶋のターニングポイントになって行くような試合だったと思う。

 
 今回、試合開始早々の 場外パワーボム で森嶋は三沢の意識を奪った。三沢の色白の背中に場外マットの跡がクッキリと赤く残るほどの一撃で、すでに三沢は 飛んで いた。 

 しかし、プロレスは終わらない。
 
 意識が飛ぼうが、記憶に無かろうが、肉体が動いているのだから。
 意識が飛んだ“先”の世界で、肉体を突き動かすモノは一体何なのだろう?

 エースとしての責任感?
 団体の長として背負うもの?
 レスラーとしての意地?

 開始早々“先の世界”へ行ってしまった三沢、そこにいる三沢は「鬼」だ。その世界を何度か見ている私だが、必ず常軌を逸した攻撃が始まる。

 
 翻って森嶋。

 試合前、「王者(三沢)のエルボーを全部受けてその上で勝ちたい。」と宣言していた通り、かわす事無く全てのエルボーを真正面から受け切った。バカ正直に、真っ直ぐに。

 三沢の意識が戻る前にバックドロップ・裏投げを何連発でも仕掛けて仕留めたかった。秒殺でもそれで良かったんだと思う。
 
 だが、森嶋にはそれを仕掛ける 気持ち が見えなかった。

 なぜか?
 その時点で「王者のエルボーを全部受けて」いなかったからだ。
 勝利が優先課題ではなくて、三沢越えが彼にとっての優先課題だったのだ。

 それが、森嶋の甘さ。

 
 先の世界に行った三沢の攻撃はやはり今回も凄まじかった。
 およそ「人を人とも思わぬ攻撃」を平然とやってのける。それも続けざまに。なんの思い入れも無い人が見たら三沢の攻撃はナチュラルヒールそのものの戦いぶりに見えるだろう。

 硬い花道でエメラルドフロウジョン、腕が効かない状態で途中で落としたタイガードライバー。そして、普段の三沢は絶対にやらない 立ち上がろうとする相手 に対する膝蹴り。

 見ている私の背筋に冷たいモノが走る。

 森嶋もその状態の三沢にくらいついてバックドロップや裏投げ、ラリアットを放って行くが連打にならない。森嶋に 流れ を与えようとしない 必死の三沢 がいた。

 そこから、アナウンサーも解説席の秋山準も数えてはいなかったが、一体、何発のエルボーを三沢は森嶋に打ち込んだだろう。
 それもどれも鋭角で、勢いのついたエルボーを。

 やがて森嶋の即頭部を打ち抜いてぶっ飛ばした ランニングエルボー で三沢が勝利。

 壊れたのは三沢だった。
 しかし、勝ったのは三沢だった。


 どう表現したら良いのだろう、森嶋は今回、ファンの支持を獲得できていなかった。テレビで見る限りでは試合が始まってもファンはざわついていて、前回の丸藤-三沢戦のような緊迫感や期待感を感じる事ができなかった。
 
 試合前まではそれでも良い。
 最近の森嶋が自分で言っているとおり「全てはリングの上で。余計な言葉はいらない」を貫いた結果であり、大口を叩かずに試合で魅せるのは四天王プロレスの本流なのだから。

 だが、試合開始のゴングが鳴った後は、観客をもっと煽って自分の味方、あるいは相手の応援を引き出さなければいけない。それが「リングの上で結果を出す」ということなのだから。

 今の森嶋はまだまだシングルマッチの経験が足りない。

 ましてや大会場のメインイベントでのシングルともなると、何をどうして良いのか分からなくなっているような場面も見受けられる。観客の声が聞こえずに、迷ってしまって 思いっきりの良い普段の森嶋プロレス ができていないのだ。

 普段どおりの思いっきりの良い試合ができたら自然に観客だってついてくるし、そうなった時に森嶋に時代の流れが傾いて行くのであろう。
 「これが俺のプロレスだ!」 というのをもっともっと自信を持って出せば良い。

 それが下手に観客の反応を気にするから、森嶋の持ち味である躍動感・重量感が生きてこない。これはシングルマッチ経験不足以外の何物でもない。

 
 
 またそれはNOAHヘビー級の構造的な問題でもある。
 ジュニアには実力・年齢が均衡した選手が集まっていて、各々がしのぎを削ることができる環境が整っている。

 レスラーをシングルプレイヤーとして見た場合、実力・年齢的に階層が分かれすぎていて、シングルマッチを経験をさせることが難しいのだ。
 
 四天王プロレス世代(三沢・小橋・田上)
 脱・四天王世代  (秋山・高山※フリー)
 中堅       (斎藤・井上・本田・泉田・佐野・・・) 
 現在充実世代   (森嶋・力皇・ヨネ・・杉浦?ヘビー級転向!)
 若手       (潮崎・・・)
 外国人      (バイソン・・・)

 明確に序列が出来上がってしまっているし、秋山・高山レベルの選手が絡んでくるシングルマッチまでしかファンの関心を呼ぶことができない。今は磐石に見えるNOAHという団体のウィークポイントである。

 ヘビー級外国人のスゴい選手が来ないのも、全日本から離脱した際に切れてしまったルートの関係で仕方が無い部分もあるが、そろそろベイダークラスの強くてスゴい外国人が欲しいところ。 

 中堅以下の選手たちが、シングルマッチでの経験を積んで自分達のスタイルを確立するために全日本プロレスの「チャンピオンカーニバル」・新日本プロレスの「G1クライマックス」のようなシングルマッチリーグ戦シリーズが必要不可欠になってきていると思う。まあ、中堅クラスに期待することも少ないのだが。

 あるいはプッシュする選手たちに「七番勝負」「十番勝負」を課すとか。     


 三沢が”その先の世界”を切り開いた背景には、ジャンボ鶴田・ハンセン・ゴディ・ウィリアムス・川田・小橋・田上・秋山ら強大なライバル達を押しのけてエースであり続けなければならなかった覚悟の大きさがあり、そういうレスラーたちとの研鑽の中でメチャクチャにやられながら研ぎ澄まされ切り拓かれて行った”戦いの本能”こそが“先の世界”の正体なのだと思う。


 NOAHという団体のここから“先の世界”を思う時、ヘビー級レスラー同士のシングルマッチによる現在充実世代の選手たちのレベル向上が緊急課題であるということは疑いの余地もない。

 因縁なんて無くても良いから、森嶋は力皇やヨネとシングルマッチで戦って見たら良い。

 また、そうしないといつまでも四天王世代を超えては行けないのだと思う。 それに気付けて場数を踏めば、その時、森嶋は真の怪物になれる。 
 今はまだ・・・「先の世界」へは踏み込めていない。   

テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2007/01/19 Fri  06:47:10» E d i t
 » 桜庭和志が伝説になったころ 
 秋山勲成クリーム事件 にK-1が出した答えは、無期限出場停止処分 でした。 
 
 K-1から怪しさ、怪しさゆえの邪推の入り込む余地のある楽しさを排除するらしいです。そうしたらPRIDEになっちゃうのに。 

 でも、そういう方向に向かうと宣言したからには、そうしてみれば良いですよね。今回の決断は賞賛に値するかと問われれば、あまりにも当たり前の事を当たり前に調査、処分したというだけで、でもまあ今後のことについて改善案を提示したことは良い事なのでしょうね。

 まあもっとも、試合以前のゴタゴタを披露してる時点で充分に怪しさ全開なんですがね。



 
 さて、前の記事で私は桜庭について、>最近の新しいファンにしてみればただの「妙チクリンな格好で入場してくるオッサン」という風に捉えられてるかもしれませんね。と書きましたので、実はそうじゃないんだよ~っていうのを、総合格闘技興行の生い立ちともども簡素にまとめてみます。



 1990年代初頭にアメリカで開催された第一回天下一武道会・・・総合格闘技大会(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ=UFC)。金網で囲った六角形のリングで頭突き・目打ち・肘打ち・金的攻撃以外なんでもありのルールの大会で、並み居る格闘家・喧嘩屋・???(当時、当たり前のように「忍者」が参戦していた。アメリカ人だけど)を破ってトーナメント優勝したのは当時無名だったブラジルの格闘家 ホイス・グレイシー (グレイシー柔術)だった。


 当時、日本人の格闘技ファン=プロレスファンと書いても差し支えないくらいに、プロレスファンとか格闘技をやってる人くらいしか総合格闘技を見て分かるようなファンは居なかった。


 その頃、日本のプロレスもショーアップされた団体からの脱却を図り、格闘技色を前面に打ち出していた UWF という団体から派生したいわゆる U系 と呼ばれる団体が数箇所あり、最も「なんでもあり」の実戦的な戦いに近いとされた団体・パンクラスのエース・船木誠勝 を パンクラス旗揚げ戦で 秒殺(今となっては一般に浸透したが、秒殺という言葉はプロレス用語だった。短い時間で勝負がついてしまうこと。当時、技術の攻防を見せた上での勝敗がプロレスの常識だったのだが、勝つことのみを追求したパンクラスのスタイルは一部の熱狂的指示を得た)したアメリカ人レスラー ウェイン・シャムロック がブラジルの柔術家 ホイス・グレイシー に為す術も無く押さえ込まれた。


 ・遠く離れた地球の裏側に日本の伝統武芸であるはずの「jyu-jyutu(柔術)」という言葉自体が存在していたこと。

 ・「裸一貫で戦い合うなんでもありの総合格闘技をさせたら日本人のプロレスラーが最強である」というアントニオ猪木が築き上げた(今考えてみれば根拠のない)幻想を完膚なきまでに叩き壊されたこと。
 
 
 プロレスファンは「プロレスの強さ」という心の拠り所を失ってしまった時代だった。
 なぜならば次から次へとプロレスラーや名立たる日本人格闘家がグレイシー柔術の前に敗れ去って行ったのだから。

 
 シビアな格闘スタイルプロレスで人気を呼んでいたUWF系には当時、4団体が存在していた。

 ・ファイティングネットワークRINGS (前田日明)
 ・UWFインターナショナル       (高田延彦)
       
   プロフェッショナルレスリング藤原組 (藤原喜明) 
         ↓↓分裂
     ←←←     →→→ 
    ↓           ↓  
 ・パンクラス(船木誠勝) ・格闘探偵団バトラーズ(石川雄規)
 
 

 日本プロレス界の威信を取り戻すため、打倒!グレイシーが叫ばれたが、相手との力量・技量比べを前提とする競技としてのプロレスのスタイルは、護身術から派生し、自らを防護するために相手の動きを止めてしまう事を前提にした「柔術」の前には絶好のカモに過ぎず、グレイシー柔術が最強という幻想ができつつあった。

 日本のプロレスファンの中でそれが決定的になったのは、グレイシー一族でも最強と呼ばれていた ヒクソン・グレイシー の日本における数試合だった。


 「グレイシーを倒さなければ日本のプロレス界に未来はない。」


 そうして高田延彦が立ち上がり、打倒ヒクソンのために用意されたステージこそが PRIDE(1997.10.11) だったのだ。
 結局、高田はヒクソンに為すすべなく敗れ去ったものの、興行としてのPRIDEは大成功。
 PRIDEはその後シリーズ化されて今に至る。

 高田が接戦の末、ヒクソンへのリベンジマッチにも失敗(1998.10.11 PRIDE4)し、後に日本プロレス界ガチンコ最後の砦と信じられていたパンクラスの創始者:船木誠勝さえもがヒクソンのチョークスリーパーの前に眠らされてしまった(2005.5.26 コロシアム2000)。

 グレイシー一族は日本で開催される格闘技興行で多額のファイトマネーを獲得し、格闘技興行会社はファンに知名度のある日本のプロレスラーと、知名度がドンドン上がっていったグレイシー一族とのマッチメイクによって急成長を遂げた。
 
 プロレスが食い物にされている。

 そう感じたのは以前からプロレスを見続けてきたプロレスファンだけなのかもしれない。

 それ以前には、コレ(総合格闘技的なもの)を表現する場所がプロレスのリングしか無かったのだ。
 虚実入り組んだプロレスのリングで他の格闘技を散々食い散らかしてきたアントニオ猪木が作り出した「プロレス最強」という名の幻想が、黒船グレイシーによって打ち砕かれて、開国を迫られていた。


 強さを追求して旧態依然のプロレススタイルから格闘技寄りに進化した団体(それでもRINGを除いて、看板には「プロレス」を冠していた)のエースたちが次々と葬り去られて行き、いよいよ日本のプロレスファンは混迷を極めた。

 
 グレイシー研究が盛んになり、グレイシー攻略法も見つかりつつあったものの、その戦術を真剣勝負の場で実践できる力量・技量を兼備した日本人レスラーの登場をプロレスファンは待ちわびた。


 グレイシーは 負けない試合 をするのだ。
 勝つためではなくて、相手をできるだけ泳がせて体力を奪う。その後、相手が攻撃できないポイントに絡んで行って相手の自由を奪う。そこからさらに相手のスタミナの消耗を待って最後に締め・関節技を極める。
 時間経過なんて気にしない。
 要は相手を倒すためではなく、自分が生き抜くための真剣勝負なのだ。だから客の目線なんてお構いなしの試合になる。

 
 そこにそのままプロレスの時代が続いたのならばきっと光が当たることはなかったであろう、ピンボケな表情の若手レスラー・桜庭和志が登場する。

 桜庭は当時まだ若手の域を出きらない、中堅以下のレスラーだった。

 肉体的に筋肉質というわけでもなく、必要以上に俊敏な動きができるわけでもない。高田が率いた団体・UWFインターナショナルが強さの幻想と共に崩壊し、その後キングダムという総合格闘技寄りのプロレスの最終実験団体(これも間もなく崩壊)を経て、伝説がはじまったのです。 
 
 それは、PRIDE8(1999.11.21)でのことだった。

 グレイシーという名のついた者が衆人環視の中でチキンウィングアームロック(羽折り固め・・・曙がシルバにやられた技)で完全に腕を極められてレフェリーストップされたのは(ギブアップはしていない)。

 何人いるんだか分からない 一族最強 とか 一族最高のテクニシャン だとか 一族きってのワル だとかのウチの一人、ホイラー・グレイシーを破ったのが桜庭たったのだ。

 日本人プロレスラーが次々と敗れ去って行く中、プロレスマスコミでさえもグレイシーの名前に拒絶反応を魅せつつあったムードのなか、このグレイシーついに敗れる!の衝撃は当時普及が加速していたインターネットに乗って瞬く間に世界に広がった。

 
 グレイシー敗れる! の報道は今度はグレイシー一族を燃え上がらせるに充分な煽りだった。

 グレイシーは 打倒!プロレス ではなくて、打倒!桜庭 を目指し、次々に桜庭との対戦をアピール。
 日本のプロレスファンは空虚な喪失感を経た分、熱狂を持って桜庭を後押しした。
 また、日本のマスコミも上手く煽ったことによって、他のプロレスラーに標的を定めさせる事無く、グレイシーの標的は桜庭ただひとりということになった。

 さて、まるで劇画「タイガーマスク」のように、次々とグレイシー一族が桜庭戦に向けて名乗りを挙げたが、そのハイライトは当時が全盛期と思われたあのホイス(2000.5.1)を蹂躙し、長時間の戦いの末にグレイシーサイドからタオルを投入!! させた試合だっただろう。

 一族代表の試合を一族が止めた!!誰も予想だにしなかった有り得ない光景に 桜庭 のネームバリューは確固たるものになった。


 それは打倒グレイシー!を標榜してきた日本プロレス界にとって、最高のカタルシスであった。
 その半月後(2000.5.26)、パンクラスの船木がヒクソンに敗れるという衝撃がまたプロレス界を襲ったが、ヒクソンは「弟が敗れるようなことがあれば私が行く!」と桜庭に宣言したのに、それが実現していないことは忘れても良いのかもしれない。
 
 400戦無敗の男・ヒクソンの勝利の秘訣は 自分が絶対に勝てる相手としか戦わない ということ・・・とかプロレスマスコミは揶揄したが、それはないだろ~。高田や船木はどうだったのさ・・・それでも、以後、少なくとも日本におけるヒクソンの存在感はフェードアウトして行くことになる。
 
 その後もヘンゾグレイシーの腕をメキッと外してしまったり、ハイアングレイシーに判定で勝ったりと、桜庭はグレイシーハンターとしてプロレスファンの心の救世主となったのだ。


 だがしかし、桜庭は純粋な(?)プロレスをほとんど経験していないのでプロレスラーというカテゴリーに疑問符がつくこともあるのだが、プロレスファンはそんなの気にしない。
 だって、本人がプロレスラーだって言ってるし、プロレスファンの心の救世主なのだから。


 PRIDEが興行として成立してから今年で早くも10年。

 グレイシーが格闘界の先駆者として追われる立場に立ってから早くも15年程が過ぎようとしている。

 当然、グレイシーも桜庭も研究され、時の流れと共に年齢を重ねて行く。
 彼らを凌ぐ体格・体力・技量を持った世界中の若き格闘家が日本の格闘技のリングに登場し、お互いにしのぎを削りながら総合格闘技興行は隆盛を極めている。


 だが、日本で総合格闘技がこれだけ浸透した背景にはプロレスの苦悩とグレイシー一族の誇りが切り拓いた道があるということを忘れないでいたいと改めて思う。

 
 私はプロレスファンだが、グレイシーを嫌ってはいない。

 総合格闘技が出てきた事で混迷を極めたプロレス団体もあるが、純粋に比較の対象ができてプロレスの素晴らしさを再確認できる契機にもなった。

 むしろ、大きく括ればこの10年間を引っ張ってきたプロレスvsグレイシーのこの“物語”はプロレスの手法そのものだと言い切れる。


 アメリカの総合格闘技に目をやれば、現実、10年間にも渡って同じような顔ぶれがメインストリームに顔をそろえていることなんてない。若い選手が歴史の研鑽の上に立ち、その身体能力を持ってすれば伝説の男たちを凌駕して行くのは当然の結果である。でも、そうなると選手に感情移入する間もなく世代交代が進んで行く。


 そう。アマチュア競技のようにね。

 どんなに負けがついても、お客を呼べる選手がプロ。


 ドラマを生み出せるヒーローを日本人は好む。
 その体質を上手く使ってるのが 日本の大きな総合格闘技興行 の本質。
 
 桜庭は、そういう時代のヒーローだったのですよ。
 今でも。

テーマ:格闘技 - ジャンル:スポーツ

2007/01/13 Sat  07:01:01» E d i t
 » 反骨の柔道王、失墜。 
 柔道81kgで世界レベルの活躍をし、鳴物入りで総合格闘技の世界に足を踏み入れ、その天性のバランス感・打撃の当て勘・瞬発力で柔道技にこだわる事なく総合格闘技に順応・成長し、次々と名立たる猛者たちを破って「反骨の柔道王」というニックネームが浸透してきた秋山成勲(あきやま・よしひろ)

 昨年末 「K-1 Dynamite!!」・・・知らない人は「大晦日に紅白歌合戦の裏番組でやっていたボビーとか曙とかが出てた番組」だと思ってください・・・ で、プロレスラー(?)桜庭和志と対戦。

 この対戦相手の桜庭和志、総合格闘技興行を初期から見続けてきた人ならばどういう人なのか分かりますが、最近の新しいファンにしてみればただの「妙チクリンな格好で入場してくるオッサン」という風に捉えられてるかもしれませんね。
 彼のすごさは近日中に別記事にしてみますね。そうか。桜庭は「伝説の男」になったんですね。その伝説と共に歩んでいない世代のファンが総合格闘技にも付いてきたんですね。

 喜ばしい事です。
 


 この、秋山-桜庭戦では、秋山が見事な殴り勝ちTKOを収めていたのです。

 漠然と見た感じ「ああ、秋山強いなあ。これじゃ桜庭が勝てなくてもしょうがないか。」という試合内容でしたが、

 

・殴られ続けながら桜庭が何かを訴え続けていた事。
 ・それをレフェリーが聞きながらやたらとオドオドしていたこと。 
 ・レフェリーおよびリングドクターが何らかのアクションを示す前に試合終了のゴングが打ち鳴らされた事。

 

 私がテレビで見ていて引っ掛かりを感じたのはそう言った何とも言えない不透明感でした。
 
 あの試合終了後の「清原を讃えるマイクアピール」あたりはどうでも良くて、チャンネル変えて紅白歌合戦にしちゃいましたけれど。

 リング上のキャラクター的に良いモノを持っていて、さらに試合内容だってスリリングで面白い戦い方をし、さらに勝利するんですけど、メインイベントを任せるような器ではない。

 それが私の秋山評です。
 すごく強くて 実 はあるけれど、グッと惹き付ける 華 がない。

 その華のない部分を補って余りあるだけの実力と結果でのし上ってきた。だから、山本KIDみたいな爆発的な人気ではなくて、泥臭い・男臭い人気があるように感じます。


 
 その泥臭さが、実際に地に落ちることになるとは・・・


 桜庭はあの試合でボコボコ殴られながら「滑るよ!」「レフェリー!チェックしてよ!」と訴え続けていたらしいんですね。
 
 秋山は柔道出身選手ですから、柔道着を着てリングに上がりました。
 試合開始前に柔道着を脱いだんですね。「桜庭と対峙したときのフィーリングで決める。」とアナウンサーーが言っていたとおりで、ルール上、その行為自体は反則ではありません。
 
 ところが今回、桜庭側の抗議を受けてK-1側が調査した所、全身に 乾燥肌用のスキンクリーム を塗っていたということが発覚したのですね。
 
 うなぎを思い出してください。
 掴めども掴めどもヌルヌルしていて逃げられる。
 全身に潤滑材を塗って戦うということは、自分が圧倒的に有利な立場で戦うということなのです。


 打撃 →滑ってヒットポイントがズレる。
 投げ技→すっぽ抜ける。
 関節技→滑って極まりにくい。
 

 その辺のことを考慮の上であの試合を振り返ると、桜庭が喫した惨敗のイメージが覆るいくつかの if… が浮上します。

 ・タックルがすっぽ抜けなかったら柔道では禁止技になっている足関節技をしかけられたかもしれない。
   
 ・レフェリーに対する抗議が受け入れられ、集中力が途切れなければ・・・

 ・パンチの連打を受けてる間も、秋山の手足に絡んで行けたら・・・



 
 年齢・ベスト体重も含め、それでも秋山有利は揺るがない所だと私は思います。それでも、故意を否定しているにせよ今回秋山についた汚点は今までのキャリアを全て失墜させてしまうような大事件だと思います。

 故意は否定しているものの、クリームを塗った時に体がどうなるか、その状態が自分と相手にとってどういう状況を生み出すか、格闘家およびトレーナー・セコンドにつくような人間なら容易に想像つくでしょう?
 多汗症で乾燥肌なら、試合終わってシャワー浴びてからクリーム塗れば良いのではないでしょうか??

 

 新世代の中量級の日本人格闘家ヒーローとして、軽量級の山本KIDや所 英男と並んでのし上ってきた秋山。
 そして、すでに「伝説」と呼ばれるようになった桜庭。

 遺恨無きこの二人のぶつかり合いは多くのお茶の間に届けられたはずなのです。そして、ボビーや曙ほどでは無いにせよ総合格闘技ファン以外の人たちの記憶にも薄ボンヤリと残っているハズ。


 反骨の柔道王の失墜は、「勝てば官軍という勝負論」「力量・技量を魅せた上での果し合いという興行論」とのバランスの崩壊を示唆しているのかもしれません。
 「興行プロデュースの観点から、ヒーローを作ろうとしてるんじゃないの?」という疑念がどうしても浮かぶのですよ。



 K-1創始者の石井和義・正道会館館長が脱税で逮捕されて興行への口出しができなくなり、雑誌・格闘技通信の編集長だった谷川氏がプロデューサーになってからはプロレスだの総合格闘技だのに手を広げていったのは良いのだけれど、単純な言葉で言えば「おい、それ八百長だろ!!」と思われるようなことを時折繰り返してきました。
 私たちにそう思われること自体が母体となるK-1の歴史を形作ってきた選手たちに対する背信行為だと思うんです。

 
 ライバル団体の屋台骨を長きに渡って支え続けてきた桜庭和志を倒す事でK-1総合格闘技部門のPRIDEに対する優位性を示そうという意図は・・・邪推ですがね。


 秋山-桜庭戦は没収試合(ノーコンテスト)となりました。

 
 さて、秋山。

 彼はこの試合の入場時に柔道をやっている(のであろう)子供たちと清原和博を引き連れて入場シーンを演出しました。
 
 その子供達に何と伝えるのでしょうか?
 子供たちは何を思うのでしょうか?

 この勝利を捧げられた清原はどう感じるのでしょうか?
 「何をしてでも勝ってまえばエエんや!」とか言うのでしょうか?

 
 強さが際立っている選手だけに、このくらいのスキャンダルで凹む事無く、どうせならこれを利用して「おいおい?そのくらいの事でギャラ没収してんじゃねえぞ!」とか次の試合では洗剤の残った滑る柔道着を着てくるとか・・・一気にヒールキャラに転向もアリだなとか私は思うのですが・・・ヒール系の面構えだし。

 この程度の事で潰されないで欲しいと願います。
 いっそ、K-1側はそういう楽しさ・怪しさで売って行くのもありかななんて思ってます。昔の新日本プロレスみたいに。 

 シビアな部分は 軽量級の 所 に任せて、あとは楽しく!!みたいな。 


☆今回の事件の概要を把握したい方は
 分かりやすくまとめてくださっているので、こちらも是非ご覧下さいませ。☆

 →David the smart ass 
  K-1「2006Dynamaite!!」秋山失格   K-1「2006Dynamaite!!」秋山失格(2)

テーマ:格闘技 - ジャンル:スポーツ

2007/01/06 Sat  17:35:14» E d i t
 » 2007年初日の出 
 みなさ~ん、初日の出を見に行きました?

 拝んでないそこのアナタ。そうそう、アナタです。

 2007年の初日の出をお届けするのでバッチリ拝んで下さいよ~!

 え?「1月6日にもなって今ごろ何だよ」って??

 ハチャメチャに忙しかったのでその辺は勘弁してくださいよ。


 (↓写真はクリックして大きく写して見てください。ありがたみが増すと思われます。)

 
 ●2007年1月1日 月曜日 フロントガラスは凍り付いていた。フロントガラス



 ●ふと、車内温度計に視線を移す。
とき


 痛い。身体が痛い気温である。


 ●東へ東へ向かいながら、日の出を迎える。
ところ


  ポンノ沢 ですよ。あの有名な!
  え?知らないの?
  私も知りませ~ん。


 ●初日の出
 明け始める空


 冬は つとめて 雪の降りたるは いふべきにもあらず 
 霜のいと白きも・・・

 そんな甘っちょろい寒さではないのです。
 たった今、吐いた息でさえもカチコチに凍って落っこちて割れそうです。 

 上り始める太陽


 ズズイズズイと上ってまいりました。

 
初日の出

 
 カメラの性能の限界までズーム・イン!!

はい、拍手。


 はい、拍手~

 あけましておめでとうございます。
2007/01/04 Thu  07:31:45» E d i t
 » 万能ネギかよ。 

 スタタタタタタタタタタタタタタ・・・ 超高速で男の右手が動いていた。

 左手は鮮やかな緑色をした 万能ネギ をまな板に押し付けて、右手に持った包丁が鮮やかに舞い、それは無数の小さな緑色のリングへと化していった。

 「料理の鉄人」のような豪華キッチンで若い板前が一心不乱に 万能ネギ を刻んでいた。黙々と、何かに追われるように・・・

 超高速でそのリングたちが彼の右側に用意された直径1メートル・高さ50センチほどの巨大ラーメンドンブリにどんどんと放り込まれ、やがて緑の大きな山ができた。


 ドンブリいっぱいに山盛りになった 刻みネギ を見て、男は包丁を止め、肩で息をしながらこう言った。

 「これ、どうしよう!?」

 
 眼前にはすでに刻まれてしまった大量の 万能ネギ 。
 男はただひたすらネギを刻む事のためだけにネギを刻んできたというのか!



 あまりの無鉄砲ぶりに周囲のみんなが呆れ返ることもせずに、彼の元に黒スーツの5人の男達が駆け寄り、なにやら相談を始めた。

 「鮮度が命だ。ネギは。」

 「そうだ。乾ききって風味も歯ざわりも死んでしまった刻みネギを出してくるそば屋があるだろう?あれは許せん!」

 「早く、これをなんとかしよう!各人、袋に詰めて営業に飛ぼう!」

  
 かくして、サンタクロースのような布の袋に詰め込んだ 刻みネギ を背負った数人の黒服たちがその場を去った。





 その黒服の中の一人が私である。

 私は、ビル街の一角の大きな飲食店の裏口から忍び込み、忙しく数人の調理師たちが動き回る厨房の中でひっそりと息を潜めながら、ネギトロ丼やカケソバ・らーめんと言ったネギを必要とする料理にネギをどんどん乗せて行く。
 どうやら飲食店は繁忙期らしく次から次へとネギを必要とする注文が繰り返され、やがて私以外の4人の黒服たちへも連絡、そしてそこへ潜入に成功し、大量の刻みネギは瞬く間に無くなって行く!!と思われたが・・・

 やばい。
 黒服の一人が調理師に見つかった!!


 とっさに私が立ち上がり「にんにくを大量に使うことが売りになっているレストランがあるように、きっとネギでもそれができると思います。我々は、ネギを普及させる使者なのです!どうか、ネギを・・・」

 調理師は私の言葉をさえぎるように
 「忙しいから、君達も手伝ってくれ!」


 黒服たちは店員となり、ネギの効用・魅力をお客さんに説いて回った。

 規格外のネギの量が話題を呼び、店は連日連夜の大繁盛!!



 かくして日本の平和は守られたのである。

 


 
 


 一・富士
 二・鷹 
 三・なすび


 なんてどこにも出て来ないようなスリルとサスペンスの私の今年の初夢です。 

 夢って 自分が主人公の場合 もあれば ドラマを見てるように全然自分が出て来ない場合 があったり、自分視点で物事が見えたり第三者的立場から自分を眺めてたりする場合もありますよね。
 さらにそれらがごちゃ混ぜになって、夢らしい夢だったりすることもあるわけで。


 でも、起きた時に印象に残ってる夢って案外少ないものですが、今年の初夢はあまりにもバカすぎてちゃんと覚えていました。


 ユングでもフロイトでもかかって来なさい!

 

 さて、私はネギ好きなのですが、ネギが苦手な人はホントに涙ぐましいものですね。
 ラーメンに乗っかってる長ネギを一つ一つ丹念に除去してからようやくのびかけてしまったラーメンを食べたり、ドリアとかから玉ネギを見つけ出してはため息混じりにそれを皿の端に寄せたり。

 で、ちなみに大学生時代にあまりにもお金が無くて、友人と金を出し合って(2人合計315円だった!!)100円ショップで ひやむぎ と めんつゆ と 長ネギ3本 買ってきて、超山盛り刻みネギwith大量ひやむぎを食べたという輝かしい思い出が蘇って来ました。

 大量にネギを食べると、体中に匂いが残る事はもとより、体中の水分が放出されるのではなかろうかと危機感を覚えるほど頻尿になりますので用法・用量をご確認の上、正しく使用されることをお勧めします。

 つまりは 薬味 だってことですね。



 なんだか良く分かりませんが、こいつぁ春から縁起が良いってことで今年も張り切って参りますよ~。
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