フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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2012/01/07 Sat  16:04:02» E d i t
 » 君は、3D映画を見たか! 
 元旦は親戚のガキ一同を引き連れて映画を見に行くのが私の年頭行事である。


 年末は我が家は夫婦ともにクソ忙しいので子供の面倒を見る時間が全くと言っても良いほど無くなることもあって、その辺りのほったらかしを自省しつつ、かつ「みんなで映画見たらオマエら、楽しいに決まってるべや。これはオジサンからのお年玉だ!」とか上手いこと言って、子供入場券1000円、しかもファーストデー割引で私自身も1000円で入場できてしまうというしたたかな打算もありつつ年頭行事としていたのだった。


 例年は女の子もいる中で容赦なく仮面ライダーシリーズの映画を観に行っていたのだが、今年は私が最新の仮面ライダーを見ていないこともあって、全然乗り気では無かったのでテキトーにごまかして映画に連れて行かないでTSUTAYAでDVDでも借りて来てお茶を濁す予定だったのだが、ガキ一同がワクワク感を前面に押し出しながら迫って来やがるのでお茶はクリアなままで映画に行かざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだった。


 しかし。


 私がとてもとても観たい「ミッションインポッシブル」とか「山本五十六」を観に行くわけには行くまいよ・・・なにせ、ガキ一同の構成は小学5年~4歳の6人。

 
 しかも。



 私がお茶を濁すためにグダグダと使った時間のおかげで、上映に間に合う映画が限られてしまっているでは無いかァァァァ!!誰のせいだッ!!あ、俺のせいか。



 もう仮面ライダーの最終上映開始時刻は回ってるし、「もののけ島のナキ」の上映時間まではやたらと時間があいてしまっている。だから、ここはひとつ「M:I」を・・・いやいや「山本五十六」を・・・あ、20分後に「怪物くん」が始まるぞ。



 よ~し、「怪物くん」に決定だ。


 
 他の映画が上映中や上映時間まで間があるということでチケット売り場は空いていて、私の憂いていた新年早々の行列はひとまず杞憂に終わる。チケット売り場のお姉さんが秋山莉奈に似たとても可愛いお姉さん。秋山莉奈といえば仮面ライダーアギトでヒロイン役、仮面ライダー電王でもデンライナーで変な色の飲み物を出して来てはモモタロスたちを・・・って、いやいやその話はどうでも良いんだった・・・必要以上に福山雅治を意識した声で「怪物くん。大人ひとり、子供6人でお願いします。」という私は、福山雅治ではなく則巻千兵衛

 「3Dですけれども、よろしいでしょうか?」と莉奈。

 「かまわんよ」と千兵衛。


 「3D鑑賞には3D料金として観賞料+300円と別売り3Dメガネが必要になりますがよろしいでしょうか?」


  ・・・(-≦-;)?エーマヂデー

 
 仕方あるまい。仕方あるまいよ。そんなの聞いてないけど仕方ない。


 「よよよ・・・よろしいです」・・・潔しッ。潔いぞッ!!千兵衛!!


 大人ひとり、子供6人、今まで7000円で済んでいたところが今回は8800円也。



 手痛いッ!!手痛いぞ3D!!
 考えてもみたまえ。その1800円があったら、普通の映画を普通の日に見ることができるのだぞ。


 痛恨の思いを噛み締める我を他所に、すでに気合い昂ぶる子供等の無邪気なるはしゃぎ様といったらどうだ。


 「おじさーん、ジュース買ってくれ~♪」
 
 「おじさーん、ポップコーン買って~♪」




 「貴様らッ!!だまれッ!!」



 
 そんなドリフのコントのようなやり取りを経て上映シアターに入場。
 なんだかんだで実は私自身、3D映画は初挑戦。実はドキドキしています。
 あまりの飛び出しぶりに思わず身を翻したりしているところをガキ達に見られたらどうしよう。こいつらのあこがれの対象であるこの私がそんな失態をさらけだすようなことがあってはならん。断じてナランチャ!


 私のスーパーメガネに眼鏡用3Dメガネ(300円)を装着。
 見た目は、ちょっとジジ臭い取りつけ式サングラスみたいだ。


 やがて3Dにて新作映画の宣伝が始まる。
 「ALWAYS 三丁目の夕日‘64」だ。

 おおーッ!!
 と・・・飛び出してる。
 立体だ。

 

 ほ・ほ・ほ・・・堀北真希さんが立体だァァァァァ!!!

 
 か・か・か・・・可愛いすぎるだろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!ってか、何そのウエデングドレスわぁぁぁぁッ!!!あわわわわわわ・・・失神KO!



 ビバッ3D!!+300円、安いもんだぜ!



 立体堀北真希で十分に元を取った私は、本編の「怪物くん」も楽しんで見ましたホイ。
 映画の内容はシンプルで分かりやすく、ガキ一同も楽しんだみたいでめでたしホイ。


 あ、ちなみに6人のガキの中で2人が酔ってた。
 私も感じたけど、目にかかる負担は結構あるかも。


 上映中に3Dメガネを外すと、昔の青赤メガネとは違ってスクリーンが緑色にぼやけているワケではないけれどもデジタル処理でやっぱり焦点は合わないような映像になっていて、私のようなド近眼の人から見える世界を表現しているかのようにさえ感じられたのだった。

 普段、メガネをかけていない人がメガネを掛けること自体、疲労感があるだろうし、わざわざ焦点を別なところに合わせなきゃならないんだろうからそれも目にストレスを掛けそうだなという感想。私は、素顔が福山雅治なので普段から変装のためにべっ甲メガネに七三分けだから全然気にならないけど。
 


 なんでわざわざ映画やらテレビやらを3Dにする必要があるんだよ。そんなもん見れたらそれで良いじゃねぇか。

 と、ひねくれて星をにらんでいるそこのアナタ。


 
 是非一度、見てごらんなさい。
 
 立体堀北真希・・・3D映画を。怪物くんの伸びた腕とか、にょろり~んって伸びて来たり、岩石男がばらまいたダイヤモンドをみんなで手を伸ばして拾ってみようとしてみたり、なかなか、アレはアレで楽しいものですよ。
 
2011/03/07 Mon  11:58:38» E d i t
 ドラえもんのアニメの存続危機が訪れて、声優陣が一新して新キャストで始まってから数年が経ちました。

 うちの子供たちが見るということでドラえもんをまた見始めましたが、私たちが子供の頃に見ていたアニメとはやっぱり声も絵柄も違うということで別な物語のように感じていたんですよね。最初のうちは。慣れましたけれども。もちろん。

 「こんなこっといいな~ でっきたらいいな~♪」で育って来た私ですが、「こっころのなか いっつもいつも 描いてる~♪」の歌を聞くたびにどうしても何でか知らず涙がグッと込み上げて来る箇所があるんです。

「大人になったら忘れちゃうのかな?そんな時には思い出してみよう」




先日、子どもたちと映画ドラえもん「新のび太と鉄人兵団」を観てきました。


鉄人兵団は私が小学4年生の時の映画だったと思います。秋~冬にかけて原作の漫画がコロコロコミックで発表されて、翌春に映画になるという決まったながれの中で、コロコロコミックを定期購読し始めたのはこの漫画がキッカケでした。


テレビCMを見た時点で、いろんな思い出が頭の中を巡って、移動映画で友達数人と観に行ってみんなで涙をこらえてたこととか、その頃のコロコロコミックの漫画のこととか、湧き出て溢れてたまらなかったんです。


これは我が子にも見せなければなるまいと。



選民思想とか、奴隷制度とか、そういうものを学ぶ足掛かりになったんですよね。小学4年生の私にとっては。



ドラえもんらしくなく、全体的にとても寂しいけれど、それでもやっぱり最後に希望が残る映画。



今回、大胆にリニューアルされていました。とても良いリニューアルで、途中から涙が止まらない状態になりますので、ハンケチーフは必須です。

25年前に漫画で泣いて、翌年に映画で泣いて、また今、再び泣いて。子どもたちも涙をこらえられず。


いいんです。
泣き虫です。
自然とこぼれる涙は、なんかいろいろ自分が押し殺してきたあれやこれやのフタを溶かしてしまいます。そして、最後に残るのが希望であればそれが良い。



大人になって、心の中の夢を載せた自分だけの世界地図を忘れちゃったら、そうか、なるほど、新しいドラえもんの歌を歌おう。


忘れちゃった…というのとはちょっと違う。やっぱり、押し殺してきたというのがしっくりくる。


大人だから、子どもだから…そんなもん関係ない。ドラえもんはいつでもいつまでもドラえもんです。

そのポケットが私たちにくれるものは便利な道具ではないらしいです。でも、すごく大切なものみたいです。
2011/02/01 Tue  08:00:51» E d i t
 » つぼみさん 
 子供と一緒にアニメ番組を見ていて、子供よりも一生懸命に見ている事が多い父親(35)です。



 「ハートキャッチプリキュア!」が先日、最終回を迎えました。


 主人公のつぼみさん(キュアブロッサム)と仲間のプリキュア達が戦い続けた相手「砂漠の使徒」たちは、人の心の弱い部分にフォーカスして怪物を生み出すという設定で、その相手に対してつぼみさんたちが語りかけ、時には絞り出すように叫ぶその言葉のひとつひとつは、その「心の弱い部分」を自分も共有していて、それを変えて行くことで成長して行きたいという心の声になっていたんです。
 ただ単に戦いを繰り広げるのではなく、常に「自分の心との対峙」になっていたことがこれまでのプリキュアシリーズとは一線を画す物語を作り上げていました。



 そして、それらの言葉たちの身につまされることの多いこと。
 


 
 私はプリキュアを「女の子版 聖闘士星矢」だと表現するのですが、私たちが少年時代を過ごして来たあの頃の少年漫画の熱さを引き継いでいる“正統継承者”はプリキュアシリーズだと思っています。
 ハートキャッチプリキュア!以前のプリキュアは少女マンガ的なラブコメ路線も包括してたりしたのですが、今回は徹底的に「心」と向き合うということを掘り下げて行った・・・というか、積み上げて行った感じの仕上がりだったのが、余計に熱さを感じさせてくれたのだと思います。


 
 子供たちがある程度大きくなって、いろんなことに迷う時、もう一度見て欲しい。
 そんな素敵な番組で、とても素敵な主人公と仲間達でした。

 とても好きな作品です。ありがとう。
  
2010/09/04 Sat  14:37:04» E d i t
 » >>|  をさせてくれ 
 先日、DVDを借りて来て途中まで見て寝たんです。



 で、相変わらずの早起き(その日は熱中症予防でがぶ飲みした水を排出するサインを感じ3時頃に起きました。我ながら異常に早いですが、二度寝も中途半端な時間なのでそのまま起きたんですよ)なもんで、続きをみようかなと思ったらテレビのある部屋で子供たちがグタ~ッと寝ていた(暑い晩だったので風通しがいくらか良い茶の間で寝ていたのだろう)ので、こっそりとプレーヤーからDVDを取り出して別の場所に移動してチャプター探して途中から見ようと思うじゃないですか。


 ねぇ。誰が45分も経過して、しかも昨晩見たばっかりのそこまでの部分をもう一回見ようとするでしょう。



 さて、タイトル画面からチャプターで話を飛ばすのは良いですよ。




 問題なのはDVDが開始してからややしばし「>>|頭出し」も、さらには「タイトル画面」ボタンさえも操作不能なあの宣伝群を見せられるってコトですよ。



 あれ、意外と子供と一緒に見ようと思って借りたDVDなのに、その冒頭宣伝の部分にグロいのとかちょっとエッチな画面とかが出て来たり、困るんですよ。

 
 「>>早送り」くらいはできるようなので、さすがに早送りするんですけれどもこの最初の何分間かをそれに取られるのも何だかちょっと腹立たしいワケです。しかも、早朝だとそれをなおの事感じるワケですよ。

 
 そのDVDの仕様にもよりけりでしょうけれども、再生したらすぐに「タイトル画面」になって、そこに「予告」とかいうカテゴリーがあるヤツは良心的に感じます。あの強制的に出てくるヤツは何とかならんもんかと苦々しく思っていたら、どうやら再生されたらすかさず一旦「■停止」をして、「タイトル画面」を押すと多くの場合は強制広告を飛ばす事ができるらしいということに気付きました。

  
 

 ・・・が、しかし。




 私が見たDVDはタイトル画面がワザワザ凝った仕掛けじみたものになっていて、なかなかタイトル画面に行きつかないというアレも兼備されているというDVDでしたので、朝からさらに腹立たしい思いをした次第でございました。


 
 シンプルイズベスト。

 

 
 
2010/09/01 Wed  20:14:24» E d i t
 » なんか無性に泣けたこと 
 ゲゲゲの女房の話なんですが。それも今日見たばかりの。



 昭和56年、ゲゲゲの鬼太郎もひとしきり流行り終えて茂さんトコに一本も仕事がこなくなっちまったですけん。
 スランプですけん。貧乏神からどうにかこうにか逃げ切って売れっ子になっちょって、ぶっ倒れるほどスケジュール詰め込んで詰め込んで仕事しとったけんね。

 自信喪失してしまった茂さんがそこにおってな。
 

 妖怪ブームが去って、茂さんが「子供たちはロボットアニメ、大人たちは金儲けの話ばっかり。妖怪がいなくなってしまった」みたいに言う台詞があったんですよ。
 で、次女が「京都にはどんな妖怪がいるの」と問うと「そんなもんはおらん」と。

 
 「そんなもんは、おらん」と。



 なんかそれが無性に泣けちゃって。



 私たちって、尊敬する人たちが常に信念を掲げて挫けることなく真っ直ぐに生きているって勘違いしがちです。

 私は、水木しげるは絶対に妖怪を、妖怪の存在を疑ったことなんて無いって信じ込んでいましたよ。
 
  
  
 でも、やっぱり見失ってしまうことってあったんだな。


 
 生活が豊かになろうとも、世の中の流れがどんなに移ろおうとも、変わらない、流されない大切なモノが心にしっかりある・・・って思いこんでいる私ですが、弱くて情けなくて、いとも容易くそれを見失ってしまうことが多いんですよ。流されて、迷って、見失う。
 でもね、その都度その都度、何かのキッカケでその大切なモノが自分に訴えかけて、取り戻すためのキッカケをくれたりする。

 不思議です。

 私はね、そんな偶然だとか運の流れだとか、自分の意思とは関係ないところで自分を何者かにさせようと自分に対して働きかけている存在や、それを感じ取る心の動きこそが水木しげるの言うところの「妖怪」だと思うんですよ。それが科学的に言えば神経回路の働きだろうと、脳のどこそこの部分がどうだとか、微弱な電気が伝達する何かだってんなら、それはそれで別に構わんのですよ。でもね、電気の流れは感じないけど、運命の流れとかは感じる場合はあるわけですよ。

 科学的に説明がつこうとつくまいと、自分のこの感覚をそのまま他人に渡す事はできない。


 不思議です。


 茂さんが「自分」と「妖怪」を取り戻した事はもうすでに知っています。実感できています。だって、昭和56年以降にゲゲゲの鬼太郎を知って、感化されてそして大きくなって子供たちを脅かしている“大きな子供”がここにこうして育っているのですから。

 ことあるごとに「それ」を見失ってしまう私を今日の茂さんに重ね合わせて、最後の布美枝さんの「お父ちゃん、頑張れ」という台詞と全く同じ心境で明日の放送を心待ちにするのであった。