フクフク丸のあずましいblog
あずましい=快適、すごしやすい  アナタの「心の元気」を引き出す   「漢方薬」に私はなりたい。
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番目の到達者はアナタです!!
2009/11/26 Thu  06:13:00» E d i t
 » はじめの一歩、次の一歩 
 朝、目覚めると今日もやることがいっぱいある。

 それをこなしていく順番に並べ替える。順序よく組み立てると、連鎖的に解決する事柄もあったりする。逆に順序を間違うと二度手間、三度手間ということにもなったりする。

 「人間が喜びを感じるのは社会とのつながりを実感できた時である。朝起きて、今日もやることがある。それはなんと素晴らしいことであろうか。」

 と、二十代に読んだ本に書かれていた。

 
 何もないよりもこの状況は遥にマシで、誰もやりたくないような面倒事を請け負うことで一応は食いっぱぐれない状況ではある。自ら進んで請け負っている分には絶対に相手に迷惑は掛けられないという真面目さくらいは残ってるけど、ひとつクリアした達成感に浸る間もなく次から次へとやるべきことが増えて行くこの時期は、ちょっと疲れる。

 疲れたら、挫けてしまう人の気持ちが良く分かる。

 自分をめくって行けば、芯には「怠惰」が残るということは十分に理解している。怠惰な自分から目を逸らしたいから、義務や責任を「挑戦」という勇壮で印象的な名をつけて着こんで行く。ある物は自分の肌にしっくり合い、またある物は自らの動きを抑制するかのような圧迫を伴って圧し掛かることもある。そういういくつもを経験するうちに、自分の体の方もそれに見合った動きができるようになったり、どうしてもそうなれなかったりして、いくらか見栄えがするようになれば似た格好の人たちと打ち解けることができるようになり、世界が少しずつ広がって行く。世界が広がればまた自分の選択肢も増えて行く。

 社会における成長とはそういう循環だと思う。

 でも、やっぱり芯には「怠惰」が残っているということを強く自覚しておかないと、そして「怠惰」が自分に何を運んで来るのかということを知っておかないと、次の一歩を踏み出す億劫さについつい布団から出ることを体が拒んでしまう。

 さて、今日も布団を跳ね上げて、昨日の自分がセッティングしたたくさんの「やらなきゃいけないこと」をクリアして行きますか。
 新しい自分に出会うためにさ。
2009/11/25 Wed  18:05:44» E d i t
 私は、あきらめが悪いとか未練たらしいとか、潔くないといった手合いの性質はさほど嫌いではない。むしろギリギリのところで戦って、破れてなお立ち向かっていく姿には拍手を送りたいほどだ。だから、私自身も辛口で散々批判してきた大関・千代大海についても、なんだかんだと言いながらも妙に感心する部分があったのは確かだ。


 今回、カド番大関で負け越しが決定したことにより大関陥落が確定的となり、スポーツニュース、スポーツ紙は言うに及ばず、一般紙でもyahoo!JAPANのトップページのトピックスにもニュースとしてアップされていたところを見ると、大相撲ファンではない人たちに対してもそれなりの話題だということなのだろう。(→千代大海の陥落決まる…大関在位65場所/九州場所



 あれはいつだったけかなぁ。
 あぁ、橋本あたりが台頭してきた頃だったか、アントニオ猪木が現役だった頃、試合前にインタビューに来たアナウンサーが「もし負けたら時代が動きますね」みたいなうっかり質問をしちゃって、「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」って引っぱたかれたことがあったなぁ。

 

 少なくとも格闘技者にとってそういうメンタル的な部分はすごく大切なんだと思う。
 「勝つと思うな思えば負けよ」的な平常心を礼賛する部分も分からなくもないけれど、少なくとも戦う前に負けることをイメージしたり、その後の逃げ道をあらかじめ周囲に明かしてから戦いに臨むようなヤツが格闘技のプロとしてお金を取ることに嫌悪感をおぼえる。黙って(もちろん勝つ気で)戦って、たとえ負けても潔く結果を受け入れてから身の振り方を考えれば良い。そういった意味では「出る前に負けることを考える」なんてことは格闘技者にはあり得ない物の考え方だと私は勝手に思い込んでしまっていた。いや、そう考えていたとしてもまさか口に出すなんて・・・

 
 だから、その「出る前に負けることを考えるバカ」が存在してしまったことに呆然とするのを通り越して、失笑してしまった。

 千代大海は今場所が始まる前にこう宣言した。
 「負け越しても引退しない。そうなったら来場所関脇で頑張って10勝を狙う」→毎日jp:大相撲九州場所:14度目カド番、千代大海 陥落しても「現役続行」

 たとえ気持ちの糸がプッツリ切れてしまっていても、満身創痍だったとしても、場所前に「負け越し」を口にしているってのは一体どういうワケだ?どうもこうもないんだろうな、良く考える前についつい口が滑った珍発言か?と思いきや
 「体力的にも常にぎりぎりの状態。ふがいないと言われるかもしれないけど、頑張っているところを見てほしい」
 とも発言。こりゃ確信犯だな。

 ふがいないのは仕方ない。稽古しないんだから。
 頑張ってるのもいい。それは当たり前のことだから。

 でもさ、そんな「自分はボロボロ」という理由が、負けるための免罪符になんぞならんがな。

 色んな見方があるだろうけれども、「少なくとも満身創痍でふがいなくても土俵に上がり続けるって宣言したのであれば例え15戦全敗(まぁ、今場所2勝してるからそれは無いけど)だったとしても途中休場すんなよ」ってツッコミたいんだな。

 負けても負けても大関。
 ずっとずーっと大関。
 どうにかこうにか大関。

 「二場所連続で負け越さなければ大関から陥落しない」という仕組みというか制度というかシステムに美味い具合に助けられて、ハチナナ大関・クンロク大関(8勝7敗、9勝6敗で勝ち越すこと)とまで揶揄されているのは何も千代大海だけではないけれど、八百長だとか何だとか小ウルサイ外野たちにウダウダ言われる隙を相撲協会自らが作り出している部分も確かにあるよなぁ。

 今回、ようやく千代大海が大関から陥落したけれど、これがまた次の場所で10勝すると大関に戻れるという特典が付いている。
 別に大関から陥落して、どんどん番付が下がって行ったって相撲を取り続けることはできる。相撲が好きで、相撲しかないってんなら、それで良いじゃん。大関まで行った力士が番付を落としてまで相撲を続けるということが見苦しいと感じてそれを批判する人は多いだろうけれど、ガムシャラに己の信じた道にしがみつくことは絶対悪いことじゃない。石に噛り付く思いで信じた道を歩もうが、思うような結果に結びつかないことはたくさんある。
  
 でも、来場所10勝しなきゃ引退しちゃうらしいんだなぁ・・・これが。

 ん〜。中途半端。
 千代大海らしい・・・というか。 
 
2009/11/24 Tue  00:00:06» E d i t
 » 火曜一言 
 JUST DO IT.


 「してあげる」でも「してもらう」でもなく、「してあげる」も「してもらう」も包括しつつ、
 「やる」だけ。

 

テーマ:心の持ち方 - ジャンル:心と身体

2009/11/23 Mon  21:55:24» E d i t
 » 超はみがき 
 多分、やってはいけなくもなくもないのであろう歯磨き方法で、スッキリ。

 緑色のプラ容器で売ってる 某うがいぐすり を歯磨き粉の代わりに使って歯磨きすると、尋常ではないツルツル具合に仕上がるのだ。しかも、息スッキリだ。別に白い歯になるワケじゃないだろうけれど、今までの歯磨き粉は一体何だったんだろう?ってくらい、短時間で歯の汚れが取れるよ。



 ・・・ただし、うがいぐすりの原液は慣れないとすげー痛いよ。


 もちろん、原液で使用すんなって書いてあるし、うがい以外には使うなとも書いてるんだけどねー。 


 まぁ、何かエナメル質とか溶かしちゃってそうな感じもしないでもなくもないけど。

2009/11/20 Fri  05:11:13» E d i t
 » 青空へ 
 きっとこの世のどこかには
 続いて行く場所があるさ あの空へ

 今はそこから見えない道も
 手を伸ばし続けて 歩いて行けば


 真っ青な空に 微笑み浮かべて
 澄んだ気持ちで 歩いて行けば
 返して寄せる波打ち際に 幻みたいな空に続く道


 確かなものを探したんだ
 手にしたものは 色褪せた 

 夜のとばりが降り来る前に
 見つけに行こうか 歩いて行こう

 でっかい空に 微笑み浮かべて
 昨日をぶら下げ 歩いて行こう
 まだ見ぬ明日よりこの時に 幻みていた空に続く道

 
 すばらしい明日のため 今を探す旅









青空へ

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