フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2006/04/29 Sat  05:55:12» E d i t
 存在は・・・
 どこから来て どこへ行くのか

 人間は古今東西このテーマを延々と追い続ける。
 自然科学が現在カヴァー出来ているのは、発生から死までのメカニズムである。

 哲学がフォロー出来ているのは、ここにいる間をどう生きるかであり、宗教がイメージさせるのは地獄極楽ありきの世界観であり、それもまた今生を全うするための知恵の結集だと考える。宗教から派生したものと捉えるべきなのか別枠で捉えるべきなのか、科学では証明されないゆえにオカルトなんてのもある。

 宗教にも哲学にも科学にもさらにオカルトにも興味があり、上辺くらいは舐めてきた。
 何も知らずに物事を語っても誰にも伝わらないし、
 どこかに傾倒しすぎて他を否定する事も無いんじゃないって思う。
 (その叡智を誤認・曲解し、他を排斥するような「行動」は断固として否定するが)

 だって、全てが人類の叡智・発想の結晶なんだから。
 最近、そのどれにもまたがっていて、別な考え方として「スピリチュアル」という物が流行っているようだ。
 根源的な問いかけに対しての直接的な答えの仮説としての「生まれ変わり」・・・というか存在としての変遷・・・は、哲学の初期に現れた

 「万物は流転する」ヘラクレイトス
と言う言葉が科学によって「細胞の生成消滅」「質量保存の法則」で説明が付くようになった以上、それが「魂・精神~スピリット~」に適用されるという仮説もあっていい。

 私も、その考え方は生きて行く上で心を穏やかにすると思うし、嫌いではない。妄信もしないけど。
 →「ソウルメイト!」

 ただ、もしかしたらその流転する魂や精神の正体は「知恵・知識・習慣・作法・生活様式」に内包されて伝えられる物だとも考えられる。
 色んな角度から物事を見ることは楽しい。

 大切なのは知った上でどうするかなのだが。
 自分が常に自分の中心でいられることが前提なのだが。 
 知った上で考えれば考えるほど深遠で、興味深く、面白い。

 「知る=情報を得る」ということは「考えるための素材を獲得する」と言うことなのだから。     
 

 で、どこから来てどこへ行くのか?

 先日、3歳のウチの娘が寝る前、しきりに聞く。

 弟が生まれた時にはまだ疑問にさえ思わなかったのが、最近、私の友人に子供が生まれ、その赤ちゃんを見て不思議に思ったり、私の祖母が亡くなった時の記憶が残っていたりで考えたのだろう。
 
 「どうやって生まれてきたの?」
 「死んだらどうなるの?」

 小さい頃、同じように考えて・・・考えるだけの知識も素材も無くてワケが分からなくなって・・・布団の中でひとりで泣いた事がある。
 しかし、その経験があったお陰で知識欲が芽生えたような気もする。

 その種の質問に対し、だから私の方も準備を怠ってはいなかった。しかし、いざ直面すると・・・何と答えた物か・・・

 「お父さんとお母さん、そしてお前になる前からずっときっとお前は居たんだよ。お父さんとお母さんはお前をずっと待ってて、お前もここに来たいと思ったからここに来たんだよ。どこから来たのかは分からない。でも、ずっとここに居たんだと思う。」

 「大きいバアちゃんが死んだ時みたいに、死んだらそこに居なくなるように思うけれど、お前が大きいバアちゃんを覚えてるように、今度は心の中に行くんだよ。」
  
 「多くの人の心の中に、深く行けるように、みんないっぱい生きてるんだよ」

 ま、そんな事を喋ってる間に娘は寝てましたがね。
 悩んだんでしょうね。
 寝てる娘の頬に涙が伝ってましたよ。

 色んな事を考える切っ掛けに、なれば良いなあ。
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2006/04/27 Thu  06:30:28» E d i t
 » スプラッシュ☆腹痛! 
 弾ける勢いの炭酸が好きだッ!!
 あ、透明なの限定。
 コーラとかファンタなど色付きはあんまり好きじゃない。
 (北海道限定・メッツガラナは好きさ。)
 
 なんだなんだ、最近の炭酸飲料のだらしないことよ。
 スパ☆スパ☆スパークが全ッ然足りないぜ。

 多分、12~3年前に流行ったキリンの「シャッセ」というリンゴ味とブドウ味の微炭酸ジュースから「微」が流行り始めて、それ以降あの大御所「スプライト」様でさえも「微炭酸」に変更されるというトンデモナイ有様だったサイダー界。
 
 三ツ矢サイダーがかろうじてサイダーの面目を保つ中、やっぱり私の中のキング・オブ・サイダーは「ニセコサイダー」だ!時点の「サッポロ リボン シトロン」を3馬身引き離してるさ。

名前は変わったけど、中身のタフさは変わらない!これがニセコサイダー!改め<strong><span style=font-size:large>「倉島ミネラルサイダー」</span></strong>だっ!!
 ニセコサイダーは「土間」という保冷機関が一軒家の各家に標準装備だった時代、なぜか必ずどこの家にもケースに入って当たり前にあった瓶入りのニセコサイダー!!
 ニセコって何さ? 地名さ!!
 スキー場で有名な北海道のリゾート地さ!!ニセコの人が知らないことでも名高いニセコサイダー!!超地区限定レア物だッ!!

 甘さ、見た目の発泡の粒の大きさ、口当たり、弾け具合、喉越し・・・コクがあるのにキレがある!!まさに至高のサイダー!ニセコサイダー!!

 風呂屋で飲むキンキンに冷えたラムネも良いが、ビー玉が邪魔じゃ!
 
 今はちょっとオトナになったので、甘っちいのは敬遠気味で「炭酸水」とかいうつまらない物を愛飲してます。
 そこら辺のサイダーよりもよっぽどスパークしてて気持ち良いのさッ!
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テーマ:そしてどうなった - ジャンル:その他

2006/04/25 Tue  05:14:14» E d i t
 多分、その死が無ければ
 「僕」は「彼」と出会うことは無かった・・・

  1992年4月25日死去。享年26歳
 着ていた衣服を脱ぎ捨て 
 道に斃れていたのだと言う
 
 「彼」の死に様を語れるほど「僕」は「彼」を知らなかった
大人になった「私」が思うに、
 マスコミが飾り立てたほど奇麗な死に様ではなかっただろう。

 だが、知らなかったからこそ
 その先を紡ぐことのない「彼」の遺志たちが
 執拗なまでに「僕」の心を揺さぶった 



    ・・・  尾崎 豊  ・・・ 


  生きていれば今年 40歳。
 果たして、今でも歌っていたのだろうか?

 「彼」の止まってしまった時計を少しずつ
 巻き戻してそれをなぞりながら
 
 「僕」のもがき苦しむような青春の隣には「彼」がいた。
 「彼」の紡ぎ残した言葉や音楽の道標達が「僕」を導いた。

 「僕」は多くの言葉を欲していた。
 自分と向き合うには自分を語れる言葉が必要だ。
 社会と向き合うには多くの言葉が必要だ。  

 そして「彼」は
 なんとも後ろ向きで冷め始めた時代の多くの若者を
 自分の言葉で導いた。

 自分の魂で導いた。
 
 「僕」は舐めるように
 「彼」の言葉を口にした
 それは心地良く「僕」の血の中に溶け込んで
 それは心地良く「僕」の魂に作用した。

 栄光と挫折、そして続く人生・・・
 突然止まった時間・・・


 勝ち続けなければならないと歌った「彼」は
 勝ち続けることができなかったがゆえに
 今も人々の心に響き続ける

 泥にまみれ
 栄光を掴み
 行き詰まり
 酒とドラッグにやられ
 ブクブク太り
 それでも走り出して
 輝きを取り戻し
 斃れて死んだ

 
 生きていれば今年 40歳。
 ねえ、君は今でも叫んでいるのかい?

 今日もどこかで「彼」の叫びに涙を流す友がいる。

 悲しい歌は聴きたくないんだ・・・
 悲しい歌は

テーマ:男性アーティスト - ジャンル:音楽

2006/04/24 Mon  05:24:02» E d i t
 » 立ち上がる雅央に見た勇気 
 「さあ、何を見せる?雅央オリャーッ!!」の続き。
 試合前に結果を知っていても、内容を見るのが楽しい競技。それがプロレス。

 映画でもプロ野球でも、最初に結果を知らされれば見る気が失せるのに、ことプロレス・格闘技に関しては私は結果を知ったところで見る気が失せる事はない。
 まあ、最近の新日本の場合は「結果だけでいいや」って思うこともありますが。

 今回のGHC、誰がどう見ても予想の時点で秋山の勝ちは揺ぎ無かった。
 井上雅央は結果的に武道館のメインのリングで、いつも以上でも以下でもない「井上雅央のプロレス」をやってのけた。その世界に、王者・秋山を付きあわせた事が雅央の収穫だったし「負けると知りつつタチムカウ」その姿勢、姑息とされるような手段でも絶妙なタイミングで観客の心をつかんで行けたのは、やはりタイトル戦前のトーナメントをやった結果が大きいのだろう。

 多分、普段前座の試合を注目してる人は少ない。
 私のような田舎の人間はプロレスという物に触れる機会が少ない以上、観戦の機会に恵まれたら第一試合から嘗め回すように見ますから、誰がどんなプロレスをするのか大体イメージできます。
 
 それは、ただ単に長く見続けているからかもしれませんが。

 普段は注目して見てもらっていない「前座」の選手たちがトーナメントで上がってくる中で、彼らのファンを獲得できたか否かは別として、彼らのファイトスタイルへの理解は得られたんだと思います。

 そうして雅央のなんとも応援し難い「のらりくらりレスリングスタイル」が多くのファンに認識され、日常的にメインを務めるGHC王者に対してそれがどういう世界を描けるかという勝負だったんですね。

 秋山の動作にブーイングが飛び交っていた事から、雅央の世界は見事に武道館のメインのリングに咲いたのだと思います。
 「雅央、もしかしたら勝っちゃうかも」って思わせる場面は開始30秒の奇襲の時間帯にはありました。コブラクラッチスープレックスなんて始めて見ました。

 でも、その後はそういう期待感とは程遠い「いつもの雅央」で、ファンもそれを貫く雅央を後押ししていました。
 「ベルト取れ!」という応援じゃなくて「もっと雅央の技術を堪能させてくれ」という声援。いわば秋山へのブーイングは「雅央の引き出しをもっと開けてやってくれ!」というファンたちの切なる願いか。

 終盤、やたらと激しい当たりのランニングニーを連発する秋山に、咆哮しながら立ち上がる姿を見せた雅央。
 その心の底から搾り出す「負けたくねえ!オリャーッ」という感情こそが、ファンが雅央に求めていた姿であり、それを引き出した上で叩き潰した秋山には、やはり拍手です。

 全然華やかさの無い、地味なタイトルマッチでしたが観客が騒げるプロレスがあるならば、ジンワリと噛み締めるプロレスがあったって良い。
 自分のできることを最大限に引き出し続ければ、どんな人にもチャンスはやって来る。激しい攻撃に、叫びながら立ち上がる雅央に自分を投影しながら見たファンは、きっと多かった。

 なんだかセンチで味のある、いい試合だったなあ。 

テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2006/04/23 Sun  05:27:18» E d i t
 » 断食週間“終了”宣言。 
 先週の日曜日に腸に風邪の菌が入って炎症を起こしてから、一週間。

 木曜日ごろにはすでに調子は良くなっていた物の、病院から貰った漢方薬が土曜日の分までだったので、土曜日まで続けてみた断食修行。

 私の場合、風邪で具合悪かった分もあるのでしょうけど、3日目を過ぎた辺りから腹が減った感覚や、空腹時のフワフワする感じが無くなって、力もちゃんと出るので仕事もしてました。

 気をつけたのは、断食と言っても食べる方は限りなく0に近づけても、水分の補給と必要と思われる栄養分の補給は継続していたということですね。

 世の中には断食の情報も多く、何が良いんだか悪いんだかワケがわからないので、こればっかりは自分の中にこれまで蓄積した情報を元に、自分に合うと思われる方法でやりました。

 一応、一日3回・食事と同じ回数に分けて

  ・野菜ジュース(普通に売ってるヤツ)コップ1~2杯
  ・ヨーグルト(これも普通に売ってるプレーン)一回250g程度
    ↑無論、砂糖はかけるのだ!
  ・その他、適宜ウィダー・イン・ゼリー「ビタミン」

 そのくらいは摂取してました。

 基本になってるのはその昔、プロレスラー・橋本真也と戦う際に格闘家・小川直也がやったファスティングという方法の記憶を手繰って出てきたやり方です。

 確か、山に篭って「数種類の野菜を発酵させた液体と水だけ」で断食して柔道やってた時のプクプクの小川が、スリムな「魅せる事が出来る体」に劇的に変化したんですよ。
 
 そういう怪しいの大好き。

 で、キーワードは「野菜」「発酵」で、「野菜ジュース」と「ヨーグルト」になったと言うわけです。

 
 さて、昨日久しぶりにメシを食べようと思っても、あんまりたくさんの量を食べたいと思わないんですよ。
 
 かつて焼肉屋で3人で105人前(ありゃ一体1人前の基準は何なんだ?)とやらを食ったことのあるこの私が、メシを目の前にして何たる不覚・・・というか、これが断食の成果なのでしょう。

 食欲が無いのも病気なのかもしれんけど、食べても食べても食べ続ける方もどうかしてるんですよね。きっと。
 腹に食べ物が入る満足感よりも、今はオイシイ味を楽しむ満足感の方が食事に求められてる時代ですから、オイシイ気分や楽しさを食事で充足してるなら、生活習慣病とやらもやむなしなのでしょう。

 美味しければたくさん食べたくなりますよね。
 でも、もしかしたら、今の私の状態だったら少量を深く味わえるのかもしれない。

 暴飲暴食が続いてやや重たくなっていた身体が一週間で一気に5kg軽くなって、明らかに外見も細ってすこぶる快調だったりするので、「細ったのは脂肪の分さ」って自分に言い聞かせて、筋トレを再開しようっと!

 ・・・トレーニングする(してた)者にとって、鍛えている部分が萎れて行くのは何とも切ないことなんですよ~(泣)・・・ 

テーマ:日記 - ジャンル:ヘルス・ダイエット

2006/04/22 Sat  10:44:03» E d i t
 » ほとばしる感情はプレーで! 
 清原~、アンタさ~、私のスーパースターなんだからしっかりしてくださいよ~~。

 前代未聞!清原が暴行予告

 

要約:オリックスの清原が20日の日本ハム戦で、ダルビッシュ投手の投げた内角攻めのボールで左の小指をデッドボール。あいてて。それで頭に来た清原は昨日「こっちも生活が掛かってるんや!ウチの子供が泣いてたんや!今度やったら、そいつをぶっ飛ばす!」とついうっかり口走ってしまいました。



 清原は内角が弱点なのでどうしても狙われます。
 今回だってワザとデッドボールにしようと思って投げた球じゃないはず。
 そんな体に当たらない程度の内角球なら「避けれ!」って思いますが、きっとダルビッシュの球が剛速球だったので避けられなかったのでしょう。

 どんなに鍛えてても、どんなに注意しててもしてしまう怪我ってあります。

 今回のブチギレ発言は、私にはこう聞こえますよ。

 「てめえら、そんなトコに投げたらワシが打てへんやろ!
   男ならど真ん中で勝負かけんかい!!」


 つい去年まで、冬のシーズンには体を大きくする筋トレばっかりやって、開幕から2ヶ月もすれば足をオカシクしただのドコを怪我しただのって、あとはずっとベンチに座ってるような大活躍で多大なる報酬を得て来た球界の番長ですから、結婚して子供が産まれて守るべきものが出来たにもかかわらず「巨人に巣食う病巣」扱いで巨人を放出され、被害者意識を前面に押し出して人目を引いてオリックスに拾って貰った今頃になって、そんなバカな発言で人目を引いてもダメです。
 清原がいなくなった巨人は今年どうなりましたか?
 それを見れば、あなたが巨人でどういう存在だったか一目瞭然ですよ。

 私たちが見たいのは清原和博の野球であって、ケンカではありません。バカな事を言ってるヒマがあったら野球の練習をしてください。
 手が痛いなら走り込んで下さい。
 
 誰もが皆、守るべき物を守るために命懸けで戦っているんです。

 多くの人に夢を見せる存在であるべきはずのスーパースターがそんな当たり前の事をマスコミ通じて世間に発表しても、負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ。それが一番悲しい。
 
 そんな言葉で誰の同情を買えるのか? 

 
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テーマ:プロ野球 - ジャンル:スポーツ

2006/04/20 Thu  17:03:10» E d i t
 GHC挑戦者決定トーナメントが井上雅央の優勝、GHC挑戦権獲得という予想外の結末になってプロレスファンを困らせています。
 北海道では遅ればせながら水曜深夜にNOAH中継でその模様が放送されました。見てて感想を述べるとすれば・・・う~ん、中堅以外の何者でもないな・・・って事ですね。


 雅央のプロレスは、力も技も受け身もインサイドワークも試合運びもスタミナも試合の起承転結もちゃんと出来てるんです。でも、決定的に足りないのは「リズム感」と「瞬発力」ですね。一気に行く時のスピード感・迫力が足りないから、試合に緩急が出ない。
 若い頃からずっと悪役商会とかと組んで老人たちに囲まれてやってた時のスピード感が残っちゃってるんですね。
 たまにメイン級の試合に抜擢されても、おとなしく役割を果す辺りは確かに「職人」なんですがね。

 逆に、小さな体で「緩急」と「インサイドワーク」だけで試合を作って、客をキツネにつままれた感覚にするのが小川良成。

 雅央は顔がブサイクな分、表情も観客に伝わりやすいですし、動作も結構オイシイ。そんな雅央がこのトーナメントで斉藤彰俊をエプロンでのオリャーラリアットでぶっ飛ばして場外リングアウトで優勝した時の観客の反応は「ブーイング」でした。

 これは、雅央が優勝したことに対する評価ではなく、場外リングアウトのカウントの取り方があまりにも曖昧だったから起きた、レフェリングに対するブーイングだと思います。

 それまで彰俊のワンサイドゲームだったのが突然リングアウトですから、太古の全日本のプロレス(天龍革命以前)を経ていない今の純粋培養NOAHファンにはアレルギーが起きても不思議ではない結果でした。

 確かに、NOAHでは白GHCの試合以外はリングアウトのカウントは実に曖昧で、最初に場外に下りた選手のカウントを入れながら、後からリング内の選手が場外に下りた時点からカウントのリセットみたいな状況がない訳ではなかったですから、そういう前提であの試合を見た場合、あのレフェリングは問題だったでしょう。


 勝ち方にミソがついた事は差し引いたとしても、雅央というレスラーが秋山準の王座に挑戦しようにも勝ち目が全く見えないんです。
 
 「中堅」としての見方が私にも定着しているからなんですよね。

 頑張れ!って応援する気にもなれない。
 今回のトーナメントでそういう見方を覆すような勝ち方をして来たかと問われれば、それもない。トーナメントを勝ち上がる過程で新たなファンを雅央は獲得できたかと言えば、それは多分、ない。

 雅央には「切実な野心」が見えない。
 私の感情に全然訴えて来ない選手なんです。

 秋山にボロクソにされて、何度も何度も立ち上がり、リングサイドに今回のトーナメントの出場者が詰め掛けて雅央を必死に盛り立てた時に、雅央に「俺は勝つんだーッ!!オリャーッ!!」っていう悲壮感が出ればそれだけでも十分に雅央がメインに立つ意味はあります。

 今までみたいに負けてもヘラヘラ薄ら笑いしてるような雅央がリング上にいるなら・・・秋山にビンタで張り飛ばしてもらいたい。立てなくなるまで張り飛ばして欲しい。試合が終わってもだ。

 ボロボロ泣いてる雅央がいるなら、この第4勢力にファンが付く。
 トーナメントに出場した選手たちがもらい泣きするような試合をして見せろ!!

 プロレスがド演歌だって良いじゃないか!
 人前で号泣するほど頑張ってる雅央なら、私は好きになれる。

 万が一にも、雅央は勝ちはしない。
 これが私の意見の大前提である。
 
 さあ、武道館メインのリング!
 何を見せる?雅央オリャーッ!!

 (関連記事)コラム・de・ブログ 様 「井上雅央の挑戦」

テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

2006/04/19 Wed  06:18:07» E d i t
 投手編に引き続き、涙なしには語れないスペクタクル純愛スポ根物語です。

 かつて、野球部のノックという「酷い仕打ち」を受けた事がございます。
 高校時代、体育会系の部活は大概やたらと憎しみ合っているか凄く仲が良いかのどっちかなのですが、ウチの高校はどちらかと言えば仲良かった方です。

 なぜかラグビー部のくせに野球部の後輩の散髪とかを任されてましたから。電気バリカンでの丸坊主にはちょっと自信があります。え?「簡単だべ?」って??丸坊主って案外難しいんですよ。まあ「案外」ですが。

 そんな流れで硬式ボールでのノックを受けさせてもらったんです。

 テーマは「行け!行け!飛雄馬」(アンサンブル・ボッカ)でお願いします。

 小樽の天狗山に沈んで行く夕日を背に、グラウンドでノックを受ける若き日の私・・・ああ、青春のストライク・ズバン!とイカしたアイツだぜ!!

 薄暮れの野球部グラウンド、最初のウチはゴロだったのがドンドンスピードが上がって行くとバウンドに対応できなくなり、石ころみたいな硬い球が体に当たる。
 
 「おし!体で止めれ!前に落とせ!!」

 ・・・いや、本当はグローブで獲りたいんだ。でも勝手に体に・・・グふっ~
 もうこれ以上は出ないだろ?なんて予想するスピードは遥かに超えてきます。

 そのうちイレギュラーバウンドで、球がタマに当たるアクシデントが発生!キーン

 ・・・いや、それは私ではなくて野球部の後輩だったけど。悶絶ッッッ「~~~ッッ」。見てるだけで痛い

 とにかくあの経験以降、テレビで見る一つ一つの「当たり前のプレー」の素晴らしさに目を見張るようになったのは間違いありません。
 
 基礎って大事です。

 あ、ちなみにシロウトさんはフライを捕球することもなかなか難しいですよ。硬球ってなまら硬いから、グローブに入っても痛くて落としちゃうかも。


  
 打撃だって、近くのバッティングセンターに行ったら試してみてください。

 100キロのボールがどれだけ速いのか。

 我が家では、子供が産まれる前に嫁さんが「テレビでウエスト引き締めるのにバッティングセンターが良いとか言ってた」なんてヘッポコな理由で一時期バッティングセンター通いをしていた時期があります。

 ま、田舎ですから「普通球」「速球」なんて曖昧な表示しかなく、それでも最初は「普通球」でさえも前に打ち返すだけで一苦労。
 野球に小うるさい友人を連れて行ったとき、さんざん「イチローの打撃は軸がブレないようにこうやって・・・」とかひとしきり語った挙句、ファールチップにさえならないという有様。
 
 まあ、シロウトなんてそんなもんですよ。

 でも、続けてるとこの「速球」でさえもホームランみたいな馬鹿当たりが出るようになって来るもので、何となく「あ、下半身の安定から打力が生まれるんだな」みたいな事に気付くんですね。
 すると欲が出てきて「なんだよ、これなら120キロくらいなら打ち返せるな!」なんて思うワケですよ。

 それで、隣町のちょっとゴージャスな80キロ・90キロ・100キロ…110キロという表示のあるバッティングセンターに足を運んでみるに至るんです。

 田舎の「速球」をバカスカ打ち込んでる打撃王・フクフク丸
 
 110キロのバッターボックスに入り、100円を投入しました!

 ピッチングマシン、振りかぶって第一球を・・・
 シバンッ!!ビンッ
 ・・・ブンッ・・・(超振り遅れ)

 み・・・見えない。
 速くて見えんですよ。

 球が見えない。消える魔球か?
 
 110キロ・20球 見事全部空振り!!(ファウルチップ3球)
 

 ガックリと肩を落としてボックスから出て来る私と入れ違いで入った中年太りのオッサンが110キロじゃ物足りねえとばかりにバカスカ打ち込んでたのを目撃して更にショボ~~ン
 「落合も腹で打ってたんだな・・・」とか妙に納得してみる。

 その後、余市の「速球」は90キロだと判明。
 90キロのボックスだったらバカスカ打てる。
 100キロでもそこそこ安打的当たりは出る。

 でも、110キロは・・・速い。
 練習もしてないシロウトのスイングスピードでは、どうにか捉えられても前に飛ばせない。

 そんなスピードを平気で超えてくるスピードボール(しかも変化アリ)をバットに当てることも難儀。それがヒットやホームランになるなんて神技ですぞ。

 野球やってりゃ中学生とかでも練習で110キロを打つんだそうな。
 すげえや。
 高校野球でも130キロ台の球なら平気で安打するもんな・・・。

 そういうヤツらがゴロゴロいて、その中の選りすぐりがプロ野球選手なんですね~。

 スゴイですね~。カッコ良いですね~。  
 さあ、プロ野球を見てみてください。

 ああ私、プロ野球に貢献した記事かいてますか?そうですね。
 じゃあ、お礼にプロ野球チップスのカードを全選手分下さい。あ、チップスの方は皆さんにお分けしますので。 

テーマ:野球全般 - ジャンル:スポーツ

2006/04/17 Mon  15:24:00» E d i t
 » 断食修行開始宣言。 
 仕事を抜け出して病院に行って来ました。

 どうやら「胃腸が熱い」=「腸が炎症起して腫れている」らしく、
 「全身の倦怠感」も「38℃前後で平均推移している熱」もここから来ているのだそうで。

 まあ、倦怠感・筋肉痛は昨日の朝の筋力トレーニングを
 異常を感じた後も続けたからというのも見逃せませんけど。
 だって「トレーニングはツラいのは当たり前」が身に染みてますからねえ・・・

 腹の内側からボディブローを細かく連打されている感じで、スタミナの消耗が激しいです。寝ても寝ても眠れるので体中が痛うございます。
また、起きて活動していると腸がセルフボディーブローをしてくるので、その衝撃で細胞が振動し発熱しているに違いありません(←うそ)。

 原因として思い当たるフシが・・・
 ・賞味期限切れ寸前の半額のキムチを買って来て、フタを一回開けてから締めて冷蔵庫で完璧に発酵させてから食べている。
 ・しゃぶしゃぶでも焼肉でも肉はミディアムレアで食べる。
 ・ぴっこ と まるもい が腹の上でボッコボコ飛んで遊ぶ・・・

 ああ、なんて原因だらけな生活なんだ・・・


 私の幼い頃からの主治医:T先生曰く
 「治るまで絶食(ゼッショク)。これが一番いいんだけど・・・無理だべ?」 
 食べる時には2㎏の超特大ハンバーグを泣きながらたいらげたこの私に、絶食ですとぉ??
 
 絶食、すなわち断食ッッ!! ダンジキッッ!!

 おお!!カッコイイ響きじゃないですか。修行みたいで。

 という訳で、フクフク丸断食週間に突入します。
 期限は腹を軽く叩いて響かなくなるまで。すなわち、これが続く限りは永遠に。人生は修行でござる。
 「修行」という名のナルシズムは私の腹ではなくて私のうっとり精神を充足させます。

 断食も、全く栄養を取らないと倒れちゃうので野菜ジュースとヨーグルトくらいは飲みますがね。
2006/04/17 Mon  05:29:05» E d i t
 » 約束果セズ日曜日 
 先週木曜日あたりから
 子供たちがちょっと風邪気味で、
 週末に回復しつつあったから

 「日曜日、みんなが元気だったら水族館に行こう」

 なんて話してたのに、
 お父さんが熱出してごめんね。
 子供たちは元気になってたのにね。

 毎週日曜日の朝は筋力トレーニングに行くんだけど
 腹筋運動の途中で、胃腸が「熱い」のに気付いたんだ。

 運動不足だからかな?・・・なんて思ってたんだけど、
 熱の出始めだったんだね。
 
 家に帰って風呂に入って、
 もうその辺りから悪寒。
 熱は39℃を超え、まさに「休日」を過ごしたのでした。
  


 

 
2006/04/15 Sat  05:02:11» E d i t
 まあ、リトルリーグ経験者でもないたかだか1シロウトさんの戯言ですよ~。

 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)という野球世界一決定戦で日本チームが優勝したことくらいはまだ皆さんの記憶にあると思います。(最近じゃ情報が多すぎて感動した事でもすぐに流れて行ってしまいますからね・・・特にネットやってる人なら実感する部分でしょうけれど・・・)
 その記憶も冷めやらぬまま、日本でもアメリカでもプロ野球が開幕しました。
 
 私は特にどこのチームをひいきというワケでは無いのですが、便宜上「阪神ファン」を名乗っています。
 もちろん、巨人が強くないとプロ野球が面白くない「アンチ巨人」から派生した物ですが、一番影響を受けやすかった小学3年生の頃、1985年のあの伝説のバース、掛布、岡田の3連続バックスクリーンホームランが強く脳裏に焼きついているからだと思います。なまらカッコいかった。

 北海道に日本ハムが来たということで、そちらも応援していますが、まあどちらかと言えば、試合を見るときは選手個人やチームの応援ではなくて、試合全体の流れの左右と戦術・技術(個人・チーム両方)、雰囲気などを見て、感動を見つけています。

 だって、全員プロフェッショナルなんですから、野球をプレイするための身体能力なんて皆さんとんでもなく凄いんですよ。その中で成績を残して行くのはプロの中でもトップ中のトップです。



 全く興味がない方のためにプロの選手がどれだけ凄いのか、私がちゃんと書いてあげますから今後は少しくらい興味を持ってプロ野球を見てみるように。

 今日は投手編ですよ。

 ナイターを見慣れているお父さん方、酔った勢いでも「松坂が155キロ投げれるんだら、俺だら120キロくらいは投げれるべ」なんて言ったらいかんですよ。

 聞いてください。涙ナシには語れないけど。 

 4年前、まだ子供が生まれる前、私がそれなりに体を鍛えていた頃の話。
 野球ボールのスピードガンコンテストがあって、女性が70キロ、男性が100キロ出したら豪華賞品がもらえるという企画があり、「俺だら120キロくらいは投げれるべ」って思っていたバカ=私がひとり挑戦しました。親戚一堂でメシ食った帰り道でした。
 
 
 チャンスは3球。
 
 ウォームアップ十分。

 第一投。大きく振りかぶり・・・投げたッ!!
  剛速球と言うよりもむしろ速球ッ!!
  ボールは唸りを上げてネットに突き刺さるッ!!
  「ふ、一発で商品GETだべ?」う~ん、うっとり。

  スピードガン係りのお姉さんのコール
  「96キロで~す!おしいッ!!」

  へ?なに??196キロですか~~??
 
 そうさ、私はちゃんと野球をやったことは無いさ、でもラグビーで鍛えてて、キャッチボールだって野球部のヤツとやってて、その当時は筋トレだって・・・ 
 「96キロだとう~~?」

 そんな内心の狼狽は露ほども見せず、親戚一堂にはそれがあたかも「肩慣らしでしたよ~」とでも言わんばかりのポーカーフェイス「今のがスローカーブだ!」とか言いながら、かなりガッカリ来ていたんです。

 係りのお兄さんが「助走つけてもその線から出なければ良いんですよ~」なんてアドバイスをくれる。

 よ、余計なお世話じゃッッ!!

 第2球。
 さりげなく、精神状況は崖っぷちである。
 右の三角筋・上腕筋群・前腕筋群・ついでに大胸筋までもが異常な緊張をしているのが分かる。
 
 体が硬くなっているのを実感する。

 殴りかかるクマのような、しなやかさの欠片もない投球フォームだった事でしょう。ガムシャラで投げた第2球はネットの端の方へ飛び込む大暴投!野球ならビーンボールってヤツです。大乱闘になるような。

 「104キロで~す」

 おお!面目躍如!!
 最初の120キロの自信はどこへやら、100キロを越えた達成感で脳内にはロッキーのファンファーレが鳴り響く有様です。

 異変に気付いたのはその後。
 右の広背筋が異様につっぱります。
 右腕がガタガタ震えています。

 たった、たった2球の全力投球で、腕の力が入らなくなったんですよ。

 いや、信じられん。
 体力が無いとかそういう次元の話じゃなくて、筋肉に普段慣れない動きを全力でさせるとすぐに疲労するってことです。

 残りの1球ももちろん全力投球したんですが握ぎる力が上手く入らず、
 測定ネットを遥かに飛び越える大暴投で、計測不能でした。

 獲得商品:日本ハムのピザ。
      ファイターズのロゴの入ったピンバッチ。 

 野球では100球投げたら急激に球威が落ちる「100球肩」なんていう言葉がありますが、私は2球肩だったんですよ。 
 
 うわ~・・・ださ。

 
 そういうのを経験して、プロ野球を見る目が俄然変わりましたよ。
 平気で120キロとか出してる。普通に130キロとか投げてて、さらに150キロ出す選手もいる。

 超人だ。

 更に、プロじゃなくて高校野球では何日も連続でマウンドに立ち続けて1人で投げ抜く投手がいる。無論、何日も連続でって事は勝ち進んでいるってことです。

 そんな凄いヤツらでもプロに入れなかったりする。

 プロ野球は凄いんです。
 私もたまにしか見ないんですが、たまに気が向いたらこの記事を思い出して、見てみてくださいね。 

テーマ:野球全般 - ジャンル:スポーツ

2006/04/13 Thu  05:21:33» E d i t
 なにやらやっとの思いで書いても反応が悪いこのシリーズ。
 というか、どう反応して良いのか分からないと読者に思わせてしまうような書き方が悪いのか!!?っくしょ~。読め、読むんだジョーッ!

 ・・・取り乱してしまいました、失礼。んおほん。

 さて、カズノコ、バリボリシリーズも第1弾・第2弾で見てきた過程を経て、ついに食べられる形に近づいてまいりました。
 食卓に上がる形としては、主に塩カズノコと味付けカズノコがありますが、私の個人的な都合により塩カズノコの説明からします。

  塩カズノコにする根拠=カズノコをボロボロにしないため。
  その理由を分解して見てみますね。

 ●雑菌の抑制

 無漂白のカズノコは言うに及ばず、たとえ漂白と言う殺菌過程を経たとしてもカズノコを常温放置して置いたら腐ってしまいます。
 雑菌(カビや黄色ブドウ球菌、その他風邪のウイルスだってそうですよね)なんてのは空気中にいくらでもいて、それが繁殖に適した栄養分・水分を持った物体に付着し、適温の状態であれば繁殖して行きますから。
 
 ●凍結という保存方法の特徴

 「じゃあ、ひとまず凍らせますか。」って事になりますね。
 細菌は低温状態で活動停止および死滅しますからね。
 また、表面が固まれば物体が酸化して行く速度も落ちます。

 何の食べ物でも、そういう理由で凍結しますよね。

 それでも最適な品質保存温度というのが存在してて、たかだか-18℃くらいまでしか冷えない家庭用冷蔵庫の性能では品質の保持能力はそんなに高くありません。
 生鮮食品、主に魚類では-55℃くらいが品質劣化を最小に留める温度帯であると聞きますから、カズノコだってきっとそうなのでしょう。

 
 ●ドリップどっぷり。
 
 また、スーパーとかで冷凍マグロの柵とか各種食肉が解凍されて来るると同時に血のような赤い水分がトレイに溜まっているのを見た事がある方も多いと思います。

 それがドリップと呼ばれる水分です。

 原理はこうです。
  
 

 前提:液体(水)は固体(氷)になる時、体積が増える。

  1 品物の凍結により細胞の中の水分が凍結される
  2 水分が凍結した際、細胞膜を破ってしまう
  3 解凍時、細胞膜が破れた細胞から「細胞液」が流出する。


 
 ドリップの正体は「細胞液」なんですよね。
 そして、生鮮食品の旨み成分=細胞液なんですね。

 ですから、ドリップが出ちゃうと見た目が血っぽくて気持ち悪いのもあるけれど、最大の問題点は
 「美味くなくなる」
 「細胞液を失った細胞がスカスカになってしまう=食感が失われ、ボソボソになる」
 って事なんです。 

 魚卵なんてモロに1粒1粒が細胞ですから、凍結→解凍する回数が増えるほどボロカスになって行くんですよ。


 ●何故に塩カズノコはあんなにしょっぱいのか? 

 そこでカズノコに限らず魚卵を保存する方法として、細胞内の液体を凍りにくい何かに置き換えるという作業が最適なんですね。

 水溶液を使用すれば良いんです。
 水溶液の濃度の求め方を覚えていますか?

 濃度(%)= 溶質 ÷ 溶液(=溶質+溶媒) ×100 

 溶質…溶液に溶けている物質。
 溶媒…溶質を溶かしている液体。

 水に何かを溶かし込んだ液体にカズノコを漬け込んで、カズノコの細胞内にその濃度の高い液体が浸透した場合、通常の細胞液よりも凍る温度が低くなるんです。

 飽和という言葉を覚えていますか?
 
 

飽和…水溶液に、もうこれ以上溶質が溶けないという状態。
    最高に濃いと言うこと。  



 飽和塩水(=塩が水に溶ける限界まで塩を溶かしたメッチャ濃い塩水。ちなみに濃度で26.3%)のちょっと前の22.4%塩水で凍結温度が最低の-21.2℃で凍結します。

 なまら理科でしょ?
 ホント、参る。

 だからこの飽和塩水で漬け込んで、-20℃で保管しておけば水分が「凍結にならない状態」「低温で保存」できるから、魚卵にとって一番理想的な保存になるんですよね。

 
 ●カズノコが製品になるまで。まとめ

 ニシンが輸入されてくる
  ↓
 ニシンからカズノコを取り出す。
  ↓
 血を洗い流す(薄い塩水→濃い塩水)
  ↓
 ゴミ・アニ~除去
  ↓     ↓
 無漂白    漂白・過酸化水素を分解
  ↓     ↓
   飽和塩水で漬け込む  



 以上の工程を、主に気候の冷涼な時期(1月~4月)に集中します。
 まあ、各カズノコメーカーの操業プランにも寄りますので、時期に関しては一概には言えないのですが、秋(9月~10月)に行うメーカーもあります。

 そのカズノコを保管しておいて、12月の季節商戦に向けて10月~12月初旬に掛けて、一斉にパッキング作業が行われます。

 そのパッキングもこんな風に→塩数の子・数の子タウン留萌神経質なまでに一本一本丁寧に、並べられます。

 それは機械に出来る仕事ではありません。

 ついでに高級感漂う化粧ケースに入れますね。資材費だってバカになりません。

 

 かくして長い道のりを経てカズノコは皆様の正月の食卓に登場するのです。

 正月の高級食材としてのイメージを守ったのか、脱却できなかったのか、カズノコ業界は不景気という時代の流れをまともに食らってしまいました。

 カズノコ業界の苦闘は続きます。
2006/04/11 Tue  05:49:32» E d i t
 » 届け!想いよ。 
「恋する気持ち」

 君が転校して行って
 新しい春が来た
 もう一年も過ぎたんだ

 数度の手紙のやり取りをした。
 毎回、自分の文字がキレイになって行くのを実感できたし、
 文章も少しくらいは考えるようになった。


 それが恋から友情に変わって行く過程も実感した
 変な気持ちだった。
 
 中学を卒業する時、一度だけ電話した。
 話した内容なんて覚えてない。
 
 高校の時、一度だけ君に会った。
 あの時、どうでも良い時間を過ごしたことは
 「僕」はちょこっと後悔してる。でも、あれで良かった。


 それぞれがそれぞれの時間を過ごし、
 君が若くして母親になったと風の噂に聞いた時、
 「俺」も大人になった自分を噛み締めていた。
 理想と現実の狭間でもがいていた「俺」の・・・
 その噂が背中をそっと押してくれた

 
 恋する気持ちが
 別な何かに変わっても
 幼い日に覚えた「特別な感情」が「僕」を突き動かし
 そして今の「俺」になったことを
 心から感謝します。

 
 君は今、幸せな二児の母親だと聞いています
 「僕」もまた、二児の父親になりました。 

テーマ:想い - ジャンル:恋愛

2006/04/10 Mon  17:26:08» E d i t
 » 大残雪。 
「もう、いい加減に春になりやがれッ!!」

向こうに見えますのが、余市町のシンボル「シリパ山」で~ございま~す! 叫びたくもなるさ。4月なのに吹雪なんて冗談じゃないよ。
でも、さすがに明け方に雪が積もっても昼には溶けてます。
こんな感じで、今シーズンの大雪の名残はまだまだ消えそうにありません。

 ちなみに、この雪(目測残雪1メートル)に覆われている場所は田んぼです。
 道端の小川がケセラセラセラ流れています。

 日差しは暖かく、日中では10℃くらいまでなる日もあります。

 
 朝日が昇る時間が早く、夕日が沈む時間が遅く、
 太陽が町を照らす時間が増えて、心は弾む・・・のですが、

 春になると無性に眠たかったり歯茎がむず痒くなるのは私だけではあるまいよ。
 嫁さんは春になると指がひび割れます。脱皮の季節ですね。  
 ♪春の~風が~表通りを通り~抜けて~行くのにぃ~
  追いかけて~ゆきぐ~~に~~♪

それでも、どこかで春は生まれてる。
 それでも、どこかで春は生まれてる。
 生まれた春を、子供たちと見つけに行って来ました。

 太陽が微笑み 土の温もりに守られて
 新しい息吹が 微笑んでいる
 ここら辺で最も早い 春色

 え?食べません。こちらではふきのとうは食べませんよ。
2006/04/09 Sun  07:28:20» E d i t
 » 畑への小道 
 読んで頂く方に「時間」と「体力」「耐久力」を強要するような当ブログへようこそ!
 ご訪問頂いた方々同士が気軽に語り合える「場」を開墾しようと思い、

 掲示板☆あずましい畑 
 
 を耕しておきましたので謹んでお知らせ致します。

 まあ、どんどん種を蒔いてください。
 そしてどんどん水やら肥料をあげて育てて下さい。
 咲いた花の美しさや、収穫された実はみんなで分け合いましょう。
2006/04/08 Sat  05:47:45» E d i t
 » The Show Must Go On. 
「The Show Must Go On」ショウは続けられて行く。

伝説のロック(?)バンド「QUEEN」の名曲である。

 彼らのロックはロックでありロックでもない。
 そう、彼らの楽曲をカテゴライズするならば「QUEEN」なのだと思う。
 シンプルに手拍子だけで歌える歌。
 重厚に積み上げられた荘厳な曲。
 重たい曲。
 陽気な曲。
 
 一箇所に留まらないそのサウンド。
 そして、そうでありながらその全てに「あ、QUEENの曲だ!」というテイストが入っている。
 まさに「QUEEN」という名のカテゴリー。 

We Will Rock YouとかWe Are The Championsで有名ですし、最近またCMでDon't stop me nowが使われ数年前にはアイスホッケーのドラマの主題歌にI Was Born To Love Youが使用されて、流行りましたよね。

 多くの日本人がビートルズの曲は耳にしてなくても、クイーンの曲は多分、耳に入っています。

 たった4人。でも彼らは巡り合うべくして巡りあったのだろう。
 彼らは伝説を作り、その伝説は宇宙のように今なお膨張を続けている。

 ギター:ブライアン・メイ
 ドラム:ロジャー・テイラー
 ベース:ジョン・ディーコン


 そしてフレディ・マーキュリーという伝説のボーカリスト。

マトリックスもイナバウアーもみ~んなフレディの影響さ!
 彼の歌声には、震えた。

 1991年、エイズで死んだ。
私が「QUEEN」を知ったのは彼が死んでから数年経った後だった。

この「The Show Must Go On」は彼がエイズによって体力を奪われ、痩せこけて行く中で歌われた曲である。
死ぬまで彼は彼の人生を「演じ」続けた。そして伝説になった。

そう、生きて生きて生き抜いた者は死後もなお生き続ける。
ショウは続いて行くのだ。


フレディが生きていた時の事実上のオリジナルアルバムの最終作「Innuendo」のラストを飾るこの曲

 聴いていると何も言いようが無く、ただ涙が溢れてくる。
 フレディの声が悲痛さを伴い、胸が張り裂けそうになる。
 言葉の意味も歌詞も分からない、初めて聴いた時にそう感じたんです。
 

我々という存在は時々刻々「死」に向かって行っているにも関わらず、日常でそれを意識することはほとんど無い。
しかし、それを目の前に具体的に突きつけられた時、人はどうなるのか?

 フレディは「フレディ・マーキュリー」を演じ切った。
 真剣にフレディを演じきったのだ。
 私は彼を「史上最大のうっとり道化師」だと思っています。
 
 ミュージッククリップの映像を見ても、ライブの映像を見ても全てが道化なんです。それも心に残る道化。
 他人を自分の世界に引き込むために、自分自身の世界の一番の虜になっている。それを命の限り続けた。
 「自分が自分を愛せずに誰を愛する事ができようか!」
 
 フレディの表現には美意識の追求があった。
 人生そのものに美しさがあった。
 そしてQUEENは、音楽でそれを表現できてしまうんだ。

その場にいた何万人もの観客を手の平で転がすだけじゃなく、死してなお、新たな虜を増やし続けているこの奇跡!!
 

 その迫力・生命の息吹・意志が歌を通して流れ込んでくる。

 死と対面しながら「生まれて来た事の意味」を探しその答えも見つけている。
「I Was Born To Love You」愛するために生まれてきたんだ。

もちろん死を意識しない段階での1970~80年代を彩った曲も名曲揃いなのだが、
後半の「重さ」が私は好きだ。

憧れの「生きざま」「死にざま」だ。

自分自身の人生に於いて、後悔するようなことはないか?
「ああ、俺の人生は素晴らしかった」と死ぬ間際に言えるような過ごし方をしているか?

 常に自分に問いかける。


 はい、こんなに多くの偉そうな人たちもQUEENにぞっこんなのですよ。
 →QUEEN紹介新聞記事
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2006/04/05 Wed  05:37:25» E d i t
 入学シーズンですね~。

 本州では卒業とか入学の時期に桜が咲くというなんともロマンチックな演出が自然にその風景を彩るのでしょうけれど、北海道では溶け始めた道路脇の雪が埃で薄汚れてて何とも言えない時期です。

 みなさんは自分が今の自分を見つけてくるまで、どんな道を通ってきましたか?
 意識しないでここまで来たり、辛い自分と向き合いながら自分を作ってきたり、色んな事があったと思います。

 今日は、春休みも終盤に差し掛かったであろう、新しい環境に向かう学生の皆さんに、私の辛かった日々の思い出をお届けします。


 ●ボクは「出来る子」なんだ。 

 私は中学の頃サッカー部でした。他の部よりも全員が一生懸命で、学校内のどの部活よりも遅い時間まで(って言っても所詮中学生だからせいぜい6時頃)毎日グラウンドを走り回ってるような部でした。

 田舎の中学校ですから1学年100人くらいでしたが、それでもテストするたびに上位成績者と呼ばれる部類の所にはいました。
 部活をしないで塾に通っている同級生よりもハッキリ言って上の成績順でした。
 
 「重要なのはその集団の中での順位ではなくて、勉強したことがどれだけ活かせるかなんだ」

 これは父が私に言い続けた言葉です。
 他の親がテストの度に「10番以内に入ったらPCエンジン買ってやる」とか言ってる中で、平然と10番以内に入り続けている私はそんな事を言われ続けていました。

 他人と比較され、明かに順位がついて自分が上にいるということほど優越感を感じる事はありませんよね。逆に下になれば劣等感さえ感じる。

 いじめ の話でも書きましたが、人間はそういう動物です。

 社会全体が比較礼讃だからなのか、教育の場が比較を教えるからなのか、どっち先だか分かんないけど私たちが目にする多くの物は数字による比較で語られて「順位が上だったり、数字が大きい方が正義」みたいな物の捉え方をされますよね。
 発行部数、販売成績、売り上げランキング、レンタルランキング・・・多くの人が支持するからこれが良い物なんだ!とは限らないのにね。

 中学生の頃ってなぜかなぜだか、学力的に似通った人たちがグループを形成して仲良くなるんですよね。不思議なことに。
 私は特にそうでもなくて面白さや尊敬できる部分を基準として人を好きになるので、今でも中学・高校時代の友人は結構多いですよ。
 たまに会う同級生たちに羨ましがられたりしますね。あの頃は「友達少ないよな~」とか私自身が思ってましたが。

 
 ●ボクは一体なんなんだ・・・??というカルチャーショック  

-- 続きを読む --
2006/04/01 Sat  05:26:51» E d i t
 » その手は暖かい。 
 どんなに寒い日でも私の手は暖かいらしい。

 手の平を体に近づけるだけで、あったか~い感じがするらしい。
 「らしい」と書くのは、嫁さんがそう言うからであって、他の人がどうなのかは良く分からないから。少なくとも私の身の回りにそういう人は居ないようですけど・・・。

 自分でも、どちらかの手の平をもう一方の手の甲にかざすと何やらあったか~い感覚がある。

 平均より体温が高いだけだろう・・・くらいに思っていたのですが、平熱だって36.3℃と至って普通。これって体質なのかな?新陳代謝とか関係あるの??


 これが「氣」であったり「ヒーリングパワー」であったり「かめはめ波」であるのならば、なんという浪費なのであろうか。
 意図的に止める事ができずに延々と漏出して行っているのだから。

 まあ別に今の所は私の体力の減退が周囲の同世代に比べて著しく激しいワケでもないし、むしろ動いてる分健康なくらいですけど、滾々と溢れ出す生命エネルギーが私の体では使いきれなくて漏れて行ってるのであろうか?

 それとも天地陰陽の理を無意識に使えるのか。


 例えば子供たちを寝かせつけるとき、彼らの背中であれば腎臓の辺り(腰骨の上辺り)・お腹であれば肝臓の辺りに手を置いて上げると、ソワソワ気味でも落ち着いて寝てくれます。
(いや、アンタが先に寝てしまうから仕方なく子供たちが寝るんだろ!というツッコミはナシ)
 
 また、自分でもそのパワーがノッているのを感じるほど絶好調な時があって、そういう時はお腹に直接触れずにウチの嫁さんの便秘をも解消させてしまうほどです。
(たまたま、そういうタイミングだったんだろ!というツッコミはナシ) 

 なんか凄くないですか?私。
 
 さあじゃ、PCを通してパワー送りますから画面に両手をかざしてくださ~い。

 愛・夢・希望・すべてがアナタからあふれ出します



 ・・・・・・。
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